Log:04「新参者はいつの間にか増える」

  危なげなくモンスターを倒しながらクロン達が次に到着したのは、ブリンネンとは逆に装飾が少なく藁の屋根や木の上の家など前時代的な造りの建物が並ぶ街、というより村であった。

「ここにギルドがいるのですか?」

「いや、ここは中間地点ですよティルキア隊長。最低限のものはギルドの者が開いた店にあるので、ここで準備を整えましょう」

「なぜ隊長なのですか……」

 戦力的に妥当だからという理由なのか、単に敬意を払っているだけなのか、ミーナはティルキアのことを隊長と呼び始めた。

 不愉快ではないのだが特に嬉しいわけでもなく仰々しい呼び方なので、呼ばれた方は複雑な表情をしている。実際『叛逆のレーヴァテイン』でもそのように呼ばれる機会は多いのだが、そちらでも彼女は“あまりそう呼ばれるのは好きではないらしい”と描写されていたので、その影響かもしれない――とクロンは当たりを付けたのだが、実際のところどうかはわからない。昨日の料理のことといい、オリジンとは一体何なのか。という疑問はまだ半分も解決していないように思えた。

 村の中央までいくとここにも噴水がある。どうやら初期地点として使える場所には決まって噴水があるようだ。それに気付いた時、クロンは思った。なぜ石像や石版や水晶体スフィアなどどこにでも自然に置けるシンボルにしておかなかったのかと。この古めかしい村に噴水は――いくら和風のデザインにしていたとしても――不自然で風景に溶け込めてないように思える。側には『ロンソン村』という村の名を刻んだ石版がこれ見よがしに立ててあるが、却って不自然さを助長しているようにしか見えない。

 どうやらオリジンだけでなくこの世界やAvalon《アヴァロン》管理人の冥の性格と素性など、解決したい疑問はまだまだ沢山あるようだ。

「時刻は……もうすぐ十二時か。じゃあみんな……っと、ミーナ副隊長、よろしく」

「ふ、副っ!? ……コホン! それでは皆さん、一度ここで各々昼食など済ませ、準備を整えて下さい! 集合は午後一時にここ噴水広場です。で、では解散!」

 不慣れな様子ながらも笑顔で全て言い終えた副隊長ことミーナ。そう呼んだ張本人であるロジャーはケラケラと笑いながらどこかへ歩き去っていく。慌ててそれを追いかけるミーナを見ながら、クロン達もその場を後にした。

「そんじゃ、俺達も行くか。ここは街中なんだし、元の世界に戻ってウチでお昼だ」

「わーい! アリス、お母様のお料理大好きなのです!」

 レント達はDMAで自分の家に戻り、これで三組全て別行動となった。



※※※



 クロンは空き時間でロンソン村を見て回ることにした。ここは人口密度も少なく狭いのでロジャーと鉢合わせることもあるかもしれない。辺境の村やストーリーとは関係ない部落などのエリアはRPG《ロープレ》の場合、独自の装備や商品が売っていたりする。ミーナはここを中間地点と言い切ったが、彼はゲームで培ったその経験からこのロンソン村にも特別な施設や特産品があるかもしれないと踏んだ。

 ――ここまで来れた作者は大体次の街へ行ってしまうのだろうが、この僕の目は誤魔化せない。

 不敵な笑みを浮かべながら、上位作者は騎士を伴ってすたすたと村を歩き回った。


 十分後。

「主、そちらは村の外です。お一人で行かれるのですか?」

「違うよ! ってかもう終わり!? 歩いて見て回っただけなのに、もう何もないの!? この先にまだ何かあると思っちゃったよ!」

 どうやらこのロンソンは、クロンの想像した“村”よりも更に小さい。RPGで言えばイベントで一回使ってそれきりのマップ程の規模しかないもので、家屋は全て含めて十軒。その内一つはミーナの言っていたギルドメンバーの雑貨屋。一つは妖しい壺を売ってくる老人の店。一つは誰かが住み着いている。他七つは全て手付かずの空き家であった。

 このしょうもない結果に愕然としたクロンは、ドロップアイテムは落ちていないかと地面を探し出すが、これも上手く行かず。ティルキアも流石に止めようとしたのだが、意地になっているクロンにどう声をかけたものかと迷った。しかし全てが終わった今、もうそれをする意味もあるまい。ティルキアは一度家に転移しようと主に声をかけようとした。

「……主殿」

「射的の時間ですよー!」

 絞り出した女騎士の声を斬り伏せ、一つの家屋ががらがらと大戸を開けた。

 そこにいたのは女神だった。正確に言えば、女神のような姿をした女性型のオリジンである。その横には、エプロンを下げた体格のいい男が一人。

「な、なぜあなたがここに……」

 思わず正気に戻ったクロンの前で、二人が並んでおかしなポーズを取って名乗りを上げる。

「そうです私が店主のイドヤギ=シャフです!」

「女神のメルナーですっ!」

 彼らはブリンネンで“メルクリウス”なるレストランを開き営業していたはずなのに、なぜこのような村で店を開いているのか。そしてシャフとはシェフの書き間違いではなく名前の一部だったのか。

 新たな疑問と事実が渦巻く中、イドヤギの顔が哀愁の漂うものに切り替わり、メルナーと共に頼りない声で淡々と事実を説明していく。

「実はオッサンガエルの売れ行きが予想以上に悪くてね……赤字になっちゃったんだ」

「なぜでしょうね。旦那様はアレでリピーターが増えると思ったのですが、見た途端出て行くお客様が多くて……不思議ですねぇ」

「……で、これは何?」

 当たり前だよ! と言うのを堪え、クロンは店の中を指差した。そこには舞台のように垂れ幕が下がっており、飲食店から一転して特殊な店を開いたのではと不安にもなる。

「今回は射的屋でございます!」

「辺境の店で射的屋……? それ、やっていけるの?」

「実は悪い噂が広まって、店を追い出されちゃったんだ。向こうの街は既にギルドが幅を利かせて手遅れみたいだし……もう、ここで知る人ぞ知るポジションを狙っていかないと厳しいんだ」

 射的屋が流行るかどうかは景品次第だが、果たしてどんなものが並んでいるのだろうか。垂れ幕が開かれ、その裏側が顕になる。ひな壇状になっている棚の一番下手前にあるのは、エナジードリンクやティッシュ箱など安価なものばかり。少し上にはお菓子の詰め合わせやカエルのリストバンド。上にはカエルのぬいぐるみ。その上には高そうなヘッドフォンや手持ちマッサージ機や目覚まし時計。更に上には台座に乗ったカエルの特大ぬいぐるみ。いずれも包装未開封の新品である。

「ってカエルばっかじゃねーか!」

「ははは……イドヤギ殿は随分とカエルがお好きなのですね」

「別れた妻の趣味だったんだー! うおぉぉぉぉぉうおぉん俺はまるで人間水力発電所だぁぁぁぁ!!」

 クロンが怒り声で突っ込み、辛うじて出たティルキアの言葉にイドヤギが男泣きを始め、その体をメルナーが豊満な胸に抱きヨシヨシと撫でている。勢い良く出る涙は確かに多量の運動エネルギーがありそうだが、水力発電は水車で行うものだと言うのはノリが悪いか。

 ふと横を見れば、パートナーが好奇心を露わに目を輝かせていた。明らかに怪しい雰囲気で、クロンとしてはできれば関わりたくなかったのだが、一度くらいはやってみてもいいだろうか。

「これは、日本のエンニチに屋台で行われるというシャテキというエキサイティング・スポーツですね! やりましょう主!」

「君射的にどんな夢持ってんのさ! まあいいや……一応訊いておくけど、狙いは?」

 クロンの問いに対し、彼女は控えめに一番上の棚を指差した。確かにオッサンガエルではない普通のデフォルメされたデザインのカエルなので、女性が欲しがるのもわからなくはない。だがあんな大きく重量のありそうなものを、どうやって落とすのか。落とせる見込みはあるのか。

「では私にやらせて下さい、イドヤギ殿」

「ウチのお客様第一号はティルキアさんか! いい景気付けだ……弾五つで五百リソースのところを三百リソースで済ませてやる! ほら、この端末にDMAを当ててごごらんよ!」

 手渡される猟銃型の模擬銃で取られるリソースも縁日価格で、こんなんで本当に客が来るのか疑問だが、実際にやってみなければわからないこともあるだろう。店の入り口にある画面付きの端末にDMAを当てて、ピッと音が鳴るのを確認してからDMAの画面を見ると、残高から確かに三百リソース引かれていた。

 鎧姿で不慣れな狙撃体勢をとるティルキアの銃の照準は、あの特大カエルのぬいぐるみ一点に定められている。 クロンにとっては、景品を取れるか取れないかよりも、露出度の多い腰を突き出している彼女への目のやり場の方が問題だった。

 切れ長の赤い瞳が、対象を射殺すように細められていく。ゆっくりと引き金に力を込めて――コルクの弾丸が銃から勢い良く飛び出す!

 弾は真っ直ぐぬいぐるみの脳天に当たる。その巨体がぐらぐらと揺れるが、倒れることなくその動きは止まった。

 寸分違わぬ同じ点に次々と弾を撃つが、綿が詰まっただけだけのはずのカエルは全く動かない。

「む……これは、どういうことでしょう……」

 構えをやめ立ち上がったティルキアが、もう一度その巨体に目をやる。訝しむようにその眉をひそめて、銃をあちこちから見回した。そこに銃には細工してませんとメルナーが言うのを聞いて、もう一度構えを取ろうとするティルキアの背後から、快活な女性の声が響く。

「落とせないならそいつ、わたしに撃たせてよ!」

「おや……ではどうぞ!」

 遥か後方から響いた声に反応し、最後のコルク栓が装填された銃を勢い良く投げたティルキア。三十メートル先にいる人影はそれをキャッチして、すかさず右手をピンと真っ直ぐ構えて撃った。

 コルクの弾丸は金色のオーラを纏いながら、吸い込まれるようにカエルの特大ぬいぐるみへと命中する。ぬいぐるみは台座ごと後方へ吹っ飛んで壁に穴を開け、店の裏側の地面にどさりと落ちる。

「お、待てい! 君は何者だ! 今なんかやったろ! 不正だ不正! 今のナシナシ!」

 イドヤギが上げた抗議の声にやかましそうに顔をしかめさせる少女の姿を、クロンは驚きながらもしっかりと脳裏に刻む。肩下ほどの長さで切られた空色の髪に猫のように大きなブルーの瞳。華奢ながら引き締まった体とその上から羽織ったオレンジ色の動きやすそうなジャケットとレザーブーツからややボーイッシュで活発な印象を受ける。

「私はルース。空賊のオリジンだよ。さっきのはちょいと力を込めて弾を撃っただけ。ってかこれさ、台座が文鎮みたいに重いんだけど……こんなん普通のコルクじゃ落とせないし、ちょいとヒドいんじゃないかい? 台座外したら、こっちもルールに則ってやり直すけど?」

 ぬいぐるみを台座ごと抱えながら、ルースと名乗った少女は呆れ顔でイドヤギに銃を投げ返した。受け取った銃を震える手で握りながら、歯を食いしばってルースを睨んだ。

「そんじゃこれは私のモノだね。いっただき~♪」

「うおおおおおおお! 俺と家族の思い出のカエルさんがぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫と共にがくりと崩れ落ちるイドヤギをちらりと一瞥して、ルースは上機嫌のままくるりと踵を返す。ポケットから取り出したDMAで誰かと通話したかと思えば、持っていたぬいぐるみが台座ごと光の粒となってかき消えてしまった。恐らくそれだけ現実世界に転移させたのだろう。

「おおおおおおおおおおおおお!!」

「旦那様~、お客様の前でございますよ。立ち直ってくださいませ」

 メルナーの一言に、そのマスターはスッと立ち上がり、腕を組んで大声でお客様第一号に問いかける。

「…………そういえばそうだったな! それでティルキアさん! まだ射的はやりますか!? やりませんか!?」

「今すぐ店を畳んで下さい」

 不正が明らかになった今、ここで射的をやる理由はない。ティルキアは無感情に顔を背け、冷たい視線を店主に刺していた。今まで見せなかった恐怖を煽る声と表情に、隣にいる主すらも縮み上がりそうになる。同じようにイドヤギも怯えを露わにして、メルナーに抱きついてヒッと小さく悲鳴を漏らした。

「ひゃ、ひゃい……メ、メルナーさん! 店じまいだ! 射的屋は今日限りで閉店! 閉店だーっ! それじゃあまた会おうお三方! この事はあまり広めないでくれると助かる!」

「お待ち下さい旦那様……もうリソースが残り少ないですよ」

 ガバッとメルナーの胸から離れ、急いで射的屋の景品を次々粒子化していく店主。その様子を見た女神は心配そうにDMAの待ち受け画面を見ながら懐事情を作者に告げた。

「いいのさ! 俺達にはまだ明日がある! 作品がある! 次回投稿分のストックがある!」

「ですが感想欄は……」

「さーあ行きますよメルナーさん! 希望で向かって次の街へ行きましょう!」

 もう何も聞く気がないのか、メルナーの言葉を遮って喋り続けるイドヤギはどこか遠くを指差した。そしてすぐさまそちらへ走り出す。浮遊しながら慌ててそれを追いかけるメルナーを不憫に思いながら、クロンがDMAの画面でリソースが払い戻されたのを確認した。

「えっと、ルースさんだっけ? ありがとう。君がいなかったら危うく泣き寝入りするところだったよ」

「いいよいいよ! 困った時はお互い様だし、お陰で良いモン手に入ったし!」

 クロンの礼に反応して、ルースが笑顔でビシッとV《ブイ》サインを決める。快活な笑顔と勢いに感心しながら、ティルキアも笑顔で礼をする。

「それと銃、貸してくれたよね。これはそのお礼。んじゃ、縁があったらまた会おうね!」

 そう言って彼女が背負ったどこからともなく差し出してきたのは、まだ温かいカエルの串焼きであった。

「ど、どーも……ありがとう……」

「ありがとう、ございます……」

 咄嗟にそれを受け取る二人を見て笑い、ビュッと屋根の上に飛び移ったルース。彼女はそのままどこかへ走り去ってしまう。残された二人は、カエルの串焼きを複雑そうな表情で見つめる。顔が中年男性のものでないだけまだ食欲は湧くが、そろそろ炒飯以外にも普通のものをこっちの世界で食べたいなと思うクロンであった。



※※※



 時刻は約束の午後一時を回った。既にロジャーとミーナ、レントとアリスも噴水の前に集合しており、クロンとティルキアが来たのは一番最後だったようだ。

 その中でロジャーは舞茸のような食物をぐにぐにと齧っている。彼の体にはミーナ共々枝葉がまとわりついており、それが村で手に入れたものではないことは容易に想像できた。

「何処行ってたんですかロジャーさん」

「山だ」

「山ァ!?」

 クロンの質問にあっけらかんと応えたロジャーが、全員に向けて今の状態の理由を説明した。

「いやなに、俺達は先に次の街への道を様子見に行ってたのよ。交通手段は山かその麓の洞窟の二つに分かれていて、必ずどっちか通らなきゃならん。周りは高い渓谷になっていて、とてもじゃないが俺らみたいな普通のオリジンじゃ行けそうにない。高く飛ぶ手段も、登れる道具もないわけだしな」

 ちらりとティルキアの方を見たのは、「アンタならできそうだ」と暗に言っているのだろう。実際は作品内の飛行手段自体全て使えなくなっているのだが。アリスにも恐らくそういった能力はないと思われる。

 一度ギルドメンバーのいる街とブリンネンを行き来したロジャーならば、どちらの道にも明るいのではないか。そう思ったクロンの質問にも彼は首を横に振って否定した。どうやら洞窟には凶悪なモンスターが住み着いているらしく、とてもではないが他の道があるのに虎穴に首を突っ込む理由がないとのことで、洞窟は未だ未開の地となっているという。

『オオオオォォォォォ!!』

 突然、上空から響いた咆哮に、その場にいた者が顔を上げる。クロン達だけでなく、たまたま村を歩いていた数人の作者達も皆全て。

 その全容は、低空飛行する赤い鱗を持った巨大な竜であった。あれはモンスターなのか、それとも誰かの召喚したオリジンまたはその能力の一部なのか。誰もが疑問に思った時、竜の上から声が聞こえてきた。

「お先失礼しまーす!」

 恐らくあの竜はオリジンで、上で喋ったのはその作者だ。そこではっとしたのはクロン。飛行能力などなくとも、元々飛べる構成の体のオリジンを召喚できれば、このように苦労することもなかったと閃いた。

 だが新たなオリジンの召喚にかかるリソースをDMAで表示すると、そこには百万の文字。とてもじゃないが、普通の作者が到達できる領域ではない。新しい生命を創るのだから当然と言えば当然だ。更に言えばリソースで現実世界のものを買うことはできても、現実の通貨で課金してリソースを増やすこともできない。Avalon《アヴァロン》で金で感想数を買うような真似をしても、不正が暴かれれば即座にアカウントを凍結させられてしまう。もう一体オリジンを呼びたければ、実力でモンスターを倒すなり作品を人気にするしかないというわけだ。

「アリス、翼とか生やせるか?」

「無理ですー」

 横で話すレント達の言葉を聞いて、DMAのスキル習得画面を見る。ティルキアが翼を出すのに必要なリソースが十万とやたらに多いのは、羽根を矢のように飛ばしたり風で竜巻を発生させるなど攻撃手段が増えすぎるからだろうか。そうでなくとも飛行できるのは戦術的な優位が多い。

 溜め息を吐きながらDMAをしまったクロンが、仕切り直すように五人に呼びかけた。

「いつまでもここにいても仕方がない。僕達も次の街に行こう。」

 その一言で、五人は竜が飛び去った方向へ向き直り、歩き始めた。


 村を出て草原を歩くと、猪型、狼型といった野生動物風のモンスターがあちこちに現れては襲い掛かってくる。オリジン三人はそれらを難なく蹴散らし、ほどなくして山の麓まで辿り着く。

 洞窟の入り口がぽっかりと開いているが、ロジャーはこれを無視。右に回って山道を目指す。その時、山道がある辺りからガラガラと何かが崩れる音が響いた。

「私が様子を見ます」

 ティルキアが飛び上がって、ニ十メートルほど先で着地と同時にまた飛び上がり、そのまた先で飛び上がる。それを繰り返してあっという間にその姿は彼方に消え見えなくなる。

「だ、大丈夫なのか……?」

 彼女を信頼していないわけではないが、つい心配するような情けない声が漏れてしまう。それから三分ほど経過した頃だろうか。先程と同じように俊敏に跳躍しながら、ティルキアが戻ってきた。クロンの隣で着地した彼女は、息一つ乱れていない様子で五人に報告する。

「駄目です。この道は瓦礫で塞がれて、出入りできません。私なら突き破れるでしょうが、その場合更に道が崩れる可能性もあって、分断されることになるでしょう」

 先程の轟音は土砂崩れか何か起こった音だろう。そしてそのせいで山道は使えないことになった。

 落胆する五人の前に、更にもう一つの人影が着地する。空色の髪にオレンジのベストを着た身軽そうな少女だ。

「そうそう、私も色々試してみたけど、あれは無理だねー。誰も登れないよ……こりゃ洞窟いくしかないね。あっ、また会ったね少年!」

 ティルキアの隣でにひひと笑うのは、先程クロン達の前で景品を掻っ攫っていったオリジンだった。

「私はルース。ルース・T・マルセルフ。作品世界あっちでは空賊をやってるよ。ま、今はリソースが足りなくて船も持ってないから、レンジャーってトコかな?」

 空色の髪を靡かせながら、ルースは朗々と自己紹介をする。だがオリジンだと言うのなら、その作者はどこにいるのだろうか。その場にいる誰もが周囲を見回している。

「今は単独行動中だよ。マスターは現実世界むこうで眠ってるからね。DMAも私が管理してる。」

 そう言って彼女は懐からDMAを取り出した。確かに移動アプリを一人で使えばオリジンによる単独行動も可能だが、実際にそんなことをしているのは初めて見る。これからはそういう作者も増えるのだろうか。

「それじゃあみんな、次の街に行くんだろ? 実は私もそっちに用があるんだ。一緒に連れてってくれないかな?」

「ちょっと待て! まだ洞窟に行くとは決まっていないぞ! 瓦礫を撤去すれば安全な山道を……」

「でもそれ、いつ終わるのさ?」

「そ、それは……」

 ルースの素早い返答に言い淀むロジャー。確かに安全な道を行きたいのは山々だが、ここで時間を食われ無駄な手間を食うのも避けたい。ギルドに今日は無理だと連絡し、村まで引き返して元の世界に戻るという選択肢もあるにはあったが、それでは最前線に遅れを取るばかりだ。クロンもレントも、洞窟に行く方向で考えていた。

「なら今は洞窟行くのが最善じゃない? ね、私と一緒に行こうよ!」

「だが中には危険なモンスターが……」

「その為のオリジン……じゃあないの? ね、剣士さんっ♪」

「え、やっ、あのっ、わたしは……」

 急に話を降られたミーナが、涼やかな顔の空賊と焦り顔のマスターに挟まれて戸惑っている。そこにティルキアが駆け寄り、優しく声をかけた。

「ミーナ殿、まずはゆっくり自分で考えて下さい。ロジャー殿は貴方の身を案じてもいるのですよ。危険が伴うことですから、断るのを恥じなくていいのですよ」

 確かに戦死ペナルティでリソースを失うのは、現実世界での生活を脅かす場合もある。まあそれは現実世界で就労をしてない人物に限るのだが。とりあえず今日は日曜なのでそういった話はナシにする。

 すると伏せていた顔を上げ、ニーナはきりりと真剣な表情でロジャーに向き直る。

「行かせて下さいマスター! わたしは……お役に立ちます!」

「え、ええー……………うん、わかったわかった。行こう。危なくなったらティルキアさんの後ろに隠れるんだぞ」

 渋々といった様子ではあったが、彼も納得してくれたようだ。ティルキアの方も「お任せを!」と乗り気だった。頼りにされるのが嬉しいのだろう。笑顔がやや浮ついている。

「ご主人様! みなさんも、準備はいいですか? それではいきますよー!」

 アリスが元気に呼びかけたのにそれぞれの言葉で応えて、三人の作者とオリジンは洞窟の入り口へ向き直った。洞窟の中は暗く、松明でもなければ足場がわからず歩けそうもない。そこでミーナは腰の鞘から右手で剣を抜き、ロジャーはカンテラを鞄から取り出す。ルースはヘッドライトを装着し、アリスは右手の人差し指から青い火の玉を出して、目の前を照らすように掲げた。ティルキアは光りを放つ球体を右手の平の上に発生させ、それをふわりと肩の辺りまで浮遊させる。

 ティルキアが発生させた光の球は、歩く彼女の動きにふわふわと追従している。まるで意志があるかのようなその様子はさながら妖精、もしくはウィル・オ・ウィスプといったところか。

 黒き鎧に包まれた頼もしい背中に付いていくように、一同は洞窟へ足を踏み入れていく。

それぞれの力によって照らされ、洞窟内の様子がはっきりと見えた。湿っぽい濡れた壁にゴツゴツした地面。よくRPGで見るような洞窟そのままの光景で、クロンは大変そうだなと顔をしかめる。

 途中、魚人やら液状のモンスターが襲い掛かってくるが、やはり大して苦戦はしない。一番保有スキルに乏しいアリスですら余裕の表情で、身の丈を超える大剣を振り回しても汗一つかいていない。ミーナも実力のある剣士だ。たかがモンスターの一匹二匹に遅れは取らない。ティルキアに関しては愚問だ。

 ここまでのモンスターを一撃で倒せる力を持つミーナ達が恐れるほどの敵とは一体どのようなものなのか。未開の洞窟で誰も見たことがないというのなら、実際はそこまででもないのでは、ともクロンは思う。

 ――だが光の珠が数歩先を照らした時、その考えは即座に否定されることとなった。

 まず見えたのは、青白い壁。通せんぼするかのように洞窟内を横たわるそれを、アリスがとてとてと歩き、ぺしぺしと手で叩く。

「ダメです。硬いです~」

 不思議に思ったティルキアが、光の球をやや上に移動させる。刹那、その目が見開かれ、

「アリス、後ろに飛びなさいッ!」

 張り詰めた声に驚きながらも、アリスは咄嗟にその場を飛び退く。次の瞬間、そこに大きな拳が振り下ろされる。

『グロロ…………ゴロォォォォォォォォ!!』

 壁がゴリゴリと音を立てながら、ルービックキューブのように変形していく。先程振り下ろしたのとは逆の腕が組み上がり、一本一本が小柱のような角ばった指を形成する。接地している部分は脚へと変形し、その膝を伸ばしてのそりと立ち上がる。やがてそれは全長二十メートルほどの人型へと変わり、ギラリと目を光らせて唸り声を上げた。

「主殿、あれは……」

「岩の巨人ストーンゴーレム……?」

 クロンの呟きに、その場の誰もが戦慄した。だがミーナ以外のオリジンはすぐに表情を変え、戦いへ挑む者特有の笑みを浮かべていた。

「ようやく力を振るえる……」

「この湖の黒龍レイク・ジャバウォックで斬るに足るあいてが、ようやくお出ましですね~! アリス、がんばります!」

「いよっ! そうこなくっちゃ!」

 それぞれ長剣、大剣、双銃を構えて、横並びですぐさま敵を迎え撃つ体勢をとっていた。アリスは既に右手の炎を消して戦いに集中している。

 あまりの温度差に、端でロジャーと一緒に怯えてたミーナは心底自分を情けなく思った。マスターの静止を振り切り、三人と横並びになって剣を両手で構える。

「さ、さぁ来い! どこからでもか、かかか、かかってこ~い……」

 徐々に声が小さくなり、後退ってティルキアの後ろに行くので格好は付かないが。

「みんな! 相手は単なる岩の巨人だ! 恐らくどこかに紋様ルーン等の弱点があるから、そこや目などを重点的に狙えば勝てるはずだ!」

 クロンの指示とともに、戦いの火蓋が切って落とされた。

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創作世界アルカナ・ロウ ネット小説冒険譚 イカニモン @ORIN-EX

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