第8話:芸名

 財布も随分と軽くなったが、無事に引っ越しも終え部屋のちゃぶ台でくつろいでいた。パソコンに興味を持ったユキだったが、仕組みがわかるとすぐに興味が無くなったようで無防備にゴロゴロとしていた。ただでさえ膝辺りまでしか無いスカートが、めくり上がり太ももが艶めかしく姿を現していた。ユキは天井をボーと眺めながら、誰かと居るという今を満喫していた。


「よしよし、ネット環境も思ったより早く整ったな」

「ネット環境?」

「ああ、パソコンってのはネットに繋いでから本領発揮ってな。まぁ理屈はさっき話した通りだよ」

「確か、情報を自由自在に操れる仮想空間を我が物に出来るという奴だな。興味はあるが、そのスマホの方がよっぽどすごいと思うがな、私は」


 スマホもパソコンも大してかわらないと言おうとした颯だが、大好きな動画サイトにアクセスすると再生ボタンを押した。画面上にはスロットの演者が映り、ワイワイとトークとスロット遊戯をしている光景が映し出される。その音声が気になったのか、颯の隣にピタリとくっついて座ったユキは動画をジッと見つめていた。


「なぁ颯、この男は前居たやつではないか?」


 ユキはこの世界に舞い降りた日、スロット専門店ガーデンで出会った一人の男を思い出していた。ユキにとって、この世界で自分の事を奇異な視線で遠目に陰口を叩いていた二人組だと記憶していた。


 内容は……思い出すまでもない、いま流れている動画に丁度ユキの事が紹介されているのだから。スピーカーから流れる内容に、コメントがズラズラと流れていく。


「あのコスプレしてる女の人、お店の人やろ?」

「さすがにないやろー」

「でもあの番長、めっちゃふいとーやん。他の台全滅してんのにおかしーやん」

「「まさかの指定台?」」


 演者とその相方のトークが続き、コメントにはあのモザイクのコスプレ女の子かわゆす、あの子何者? などコメントが溢れかえっていた。


「あれは私だな。うん、実によく映っているが、顔がぼやけているな。認識阻害の魔法の類か?」


 ユキが動画を見ながら颯に尋ねるも、颯は肩を震わせ拳を握りしめる。男が何かを決意した、そんな表情をみせユキは颯の言葉を待つ。動画が流れ終わり、部屋の中に静寂が訪れる。そして、ついに颯は宣言する。


「ふは、ふはは……やろう、やってやろう! 俺達二人で、スロット番組作ってやろうぜ!」


 颯は確信したのだ。ユキならば、この世界でヒロインになれるに違いないと。颯にとって、ギャンブルの類ならば何だって好きなのだ。テンパイの誘いでやる気になっていたスロット番組制作を、二人でやろうと思い立ったのだ。純粋に好きだからこそ、それを皆にも伝えたかった。ただ、それだけの思いだけでの決意であった。


「ふふ、本当にギャンブル絡みの話になると良い表情をする。良いよ、颯に私はついていこう」

「ユキって、フルネームは何ていうんだ?」

「私にはユキという名しかない。それ以上は与えられなかったわ」

「そっか……そうだな、じゃあ夕比奈、夕比奈ユキでいこう!」

「夕比奈ユキ?」

「そうだよ。日本人は苗字と名前があってこそだからな……てか戸籍とかどうなるんだろうな」

「夕比奈ユキ、か……」

「まぁそこらは今度誰かに相談しとくとして、ユキ、やってやろうぜ!」

「ふふ、わかったわ」


 二人は熱い握手を交わす。こうして、夕比奈ユキのこぜ6の収録が開始する流れとなる。颯とユキは機材を揃えたり、ユキの衣装を揃えたり、ホールへの撮影依頼をしたりと大忙しの日々を過ごした。そしてついに、収録初日の朝がやってくるのであった。

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