本話をお読みくださったみなさんへ

御礼〜あとがきにかえて

 2013年二月から足掛け八年以上に渡って書き続けてきたみさちゃんのシリーズ。第三部をもって、無事完結いたしました。総文字数が百万字を超えましたので、別館の長編を除けばもっとも大部になりました。最後までお読みくださった方々には心より御礼申し上げます。


 さて。シリーズ全体を通してのあとがきというのを、ちょっとだけ書き残しておこうと思います。


◇ ◇ ◇


 本作、発話時に全体構成を考えていたわけではないんです。それは、第一部第一話の『猫探し』がシリーズ全体としては特異な話になっていることでもわかると思います。

 パターンとしては、読み切り話からスタートさせた『揚周と小虎子』によく似ています。揚周と小虎子も、あとからプロットを整備しましたから。でもみさちゃんのシリーズでは、読み切りをひたすら書き重ねるという形式にはせず、早いうちから全体構成を考え、中心軸をしっかり通して、全てをその軸に沿って動かすように設計しました。軸はなにか。親子の意味です。


 本シリーズの中では、みさちゃんとひろの両方に親との軋轢を持たせました。どちらも、実親がいながらうまく意思疎通コミュニケートできなかったケースですね。そういう場合、フィクションの世界では典型的な毒親の設定をすることが多いんです。ネガの輪郭がはっきりしているほど、読者は主人公へのマイナス影響をイメージしやすくなります。物語を駆動しやすいんですよ。

 でも、本作はみさちゃんの一人語り。みさちゃんの中での親の造形を伸び縮みさせることで、親子のイメージをうんとこさ幅広く動かしました。三人称ではなく一人称で書くことを、親子関係の多様性描写に活かしたかったのです。その狙いは、概ね達成できたかなと思っています。


 みさちゃん、姉の栄恵、ひろと、彼らの両親との関係から始まり、小林さんと両親との関係、梅坂ばあちゃんと実子、養子との関係、泥棒犬での亡くなっていた女の子とその子を見捨てた親との関係、沖竹所長と親との絶縁およびブンさんとの関係、麻矢さん、トミーと親との関係、佐伯さんとお母さんとの関係、夏ちゃんと親、そして雄介と親、逆城さん親子……。

 最後の最後まで、様々な親子関係をモチーフにして、なおかつそれを最前面に押し立てることなく、随所で横糸に使いながらみさちゃんの歩みを書いてきたつもりです。


 なんだかんだ言っても、子供に一番正負の大きな影響を及ぼすのは親です。自分が子供の頃の親との関係、そして自分が親になってからの子供との向き合い方。それぞれあるタイミングで関係に変化が生じます。いいも悪いもなく、事実として生じます。

 親子間に生じるずれをどう受け止め、どう消化し、自分の生き方をどう調整するか。そこに王道とか正解ってものはないんですよ。本作ではできるだけ説教臭くしない形で、お読みいただいた方に親子関係の形と意味を考えていただきたかったんです。だからこそ、みさちゃんをあえてコンプレクスだらけの『へっぽこ』に造形しました。へっぽこであれば、人に偉そうに訓示をたれる余裕なんかこれっぽっちもありませんから。

 いろいろな事件を盛り込んできましたが、実は事件に全く絡んでいない第一部第九話の『釘』が本テーマ。ですので、最後にみさちゃんなりの結論を釘にたとえて置かせることで話を締めました。


 本作を親子関係の多様性という視点からもう一度読み直していただければ、そこに新たな発見があるかもしれません。百組の親子がいれば、百通りの親子関係があるんです。それらを型にあてはめず、自分ならどうするかなといろいろ考えていただければ幸いです。


◇ ◇ ◇


 第一部は2013年二月から十二月にかけて。

 第二部は2015年八月から2017年五月にかけて。

 第三部は2017年九月から2021年十二月にかけて。

 それぞれ執筆いたしました。大部になった本作ですが、ずっと執筆し続けてきたわけではなく、あちこちにまとまった休養期間を挟んであります。特に第三部はかなり変則的な構成にしたことも影響して、話間に長い中断期間が挟まることになってしまいました。まあ……仕方ないですね。


 執筆期間が八年と長かったことは、作品全体に共通するべきベーストーンにも影響しました。各部、各話によって執筆スタイルが微妙に変わっているんです。

 第一部では完全にイベント駆動型にしましたが、第二部は重要人物が話を駆動するスタイルに変えてあります。第三部は、過去二部の折衷型にして、これまでとは別の流れを作りました。

 そうした基本スタイルの変更は、連載を持っているプロ作家の場合はまず歓迎されないと思うんですが、わたしのようなアマチュアには制限がありません。型が決まっていないというのは、長編の場合とても楽なんですよ。どうしても、モチベーションなりアイデアの具体化レベルに時期的なでこぼこがありますからね。


 筆をなめらかに動かすためには、いつも新鮮な気持ちで楽しく執筆するのが一番です。無理にスケジュールを詰め込まず、書ける時に一気に書く……そんな風にペース配分の変更を自由に行えたからこそ、大部を書き切れたのかもしれません。


◇ ◇ ◇


 長尺になったみさちゃんシリーズには、クリスマスストーリーを三つ組み込みました。散文を書くようになってから年末にいろいろなクリスマスストーリーを編み続けていますので、本作も抜け目なくそれに利用したということになります。

 わたしの悪い癖で、長い話を編む時にはどうしても季節性が薄くなってしまうんです。クリスマスというイベントを入れ込むことで話にめりはりをつけ、現実からこぼれ落ちないよう意識する……クリスマスストーリーはそういうリマインダー代わりになっているかもしれません。


 一つめが第一部ラストの『子守唄』、二つめが第二部二番目の山だった正平さん編の『思わぬ贈り物』、そして三つめが第三部ラストの『真実とへっぽこ』ですね。どれも単純なクリスマスストーリーではなく、自己確認の話になっていたと思います。

 クリスマスの奇跡なんてものはないというのがわたしの信条です。クリスマスという日がたまたま触媒になっているだけで、奇跡を起こすのはあくまでも人と人との化学反応だと思っています。みさちゃんシリーズに組み込んだ三つのクリスマスエピソードでは、それを端的に現したつもりです。


◇ ◇ ◇


 本作のタイトル。ファニーな印象が内容のハードさと必ずしも釣り合っていなかったかもしれません。しかし、わたしが中村操という男を通じて表現したかったことの骨子は、若干長めのタイトルに全部盛り込んであるんです。これ以上もこれ以下もないんですよ。


 『へっぽこ』は未熟さや出来損ないの象徴であると同時に、成長の余地や自己研鑽の象徴でもあり、陰陽両方の意味でびっしり使い倒しています。

 『探偵』は、実はアイロニー。既存の探偵小説の主人公のイメージをぶっ壊すために、あえて組み込んであります。彼が古典的な探偵のイメージに全くそぐわないことは、すでにおわかりかと。

 『操』は、コンプレクスの象徴。話中でみさちゃん自身に語らせましたが、彼はこの名前が大嫌いなんですよね。でも、ただ嫌いというだけでは改名ができません。自分が遠ざけたいもの、受け入れがたいものとどう付き合うか。そういうテーマを名前に象徴させてあります。

 そして『手帳』。本作はみさちゃんの一人語りですから、みさちゃんが忘れたことは取り上げようがありません。一人称での展開に不自然さがないようにするためには、記録媒体としての手帳がどうしても必要でした。彼の手帳に書き連ねられていく事柄は、探偵業に不可欠な情報と記録だけではなく自身の人生そのものなのです。

 たかがタイトル。されどタイトルですね。しみじみそう思います。


◇ ◇ ◇


 みさちゃんがなんでも受け入れ、何もかもすぱすぱ割り切れる「よくできた人」だったなら、本作は成立しませんでした。


 貧乏ったらしく、どやし癖があって、強い愛情飢餓と人間不信の感情をずっと引きずっている。緻密さが要求される探偵でありながら足元がいつも不安定。それなのに出たとこ勝負の大博打をうつ。タイトル通りで、みさちゃんは長所以上に欠点だらけのへっぽこなんです。最終話で本人の口から何度もそう語らせましたが、読んでくださるみなさんの印象も大きくずれないと思います。

 でも、へっぽこだからこそもう少しマシになろうとするんですよ。探偵としても、夫としても、親としてもね。締めでひろに代弁させましたが、みなさんにへっぽこって素敵だなと思っていただけたなら本作の筆を執った甲斐があったかなと。


 しっかり造形し切れなかったなあという不完全燃焼感は、正直あります。ですが、いつまでも締まりなくだらだら書き続けると筆が空滑りしやすくなり、創作を楽しめなくなってしまいます。

 最初に組み立てたプロットや執筆プランに沿ってきちんと書き切る……けじめをきちんとつけられたことは、本作執筆の大きな成果です。これで、まだ書ききれていない他の連載中作品についてもピリオドの打ち方を模索することができそうです。


 最後に改めて。八年の長きにわたって本作を読んでくださったみなさんにあつく御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。


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へっぽこ探偵中村操の手帳 水円 岳 @mizomer

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