小さなエルフと魔導陣師への誘い 2
「早くついてらっしゃい。え〜と...ウエストリアス!」
「ウェルトシュタインだよ! いや、ウェルトシュタインでもないけど」
サラと名乗るエルフの少女は、芯のブレない軽やかな歩きで彼女の背丈の何倍もある本棚の間を駆け抜ける。比呂彦達は一番最下層(地下5階)の隅の木漏れ日さえ届かない所にある、壁がツルでびっしり敷き詰められた区画に連れてこられた。
「ほら。あれが見える?」
サラはドワーフが座っているにも関わらずその机を隠れ蓑として利用し、無邪気な笑顔で蔓が敷き詰められている壁を指差した。
「え? ハァ..ハァ...なに? 何もないけど」
なるべく音を立てずに早く歩くのが思いの外疲れることを体感し、サラの傍若無人さに呆れつつサラが指差す場所を確認する。
「ンフフ変だと思わない?あそこだけ変に苔が途切れているわ」
「えーと...確かにそんな気がしないこともないかなぁ」
サラが比呂彦の方を向いて嘲笑っている。
「ククク何を言っているの?本当はあっちの壁よ!何?どこの苔が途切れているって!?賢い私に教えてちょうだい!」
「卑怯だよう!」
「卑怯?知ったかぶりするのが悪いのよ。あなたバカなんだから、バカを振り撒いてればいいのよ。さすれば、賢い私が何でも教えて上げるわ。これからはもっと素直になることね」
「わかったよ。けど...そうやって騙すのもなしだからね!」
「ンフフいやよ!だって面白いもの!楽しければなんだってオーケー!さあ、もっと私を楽しませなさい!」
「何でそうなるんだよう!」
「しー!あなたさっきからうるさいわよ。本当、躾がなってないわね」
人差し指で唇を塞がれる。
少しドキリと身じろいでしまう。
「ん...うぅ...」
「ンフフあなたは私の弟子なんだからしっかりしなさい」
完璧に翻弄されている比呂彦の姿を見てサラはとてもご満悦のようだ。
「あの壁、隠し扉になってるのよ。で、何が隠されていると思う?」
「そんなの知らないよ」
「少しは考えなさいよ。10秒あげる。なんでもいいから一つ答えなさい!ンフフ答えれなければ下僕に格下げよ!下僕よ下僕、いい響きね!はい、じゅーう!」
サラがカウントを始める。
10、9、8とじっくり味わうようなカウントが比呂彦を追い詰める。
「えっ...えっ...えーと、あーと...」
5、4、3。
0に近づくほど気のせいかサラのテンションも上がっていく。
そして、1、0。と言うのと同時に
「あああ、アレ!なんかすごい魔法が隠されてるんだよ!」
サラが若干残念そうな顔をしながらパチパチと拍手している。
「なかなかやるじゃない。そうよ、私が聞きつけた情報では非公開の秘術があるってことらしいわ」
サラは人差し指を掲げる。
「でもね、情報っていうのは公開されるべきものなのよ。なぜだかわかる?」
比呂彦は一瞬「わからない」と答えそうになったが、またさっきのような事になりかねないと思い、頭をフル回転させて答えを絞り出した。
「えーと...んーと...何か危ないから!」
「ンフフ抽象的ね。まあ、表面的にはそういう事になっているのも事実ね。でも、本当の理由は違うのよ」
コホン
息を払い、吸い込まれるような瞳を比呂彦に向ける。
「私はあなたの師匠。特別にご高説してさしあげましょう」
前置きを置いて説明を始める。
「4639年、人間と魔人との内戦「魔人内戦」で魔族陣営側で特別に発足した議会はご存知かしら? あらそう知らないの! ンフフいいのよ。とても重要な議会よ。議題は『全種族間における人間種の存続意義』これが大いに関係しているの」
まずは背景からね!
「今となっては全種統合連合族が世界を統治しているけれども当時は各種族ごとに長を選出して各々の種族を統治していたの。そして人間種の反乱を機に幾つかの種族が危機感を感じたの」
「え? 魔族が人間に危機感を持ったの?」
「ん? いいえ。人間種にでは無いわ。将来、力のある種族が反乱を起こす可能性に対して危機感を感じたのよ。筆頭は一部のエルフ、続いてドワーフと小人が議会の発足に尽力したの。残りのエルフや妖精は自由気ままな性格から中立的立場に位置し、機獣・獣人・ウィッチの種族は話し合いの余地なく人間種の根絶を主張していたの。でもね、機獣・獣人・ウィッチの種族はエルフの未知なる技術に多少の危機感と好奇心を持っていたのよ。」
特に魔術オタクのウィッチは興味津々ね!
少しおどけた調子で話す。
「そこで彼らは議会の席に着く代わりにエルフに対して技術の開示を求めたの。それに対して怒りを表したのが中立組のエルフね。エルフは他種族に対して無関心を貫く代わりに他種族からの干渉を拒む性質があるの」
「へ?サラもエルフなんでしょ?どこが無関心なの?」
「ンフフなかなか言うじゃない。挑発しているの? 私は特別なのよ!」
こんなのが普通たったらとんでもないよ
比呂彦もサラが特別なのだと信じたかった。
「その後、エルフの種族内で抗争が始まるの。未来に不安を抱くエルフと自由気ままを愛するエルフ達がね。結果は中立組のエルフの負け。なぜなら議会発足組は機獣・獣人・ウィッチが後ろ盾についていたもの。一方的だったと言われているわ。」
その後は歴史通りよ
口調が穏やかに変わる。
「議会が開催され人間種の保存が決定づけられる。それを機に全種統合連合族を設立。その代わり、取引として全種族の他種族への技術の開示が決定されたの。以上でご高説終了よ。何か質問はある?」
長い文脈をスラスラと歌うように話す姿に魅了されつつ疑問を投げかけた。
「じゃあ、負けたエルフはどうなったの?」
「ンフフ流石ね。私が撒いた質問の種に気がつくとはね。答えは目の前にあるわ」
「そう、ハイエルフよ」
比呂彦は衝撃を受けていた。
ハイエルフ。エルフの中でより純度の高いエルフのこと。
エルフ自体も個体数が少なく、ハイエルフとなると超希少種とも言われる。
「サラってハイエルフだったの!?」
「ンフフ、エルフとは耳で見分けをつけるのが一般的よ」
耳の先をチョンチョンと指差している。
サラが肩を落とす。
「まあ、実際は私達がエルフを名乗るべきだと思うわ。ハイエルフの能力値が高いと評価されているけれど、それはエルフの能力値が下がった事で相対的に私達が強く見えるだけなのよ。だからどちらかというと私達がエルフであっちがローエルフってとこかしら。でも勝利したのはあっちだから、基準もあちら側になるのはしょうがないわね」
「なんで同じエルフ同士が戦い合わなきゃいけないの? それっておかしいよ」
「そうね、それは矛盾してるかもしれないけれど自分たちの種族、いや、それ以上のエルフという存在を守ろうとしたからよ」
「おかしいよ、守りたいのに殺し合うなんて....おかしいよ」
「仕方ないじゃ無い。それほど譲れなかったって事なんだから」
「そんなのって....そんなのって、無いよ...」
許容できない価値観にどうしていいのかわからなくなる。
「そんな...ウグッ...う" う" あ" あ" ぁ.....」
堪えようとしたが涙が溢れてしまった。
「ちょっと、何泣いてるの!? 大丈夫よ! 今ではエルフもハイエルフも元の関係に戻ってるし、しっかり生きているのよ!」
「う、うぅ....でも、でも.....」
「ンフフまあ、私達の事で涙を流してくれて嬉しいわ。あなたを弟子にしてよかったと思うわ!ウェンドルッシュ!」
「ウェルト....シュタイン....ウグッ....だよ....」
サラが突然比呂彦の後ろに視線を移し早口に言葉を放つ。
「ンフフ、いい子ね。あなたそのまま動いちゃダメよ。私が逃げるまでね」
そう言うとサラは足早にその場を去った。
訳のわからない比呂彦はサラを追いかけようとする。
「えっ..ちょっと待っ...」
長い時間しゃがんでいた為、直ぐに動けずにいた。
そして
ゴチーーン
「うるさいんじゃこらー!!!!!!!!」
ドワーフのゴツイ拳が脳天に炸裂した。
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