晶と栞というピース

「結局さ……元鞘に納まった、ってことでいいのです? 晶と……久瀬さんでしたっけ?」


「ああ。結局、らきも知ってる通り僕と彼女で大喧嘩……琴に言わせれば惚気合いの結果、また付き合うことになった」


 例の出来事――すなわち僕の泣き上戸からの久瀬さん乱入、そしてお互いの自己否定しながらの大喧嘩と言う名の惚気合い(命名:藤林命)――から、大凡一週間が経過した。


 目の前にいる小柄な友人に言ったとおり、結局僕と久瀬さん……いや、栞さんは再び付き合うことになった。


 正直今思ってなお思い出したくない醜態ではあるが、しかし元鞘に戻った状態の僕と栞さんという現状を鑑みればそんな悪い思い出でもないのだろう。というかそうであって欲しい。切実に。せめてあれがいい思い出ということになってくれないと、今後間違いなく命にはからかわれるので、その時のダメージが半端じゃない。コラテラルダメージだとか言ってられないだろう、絶対。


 僕の大切な幼馴染の片割れはそういうところに容赦がない。本当に容赦がない。直してほしいけど容赦がない。件の惚気合いの中で栞さんが僕のことを口先が非常に達者だと言っていたが、それは間違いなく命との会話で鍛えられたからだろう。というか口が達者にならないと一方的に口撃でボコボコにされて凹む一択でしかないのだ、彼女の口撃レベルは。


 まぁ、それはさておいて、そう、最終的に僕は栞さんと縒りを戻し、その立役者になった――というか迷惑をかけた幼馴染二人にお礼と感謝を伝えようと栞さんと二人で決めた。まぁ、その結果彼らにお礼をする場所が彼ら縁の場所になったのは、色々片手落ちな気もするけれど、丁度いいのだから仕方がない。リーズナブルで味もいい、とくれば僕みたいな稼ぎの乏しい学生にはありがたい場所なのだ。


 というわけで、らき達の祖父がやっている喫茶店にお邪魔して、あの後の顛末やら迷惑かけたお詫びやらをしているというわけだった。


 なお、命と栞さんは少し離れた席で二人っきりの会話を楽しんでいる。主に一方的に命が栞さんを弄り倒し、栞さんがわたわたしながら反応をしている様子だ。僕としては栞さんの魅力が引き出されていて非常に眼福ではあるのだけれど、でもあまり苛めると栞さんの場合手が出るということがこの間発覚したばかりなので、命には拳が出るか出ないか、その線引を頑張って欲しいと思う。僕も参考にするから。


 注文していたコーヒー(ブラック)とビックパフェ(定価千八百円。常連及び店員からの通称は崩せぬ牙城)をウエイトレスが置いていった時、妙に潤んだ視線をらきへと投げかける。その視線に込められた感情は言わずもがなだ。明らかな好意である。祖父が経営しているだけあり、らきも命も……あえて言うなら僕もこのお店にはアルバイトでお世話になっている。だからこそここの店員はらきが男だということを知らない人はいないし、年齢も知られている。ただ、だからこそなのか、可愛らしくパフェと格闘する眼の前の小動物はこの店でバイトをしているウェイトレス陣営にはコアな人気がある。本人、全く気づいていないが。


 ちやほやされる視線には慣れきっているのである。ほら、ウサギ小屋で飼われた兎や動物園の動物は人馴れするし視線にも慣れるだろう。それと同じである。


「な、何、晶。そんな目で見てもパフェはあげないのですよ……?」


「それが目当てで視線向けてるわけじゃないよ、らき」


 うん、なんていうか、こいつの魅力は相変わらずと言うか。というかパフェを抱きかかえるようにして守るのは辞めなさい。行儀が悪い。しかしそのマナーの悪さを咎める視線が周囲からは欠片もなく、むしろ僕ら二人に投げかけられる微笑ましい視線とか、あるいは僕に向けられる強烈な殺意は何なんだろうか。いや、わかってる。可愛らしい彼女といちゃついているんじゃねぞこらぁ! という一見さんとか、まだらきの性別を知らない男どもや、らきの性別を知っていて彼を狙っている女性陣からの殺意だろう。勘弁して欲しい。


「それはともかく――――」


「う、うな? 何がともかくなのです?」


「いや……。うん、らき。何度も言ってるとは思うけど、男らしい奴になるにはその超甘党と可愛らしい丁寧語っぽい喋り方を改めようぜ。いくら一人称を俺にしてても、背伸びして可愛いだけになってるし」


「ら、らきさんは男らしい男の子ですよーっ!」


 ぷぅ、と膨れながらも、パフェを食べる手を休めることの無いショタ坊主。どうでもいいけど自分の事をあだ名で呼ぶってどうなんだろうか? あと男らしい男は自分のことを男の子呼ばわりしないと思う。そういうところがあるから全方位よりからかわれてるんだっていい加減学習しよう、親友。


 ちなみに、命も幸も僕はあだ名で呼んでいる。幸はあだ名のほうがなんとなく呼びやすいし、命は自分からそう呼ぶようにといわれたので。らきはともかく、命の事は内心では名前で読んでいるが。まぁ、時々素で口に出して命に怒られたりすることもあるが、なんで怒るのだろうか、あいつは。らきはらきで幸よりらきのほうが呼びやすいので、仕方がない。


 まぁ、それはともかく。僕の幼馴染ながら、なんでこいつこう、相変わらずというか変わらないのだろうか。確か身長も中学二年辺りでストップしてたはずだし、僕と栞さんも含めた四人で集まると、らきが一番小さいってどういうことなのだろうか。別に僕も栞さんも命もことさら長身だというわけじゃないのに。


 そして僕がこの前その現場を見られ、美少女三人も侍らすとはいい度胸だとかクラスメイトに因縁つけられたのにはどうコメントをつければいいのだろうか。


 まぁ、いい。


 閑話休題。


「とりあえず、本当にこの前はありがとう。琴もだけど、らきにも感謝している。多分君たちがいなかったら、僕らはすれ違ってばっかりだったろうし……特にこの前のあれで、決定的に終わってたはずだから」


「いえいえ、俺たちが役に立てたならそれはそれでよかったのだよ。珍しい晶の姿も見れたしね。俺としては、まぁ、満足なのですよ」


 僕の言葉に、にこにこと笑顔で返すらき。


 ほっぺたについたクリームが色々と台無しになっているが、まぁ、さっきのウエイトレスが食い入るようにその姿を見つめているのを除けば、とりあえず問題は無い……と思いたい。


 あの夜。


 酒に酔いに酔った僕は、突然現れた彼女に謝った。


 自分自身を罵倒しながら、ごめん、ごめんと何度も謝った。


 そして――――


「いいんだよ、布施君。私だって、君を……君が本当に私を好きなのかどうか試そうとして、嘘で君を振って傷つけたんだもの。後で、本当に死にたいくらい後悔したんだ。君が何の執着も見せずに受け入れて、もう終わりなんだってじわじわと思って。その後君に会えなかったからなおさら。今日だって、あんなのにキスされたのも廊下を歩いてた君の姿を見つけたからだったんだよ?」


 僕の頭を抱いて、彼女はそんな事を言ったんだ。


「それで、お琴さんに相談して、ここに呼んでもらって……。でも、よかった。布施君が、私の事をそこまで想ってくれてたって分かったし。うん、私のほうこそ……布施君を、晶君を信じ切れなくてごめんなさい。よくよく考えてみれば、晶君は最初から私の事を色々気遣ってくれてたし、優しかったし。私のわがままとか、思い込みとか、そういうので、優しい貴方の気持ちを傷つけてしまって、本当にごめんなさい」


 そんな風に、お互いで謝り続けて。最終的には、お互いを名前で呼ぶことにして、それで悩みとか、相手に対する不満とか、そういうのがあったらちゃんとぶつけ合っていこうということに落ち着いて。後ろではやし立ててきた琴の言葉に乗せられて、触れるだけのキスで仲直り……と言うのだろうか? まぁ、そうして。


 僕らは、また付き合うことになった。


「そういえば、俺あの後の事がずいぶんとあやふやなんですけれども……命、また何かしたの?」


「いや……キスの後で色々照れくさくなった僕が、八つ当たりで無理やり酒を飲ませた。良い飲みっぷりと撃沈っぷりだったぞ、らき」


「あの頭痛の原因晶だったの!?」


 命は何も言ってこなかったし! と憤懣やるせないといった様子のらき。どうでも良いけど、スプーンを咥えながら怒るのはどうだろうか。子供だろう、どう贔屓目に見たって。


 この容姿で、炊事洗濯掃除が万能だとか、どこに出しても恥ずかしくない幼な妻だと事あるごとに命と話題に上らせたり、実際にこいつをからかったりしているわけなんだけども。これで男らしさに憧れがあると言うのは……好みの男性のタイプを言っているようにしか、時々聞こえない。


「あ、おーい、あっきー、ブラザー。そっちはもう終わった?」


「ん、ああ、琴か。そっちはもう終わったのか? こっちも終わった感じだけど」


「うんうん、あたしの方はそれこそ直ぐに終わって、あとはひたすらしおりんからのろけ話を――――」


「お琴さんっ!」


「あー、はいはい、事実だからってそんな照れないの。可愛いよ?」


 話し合いが終わったのか、あるいはこちらの話し合いが一段落したのを見たからか、こちらの席に二人が移動して来た。命がちゃっかりと僕らの伝票と自分達の伝票を重ねる事を忘れないあたり、流石と言うか、なんというか。栞さんは、琴のからかいの言葉で真っ赤になりつつ、ちらちらと僕のほうを伺っている。


 うん、確かに可愛い。


 あの一件以降、自分の彼女になってくれている人がどれだけ可愛い人だったのかを改めてたくさん知り、僕としても色々何かが変わってきたような、そんな実感がある。具体的に言えば、執着が増えたとでも言うか。


 言いたいこと、思ったこと、感じたこと。それが負であれ正であれ、相互にぶつけることを積極的に始めたせいか、互いに見えてなかった部分が見えてき始め、それに伴い、彼女の事を手放したくないと言う感じの執着が生まれてきた。


 彼女が離れていかないように、自分を磨こうとか、そんなことすら考える様になったわけで。改めてそんな自分を意識すると、恥ずかしくてしょうがないんだけども。


「とりあえず、僕らも……らきが、このパフェ食べ終われば終わり、かな」


「命、俺のパフェ横取りしたらおこ――――あーっ、さくらんぼ最後に食べようと思って残してたのにっ!」


「んー、おいしいおいしい。ふっふっふ、相変わらず好きなのを最後に残すお子ちゃま思考は抜けてないのだね、まいぶらざー。さっさと食べないと、おねーちゃんが全部食べちゃうよー?」


 駄目だよっ、と慌てて食べだすショタ小僧と、それを笑って見ている駄目な姉。


 昔から相も変わらず、仲のいい二人だと思う。


「まぁ、幸の事は置いといて。とりあえず、ダブルデートでもしない? 費用は男の子持ちで」


「……姉弟でデートをするってことにならないか? それだと」


「んー、それでも良いと思うのだよ。あ、じゃあ、あたしがあっきーと、しおりんが幸とデートしていると言う風にすれば――――」


「それは却下」


「幸君は可愛いけど、私は晶君の方がいいから、ごめんね?」


「えっ、なんでいきなり何も言ってないのに俺振られてる風味になってるのです……?」


 それぞれの言葉でその案を却下する僕たち。そしてショックを受けながらもパフェを食べる手を辞めないらき。


 互いに顔を見合わせて微笑みあっていると、あっついにゃー、などとメニューで自分を仰ぐ命の姿に遭遇。とりあえず、軽く小突いておく。


「ダブルデートは置いておいて……とりあえず、適当に何処かに行く事にする?」


「そうだね。お琴さんはともかくとして、幸君の事は余り知らないから、そんな感じで遊ぶのも良いかもね」


「ぁ、ぶらざーの事はらきでいいのだよ、しおりん。むしろここ最近は本名で呼ばれることのほうが少ないし」


「うぅ、なんだか最近は教授まで俺をらきって呼ぶんですよ……?」


「……そうなのか。まぁ、とりあえずパフェを早く食い終わって欲しいんだけどな、らき」


 何はともあれ。今後、果たしてどうなっていくのかなんて、神ならぬ僕には分からないことだけれども。このメンバーと一緒にいられるなら、きっと何とかなっていくような――――そんな気が、する。


 一人一人が、それぞれの欠けてる部分を補うように。


 僕らは、きっと世界というなの絵を構成する、ジグソーパズルの一欠けらのようなものなのだから。


 だから――――きっと、何とかなると思う。


 ね? …………栞さん。


 これからも、よろしくお願いします。

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ジグソーパズル 七星かいと @nanahosikaito

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