エピローグ 五月八日(金)

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 き~んこ~んか~んこ~ん。教室内に響く『本日の授業終了』の鐘。

「お~、帰ろうぜ~、一馬~」

「ふぇ~い」

 俺のダルい声かけに、一馬が気の抜けた返事を返して来る。

 教室を出る所で鎮目とイシャのコンビに出くわした。鎮目はいつもの嫌そうな顔で、

「何よ、その二百円引きの秋刀魚サンマみたいな目は。体育祭から一週間しかたってないのよ」

「鎮目よ、人はな、全力を尽して、かつ、それがなんの意味も無かった事を悟った時に、真の燃え尽きを味わうのだよ」

 体育祭が終わり、妙に張り切って頑張った割りに結果が出なかった俺たちは、すっかり以前のグダグダモードに戻ってしまっていた。

 体育祭は結局僅差きんさで白組の勝利に終わり、俺達赤組は無念の敗北に苦渋くじゅうの涙を流した。

 水泳の失格も大きく響き、来月からの俺のお財布状況は想像を超える地獄に見舞われる事がすでに決定してしまった。

「無駄なんじゃ~、頑張る事に意味なんぞ無いんじゃ~」

「ウザイ! 例の娘のロボット取り戻してあげたんでしょ、それで少しは達成感ないの?」

 俺はしょぼんとした顔で、

「いや~、あれもあの後話を聞けば、何かその辺に落ちてたの拾い直しただけみたいでさ、その戻って来たって時間から考えても──ホントに水泳頑張る意味あったのかっつー話」

 鎮目は少し困った顔をして、

「う~ん、分からないけど一見関係なくても、何か巡り巡って風が吹いて桶屋が儲かったとか、そういう事なんじゃないの?」

「わかんな~い。そもそも肝心の水泳からしてモヤモヤした結果だったからな~」

 一馬はお手上げ! のポーズで言う。俺も、う~んと考え込んで、

「一着でゴールはしたが無効試合。運命の神的にあれはアリかナシか? 姐さんに是非聞いてみたかったんだが──」

「あれから、まったく捕まんなくてね~、突然フラリと海外とか行っちゃう人だから~」

「あー、煮えきらんわ~」

 俺達の様子を呆れ顔で見ていた鎮目は小さく溜息を一つつき、

「もういいわ、面倒臭い。そもそもなんでアタシがアンタ達慰めてんのよ、意味分んない」

「俺もそう思いま~す」

 へらへら笑う俺を横目に見ながら、鎮目は吐き捨てる様に言う。

「体育祭当日のギラギラした目をしたアンタを、今のアンタに見せてあげたいわ」

「あいつはもうしんだよ……ぐへへ」

 茶化す俺に、鎮目は諦めた様にもう一度、大きな溜息をついた。

「ゴメンね鎮目さん。ほら、お祭りの時だけ元気になるDQNドキュンっているじゃん、ああいうんだと思って~」

DQNドキュンじゃないもん! ちょっと不良っぽいくらいだもん!」

 騒がしく歩く俺達の進行方向に、窓際で談笑している見知った三人が姿を現した。

「あっ、功刀禅……テメエ、この間は良くも――」

 廊下の窓枠に腰かけたまま麒麟の義雄がガンを飛ばして来る。

「ほれみろ一馬、こういうのを真のDQNドキュンというのだ、よう、麒麟ヨッ義雄君ゃん。思ったよか元気そうじゃないか、両脇の玄武と白虎の二人も」

 麒麟の義雄はあちこち絆創膏をしているが、特に酷い怪我はしていない様だ。

「へ、鍛えてっからよ、あんぐらい屁でも……へ、ヘッッブシャイ!!」

「おや、どうした? まさか五月の初めだっていうのに東京湾で一人水泳大会でも開催したんじゃ? 気をつけろよ。今年の風邪は、し・つ・こ・い・ぞ!」

「クッ! この──」

 俺の軽口に反応して出てこようとする白虎と玄武の二人を麒麟の義雄が手で制した。

「へっ、今のうちにヘラついてな。今日の所は見逃してやるけどよ、風邪が治りしだい今度こそケリつけてやるからよ」

 一馬はうえ~と舌を出して、

「面倒くさいな~。禅も、もう相手しないで、ほら行こ行こ」

「そうよ、ほらイシャ、コイツ連行して」

 俺は一馬とイシャに手首を引かれながらも、顔だけは麒麟の義雄に向けてベロを出す。

「へへへ、覚えてろよ。必ずリベンジ決めてやるからよ、楽しみにしてな」

 ハ~イハイ。俺が手を引く二人に従って前を向こうとした時、

「あの男女のオッパイも揉みそこねたしな~」

 ピクッ。

「義雄君ホント巨乳好きだよね~」

 俺は一馬とイシャの手をパッと振り解く。

「やっぱり殺しとこう」

 だが、身を翻した俺が見た物は――

 窓枠に腰かけた麒麟の義雄の後ろにヌッと現れたオセ先輩の姿だった。

 恐らく、下の階のひさしの部分に立っているのであろうオセ先輩は、義雄の首を左腕でロックして一気に引っぱり出すと、彼を流れる様な動作で逆さに担ぎ上げた。

「な、何すんだてめえ! っておい、待てヤバイって裏婆死武瑠りばーしぶるしてない時は普通の――」

 オセ先輩はどこか哀しげな色を湛えた瞳でチラリとこちらを見ると、そのままフッと俺達の視界から消えた。

「みゅきゃあああぁぁぁぁあ!!」

 ズドンッッ!! と響く鈍い着地音と、プギュルッ! という聞いた事の無い悲鳴を響かせたのち、再び壁をよじ登って来たオセ先輩に俺は一言。

「先輩三階の窓に腰かけてる人間に雪崩式垂直落下ブレーンバスターは」

「げふうっ」

「酒くさっ!」

「あのなあ、プロレス的にはなあ、コーナーポストの上であの体勢になった奴はすみやかに投げてやるのがは礼儀なのだ、いやさ、もっと言うならワシには奴の『さあ掛けてこい、どんな技でも受けきって見せる』と言う声が聞こえたのだ」

「幻聴です。飲みすぎです」

 またマルコシアス先輩と飲んでいたのか、オセ先輩は大分酒が入っているようだ。

「あとこれだけは言っておくがな少年、今のは雪崩式では無いぞ。リング下(校庭の事)に落とした訳だから、この場合『奈落式』もしくは『断崖式』と表現するのが正しい」

「はーい、ごめんなさーい」

 ニコニコしながら言う俺。よっぱらい、面倒くさい。

 横で唖然としていた玄武と白虎の二人は我に返り。

「よ、よくも義雄君を~!!」

 と報復すべくつかみかかって来るが、オセ先輩は二人の頭をつかんでガツンと同士うちさせるとそのままポイポイと窓の外に放り棄てた。

「あはあァァァ~ぁん!(ドサポキッ!)」

「お母~~さ~~ん!(ズシペキャッ!)」

 あまり良くない落ち方をした様だ。

 パンパンと自分の頬を叩いて気を引き締めるオセ先輩。

「うしっ! 酔い覚ましには丁度いい運動だったわ」

「あれ~、そう言えば残りの二人はどこへ行ったんだろ、たしか五人組だったよね」

 一馬の疑問にオセ先輩が答える。

「おう、潤と堅弥の二人か、あいつらはあれからイロイロあってな、プロレス研に入る事になったのだ」

「イロイロって――」

「なるほど。そこの角から二人の少年が恋する乙女の眼差しでこっちを見ているのが先ほどから気になってしょうがなかったんだが、それで納得がいった」

「詳しく聞きたいか?」

 テカテカした顔を近づけて来るオセ先輩を、

「生臭そうだからいい~」

 一馬が笑顔で退ける。

 俺達は再び昇降口に向かって歩き出した。

「ところで、今日はマルコシアス先輩は?」

「部活だ。ちなみにウチは今日は超回復デーだからな、さぼっている訳ではないぞ」

 俺たちはゾロゾロと階段を降りる。下駄箱が見えて来ると、向こうに一際大きな青黒い肌をした羊顔の巨人と赤マントの少女のコンビが見えてきた。

 クトゥルーが戻ってきたアリスは、また元の半不登校状態に戻ってしまった様だ。

 あのまま上手い事、外の世界に慣れてくれたらとも思ったのだが、残念ながらそこまで単純ではないようだ、仕方がない。こればかりは時間をかけてやって行くしかあるまい。

「禅くん、こっちこっちー!」

 アリスの横で元気に手招きしているセシリー。

 二人は例の体育祭での共闘をキッカケに友達になったのだそうだ。

 あのアリスに同じクラスの友達が、今回唯一の収穫と言っていい出来事だな。

 俺は近づいて声をかける。

「よぉっ、元気そうだなセシリー、それにアリス。クトゥルー戻って来て良かったな。すっかり元通りだ」

 アリスは気を付けをして、丁寧なお辞儀をして来る。

「あはは、いいよいいよ。結局俺はクトゥルー奪還には、あんまり役に立たなかったみたいだからな」

 アリスは手と首をブンブン振って『そんなことない!』と言ってくれる。

「あ、オセ!」

 セシリーがオセ先輩に気づいて身構える。

「この間の小娘か、なんだ、続きがしたいのか?」

「うう、奥宮先輩に『悪魔でも学園生なんですからむやみに狩っちゃ駄目ですよ。どうしてもと言うのなら卒業してからにしてください』って釘刺されちゃったから、当面見逃して上げます。あ、有り難く思いなさい」

 その横でセシリーの目立つ赤マントを見た鎮目が何やら悩んでいる。

「ど、どうした? 鎮目」

「う~ん、あの赤いマント、どこかで──」

 鎮目の視線に気づいたセシリーが慌てる。

「は、はわわ、し、鎮目さん! お、お久しぶりでふ!」

「ねえ、貴女、どこかで会わなかった?」

「薬局で! 薬局で会ったセシリーだよ、鎮目! な、覚えてるだろ?」

 俺は咄嗟とっさにフォローを入れる。

「そ、そうそう薬局です! それ以外はマルデ・ショタイメン!」

「ああ、そうそう、このバカがウソ八百教えて困らせてた――うんうん思い出した」

 セ――――フ。

 セシリーとアイ・コンタクトを交すと、彼女は目に軽く涙を浮かべている、怖かったのね、泣くほど恐ろしかったのね。

「所でどうしたの~、こんな所で二人して誰か待ってたの?」

 尋ねる一馬に、セシリーは目元を拭い、気を取り直した様にパッと悪戯っぽい笑みを浮かべると、『ほらほら』とアリスを小突いた。

 ちょっとオロオロしたアリスは、深呼吸のジェスチャーを一つしたのち、意を決した様に胸に手をあてた。ガクンとクトゥルーの首から力が抜ける。

 するとその後ろ、下駄箱の陰から外したヘッドセットを手に持った本物のアリスがオズオズと顔を出した。

「わ~い、中の人だ~」

「え~! この娘が?」

 一瞬で事情を察した皆から思い思いの歓声が巻き上がる。その状況にアリスの白い顔は真っ赤になってしまった。

 うつ向いたまま、セシリーに押される様にして俺の前までやって来るアリス。

「凄いんだよアリスちゃん、電車乗って来たんだから」

 セシリーが嬉しそうに俺にそう伝える。

「お、おう! そりゃあ頑張ったな、アリス。その髪は床屋行ったのか?」

 伸びっぱなしだったアリスの柔らかそうな金髪は首の上の辺りで綺麗に切り揃えられ、フワフワと自然な巻き毛を形作っている。前髪もキチンと作ってピンで留められていた。 

  服装は相変わらず男の子みたいだが首から上はまるで西洋人形の様に立派な女の子にチューニングされていた。

「と、床屋はまだ、レベルが高いです。こ、これは、奥宮先輩が、切ってくれました、ダメ、でしょうか……?」

 自信が無いのか前髪を気にしながら不安そうに見上げて来るアリス。

「駄目じゃない、駄目じゃない。に、似合ってるぞ。で、どうしたんだ今日は一体?」

 俺がわざわざ頑張って学校に出て来た真意を聞くと、アリスは恥ずかしそうに下を向いたまま消え入りそうな声で呟いた。

「…………ラーメン」

「えっ?」

「……前に、約束したから、ラーメン……連れて行って貰うって……」

 俺は理解した。この娘は自分で一歩を踏み出したのだ。

 辛い過去を捨て去る事など出来ないし、そうする必要も無い。

 新しい人生のページをめくるのに必要なのは、過去それをホンの少し脇にずらして置く意思。

 だが、たったそれだけの行為がどれほどの勇気を必要とすることか。

 彼女が乗り越えた不安も葛藤も、俺には本当の意味で分ってやる事など出来ない。

 だがもし、お節介なバカとの他愛のない約束が、背中を押すホンの小さなキッカケになってくれたのだとしたら――

 頑張る事に意味なんて無いんじゃなかったのか?

 俺はなんだか無償に嬉しくなって大声で笑い出した。

「はっはっはっ! オーケーオーケー! 何杯でも奢ってやる」

 俺はアリスの頭をワシワシと乱暴に撫でる。

「ヤッタ! 奢り!」

 横でセシリーがガッツポーズをしているが、まあいい。

「おう『道観どうかん』か、酒のシメはやはりラーメン。いいなワシも行くぞ」

「僕も~」

「おう! 体育祭の打ち上げだ。鎮目とイシャも付き合えよ」

「う~ん、イシャ、いい?」

 鎮目はご飯を食べれないイシャを気遣うが、

「コクコク(グイグイ)」

 イシャは鎮目の袖を引っ張っている、むしろ行く気満々の様だ。

「ようし、行くぞ!」

 俺達はラーメン屋に向けて出発する。

 俺は皆揃っているか確認しようと振り向き、ふと思う。しかし見事なまでの謎集団だな。

 豹顔の魔王と銃器ガンマニアのエクソシスト、気の抜けた顔した元悪の組織の大幹部に、羊顔の格闘ロボットと気の弱いそのパイロット。一見普通の女子高生がいるかと思えば凶悪な言霊使いで、挙句は超古代文明の人型兵器まで――

 めちゃくちゃだな。まるでウチの学園の縮図みたいだ。

 行列の後ろの方を、自律モードのクトゥルーがヒョコヒョコ歩いている。

 その脇に寄り添う様に歩くアリスと、ふと目が合った。

 彼女は少し恥ずかしそうに微笑む。

 ――まぁ、なんだ、たまにはこういうのも、悪くないよな。

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セカンドライフ・スーパーハード @ose

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