小さなエルフと魔導陣師への誘い 1
4689年7月。静寂に包まれた心地よい自然と一体化した図書館。内部と外部が曖昧なその空間には多種多様な種族が混在していた。
体毛で覆われた種族、体長10cmほどの種族、小柄だが筋骨たくましい種族そして管理運営している魔導人形など様々だ。
その中で、浮き上がった巨大な根っこを机にして、四角に切り取られた小岩ほどの大きさの椅子に座って、児童用の歴史本『どーしてぼくはぼくなんだ。』を熱心に読んでいる黒髪の少年がいた。
「えぇ、怖すぎる...」
痛嘆の言葉を漏らしていた。
それは、少年が命ある生命体だからだ。
「おぉ、なんかすごい...」
感嘆の言葉を漏らしていた。
それは、少年が好奇心あふれる子供だからだ。
「ちょっと、静かに本読みなさい」
「はぁ、そんな事があったのか...」
悲嘆の言葉を漏らしていた。
それは、少年が魔法が使えない人間だからだ。
「ちょっと聞いてるの? ねぇ」
「ふうん、そうやって町ができたんだ...」
驚嘆の言葉を漏らしていた。
それは、少年がヤマトの住人だからだ。
そして、次のページをめくろうとした時
「お母さんの言うことを聞きなさい!」
母が、大きな声で静けさを喚起する。ことはなく、しっかりと声を抑えて、編み物用の竹串で精確に少年の眉間を貫いた。
「うがぁ...」
突然、眉間に現れた鋭い痛みに喉が
「な、何するんだよう。集中してたのに」
「声を出して読むんじゃありません」
母は、眉間をついた事でほつれてしまった編み物を直しながら警告する。
「あまり変な事していると帰りますよ」
母の言葉で無意識に声を出していたことに気付き、今更ながら慌てて両手で口をふさいだ。それがもう意味の無い事だと理解し、ゆっくりと手を外した後「ごめんなさい」と母に聞こえる最低限の声量で答えた。
現在、少年とその母は第七都市[イアピクサ]と呼ばれる列島級森林都市に創られた図書館に来ていた。正確には大魔導収蔵図書館と言われる世界に九つしかない図書館の一つで、世界の知識の全てが収められている。
建物は天に霞むようなシンボリックな樹が宙に浮かび上がり、大きな根が血管のように全体を覆っている。いつ入館したのかさえ
「今度同じことしたら、もう連れて来てあげませんからね」
母は念を押して少年を叱った。
それは躾という側面も当然あるが、人間であるが故に魔族が多くいる場で迷惑をかけるわけには行けなかったからだ。何故なら、人間は種として実質的に魔族達に管理されている立場にあるからだ。
人間は、突如飛来した隕石によって著しくその数を減らした。積み重ねてきた文明も破壊され、その後現れた魔法を扱う事ができる生物、魔族が地球を支配する事となった。
さらに、その隕石から発せられる放射物質を人間が大量に吸収すると死に至る事が明らかになった。それによって、人間は魔族達によって
人間と魔族には決定的な差があったのである。母が執拗に叱るのも仕方ない事だった。
少年は、ピリピリした雰囲気に耐え切れず気分転換の為に読む本を変えに席を立った。
母ちゃんは気にしすぎだよ。でも魔族の人たちのおかげで僕達が生きていけてるのが現状だし
少年は考えた。どうにか人間と魔族が平等になれないかと。
「そっ!.....」
声を出しそうになるのを寸前で口を押さえる。
そうだ!僕たちが人間だけで独立できれば、少なくとも守ってもらっているという引け目はなくなるはず
「そうと決まれば情報収集だ。まずは現状把握からだよね」
少年は、歴史区分の現代史を探しに足を速めた。
◯
母は一時的な感情の高ぶりを悔いていた。
人間種という事を別に卑下しているわけではなく、むしろ誇りにさえ思っている。しかし、頭で理解していても体が反応してしまう。2000年以上もの間、魔族よりも劣っているという歴史がDNAに刻まれているのだ。
眉間をついた竹串の先端を撫でながら元の席に座り、編み物を再開した。
母は読書をする習慣が元々無かったので図書館に来た時はもっぱら手芸を嗜み、最後の1時間で本をパラパラとめくるだけだ。
どうすればこの子達を、もっと自由にさせてあげれるのでしょうか
この状況をどうにかできないかと思案するも、現状維持以上の妙案が思いつく事はなかった。
◯
にゃんとぉぉぉ〜〜〜!
同じ事考えとる奴昔にもいるんかーい! 失敗しとるやないかーい!
少年は机に突っ伏して絶望に浸っていた。
ああぁ〜。全てを独占して利権でウハウハな人生が
少年が開いているページの一文には、魔族から人間へのエネルギー供給は条約で締結されており、人間だけでエネルギーを自立する事が禁じられていると要約されている。
「はぁ〜」
ため息をつきながら本を返しに立ち上がる。
「どうすれば良いんだろう」
世界を救うには
そもそも世界を救うってなんだ
僕達人間種以外困ってるように見えないよ
と、言う事は!
人間種が絶滅すれば世界が救われるという事か
そっか〜
思考停止になりながら目的なく彷徨う。
本棚に並べられた背表紙をずらずらと目を通しながら、しかし視覚情報は次の瞬間消え去っていく。
しばらく行くと、書架が途切れ
利点は場所をとらない事と情報の伝達が素早い事、そして半永久的に情報が劣化しない事である。読み方とし、特殊な場合だと直接脳にインストールするか自身の得意な属性に情報を変換して食べる又は吸収して情報を得る方法がある。
また、図書員の呼び出しや飲食の注文もできる。
「これが映像出す機械か」
やっぱり、全く反応しないよね
微かな望みも虚しく起動することはなかった。
強く念じてみても、天に掲げてみてもうんともすんとも言わなかった。
少年は惜しみながらも
すると突然、高音域の奇怪な声が聞こえてきた。
「ンフフあなた! 諦めてはダメよ! 祈りなさい! そして感謝しなさい! そうすればあなたでも魔法が使えるようになるわ!」
隣に片膝をついて
「え、ええ...」
突然のことに戸惑う少年。
しかし、そんなことを気にもせずにエルフの少女は続けた。
「何ボーっとしているの? 早く真似しなさい! そして祈るのよ! 感謝するのよ! そうすれば魔法が使えるわ!」
「う...うん」
少女の気迫に押された少年はたどたどしく
「腕をもっと高く! 背筋を伸ばす! 腰をもっと落として! 足首はピンと伸ばしなさい!」
エルフの少女は指摘した箇所を叩きながら、さらに言葉を続ける。
「そして感謝しなさい! 生まれて来たこと! 今生きていること! そして私に!」
少年は感謝した。生まれてきたことに。今生きていることに。そしてエルフの少女に
「って、なんでだよう! 何でお前に感謝にないといけないんだよ!」
突然ブッ込まれた言葉に、ようやくツッコミを入れることができた。
目を開けると、そこには美しい女神のような少女が少年を見下ろしていた。
少年はあまりの美しさに固まってしまった。
「ンフフお前? 神様に向かって使う言葉ではないわね! 地獄に落ちて小腸引きずり出されて綱引きされるといいわ! 勝ち負けはどれだけ血飛沫をあげられるかで決まるのね! 残酷!」
美しく尖った唇からは想像できない雑言が帰ってきた。
「名前がわからないんだから仕方ないだろ! そもそも神ってなんだよ!」
「何? そんなこともわからないの? ...神。そうね、神ってなんなのかしら」
エルフの少女は突然黙り、考え耽りはじめた。
なんなんだコイツは
初めて出会うエルフの少女に少年は戸惑っていた。
降り注ぐ日射を反射して、銀色の長い髪がキラキラと輝く。
その髪を分けるように突き出ている尖った耳が、時折上下にピクピクと動いていた。
「い、いいよそんなに考えなくても!」
「あなたダメね! 思考の停止は進化の停止。だからあなた達人間は未だに魔法を使えないのよ」
「なっ、なんだと!!」
「何よ。神に盾突く気?魔法が使えない者に対して魔法が使えるかもしれないという希望を与えるような行為を行う私は、神としての条件に適合していると言えるわ!」
「言えないよう!」
「ンフフあなた、希望をもらうだけもらっといてその後はゴミみたいにポイって捨てちゃうのね!? 酷い! 鬼! 悪魔! DV夫!」
少年は怒りを通り越して、疲れを感じてきた。
気持ちを落ち着かせるために一息ついた後、とりあえず名前を訪ねることにした。
「わかったよう。で、お...君の名前はなんていうの?」
「あら、名前を相手に訪ねるときは自分から答えることが礼儀よ」
気持ちを抑える。
無茶苦茶な少女に礼儀を指摘されることに不満を持ったが、一方でそれもそうだと納得できたので少年は名乗ることにした。
「むっ。...僕は比呂彦。
「ンフフあなた私の名前を尋ねたわね! この美しい私の名前が知りたいのね! ンフフでも教えないわ!」
「ええー!! なんでだよう!」
エルフの少女は鼻高々に比呂彦を見下ろしてくる。
背丈は同じくらいだが、自信みなぎる態度がそう感じさせる。
「ンフフ仕方ないわね、でもそれはとても意味のない事だと言えるわ」
「どういう事?」
「それは私の名前を聞けばわかるわ。いい?しっかり聞くのよ?」
比呂彦を指差す。
形の整った爪を見つめるだけで何かの暗示にかかってしまいそうだ。
「私の名前は...」
エルフの少女は一呼吸の後、名前を名のった。
「リキュート・ヴォリ・フィダ=ティシァプド=ウォピサイオ」
エルフの少女が口を動かし言葉を発する。
しかし、比呂彦には少女が何を言っているのか全くわからなかった。
それは、名前が長かったからではない。
言葉をしっかりと聞こうとすればするほど
「え?何.....。なんかボヤけてよく聞こえないけど」
「ンフフまあそうね。私の名前は古代語でできてるの。そして、古代語は誰にも聞き取られないようにジャミングかけてあるもの」
「古代語? ジャミング? ...じゃあ結局名前わからないじゃん!もうなんなの!」
「はぁ。あなたすごく我儘ね。とても疲れるわ」
エルフの少女はやれやれと首を振っている。
......ぐぬぬ。すごく殴ってやりたい
比呂彦は拳を震わせながらもギリギリで持ちこたえていた。
「まあいいわ、私の名前は...そうね。サラ、サラでいいわ。サラと呼んでくださいな」
最後の母音に有無を言わせぬ迫力を纏わせ自信みなぎる群青色の猫のような瞳がこちらを見つめてくる。
「サラ?」
絶対偽名だよね
その疑問を確信しながらも、それ以上問いただす術を持たなかったため諦めることにした。
「じゃあ付いてきなさい! ウェルトシュタイン!」
「ウェルトシュタインって誰だよ!」
「あなたのことよウィッシュ!」
「なんでだよう! もう略してるし!」
「いいじゃない。”はちじんひろひこ”なんてダサい名前より”ウェルトシュタイン”の方がカッコイイじゃない! ウェルトなシュタインよ! 素敵!」
「もう、意味がわからないよう」
「ンフフ、ウェルトシュタイン! 人生とは予測できないものよ! 覚悟しなさい!」
そう言うとサラは、両手を腰に当て足を広げて比呂彦を見据えた後、言葉を放った。
「ウェルトシュタイン! あなたは私の弟子に決定ね!」
エルフの少女との、運命が加速する出会いであった。
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