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 悪夢とはきっとこのことだ。



 睡眠中に見る悪夢


 それを使ったゲームの暴走


 現実



 どの区別もつかなくなる。



 人間だけではないかもしれない。けれども人間は、意識して自覚している自分の部分よりも、無意識下の自分で動いているとのことだ。意識下の自分という顕在意識けんざいいしきが10パーセント、そして無意識下の自分という潜在意識せんざいいしきが90パーセントで、自分を動かしているとのこと。手順を意識して、手だったり足だったり意識して動かし、手順通りに注意し考えながら行う顕在意識下での行動よりも、

 体で覚えた動きをしたり、意識して考えずに手順通りの行動ができたりするその潜在意識下での行動で、自分を動かしているとのこと。

 その潜在意識が起こす睡眠中の夢。


 その夢と、専用の腕脳わんのうを使って、人工的に明晰夢めいせきむを引き起こし、望み通りの世界を体感できるゲームが、暴走でもしたら気が狂うのも仕方がないと思う。夢の中でも痛みだって自覚できるらしいんだ。



 夢の中でトラウマがよみがえることだってある。



 ゲームの中でも、ぼんやりとした感じで体感していたようだが、精神的な苦痛はゲームだろうが夢だろうが、現実だろうが変わりないんだとヒストゥトさんから思い知らされた。


 自殺する三日前までに更新されていたブログ。


 リファードへのうらみつらみをぶちけた最新記事。


 彼女は悪夢を体感し過ぎた。


 覚えている。覚えている。それで、S.I.X.スィクスをやるきっかけになった。S.I.X.とはどんなものなのかを、調べている時に見つけたブログだ。小学生の頃に見つけて読んだ。何度も読んだ。今も、今でも覚えている。当時から五年前のヒストゥトさんの顔も覚えている。プリクラ写真を、偶然ちらっと見たことがあったからだ。五年前とはいえ、二十代なのに、今、中三の僕と同年代そうな、地味だが可愛らしい人だった。黒髪のつやの感じが丁度よく、整った長髪がよく似合う。しかし、飛び降り落ちている間にその人は、自分の喉下のどしたくぼみにアイスピックを突き刺すなんてこともした。


 リファードがどのようなものだったのかを、感情的につづっていたその内容も覚えている。僕が産まれる前に販売禁止となったそのリファードというゲームのことを、証拠として残すためにブログに体験談を書き残した。


〝Forgive me〟という題名のブログ。

 リファードは、睡眠中に、現実という地獄から脱獄ジェイルブレイクできると主張していたゲームらしい。現実というクソゲーからの避難世界といううたい文句で発売されたとのことだ。その世界では必ず幸せになれるという説明書きもあった。何もかもが自分の思い通りになるとも宣伝されていたし、魔法のように必ずむくわれる世界とも、謳い文句の中にあったらしい。


 書き始めはあの、デパートの入口にばらかれた紙の言葉。


 その後にはHistoutヒストゥトさんの挨拶、リファードを四日やった身として、そしてこれまで体験させられた全てを証拠として残すため、ここに記すむねが書かれていた。


 リファードもECRVRアメーヴァリティヘッドセットと腕脳を使うが、まだ初代くらいだった頃のものだったと思う。ヘッドセットで両目両耳まで覆い、リファードに付属する腕脳は手首に装着してその二つを接続すると、意識が飛んで異世界にでも転移されたかのように、本当に避難世界の住人になれる。現実とは切り離されて、しかし現実で過ごすのと同じ過ごし方の生活の、望む部分だけを、眠っている時の間に体感できるとのこと。


 眠っているのに避難世界を自覚できる。

 覚えていられる。

 眠っている時間分、避難世界の住人でいられる。

 腕脳の機能により、本体である自分の脳での処理作業に加わってサポートしてくれるし、まるで眠りに入ってから目が覚めるまでの間、夢を見せてくれているかのように、見えるものを絶えず自覚させてくれる。それなのに脳への負担も最小限で済んでくれる。よく寝た感覚も得られたとのことだ。


 ヒストゥトさんは本当に楽しみにしていたのが分かった。現実ではあり得ない世界を体感できるというのだ。さらには現実のコピーとしか思えないほどの景色には、建物や土地やたくさんの人がそのままトレースされた状況。たまに二次元化されていたり、二次元のキャラと触れ合うことができたりする状況もある。知り合いも友達も、ひそかに好きな人までもそこにいる。


 そして自分以外の人間の方はただのNPCとして扱われているけれど、その全ては、自分が産まれてから今までの間に見てきた実在する人間だという。産まれてから今までの間に見て聞いて、感じてきた記憶は、れなく記憶されているから、それが起こるらしい。しかし、そういう記憶の中の世界だというのに、避難世界での時間感覚以外の全ては現実と変わりがなかったらしい。


 プレイ開始時のプロフィール設定で、自分の手に入れたい才能とか、家族環境とかを手に入れられる。容姿の方もそのようだ。みんなからちやほやされる。しかも時間の感覚が、起きている時とは違う。睡眠中に見る夢のように、突然場面が変わるのだ。自分の深層心理内で求めるものが叶う。むくわれるとのことだ。起きている時のように、どんな時でも自分の意志で動けるわけではないけど、自分がそこにいたいと思える場所も、時間も、存分に体感することができた。突然だ。


 始めて二日目にだ。まだ二日目だというのにだっ。突然、苦労も辛い思いもしなくてはならなくなったっ。苦労も辛い思いもしなくてはならなかった。心地いい時間なんて最初くらいしか体感できなかった。


 こんなのは、

 ゲームなんかじゃない。


 普通、ゲームというものは、プレイヤーにそこまで厳しくない程度の頑張りで進行するものではないのか。


 それ以上も頑張らなくてはならないなんて、そんなのはゲームなんかじゃないッ。


 尋常じんじょうではなかった。ふざけるなと痛感させられた。しかも周りから比べられる。必死になって頑張っているのに見下された。調子に乗っていたらバカにされたのは仕方ないとは思うけれど、しかし徹底的にしぼられた。二次元だろうが三次元だろうが関係ない。自分は悪くないのに、自分が謝らなくてはならない時もあった。自分の気持ちを殺さなければならない時ばかりだった。自分の思い通りにはどうしてもなれない。




 普通・


 万人の代弁者・


 常識






 これらの皮をかぶったヤクザの群れに、






 放り込まれたとしか思えない。






 厳しさに隠れて、






 第三者から見られない空間に隠れて、






 言葉の暴力でぶっ潰してくる。






 叱りながら、

 激怒した感情を抑え切れないと

 心の声をことごとく怒鳴りけなす、

 怒鳴り貶す、

 怒鳴り貶す、

 しつこく叱って、

 しつこく、

 貶して貶して貶してしつこく、

 ねじ伏せる、

 反撃すれば

 逆恨みとされて、

 さらなる激怒、

 さらなる貶し、

 ねち

 ねち

 ねち

 ねち

 言葉のねじ伏せ、


「言われたくなければ黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ」の


 常套句じょとうく




 言葉の力づく。




 さらにはそれを全部、

 厳しさということにして片づけ、

 周囲には

 正しいことをしていますと

 主張する。


「ちゃんと正しい道へと導いているんですよ」と


 そうやって精神を破壊するだけでなく、

 周囲には、

 破壊された側を悪者にするたくみな言葉で

 主張して、

 自分は常識人、

 正義を貫いたと満足気にしている。「私は正しい道へと導いただけです。


 なぜならこの人はこういう失敗をいつもする。


 言っても聞かないのだから怒ります。


 誰だってそうでしょう。


 誰だってそうなんです。


 私は普通のことしかしていません。


 聞き分けのないこの人が悪いのです」


 卑怯者が。

 卑怯者が。

 人前でも個人間でも、

 たった二、三回の失敗なのに、

 何十回も何百回も失敗したことにして

 叱責と暴言の嵐。



 トルネードッ!!



 ニ、三回の失敗だけで、みんなが全く信用してくれなくなる。


 失敗しながら成長するのを許してくれない。


 最初から成功するように強いられる。


 必ず成功しないといじめられる。


 失敗すれば虐待される。


 失敗すれば断罪される。


 失敗した数だけ罪が重くなる。


 死ねと言われる。


 死にたければ死ねば? と突き放される。


 罪の償い方は失った信用を取り戻し、それを果たすまで、虐待と断罪に耐え抜くということ。


 失敗の度が過ぎれば自殺を求められる。


 卑怯だ。

 卑劣だ。

 ゲスだ。

 クズだ。


 しかも奴らには、間違ったことをしているという自覚がない。

 自分のしていることは常識で正義。

 誰でもやっていることをやっている感覚でしてくる。まだわざとされた方が傷が浅い。悪気なく、自覚なくされた方が究極の理不尽だ。


 そういう感覚で奴らは、私のずっと触れたくて仕方がなかった、妹のような幌菜ほろなまで、

 失敗したらこうなることを教えてやると、

 見せしめとして、

 幌菜ほろな胴体どうたいが、生かされたままトマホークで滅多打ちにされ、メンチにされてゆくのを見届けなくてなくてはならない時もあったッ。


 まるで違う時間軸を生きる自分になったかのようだった。


 喧嘩を売られたから反撃した時だってあったけど、


 我を忘れるほど堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたと言わんばかりに


『殺す』と、


 恩知らずは殺すと、


 次の日にトラックで突っ込んできた。大通りだから逃げられなかったッ。逃げても逃げても木とか障害物を突き飛ばして、トラックの顔がどんどん大きく見えて、視界に収めることもできなくなった。振り返って見ることもできなくなったッ。バクバクバクバクしてるのに足が重くてもっと速く動かせられないッ。エンジン音が、鼓動の音さえもかき消した。目を閉じたら最期だと思ったッ。けれど目を閉じなくても横を向くので精一杯ッ。頰をすごく冷たいものでぶん殴られながら耳元で背骨を折られたかのような骨の音を耳の奥から聞かされた。頭の内側に熱湯を注ぎ込まれ続けているかのような刺激痛がすごすぎてもだえたいのに、悶えられる体じゃなかった。首から下でもすり傷が痛い時の何倍もすり傷で痛いッ。痛いッ!! 脳で受け止めることしかできなかったしかも髪の毛がトラックの下に引っかかっているのかも分からなかったけど前輪の右側が回転しているのが視界の中心にあって、ガクガクガクガク頭を揺さぶられ続けているから視界が震えていたッ。わけが分からなかったッ。でも一瞬だけ。すごく痛いのに、それなのにスーとものすごく眠くて気持ちよくなって、……目が覚めたらよく寝た気持ち良さで駅の渡り廊下の人混みの中を歩いていたッ、轢き殺された記憶とともにッ。


 逃げたくなる。逃げることはできた。ここにはいたくないと強く望むよりも先に、突然。場面も状況も変わってくれる。別の状況下の自分に変わることができた。夢のように、突然変わっても、変わる前と変わった後の間の自分を自覚できていなかったように、知らないうちに適応できている。いつでも逃げられた。


 いつでも逃げた。


 心地よくなりたくてだ。またあの心地よい世界にいたかった。


 ただのクソゲーのコピーでしかなかったッ。


 父も母も私を厄介者扱いしてくる。


 毎度毎度、家の大掃除をさせられた。風呂の掃除もトイレの掃除も毎回させられた。

 これ以上持てないものを持ちながら、

 一歩一歩踏み出して歩いているような感覚になるまで

 頭をフル回転させ、

 あらん限りの最速を引き出して頑張ったのに、

 「遅いんだよカス」って怒鳴られる。「甘ったれんな」って怒鳴られる。失敗する度に「またか使えねえ奴」って呆れられる。そしてその後、必ず満足げに機嫌が良くなるんだ。まるでざまあみろとでも言わんばかりに。


 こっちの話なんて誰も聞いてくれないッ。

 さえぎってきて怒鳴ってきて、それを集団でやってくる。嘲笑あざわらって見下してくる顔たち。


 ウソと正当化ばかりが通用してこっちの言っていることなんて誰も真面目に聞いちゃくれない。


 通用しない。


 常識が通用しない。


 冷たい目。


 冷たい視線。


 冷たい

 言葉。


 「使えねぇクズが」って笑顔で言ってくる。問答無用。

 足蹴あしげにされる。

 人間として扱ってくれない。使い捨て扱いしてくる。私だけにッ。

 私だけにッ!!

 嫌がらせだッ。いじめだ!

 言い合いもケンカもない日なんてない。

 殺し合いまであった。包丁で殺し合いだってやった! 爆発だって戦争だって起こった。

 非難も中傷も、尊敬も誹謗ひぼうもだ。強欲な奴らだ。嫉妬しっとばっかだ。格差も差別もやってきやがる。

 憎悪を撒き散らしやがる。憧憬どうけいも暴力も刺殺しさつも事故死も。気にいらない奴を徹底的におとしめて殺すやり方で殺された。出血死だ。

 切断死だ。溺死できしだ。摘出死てきしゅつしもしてきた。集団暴力。暴行死もだ。自殺もした。

 自殺もした。

 自殺、自殺、痛い自殺ばっか苦しい自殺ばっか自殺願望も自殺願望も自殺願望自殺願望自殺願望こわい自殺恐い自殺願望痛くない自殺寒い自殺冷たい自殺願望凍える自殺ひどい痛み以外が知覚されたことがあった自殺恐い痛い自殺恐い自殺恐い苦しい自殺恐い自殺恐い

 自殺

 恐い自殺自殺自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺自殺恐い自殺恐い自殺自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺自殺恐い自殺恐い恐い自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺恐い自殺自殺恐い恐い恐い死ねない恐い恐い恐い恐い恐い死ねない死ねない苦しい死ねない恐い恐い寒い死ねない寒い寒い寒い死ねない痛い死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねないやりきれない今にも、今にも心臓が、止まりそうになるこんな、


 こんな冷たさと苦痛、



 毎度、



 毎度受けるなんて生命いのち



 いくつ

 あっても



 足りやしないッ。


 そして目が覚める。


 何十回も冷たくて、何百回も苦痛で、何万回も自殺をしたその後に目が覚める。

 刺激痛もなければ冷たくもない、温かい、体が熱い、精神的な苦痛だけが残っている中で自分が無事なのがはっきり分かる。


 まるでよみがえったかのような感覚。


 まるで無意識のうちに自殺というものがどういうことなのかを、学んできているような気にもなるっ。


 どうすれば自殺を成功させることができるのかを、何度も何度も試していたかのようだったッ。自分が今どうなっているかをものすごく自覚できるの。自分の体が他人の体になったかのように無関心だったッ。無感覚のように客観的ッ。痛いのに他人事ッ。気持ち悪いッ。違和感ッ。吐き気がするッ。心が笑ってたッ。


 痛いのにッ、爽快だった。


 モヤモヤグルグルしてんのにッ!


 ふざけるな!!


 生命いのちがいくつあっても足りやしないッ。それでも、それでも偉人はきっと、そういうような艱難辛苦かんなんしんくことごとく乗り越えていったのかもしれないそれだけで片づけられた。苦しんでいるのはお前だけだと。


 リファードの連中は皆!


 しかしそれは私の中の記憶が言っているのも同然ッ。


 上には


 上があった。


 ただ


 それだけで


 片づけやがった、

 避難世界ではっ。




 私の記憶が!




 悪夢でしかなかったっ。零時から五時半までの五時間半の悪夢が、永遠のように長かった!


 製作者からの思いやりなんて



 これっぽっちも





 なかったッ!!






 だから、





 ヒストゥトさんの分までやってやりたいんだ。





 S.I.X.スィクスは製作者からの思いやりの結晶なんだ。









 ウィルズィストもヒストゥトさんの嫌いなヤクザなんだ。

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Def*勝ち取る 克ち取る 宇多川和馬 @chixyamazka

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