第9話:夕比奈事件

 収録当日、夕比奈ユキは俄然やる気になっていた。富を得ることを約束されたと言っても過言ではない、スロット専門店へと二度目の来店となるのだから仕方はないのだろうか。一方、颯もユキの扱う魔法が実在すると信じ、設定6を見極める魔法があるという言葉も同様に信じていた。


 二人はともに、収録の許可を得たスロット専門店ガーデンへと朝から並んでいた。早朝から外に出るにはまだ肌寒い季節、並び順入場の店前で朝7時から並んでいるのである。開店時間が10時からなので、これから3時間は待機時間である。が、颯はハンディカメラの準備をすると三脚にセットしカメラを回しだす。


「おはようございます、夕比奈ユキさん」

「おはよう颯」

「いやいやいやいやいや、名前名前!」

「何を慌てている颯?」

「プロデューサーさん、プロデューサーさんって呼んでね! タイトルコール宜しく夕比奈ユキさん!」

「ふむ……夕比奈ユキの! こぜ6!」


 いつものハスキーボイスから一転、女の子特有の高めの声に柔らかさを含んだ声色に変え、タイトルコールをするユキ。颯はこんな声も出せるのか、と少しだけ困惑していたが収録中だという事を思い出し、トークを開始した。


 スロット番組だが、フリーのコスプレ少女で某人気番組でモザイク込だが取り上げられていたのだ。自己紹介にも気合いが入るユキは、黙々とカンペを使うこともなく自らの存在をアピールしていく。


「私は魔法使いだ。こた6から必ずこぜ6と言って見せます!」


 これたぶん6からこれ絶対6と言って見せる、というのがこの番組の趣旨である。自称魔法使いが設定6の台に座り、これたぶん6ですよーから始まりこれ絶対6です! と言い切る流れをやるのだ。指定台でもなく、純粋にユキの魔力探知による設定判別なのだが、魔法なんて誰もが空想上の産物だと知っている世界なのだ。せいぜいエスパー力すげぇ、で終わるのだからチョロイものである。


 朝のトークを終え、ユキはある程度のあたりをつける。


「颯、あの島が電圧高いぞ」


 颯は笑いながらその言葉を聞き入れ、島図を確認する。旧台が多くある島だが、バラでの取り扱いはなく最低3台からの並びで設置されているのだ。


 捕捉になるが、ユキの言う電圧とは颯が教えた単語である。意味はこうだ。電圧低いと当たらねぇ! 電圧高いと当たりやすい! という一切意味のないオカルト用語である。それを隠語として、ユキの感知する電撃系の魔力を電圧と言い換えているのだ。ユキからすれば、電波や電気の流れは魔法とそう変わらないらしい。


 さて、颯が確認した島図にはユニバーサルエンターテインメントの出す台が並ぶ、通称ユニバゾーンであった。確か以前もユニバの台に設定6が入っていたのを思い出す。


「ははーん、なるほどなるほど。さてはこの店、優良店だな!」


 颯は確信した。大阪に出てきてまだ二度目の来店だが、どうやらこのガーデンという店はユニバの台が大好きらしい。それに、設定6なんて滅多に入れることがないと思っていただけに、こっそりと優良店認定したのであった。


 無事入場を終え、まっすぐに当たりを付けたユニバゾーンのある島へと直行する二人。ユキはそのまま魔力探知を開始しようとしたので、その絵を取り逃さないようにとカメラを正面につける。


 そして、ついにその絵は来る。


「ビシィィィ!」





 颯とユキが作り上げたスロット番組、夕比奈ユキのこぜ6は物凄い勢いで知名度を増し、そして5度目の収録で打ち切りとなった。いくら収録の許可が降りて、こた6からこぜ6に変えてみせますと番組趣旨を伝えながら実践をしても、毎回設定6を掴む二人に視聴者は指定台と煽り、ホール運営側も誰かが設定を漏らしているのではないかと疑心暗鬼に陥ったのだ。


 更に、二人には想像もつかない巨大な力が働き、放送を自粛しろという圧力がかかったのだ。だが、スロット番組夕比奈ユキのこぜ6は上手くいかなかったが、今でも二人はギャンブルで一喜一憂しているという。


 たった5回の放送しか無かった番組だが、ブログなどによく夕比奈事件として取り上げられ、今でもユキの姿がネット上に晒されている。だがしかし、美容室に通いこの世界で買った衣服を纏ったユキを、あの幻の番組に出演していた夕比奈ユキと同一人物だと見破る物は誰も居なかった。それ程に、ユキは可愛くなっていた。


 そんな幸せな日々を共に過ごしながら、ユキは繋ぐ手からそっと魔力を受け渡していた。


「お前は私に色々な事を教えてくれた。そして、私は幸せになれたよ颯。だからもし颯が願うならば、その魂が天に帰りし時は望むがままの願いを、その魂に刻む事をこの私が許そう」


 ユキは自らの持つ魔力を颯へと譲渡し続けていた。世界を手にするだけの力を、自らの為に使わずたった一人の男性のためだけに使い続けたのだ。生まれ変わったら、さぞ滅茶苦茶な存在になるだろうなと思いつつも、ユキは思う。


 颯がこの魔力を使い再び私と巡り合うことを願ってほしいと。だが、そんな思いは一緒に過ごした日々で諦めがついている。なぜなら、彼はギャンブラーなのだから。だから、ユキは生まれ変わってもギャンブル好きな颯のままで居てほしいと願うことにした。



---夕比奈事件END


夕比奈事件は以上で終了となります。


あとがき

颯君は、ギャンブラー(スロット愛好家)として生涯を終えることとなります。

輪廻転生にて強大な魔力を持ち転生を遂げる颯。そんな颯はユキへの思いとスロットへの思いが入り交じり、ユキの居た世界で新たな産声を上げます。


俺、異世界で旅スロします、不定期更新中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕比奈ユキのこぜ6 @PATIR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ