【第十一話】 コミニュ……コミュニケーション

 想護は現在、自分に宛がわれた部屋にいる。

 風呂から出てマーガレットに持ってきてもらった替えの下着を着た想護は特にすることもなかったので、城の探検をしているらしい華久良たちに合流しようかと思ったのだが、どこにいるのかもわからない華久良たちをこの大きな城の中から探し出すのは難しく、時間が掛かるので諦めることにしたからだ。

 そして先ほども言ったように特にすることのない想護は自室とされたこの部屋にマーガレットに案内してもらい帰ってきた。

 余談だが、異世界でも同じようにパンツとシャツがあり想護はトランクス型のパンツと薄めのシャツを借り、今朝ブリスチーノが魔術を用いて綺麗にしてくれた制服を再び着ている。

 昨日や今日の朝は時間もなかったのでちゃんと見ていなかったが、この部屋は想像よりもずっと大きい。椅子や机のある部屋とベットのある寝室の二つの部屋がセットで想護そうご用の部屋となっていることもあるが、純粋に椅子などのある部屋はかなり大きく、平均的な部屋の六畳間の数倍ほどの大きさがある。寝室ももう一つの部屋の半分くらいの大きさがあり壁際の中央ランプと小さな机。その横にダブルベットの倍ほどの大きさがあるベッドが置かれている。

 その大きいほうの部屋の椅子に何をするでも無く想護は座っている。想護の正面にある机の上に置かれているのはマーガレットが淹れてくれた紅茶のような色をした今まで嗅いだことはないとても良い香りのする飲み物である。この紅茶のような飲み物はカケラテテオと呼ばれるもので作り方は簡単に説明するとカケラテという植物の葉を乾燥させ、その葉をお湯に入れるといったもので地球での紅茶の作り方とかなり近いのだが、それを想護が知る由も無かった。

 追記しておくと、想護のいるレグランド王国中心の街ツェフボ近郊にある村がカケラテの名産地であり、カケラテ茶はレグランド王国の名産品のひとつである。



 異世界に来てから初めての空いた時間だが先ほども述べた通りすることがないためにぼーっとしている。

 このままでは時間を無駄にするだけだと思った想護は部屋と廊下を繋ぐ扉の脇に立っている――何かあった際にすぐに対処するためや、もしも攻め込まれた場合に敵が扉から入ってくるのを防ぐためにもメイドは扉の横で待機するのがこの世界異世界では基本である――マーガレットと親睦を深めるため、そしてこの世界異世界のことを教えてもらうためにマーガレットと会話をすることにした。

「マーガレットさん」

「はい、何でごさいますでしょうか?」

 想護がマーガレットを呼べば、相変わらずの少し可笑しな日本語で返事が返ってくる。

「お昼まではまだ時間があるので、することもないのでマーガレットさんとお話しが出来ればと思って、ダメですかね?」

「い、いいえ。私でよろしければ問題ありません」

「えっと、話すにあたってマーガレットさんもこちらの椅子に座った方がよろしくないですか?」

「私はメイドですので大切様と同じテーブルを囲むというのは……」

 想護は自分が椅子に座っているのにマーガレットは扉の横に立ったままでは、想護自身が気まずく思い、また立ち続けるのは辛いと思ったのでマーガレットにも椅子に座るように勧めた遠慮されてしまった。

 この後も想護が椅子に座れ、マーガレットが座らない、で軽く口論が続いたのは言うまでもない。口論の末、想護に言われ椅子に座ったマーガレット。その後マーガレットもカケラテ茶を飲む飲まないで想護とマーガレットが口論になったのも記しておく。

「改めて、こんにちは僕の名前は大切おおぎり想護そうごです。マーガレットさんは大切おおぎりと呼んでくれますが、妹の華久良かぐらもいるので想護と呼んでもらえるとありがたいですね」

「わかりました。これからは想護様と呼ばせて頂きます。私も改めまして、マーガレットと申します。城のメイドをしています。今回はお客様である想護様の専属メイドを申し付けられておりますので、しばらくの間よろしくお願いします。何かありましたらすぐにお呼びくださいませ」

 今朝にも自己紹介を少ししたが、改めて行った想護とマーガレット。

「えっと、さっきお風呂でナズナさんに会って、言われたんだけどメイドさんには敬語を使うなって。理由を聞いたらメイドが困るって話だったから、お風呂に入る前は徐々にって言ったけど、敬語はやめることにするね。よりいっそう迷惑かけるわけにもいかないからね。そういうことで敬語を使わないようにするけど大丈夫? たまに敬語使っちゃうこともあるとは思うけど努力するから」

「は、はい。敬語をやめて頂けるとありがたいのですが、無理に変えて頂く必要はありませんよ。特に想護様は日本語をお使いになっているのでお客様である他の皆さま以外では魔術を使わなければわかりませんので気にしなくて結構なのですが……?」

 先ほど風呂場で聞いたことから言葉づかいを改めるように伝えたのだが、気にしないで大丈夫と言われてしまった想護。

「そ、そう? でも、マーガレットさんは敬語を使われるのと使われないのだったら、どっちが良いの? 本当のことを言ってね」

「えっと、どちらと問われれば敬語ではない方が良いです。敬語を使われると、その……、距離があるようなのと気を遣われているようで居心地というのですか? それがあまり良いとは思えないもので……」

 マーガレットに気を遣われているとわかる。それでもやはりどちらが良いのか? と問う想護。どちらかと言えば、と本音を言うが上手く言い表すことの出来ていないマーガレット。だが、その拙い日本語が逆にマーガレット自身の本当に思っていることを言っているのがわかる。

 そんな思いを聞いた想護が言葉遣いを改めようと決意をするのに、その思いは十分過ぎる理由であった。が、言葉遣いをすぐに変えればそれはそれでマーガレットに無理をしていると思われてしまう。

「じゃあ、最初に言ったように徐々に敬語から直していくことにしますね。これからよろしくお願いします

 結果、想護は当初の予定通りに少しずつ改善していくことにした。その手始めとして呼び方から変えていくことにするのであった。

 そして言葉と同時にニッコリとした笑顔を見たマーガレットが顔を俯かせた理由を想護が理解できるわけもなかった。



 その後はちょっとした会話をした。マーガレットと会話をして色々質問をしていると、わかったことがある。この世界異世界と地球との時間の流れについてである。一日は二十四時間。一年も三百六十五日と同じだが、地球と同じというわけではない、と言うこと。何でも時間の流れ方に違いがあるらしい。こちらの世界では一日しか経っていないの地球では一カ月経っていることもあったり、逆にこちらで一カ月経っているのに地球では一日しか経っていないということがあり得るらしい。この世界全体の時間の流れと地球の時間の流れの速度が相対的に速くなったり遅くなったりするらしい。そして今現在は丁度こちらの世界と地球との時間の流れる速さに差はないと言えるほどの誤差であるとのこと。

 これでまた一つ想護の懸念が無くなった。想護は地球に帰る方法が一応あることはブリスチーノから昨日のうちに聞いていた。

 しかし、実際に帰ったときに亀をイジメから救った有名な少年のように帰ってみると周りは知らない人ばかり、何故なら彼の知っている時代よりもかなり後のことだったのだから、と言ったようにタイムスリップが起きてしまう可能性を考えていたからである。

 その後もマーガレットの淹れてくれたカケラテ茶を飲みながら想護が質問してマーガレットが答える――逆もまたしかりといったようにマーガレットが想護に地球について質問することも稀にあったが――といった問答を繰り返していると扉をコンコンコンッと三度ノックする音が部屋の中に響いた。

「大切想護様。昼食をお持ちいたしました」

 部屋の外から女性の声が聞こえてくる。

 聞こえてきた声に反応してマーガレットが椅子から立ち上がり急いで扉に向かい扉を少し開けて外の人物と料理を確認すると、想護に向かって招き入れても良いかと尋ねた。

――マーガレットと随分と話してしまったな。いつの間にかお昼時になっている

 想護は時計を見ながら思う。想護には読めないが時計の文字盤には地球と同じく一から十二の数字が書いてあり、針は時計の頂点。つまり正午を指していた。

 先ほどの会話で想護の部屋として割り当てられたこの部屋にある家具などをどう使うのか、どのような時に使うのか、などを聞いていたために文字盤は読めずとも幸い地球と同じ数字の並びであるために、針の位置から今が何時なのかを知ることはできる。

 そんなことを考えて返事をするのが遅れ、返事の無いことに不思議そうに首を傾げ想護を見ているマーガレット。

「もちろん構わないよ」

 それに気が付いた想護はすぐに幾分か砕けた言い方で返事を返す。

 そんな想護に微笑みを返しマーガレットは部屋の外にいる給仕の人を招き入れるのだった。

 そんな姿を見ていた想護の心の中は砕けた言い方を試みてマーガレットが不快に思わなかったか心配していたがマーガレットの可愛らしい微笑みでそれも杞憂であったと理解し、胸を撫で下ろした。

 給仕は料理を机の上に並べると一礼して部屋から出て行った。



 給仕に運ばれてきた昼食ちゅうしょくは朝にもあった焼いた肉や、炒めた野菜といった比較的簡単な料理ばかりであった。味も今朝とあまり変わらず、素材の味を損なわない程度に塩と胡椒のようなもので味付けされている。別に高級フランス料理が食べたい。華やかなイタリア料理が食べたいなどと言うつもりはないが、朝とあまり変わらない料理ばかりでは少し残念ではある。せっかく異世界に来たのに一人暮らしの大学生のような食事だけでは面白くない。

 運ばれてきた料理は一人分でありマーガレットの分の料理はない。せっかく打ち解けてきたことや他に人がいないので一緒に料理を食べることが出来るではないかと思っていたので残念がる想護であった。

「お食事はお口に合っていますでしょうか?」

「うん。とてもおいしいよ。でも朝と似たような料理ばかりだけどこちらの世界異世界には料理の調理法に種類があまりないのですか?」

 想護が食べ始めて少しすると心配そうにマーガレットが聞いてきたので想護は微笑みながら返事をしてから思っていたことを聞いた。

「えっと、はい。他の国のことはわかりませんが料理は肉を焼いたり、食用植物を炒める、茹でる、またはそのまま食す、といったように調理方法が決まっていますが、想護様方の世界では他にも方法がいくつもあるのですか?」

 想護の質問に答えるマーガレットだが、気になったことを想護に問う。今朝会ったときとは比べ物にならないほどマーガレットの想護に対しての緊張は解けている。それはマーガレットの適応力の高さ故か、はたまた想護だからなせるわざなのかは考えるまでもない。そんな自然に言葉のキャッチボールをすることが出来るようになったマーガレットも想護たちのいた世界地球について質問するときには目をキラキラと輝かせて身を乗り出す勢いで聞いてくるのは地球について少しは知っているためなのか、全く違う理由なのかは誰にもわからないのだった。ただ、質問するときは勢いよく聞いてくるのだがすぐに自分の行動に気が付き、頬を赤くして恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう。しかし少し潤んだ瞳で見上げる姿はとても可愛らしく見えるのだった。想護は昼食前に何度かこれを見ており、可愛いなと思っていたが、普通の男子中学生なら一瞬で恋に落ちるほどの破壊力である。これを意識してやっていないのは救いであり恐ろしいことでもある。逆に意識してこんなあざといことをしているのなら今頃彼女に恋をしている男は数えきれないだろう。

「調理方法はそんなに変わらないかもしれないけど、時間や組み合わせ方で全く違った料理にもなるんだよ。他にも調味料の種類が数えきれないほどあって使う調味料一つ変えるだけで全く違った風味になったりして味に変化をもたらしてくれるんですよ」

「あのとは何ですか?」

 想護は別に料理に詳しいわけではないので当たり障りのないようなことを伝えるが、マーガレットは調味料がなんだかわかっていないようである。

「え? 調味料を知らないのか、いや存在しないのか?」

 想護はそう呟き考えた、地球では料理に調味料を入れることなど常識であり子どもでも知っているのにマーガレットが知らないということは異世界には調味料が存在しないのか、マーガレットが日本語でいうところの調とこの世界のとが一致していないだけか確かめるために調味料の説明をすることにした。

「調味料とは料理をする際に味を調えたりするものの総称ですけど、直接味覚に働きかけるような味を付け足すものや魚などの臭みを消す作用のあるものなど多種多様なものがあります。この世界にはそういったものはないのですか?」

 考え事をしていたせいか、気を付けようとしていた言葉使いがもとに戻り敬語を使っていることに想護は気が付いていないが、マーガレットも特に気が付いた様子はない。それも想護の話に興味が行っていたからであろう。話を聞いたマーガレットの返答は想護の予想していた通りではなかった。

「似ているかはわかりませんが食媒しょくばいと言われるものがに近いものだと思います。食媒は主にエルフが作っていた聖術媒介の中の特定なもののことなのですが、この食媒は肉や魚の臭みを消す作用や毒草の毒を中和するといった作用があります。副作用として料理の味にも変化を与えますので、料理の味を変えることもできますが、基本的に変な味になるので想護様の世界のように上手く料理に使うことはできないですよ」

 そうなんだ、と返事をしながら想護はエルフの作っているという食媒のことを考えていた。地球の調味料も使う素材や調理方法と上手く合わないと良い味にはならないことは料理にあまり詳しくない想護でも知っている。だから食媒も上手く使うことが出来れば料理をおいしく出来るのではないかと思った想護は食媒を手に入れることが出来たのなら、ちょうど一緒に異世界に来た料理に造詣の深いクラスメイト料理人がいるので渡したら喜びそうだなと渡した時のことを考え笑みをこぼした。

 想護がマーガレットに見守られながらの食事を終えて少し経った頃、廊下から誰かの歩く音としゃべり声が聞こえてきた。その足音は想護たちのいる部屋の扉の前で止まり、コンコンコンッとノックする音が部屋に響いた。

 来客だ。

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