後日談
部屋のベッドに腰をかけ、あたしは彼の帰りを待つ。
布をかけた鏡の前で、枕を抱いてウキウキを必死に抑えていた。意識しないと左右に肩を揺らしてしまう。妹に見つかってでもしたら何事かと小一時間問い詰められてしまうだろう。
ここまでくるのは短いようで長かった。枕に顔を埋め、感慨にふける。
再会を果たしたその日にひとしきり感動を分かち合った。互いに落ちついてきた、もといあたしがすっかり涙が出なくなった頃合い、あちら側の坂井さんがせきを切る。その内容は、鏡の所有権を貰い受けたいという無粋なものだった。当然断ったが、別の鏡でも互いの会話はできると証明済みだったためいくら言っても耳に入れてくれなかった。業を煮やしたあたしは、坂井さんに「碧に魔法のこと言いますよ。ねえ、恭介」と言い切った。すると効果テキメン。見事に黙り込んだ。恭介はきょとんとしていたが。
翌日、こちら側の坂井さんも同じように迫ってきたため、同じように追い払った。
あの時のあたしは妙に頭が冴えていた。思う存分泣きはらしたおかげだろう。素面では言えない逆らうことも言ってのけることができた。今考えると怖くて堪らない。
ガチャリと向こう側で扉が開く音がした。
妹の丁寧なノックや弟の消え入りそうなノックの音も聞こえなかった。
「遅い」
彼だと確信した。
鏡面が明るさを取り戻していく。あたしの世界が彩りを取り戻していく。
「ごめんごめん。修行が長引いてさ。あとでチョコレート買ってあげるからさ」
「約束は約束。てか子供じゃないんだからお菓子ぐらい自分で買いますよーだ」
「まあ、実際はそっちでも恩人だったんだから厳しいことは言わないでおいてよ」
こっち側の坂井さんが帰る際に教えてくれた。神社で大きな地場の乱れが観測されたらしい。それはお爺さん達だけでは起き得ないことだという。つまり、師匠が陰ながら助力してくれたみたいだ。洋館でのやりとりからでは、なかなか想像つかない。それこそ面倒だろうに。だが他に考えられないので、そういうことになるのだろう。今日の朝登校中に聞かされてから、夕方になってもまだまだ信じられそうにないが。
あたしの姿を見るなり彼が固まった。
「何?」
どこか変だっただろうか。
「いや、そのなんだろ。改めて余所行きの服見たからさ」
あたしは今、ワンピースにジージャンという格好をしていた。いきなり本番に迎える前に詩織さんにチェックして貰うべきだった。花丸を貰った格好で「どう?」と聞きたかった。
「そっちは制服だもんね。楽々で羨ましい」
照れ隠しのため口を尖らせる。
彼は笑みを浮かべて受け流した。
さて、そろそろ出かけなければ。
「さて、恭子そろそろ師匠のとこにお礼しに行こうか」
あたしは鏡の前に手を伸ばす。
彼はその手を取り、こちら側へと渡ってきた。
そのまま片手同士に温かみを感じながら家を出た。
あたし達の大好きな甘い甘いチョコレート顔負けな頬がとろけそうになる甘い想いを胸に抱いて。
あなたはだあれ? 宮比岩斗 @miyabi_iwato
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