Log:03「超越者は料理で人間味が表に出る」
一悶着ありながらも、なんとかオッサンガエル収集クエスト(勝手にそう呼んでる)をクリアしたクロンとレントは、互いにオリジンを伴って新たな街へ出発する準備を整えていた。
まずは現実世界に戻って必需品や食料を用意する。先程のレストラン“メルクリウス”で店主のイドヤギがそうしていたように。だが、現実はそう甘くなかった。食料の持ち込みができるのはメルクリウスのようにそれが必要な飲食店だけで、他の必需品も同様であった。
例えば本屋を開きたければ本棚を現実から持ち込めるし、工具店を開きたければ工具を現実から持ち込める。この基準はまだ検証の余地があり、百貨店を開くのは現状では困難だという。
これはティルキアが
ふと見れば空は茜色。沈みかけの陽に照らされたブリンネンの街もそれはそれで美しい。名残惜しさを感じながら、クロンはレントに別れを告げる。
「それじゃあ今度は、次の街でお会いするっすよ! クロン先輩! いやむしろパイセン!」
「そういうノリいらないんで……まあ、連絡先くらいならDMAに登録してもいいけど」
「マ、ママ、マジっすか!? あざーっす! それじゃあ“ふるふる”でいいっすか……?」
“ふるふる”とは、互いにDMAを揺らすだけで連絡先が交換できる機能のことである。
「勘違いしないでほしいんだけど……僕は、その……君の文章があまりにも悲惨だから、アドバイスしてやらないとアリスが酷い作品の登場人物になってしまうのを危惧しているだけだよ。別に、男の話し相手なんて……」
「え? 何か言いましたかクロンさん」
DMAを振りながら、クロンはバツが悪そうに頬を掻いてレントにそう言った。しかし徐々に声が小さくなっていき、終いには何を言ってるかわからなくなってしまう。レントはそれを最初から聞いていなかったようだ。
「なんでもねーよ! あとその不器用な敬語! やりにくいならいいよ!」
「えぇ!? なんか怒られた! とりあえずすんません!」
「ではクロン様、ティルキアおねえさま! きょうはいろいろとありがとうございました! アリスたちはこれでしつれいします!」
困惑気味に頭を下げるレントの横で、アリスがにこにこ笑いながらこちらにお辞儀をしていた。酷い言われようではあったものの、彼女なりにクロン達には感謝しているようだ。
しばらくしてお辞儀をやめたレントがアリスに声をかけてDMAを操作すると、その姿は光に包まれてかき消えた。
「それじゃあ、僕達も行こうか」
「はい。今日は多くのものを得られました。主はレント殿という新たな友を得ましたし、アリスも彼の良きパートナーでした」
「と、友って何だよ! あんな駄作者、放っておけないってだけだから! 違うからねっ!?」
「はい。ではそういうことにしておきましょう」
口元に手を当ててくすりと笑いながら、ティルキアは主の横顔を見る。真っ赤になっているが、決して不愉快そうではない主の顔に、今彼女は微笑ましいと感じているだろう。
「それじゃあ僕達も帰るよティルキア! えっとその……帰るぞ!」
「はっ」
強気に言い直すも、あまり威厳を出した自信は持てない。そんな頼りないクロンの呼びかけで、真面目な顔に戻ったティルキアが鋭く返事をする。クロンがDMAの移動ボタンをタップすると、二人の体はレント達と同じように光に包まれて、一瞬で現実世界へと転送された。
※※※
現実世界では時間が止まっていた――ということはなく、自分の部屋の窓から外を見れば、空は『アルカナ・ロウ』と同じ茜色に染まっていた。
時計を見ると針はもう五時を指していた。自分達は意外に長くあの世界にいたらしい。普段はコンビニ弁当や外食、果ては携帯食で食事を済ませているクロンだったが、これからはそうもいかない。
「そろそろ夕食の準備をしなくちゃね」
「主、料理の心得があるのですか?」
傍らの女騎士にそう訊かれ、どう答えたものかと考え込むクロン。
実のところ、自信を持って料理ができると言えるわけではない。暇な時に何度か軽い炒めものやサラダを作ったくらいで、本格的に料理を楽しんだり極めたりしたことはない。
ではそれを訊くティルキアはどうだろうか。料理が上手いか苦手かなどの設定は、戦記モノの『叛逆のレーヴァテイン』では決めていない。日常を描く番外編はあっても、ティルキアが料理をする描写は存在しない。
「僕は最低限しかできないけど、ティルキアはどうなの?」
「それは、わかりません。主にわかりやすいように言えば、頭にインストールされていない行動です。もしやるなら、一から学ぶか、新しく設定を追加する他ありません」
それを聞いたクロンはパソコンを起動し、試しに五分ほどかけて投稿前の『叛逆のレーヴァテイン』の番外編にティルキアが料理する描写を追加した。付いてきたティルキアがそれを見て笑顔になるが、特に何かが起こった様子はない。
「お言葉ですが主殿、Avalonの私の登場する作品に投稿されていない設定は反映されませんよ」
「それもそうか。じゃあ投稿してみよう。料理上手って設定でね」
オリジンとは、作者が自分の作品から生み出すパートナーのような存在である。しかしその自分の作品に新しい要素が加われば、オリジンはそれに合わせて変化する。ティルキアもそのことは頭に入っていたが、実際に体感するのはこれが初めてだ。クロンにしてもその人間には起こり得ない特異な現象には、多大な興味があった。二人とも、わくわくしながらそれが起こる瞬間を待った。
「し、しかし良いのですか主? ここまで私の設定を付け加えてしまうと、
危惧するようにそう言いながらも、その口調には嬉しさが滲み出ている。これで自分も主の為に美味しい料理が作れるかもしれない、という期待感の表れだろう。
「いいんだよ。ティルキアはそういうキャラとして人気を獲得してるからファンは納得してくれるさ。逆に、長編の番外編でいきなり君みたいなキャラが料理下手なんて設定付け足したら、却って反感を買うこともある。感想板や二次創作のギャグなんかでもそればっかり槍玉に挙げられたりして、妙なイメージが付くことだってある。それに、君に下手な料理なんて作らせたくないし…………ティルキア?」
すらすらと自分の意見を述べるクロンを見て、そのパートナーは目を丸くしていた。
「ど、どうしたのさティルキア。何か変だった?」
「いえ、主があまりに活き活きと話していたもので、少々呆気に取られておりました」
「えぇ!? そんなに変なコト言ったかな僕……」
「そうではありません。失礼ながら、私はあなたのことをもっと淡白な性格かと思っておりました。ですが安心です。作品に愛を持って接して頂けているのなら、私も全幅の信頼を置ける……」
パートナーが微笑みながらしたこぼす言葉に、自嘲するような笑みを返すクロン。
そういう態度だったなら改善しなくてはならないなと反省しながら、彼は早速この検証の成果を確認するためティルキアを伴ってキッチンへと向かう。
しかし、実際に調理台の前に立ったところで彼女は固まってしまった。
「……ダメです。申し訳ありませんが、何も頭に湧いてきません」
頭を横に振りながらそれを伝える女騎士を見て、やっぱりそう上手くはいかないかと自嘲するように笑うクロン。
確かめるようにDMAを見ると、通知音と共にあるアプリの更新情報が画面上側に表示されていた。
“新しいスキルが追加されました。習得させるには管理画面でリソースを支払う必要があります”というメッセージがスクロールしている。メッセージをタップして自動的に当該アプリへ飛ぶと、管理画面なるものが表示された。そこにはあらゆる能力の使用の有無にチェックを入れられるが、まだ習得していないものはリソースを支払わなければチェックを入れられないようだ。
「やっぱり、そんな虫のいい話はなかったか……どれ、素直に習得してチェックを入れてみるよ」
画面上にある他の『堕天使の翼』や『全体殲滅魔法』などは高額なリソースが要求される為とても手を出せたものではない。しかし本来の目的であった『料理スキル』に必要なリソースは現実の通貨で言うと、中堅ブランドの大型家電程度の数値だった。これでティルキアが上手な料理が習得できるのは妥当だろうと思い、迷わず習得してチェックを入れる。
現在あるリソースは、イドヤギの報酬や自前の小説で得たものを足した結果それなりに溜まっていた。初期スキルとして覚えていた剣技や術の応用系、更には治癒術やステータスアップなどあらゆるスキルにリソースを支払ってチェックを入れていく。
「あ、主…………うっ!?」
次の瞬間、ティルキアは呻き声を上げて両腕で自分の体を抱いた。DMAから金色に輝く光の球体のようなものが湧き出て、彼女の頭に染み込むように溶け消えていくのだ。
「ち、力が、溢れて……くはぁ、んっ……あああぁぁっ!」
銀髪を振り乱し胸を揺らし、鎧をガシャガシャと鳴らしながら、嬌声を上げて身悶えるティルキア。頬にはやや赤みが挿しており、その主は目のやり場に困ってDMAを見つめ続けるしかなかった。
しばらくして落ち着いたのか、彼女は乱れた髪や服装を整えながらクロンに近付いてその肩をガシリと掴む。
「あ、ああ主! そういうのは一気にやられては困ります! 困ってしまいます! 何も教えなかった私も悪かったのですが、色んなものが入ってくるんですよ……私にしかわからない感覚でしょうが、非常にこそばゆいものなのです」
「ご、ごめん……まさか、その……あんなになるなんて」
クロンの中では画面内でゲームのスキルツリーを弄るような単純作業だったのだろうが、スキルを直に体にインプットするオリジン側は、その一つ一つがくすぐったいものなのかもしれない。
肩に置かれた手に自分の手を重ねながら、宥めるようにそれを撫でるクロン。
「とにかくスキルは習得したんだ。これでもう料理できるんじゃあないか?」
「はっ……それもそうですね。では少々お待ち下さい」
言って、女騎士は胸に手を当てて瞑目する。一呼吸間を置いて、その手から漆黒の闇が迸る。以前出した球体と同じような黒が彼女の体を包み、その装いを変えていく。黒鉄の鉤爪のような籠手が消え、白く細長い指先が顕になる。横幅の広い肩鎧や、長く垂れ下がる腰甲冑、刺々しい兜や脚鎧の全てが粒子となり霧散する。
無防備になった彼女が鎧の下に身に着けた灰色のタイトなインナーも消え、一糸まとわぬ姿となったティルキア。
その胸に豊かに実る双丘の上と腰が闇に包まれ、それが晴れた後には大人っぽい黒の下着が上下揃って装着される。艶やかな下着姿の上からも更に闇が湧き、全身を包む闇が消えた後にはシンプルなシャツと黒いデニムパンツを身に着けたティルキアが現れる。
装いが変わった自分の姿を見て何か足りないと思ったのか、ティルキアが指を弾いて闇を呼び出した。黒い煙のように現れた闇は彼女の上半身にすっぽりと覆い被さり、全てが消えた場所には、長袖の黒いジャケットと革手袋を身に着けたティルキアがいた。その銀髪もまた、黒い髪飾りによって後ろで一本に結わえられていた。
「初めてスキルを使ってみたのですが、いかがでしょうか主」
スラリとした美貌を黒基調の私服に包み、ポニーテールになってがらりと印象が変わった女騎士。豊かな胸を得意気に張りながら主の感想を待っている彼女の姿を見て、その主は感嘆の息を漏らす。
「主……あまり似合っておりませんか?」
「そそそそんな、そんなことねーよ! いや、ないよ! すごく似合ってる! で、でもさ。スキルを使って着替えたのはともかく、そんなコーディネート誰が考えたのさ……」
クロンの言う通り、鎧から現代日本を歩ける私服に着替えたのは先程習得したスキルの一つなのだろう。だがその服までオリジンであるティルキアがすぐに考えたとは思えない。
「誠に勝手ながら、主の部屋に置いてあったファッション誌を参考にしてみました。お気に召して頂けたのなら、何よりです」
安心したように微笑んだティルキアが、スキルでエプロンを装着して革手袋を外した。シンクで手を洗い、まな板と包丁をクロンに聞きながら用意する。冷蔵庫を開けてひとしきり中身を眺めてから取り出したのは、野菜数点と肉と卵、それからレンジで温めるタイプの白飯のパックだった。手伝おうかと言った主の申し出を断り、彼女はその後料理に没頭する。
そわそわしながらテーブルでティルキアを待っていたクロンに差し出されたのは、昼間に食べたものと似たような大盛りの炒飯であった。彼女曰く、あれと同じものを知識だけで再現してみたらしい。
単刀直入に言えば、その味は店売りのものには及ばなかった。炒め方や調味料を入れるタイミングなど細かなテクニックは、経験が無ければどうしようもない。だがこれなら毎日作ってもらって欲しいと思う程に、クロンは感動していた。
そもそも女性の手料理など食べた経験がないので、料理に対する採点が甘くなっていることは否定できまい。それを自覚しつつ彼は、その手を握って感動をできるだけ言葉に乗せて伝えた。
「うん、美味しい……これなら毎日作って欲しいくらいだよ!」
「勿体なきお言葉です……このような堅物の作るものでよければ、いくらでも」
満更でもない表情で、ティルキアは微笑みながら主の申し出を受け入れた。
二人で夕食を済ませた頃には日も沈み、クロンは作品の執筆を始めていた。たまにティルキアが見に来るが、その内容もしばらくすれば彼女の頭の中に入るはずだ。
オリジンとその登場作品に関してはまだわからないことが多いが、それも多くの作者の間で議論検証され明らかになっていくことだろう。
思考を止め、DMAに表示された時刻を見ればもう夜の八時。筆を止めて入浴しようと思った時、クロンの端末の通知音が鳴った。
メッセージの発信者欄には、レントの名が表示されていた。
※※※
翌日、再び異世界に転移しブリンネンに赴いたクロンといつもの鎧姿のティルキア。
そこからしばらく移動して、忌々しいオッサンガエルを象った像の前まで行く。そこで見計らったようなタイミングで目の前に現れたのは、先日メッセージをくれた初心者狩りのレントとそのパートナーのアリスである。
「ホントに来てもらえるなんて思わなかったっすよクロンさん」
「その不器用な敬語はいらないって初心者狩りのレント」
「その呼び方はやめ……まあいいや。とにかく昨日送った通り、俺達はあの後Avalonやこの世界のことを調べてみたんだ。それでわかったのが、作者達で協力して先の街の開拓を目指す“ギルド”があるってハナシ」
「ギルドねぇ……前々から思ってたけど、いよいよネトゲっぽくなってきたな……」
ブリンネンの周辺のモンスターは粗方判明し、図鑑なども商品として出回っている。作者の多くが最初に訪れる場所であることもあって、攻略速度も速かったのだ。
先の街への道を開拓する作者の動機は、強くてリソース保有量の多いモンスターのいる場所へ進み多くのリソースを得ることだ。既にこの世界での生活を計画してる者もある。それらが徒党を組んだのがレントの言った“ギルド”だ。
「俺が加入申請したギルドの人がここに来る予定なんだ」
「あっ! ショートの女剣士のオリジンって、あのひとじゃないですか!?」
アリスが指差した先にいるのは、特に私服の男とそれに寄り添って歩く女性の二人。男の方は無精髭の生えた極普通の中年男性だが、女性の方は栗色の髪を肩の上で切った爽やかな雰囲気の美少女だった。それだけでない。女性の方は金属鎧と剣で武装しており、鎧の肩には獅子を模した
「確かにそれっぽいな。よしアリスちゃん! 声かけるぞ!」
「はいです! あのあの、そこのおふたかた!」
とてとてとフリルを振り乱しながら駆け寄っていくアリスと、それを追いかけるレント。二人が挨拶をすると、女剣士達は爽やかな笑みで挨拶を返す。
「やぁ、君がアリスってコかい? オレァしがないファンタジーモノの作者のロジャーってんだ。こっちのくっころが女剣士のニーナ。腕は保証するぜ」
「くっころ言うな! ……っと、ミーナです。マスター共々、よろしくお願いします!」
ロジャーと名乗った男に突っ込みながら女剣士が彼と共に頭を下げ、それにレントとアリスが返礼した。
互いに作品名や今までここで見てきたものなどの情報交換をして、それが終わると今度は他愛もない世間話に突入する。もう帰っていいかなと言いたくなるクロンの横で、ティルキアは困ったように会話の輪と主を交互に見ていた。
「おやっ……?」
その時、ティルキアの視線がミーナの目に留まった。ミーナの目は上から下、下から上と舐めるように堕天使の体に視線を這わせる。やがて視線は近付いてきた。歩いて接近してきているのだ。近付くごとにその顔は笑みをつくり、終いには勢い良く駆け寄ってきた。
「私ミーナっていいます! あなたがティルキアさんですね!? お話はマスターからかねがね伺っております! 天使でありながら人間の将を率い、名立たる神々に立ち向かい、実力で服従させた邪竜に跨がり戦場を駆ける一騎当千の堕天の黒騎士であると!」
「む……あ、あぁ。私が主クロンの騎士、ティルキアに相違ありません。しかし、それらは全て作品の出来事です。私は貴方が期待する程の騎士では……」
「そんなことありませんよ! 一介の剣士として魔物討伐の賞金で暮らしている私の設定とは何もかも違います!」
彼女が矢継ぎ早に放つ言葉で、最初は困り顔で目を泳がせていたティルキアの顔が引き締まった。その赤い瞳が、ミーナのはしばみ色の瞳を真っ直ぐ見詰める。
「ミーナ殿、と言いましたね。そのように己の出自と設定を卑下してはいけません。それは主の作品への侮辱に他ならない。私とて、主が築き上げた世界観と人気がなければこのように強く生まれることはなかったのですから」
胸に手を当てながら、堕天の黒騎士は魔物狩りの女剣士に語りかけた。まるで自分に言い聞かせるようにゆっくりと、言葉を選びながら。
「ご、ごめんなさいマスター。恥も外聞もなく、はしゃいでしまって」
「いいさ。ミーナにはまだ明かしてない凄い設定があるんだからな! 乞うご期待ってヤツだぜ黒騎士サン! ハッハッハッハッハ!」
頭を下げて謝るミーナの頭を、いつの間にか近くにいたロジャーが豪快に笑いながら撫でる。彼は作家に必要な強い心を持っているようだ。クロンはただ苦笑するしかなかった。そこにレント達も集まり、三組の作者とオリジンが並んだ。
レントはにやりと不敵な笑みを浮かべながら膝を突き、両手の平でクロンとティルキアを示して迫真の名乗りを上げる。ロジャーが撫でる手を止め、ミーナが顔を上げてそちらを見る。
「改めて自己紹介しよう! 俺が『ブラコレ』の作者ことレント! そしてそこにいる幼女がパートナーのアリスちゃん! そして俺達と契りを交わした一番の仲間、クロンさんとその騎士ティルキア様だ!」
「おう! あのクロンさんとその仲間がもしギルドにいたら心強い。オレらは次の街に拠点を移したから、魔物に手間取ることもあってな。戦力の増強は急務だったんだ」
「新進気鋭の可愛い女の子に、老舗の大物の騎士様! 最高じゃないですか!」
うんうんと頷くロジャーと目を輝かせるパートナーの言葉に反応して、可愛らしい言い方をされなかったティルキアは落ち込み、昨日そんな話を聞いていなかったクロンが抗議の声を上げようとするが、その肩をレントが掴んで止める。冷や汗をかきながら彼は小声でクロンに呼びかける。
「ちょっと待ってクロンさん話だけでも聞いて……入るのはそれからでもいいじゃん……俺一人じゃ心細いんだよ……」
昨日自作品を酷評されたのが効いたのだろうか。今日の彼はどこかテンションがおかしい。ひっきりなりに上下して口調も安定していない。『ブラコレ』の正式なタイトルはちゃんとロジャーに教えたのだろうか。
「いつも見てますぜ~『叛逆のレーヴァテイン』。昨日アップされた番外編見てびっくらこきましたわ。ああいう柔らかい雰囲気の話も書けるのは憧れるぜ」
「いや僕はそんな……」
レントの行動で刻まれたクロンの眉間の皺が、ロジャーの言葉でなくなっていく。やはり自分の作品を生で褒められるのは嬉しいものだ。
「オレ達のギルドを見ていくなら、次の街まで一緒に行かないか? 一人より三人で戦った方がミーナも心強いはずだろうしな」
「いいぜ! ……いいよなアリスちゃん」
「はいです! 人数はおおいほうがたのしいです!」
「僕達も行ってみようティルキア。ギルドがどんな集まりかだけでも、見ておきたいしね」
「ええ。騎士団のように精強な兵士達の集まりなのか、それとも酒場に溜まる傭兵達のように奔放なのか。是非見てみたいものです」
「ガーッハッハッハ! そんなに大したモンじゃねぇよ。オレたちゃ作家なんだぜ? オリジンだって正統派ばかりじゃねぇ。ミーナはあの中じゃマトモな方さ。あと一番可愛い! ホーレホレホレ!」
「ちょっ……撫でないで下さいマスター! もういいですからそういうの! カッコイイって言って下さい!」
わくわくと肩を弾ませるアリス。まだ見ぬ戦士達に思いを馳せるティルキア。自分を撫でるマスターの手を照れ顔で退けようとするミーナ。三人の作者はそれぞれの在り方でパートナーと触れ合う。
かくして即席で組んだ三人の作者とオリジンは、次なる街を目指して歩き始める。まだ未開拓の地を目指し、多くの出会いと仲間を求めて。
※※※
ここはブリンネンの街から遠く離れた荒野。草一つない渓谷の中心で、一人の男が立っていた。
男は涼し気な和装で肩にかけた長刀を揺らしながら周りに倒れる者達を見下ろした。十人程の敵が残らず倒れたことを確認すると、彼は自身の身長を遥かに上回る長刀を振り上げる。すぐ側でガタガタと震えながら後ずさる男に特徴的な細い目を見開き、それを振り下ろした。
「仲間だの絆だの……実に愚かですねェ」
「ぐぅわぁあああぁああっ!?」
血飛沫が飛び散る間もなく相手は現実世界に強制送還され、物足りなさそうに溜息を吐く男。
それを見て周囲の者達は起き上がり、一目散に逃げ出そうとするが遅かった。いや、男が疾すぎた。俊敏かつ無駄のない動きで、次々と標的を斬り捨てていくその姿は吹き荒れる嵐のように激しい。
「ククッ……ダメですよ“リソース”が逃げちゃあ、ね」
「ひぃっ!」
残る一人は、金髪を逆立てた若い男だった。派手な服装と細い体格で、まるで斬り応えがないなと思いながら、和装の男はその視線の先にいる人物に気付いた。次の瞬間、背後から敵意を感じて長刀の位置を変える。その長刀は一迅の斬撃を受け止めた。
斬撃を放ったのは金髪の男のパートナーである剣士型のオリジン。作者の容貌とは逆に、誠実な雰囲気で首から下は全身鎧をがっちり着込んでいる。兜を被った顔も爽やかで嫌味のない美貌を持っていたが、それは今戦意によって精悍な表情を作っていた。
「防がれたッ……!?」
「見え見えなんですよねェ……殺意がァ!」
和装の男の背後では、長刀が一本の剣を受け止めていた。数秒後、力の差で押し負けた剣士の体が大きく吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁ!?」
「リーグ!」
男にリーグと呼ばれた剣士型のオリジンの体が、十メートルほど先の地面に強く叩きつけられた。しかし、彼は剣を杖代わりになおも立ち上がろうとする。
「マスター、に……手は出させん!」
「もう立ち上がれませんよねェ……それでは次、マスターの方」
「ダ、ダメだ……! 逃げるてくれ……マスター」
和装の男はゆらり、とリーグのマスターのもとへにじり寄る。糸目と口の端をにやりと歪めながら長刀を構えながら。
「あなた方に恨みはありませんが……マスターの命令なのでねェ。ククッ」
「待てよ
刀を振り下ろすよりも先に、後ろから呼び止められてしまう。今までどこに隠れていたのか、岩陰から突然一人の少年が現れた。フォーマルなスーツに身を包んだ小柄な容貌だが、表情や仕草が年齢以上の雰囲気を漂わせる。そんな男が凶悪に見える長刀の男に指示を出したものだから、襲われているほうの男達は目を丸くした。
「おや、センラさん……そうでした。忘れていましたよ。これは情報収集の一環でしたね」
言って、センラと呼ばれた少年は後退る男へ歩み寄ち、淡々とした仕草で金髪の男の顔面に蹴りを入れる。
「ねぇ……さっき君達が言ってた“ギルド”だけどさぁ、他にメンバー居たりすんの?」
「そっ、そんなの……」
男がいない、と言おうとした矢先。再び顔面に衝撃が走る。口の中に鉄のような味を覚えてから見上げると、少年の目つきが鋭く変わっていた。
「言っておくけど……ウソ言ったら特定して晒すからね。君のオリジンも晒して社会的に終わらせてやろうか」
「ッ……! へっ、ここから北の町に、ウチらのリーダーがいる……リーダーさえいればお前なんか……」
「そっか――いいよ、もう」
言うと同時に、燐水と呼ばれた和装の男が長刀を振り下ろす。断末魔を上げる暇もなく男の姿は消滅し、荒野に立つのは二人だけとなった。
「マ、マスター! 貴様らよくも……ぐあぁ!?」
その姿を見ることなく長刀を一振りして、突進するリーグのブレストプレートごと胸を斬りつける燐水。
再び吹き飛んだ彼に、燐水が追い討ちをかけに行く。倒れたその体の左胸の傷口に、ずぶりと長刀を突き刺した。切っ先には何かが当たる感触がある。ごく小さい、水晶球のような感触だ。
「ッ!? やめ、やめろ! 頼む! やめてくれ…………!」
懇願するように叫ぶリーグの声を聞き入れず、むしろ楽しむように嗤いながら燐水が手に力を込める。長刀は水晶にヒビを入れ、破壊する。
「嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!」
苦し悶える声を上げながら、リーグの体は粒子になり大気に霧散していく。
「あぁ……申し訳ありません。マスター……私、は……」
言い切らないまま、剣士はこの世界から姿を消した。その様子を一瞥した燐水は笑みを崩さぬまま、長刀を鞘に収める。周囲に誰もいなくなったのを確認すると、彼は細い目を僅かに開いて主であるセンラに視線を移した。
「下らないですねェ……まったく。言っておきますがセンラ。私に仲間としての絆を期待しているようでしたら……」
「まさか。それならもっと人懐っこいオリジンを召喚しているさ……にしてもリーダーか。面白いこと聞いちゃったね燐水」
「あぁ、そうですねェ。ククッ、また魔物を狩るのは退屈ですが」
「いいじゃないか……イベントは多いほうが楽しいだろう」
互いに笑いながら、遠くにそびえる街を見た。あそこにいる。今殲滅した集団を束ねる者が。ブリンネンを出てまだ一日明けただけなのに、楽しくてしょうがない。鼻歌交じりに喋る燐水も、そう思っているのであろう。
「しかし君、本当に強いな。」
「これもまた、あなたの望みですからねェ~……」
――――ゲームはまだ、始まったばかりだ。
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