Log:02「初心者は狩りと羞恥で成長する」
亀裂は広がり、割れ目となり、穴となり、《アルカナ・ロウ》への入り口となる。
それはいいのだが、またあのズブズブとした感触に包まれると思うと気が滅入る――そんな不安が顔に出ていたのか、ティルキアが気遣うように声をかけてくる。
昨日の強制単独空間移動は、物理的にゲートをくぐる必要があったので不快感もあった。しかしアプリで正規の手順を踏んでゲートを開いてボタンをタップすれば、物理的なプロセスを全て省略した上での空間移動が可能である。
彼女からこのような説明を受け、最初からその移動方法を使わせてくれというのは我が侭だろうかと自問する。
外出用のシャツとデニムパンツを身につけ、言われるがまま移動ボタンを押すと、視界が光に包まれる。光が止んだ頃にはクロンとティルキアは再び別世界の地を踏んでいた。
前回の草原とは違い、今回はヨーロッパ風のレンガ造りの街の広場にやってきた。ここは現実世界に戻る時にペナルティを免除してもらう為にやってきた“特定のスポット”でもある。あの時はそんな余裕は無かったが、こうして改めて見て感嘆の息を漏らした。一つひとつの家に情緒を感じる程の風景だ。
広場の中央には噴水があり、右に目をやると街の中央を川が横切っている。そこに架かる橋一つ見ても芸術的に思える。その横の看板には日本語で街の地図と案内メッセージが記されていた。それによるとここは『ブリンネン』という名前の街らしい。
「いいねぇ……異文化って感じで。しばらく見て回らないかな?」
「他のオリジンと出くわした場合、戦闘になるかもしれません。慎重に行きましょう」
と言われたは良いものの、実際その警戒はあまり意味がなかった。クロンと同じで物見遊山で来た作者が多く、血の気の多いオリジンも特にいなかったのである。
笑顔で挨拶を交わすものが殆どで、ティルキアも狂犬ではないので噛み付かず笑顔で応対してくれたのが幸いだった。もしあのキャラだったら、という“もしも”を考えてしまうのは物書きの性だろうか。
街を見て回っていると、お腹がキュルキュルと鳴った。DMAに表示された現在時刻を見ると正午を回っている。
朝から何も食べていないことに気付き、飲食店がないかと辺りを見回す。しかしどこも閉まっているというか家屋のどこを見ても人の気配を感じられない。
「全ての流れは作者達が作れ――というのが冥様の意向、とのことです。今はまだ世界が動き出して二日目なので閑散としておりますが、しばらくすれば多くの人々で賑わうはず……とあのお方は思っているようです」
キョロキョロと目を振るクロンに、ティルキアはそう説明した。どうやらリソースを使って家を買うなり店を開くなりして街を活気付けることも作者に委ねられているらしい。自由度が高いのは結構なことだが、如何せんワールドがオープンすぎるのではないか。
そのシステムを考えた管理人の人格を思い出そうとしていたクロンの目に、一つの看板が映った。
コーヒーカップの横に、ナイフとフォーク。これは高速道路のサービスエリア等でよく見られる食堂マークではないか。そこからは鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきて、食欲に衝き動かされるまま作者はティルキアに呼びかけて、その店に真っ直ぐ向かった。
「おや、いらっしゃい。ここは今のところ、この街唯一のレストラン“メルクリウス”。といってもまだオープンして間もないんだけどね」
二人が中に入ると、艶やかな格好の女性が柔和な笑みで迎え入れてくれた。
まるで女神のように清楚かつ露出過多な格好。十中八九オリジンだが、まさかそのまま不思議な力で料理するのだろうか。不安に思ったクロンの耳に、トントンと包丁を使う音が聞こえてくる。
外と同じレンガの質感と色調を持つ店内のカウンターの奥。厨房だ。そこで白いエプロンと帽子を着けた体格のいい中年ほどの男が野菜や肉を素早く刻んでいる音だった。他に客が来た様子はないが、何かの下ごしらえの最中だろうか。
「あの、もう料理を出せるんですか?」
「はい。現実世界から食材を持ち込んでいるので、すぐにでも出せますよ。旦那様……いえ、私の作者様がお料理を担当しているのです。調理師免許も取得していますので、味は保証しますよ。こちらにどうぞ」
微笑んだままクロンに答えた彼女は、やはりティルキアと同じように
母性的な印象の彼女は、ティルキアよりもゆったりした衣装を纏っているが、豊かな胸の谷間や肉感的な脚などが丸出しで、正直目のやり場に困る。そういう店と間違われるんじゃないかと心配になる。
言われるがまま丸型の小テーブルの椅子に座り、最初に来たお冷を飲みながら横に立てられたメニュー表を開く。中には見るだけでお腹が空くような写真が幾つも印刷されている。手作り感満載だがそれもまた趣があって良い。
ティルキアにも念の為好きなものを食べていいと言ったが、オリジンの食事事情がどうなっているのか、クロンはまだ知らない。普通の人間と同じなのか、作者の決めた設定で変わるのかもわからない。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「そ、それじゃあ……僕はこの
「私はこの、“シャフのきまぐれ定食”と“シャフのきまぐれコーヒー”でお願いします。」
意外と普通だが、初めて来た店できまぐれオンリーとは冒険し過ぎではなかろうか。万が一好みから外れたものが来た時が悲惨だ。
(――シャフって何だミスだろそれ絶対!)
しばらくして極普通の五目炒飯とコーヒーを女神様が盆でこちらの小テーブルまで運び、厨房まで引き返す。
数秒後、何かを盆に載せて厨房から戻ってくる彼女を見たクロンは、ひっくり返りそうになった。
「お待たせしました! こちらが“シャフのきまぐれ定食”になります」
まずご飯と味噌汁がテーブルに載る。和食の基本メニューだ。それに続いてデドン! と音を立ててテーブルに出たのは、果たして料理と呼んでいいのかどうか、判断に困る代物だった。
それは直径五十センチほどの皿の上に盛られたのは、もくもくと湯気を上げるバレーボール程の大きさのカエル。匂いからして味噌で煮込んであるようだが、一体何がどうなってきまぐれでこんなものを出せるのか。
しかしただ大きいだけではない。汚い成人男性のような顔をしている。人面ガエルだ。
「本日のきまぐれ定食は、オッサントードの味噌煮込みとなっております! この異世界のカエルは、大根おろしやポン酢で頂くのがオススメなんですよ!」
「成る程。では頂きましょう主」
「いや待て、まてまてちょっと待とう!? もしかして、これってこっちに出てくるモンスターとかそういうの!?」
表情一つ変えずにフォークでオッサン顔のカエルを突き刺したティルキアを慌てて止める。流石にこれはどうなのかと思い、店員の女神に尋ねたところ、にこやかに「おいしいですよ」と言うだけであった。
「構いませんよ主殿。食べ物の見た目など、気にしませんからね……私はッ!」
勢い良くフォークを突き刺したカエルを、ムシャムシャと豪快に食べていくティルキア。
この見目麗しい女騎士がゲテモノ料理を……見ようによっては大変いかがわしいような気がするが、いいのだろうか。別にいいか。
自分の頼んだ炒飯は見た目こそ普通だが味はどうだろうか。半信半疑で口の中に入れた途端、大きめに切られた焼豚を噛んだ途端に味が溢れだす。玉子もよく絡んでいて、ご飯もパラパラ。その上ネギの風味も味の濃さも丁度いい。
「美味しい……」
「これはいけますね主!」
ティルキアはカエル料理もお気に召して頂けたようで何よりだ。意外とおいしいのか、オリジンの味覚が特殊なのか確かめたいが、あれを口に入れる気には到底なれない。
「ぬおぉぉぉぉ!?」
お冷で喉を潤してカウンターのレジに向かおうとすると、女神の作者らしき男性が声を上げた。彼は料理の手を止め、頭を抱えてチクショウと唸っていた。
「今のでオッサントードの在庫尽きちまったよメルナーちゃん! これじゃきまぐれ定食もう出せないよ!」
なら出さなきゃいいんじゃないかな。と言いたくなるのをグッと堪えていると、メルナーと呼ばれた女神風の店員は困ったように顔を伏せる。
気になって話を訊くと、今のカエルはこの街を南に出てすぐの湿地帯に湧く低級モンスターとのことだ。メルナーの魔法とその作者が用意した網でようやく三匹捕まえて、残りの二匹は試作料理と一人目の客の注文で無くなったらしい。
この街の外には本当に異形のモンスターが湧くらしい。確かにあのカエルは犬のような耳が付いていて現実にはいなさそうだったが……まさか初見が味噌煮込みのカエルとは思わなかった。
「クッ……誰かウチの名物になる予定のオッサントードを、五十匹ほど取ってくれないモノかなぁ~! 特に戦闘に特化してそうな女騎士型のオリジンさんとか……誰か……お勘定の代わりでいいからさぁ~……」
「そ、それじゃあお金払って帰ろうかティルキア……ティルキア?」
「誰かぁ~……ドゥアァァレェェェクワァァァァ……」
執念深そうな声が背筋をゾワリと撫でる。振り返りたくない。振り返りたくないが、ティルキアは振り返ってしまった。
「どうやら、お困りのようですね」
メルナーはただ笑顔でこちらを見るだけで、ティルキアは乗り気なので断りにくい。しかしあのカエルが群生しているような場所に行くのに乗り気にはなれない。
ここは丁重にお断りしようと思い、カウンター越しの男と向き合う。気迫に満ちた表情は会話すら躊躇わせるが、安請け合いはしていられない。だが店主はいきなり表情をにやりと不気味な笑みに変えた。
「お客さん……あなたは『叛逆のレーヴァテイン』の作者のクロンさん、ですよね? 上位作者さんならこれくらいの依頼、楽勝じゃありませんか!?」
なぜそれを、という台詞は言えなかった。自分がティルキアと呼ぶ女騎士の存在が、店主の言うことを暗に肯定しているからだ。だがこの挑発を受けるべきだろうか。もし上位ランカーのオリジンがカエルも倒せないなんて噂を広められでもしたら一大事だ。
しかし相手はカエルだ。それも普通のカエルではなく、オッサン顔でバレーボール程の大きさのカエル。これに生理的嫌悪を覚えずに立ち向かえるほど、クロンはワイルドな男ではない。
「主……?」
しかし、ティルキアは純粋な眼差しでこちらを見ていた。行かないの? と促しているようにも見える。選択肢は徐々に狭められ、周囲の三者三様の眼差しに串刺しになったような気分になる。
「メルナーはこの通り、戦闘描写の少ない作品のオリジンなんだ。この僕、イドヤギの作品の中でも上位の作品なんだけど、あまり戦うのは得意じゃないんだ。頼まれてくれるかい? 最初に来たお客さんにも頼んではいるんだが。どうにも信用できなくてね……」
最初のお客さんが気の毒過ぎるのはさておき、ここまで言われてやらないのかという視線が痛い。
気圧されるようにして、クロンは渋々首を縦に振った。
※※※
――初陣がカエルなんて……スライムやゴブリンならまだしもカエルなんてあんまりだよ!
という心の叫びも虚しく、クロンはティルキアとともにブリンネンから南の湿地帯まで来ていた。
周囲にはぬめりのある葉を持った木々が立ち並び、地面は湿気を感じるが今はそこまでぬかるんでいない。足を取られて転ぶことはなさそうだ。一番嫌なのはむしろ周囲から鳴り響くこのゲコゲコという鳴き声だ。
「オッサン畑かよッ!!」
こう叫んでしまった彼を誰が責められようか。周囲にはあの忌々しいオッサントードの群れがいるのだ。
普通のカエルでさえヌメヌメとしていて生理的嫌悪を感じるというのに、顔がおっさんときてはたまらない。
今はただ、早くこの件を終わらせることで頭が一杯であった。
「――闇よ成せ!」
凛々しい女性の声に反応して、傍らを見る。ティルキアが叫び、その左手を開いて目の前にかざした。
かざした手の平を中心に黒い靄のようなものが収束し、球体の形をとる。直径三十センチほどになった球体にティルキアが右手を突っ込み、剣を引き抜いた。まるで球体が鞘であるかのように当たり前に一連の行動を行ったが、そこまでのプロセスは昨日まで自分の頭の中だけにある妄想であった。目の前で自分のキャラに実演してもらうのは、最早感涙モノだ。
黒い球体は霧散し、身の丈以上にある長剣が彼女の右手で禍々しいオーラを放っている。
刃先から柄頭に至るまで刀身全てが黒く、そこに赤い装飾をあしらった中二病を絵に描いたような剣だが、だからこそ迫力がある。剣を構えるティルキアの姿一つひとつを写真に収めたい程だ。しかし残念ながら
「主が生み出した剣、実に手に馴染みますね。当たり前ですが……主、攻撃の許可を」
「それじゃ、よろしく」
「では行きます! ――『
声とともに騎士が剣を横薙ぎに振り抜く。周囲に突風が巻き起こり、ティルキアの銀髪がふわりと
十本ほど木を倒した辺りで衝撃波は掻き消え、周囲の風も収まった。
「これが、今の私の力……のようですね」
女騎士は確認するように右手の長剣を眺め、やがてそれを黒い煙へと変えて霧散させた。
ちゃんと技名を叫んで撃ってくれたこともそうだが、やはり技を使うのを目の前で見れたことにも感動する。
ひっくり返ってピクピク痙攣しているカエル達を、用意した麻袋に入れて全て回収する。顔をしかめるのを我慢しながら数えると、大体三十匹程だった。あと二十匹。もう一回別の場所で闇風を撃ち込めばやれるだろう。
『びゃああぁぁ~っ!!?』
遠くから絹を裂くような悲鳴が聞こえる。自分達以外にもここに来た作者とオリジンがいたということか。自らのオリジンに目をやると。真剣な表情でこちらを見てくる。確かに、このままのこのこ他所に狩りにいっても寝覚めが悪いだろう。仕方がないが行くしかない。
だが今、気が付いた。この湿地帯は奥に行く度に地がぬかるみ、足場が悪くなっていくのだ。靴の中に水気を感じた所で、足を進めるのを躊躇ってしまう。ティルキアは平気なようだが、あの鎧に防水効果などあっただろうか。
その気になれば一瞬で声の元まで辿り着けるだろうに、クロンの覚束ない歩きに合わせてくれているようだ。
五分ほど歩くと、ボコボコと不吉な音を立てる泥沼があった。そしてその端でもがく人影が一つ。
「もががぁぁぁ! アリスちゃ~ん! もうダメだ……母ちゃんに会ったら伝えといてくれ。今までありがとうございますってな……」
「何言ってるんですかご主人様! ほら、早くつかまってくださいコレに!」
一つ年下くらいの男が沼でもがき、それに向かってアリスと呼ばれた金髪ゴスロリ幼女が大剣を差し出している。
思い出すまでもない。この二人は初めてこの世界に着た時にティルキアに返り討ちになった二人組だ。
「掴めるかー! もう、このおっちょこちょい!」
面白そうなので放置しても良かったが、そういうわけにもいかないだろう。指示を待つようにこちらを見るティルキアに目配せして頷く。誠実な騎士を従えてる手前、困っている者を放っては置けないし、他の作者に恩を売っておくのも悪くない。
茂みの奥から突然現れた二人に目を剥いた男。ティルキアが黒い球体を出すとアリスが庇うように大剣を前に構える。自分を倒した相手だ。警戒して当然だろう。
「これに掴まりなさい!」
騎士の叫びとともに球体から伸びたのは先程のような剣ではなく、一本の黒い鎖。勢い良く出たが男の前で止まり、沼の中に垂れ下がる。
多少怪しむ素振りを見せたが、アリスの泣きそうな顔を見るや否や、躊躇わずそれを掴んだ。鎖はシュルリと球体へ引き戻され、男が陸に上がったところで黒い煙となって霧散する。
「ご、ご主人様~! よかったです~っ! ……あ、早く泥落としてください」
体中泥まみれになった男に駆け寄ったアリスが、抱きつこうとした男の姿に顔をしかめて拒絶の言葉を放つ。
引き揚げられた男はと言えば、複雑そうな顔でこちらを見てから、ある一点で目線を止めた。
「ア、アンタら……とりあえず助かったよ。ありがとう。ところでその袋の中身なんだが……」
そこでクロンは、彼の腰元にも同じ麻袋がぶら下がっているのに気付いた。
※※※
その後クロンとティルキア、アリスとその作者の四人は先程のブリンネン唯一のレストラン“メルクリウス”までやってきた。アリスの作者は一度自宅に戻ってシャワーを浴びてきたようで、もう泥まみれではない。
今は四人で同じ丸テーブルに座り、その傍らで店主のイドヤギが嬉しそうに二つの革袋を抱えていた。
「いやぁ四人とも
「どう致しまして……」
「まあ? 俺とアリスちゃんにかかればこれくらい、余裕だったんだけど?」
店主の言葉に控えめに返すクロンと比べて、アリスのご主人様は随分と鼻高々に語っている。実際は沼に落ちたのを助けられて自分の受けた依頼も全てティルキアに任せたのだが。
「しかしまさか、クロンさんが俺と同じ依頼を受けていたとは! 協力して敵も倒しましたし、これも何かの縁ってヤツですよねぇ!?」
「あ?」
何もしていないのに調子に乗っている男が気に入らず、クロンは精一杯ドスを効かせた声を返した。
「すみませんおんぶに抱っこでした……」
「もうしわけありません。ご主人様がこんなで……」
アリスと一緒になってしゅんと項垂れる男は、先程媚びるようにレントと名乗った。その後SNSでフォローして欲しいだの互いに宣伝し合おうだの頼まれたが、クロンはその全てを断った。彼はそういったものにあまり関心がなく、SNSも半ば作品更新告知用アカウントと化しているからだ。単純にレントの宣伝など御免だという気持ちもあるが。
「いやいいよ。君の分の報酬、半分もらっておいたから」
「鬼畜かよ!?」
「いやいや打倒な処置でしょ。これでも譲歩してる方なんだけど」
ちなみに報酬とはリソースのことである。イドヤギはリソースの保有量が多かったので、もしかすると人気作を連載しているのかも知れない。メルナーという名の女神が登場する作品を探せば、すぐにでもわかるだろうか。
一匹持ち帰るかという店主の顔が引きつりそうな申し出を断り、二人の作者とオリジンはその場を後にした。
※※※
「それでですねクロンさん、俺の小説なんすけど……」
四人が外に出た時、レントが自分の
「……『俺の異世界探求はここで終わりを告げた。 ~童話のあの娘は
「あっ、それアリスの作品名なのです!」
「フフフフフ。どうですクロンさん。これ結構イケてると思いません? 目立つし分かりやすいし引き込まれそうっすよね?」
クロンが読み上げたタイトルを聞いて自慢気に胸を張る二人組。作者とオリジンの相性は悪くないようだが、こちら側としては少々反応に困る。確かにキャッチーなタイトルは目を引くし、ネットの投稿掲示板でも一度はついクリックしてしまうものだろう。だがそれをこうして作者とキャラクターとセットで目の前で見ると、
「ま、いいんじゃない……」
「ぃよっしゃああああああああ上位ランカーからのお墨付ききたぁぁぁぁぁぁ!!」
「これでアリスも一人前ですぅ!」
適当に返事したつもりなのに盛り上がられてしまった。二人で抱き合って喜びを分かち合っている様子は、まるで仲睦まじい兄妹のそれだ。正直に言うべきだろか。いやしかし、まだ肝心の内容を見ていない。タイトルだけで判断するなど物書き失格だ。そう考えて、クロンは『俺の異世界探求はここで終わりを告げた。 ~童話のあの娘は
PAGE01
「グワーッ!?」
その日、俺はそのトラックに轢かれてしまった。丸みのある白いボディからしてそれはスズキのキャリィだった。友人に乗せてもらったが乗り易い車なのは覚えていた。まさかそんなモノにこの俺が轢かれるなんてな情けないゼ。
目が覚めるとそこは真っ黒な空間で。いるのは一人の美女だけだった。どのくらい黒いかというと、小学校の頃に習字の授業があったが、あれで使う固形墨を削った先っぽ。あれくらい黒かった。
美女は眼鏡をかけている黒髪美人で、肌はきめ細やかで美しい。控えめに言っても美女だった。
美女レベルで言うとクラスでチヤホヤされてる中心の女子の影で、密かに男子の間で「あのコ意外と可愛くねぇ?」って噂するくらい美しい。
「ス、スミマセェ~ン! この度は、アナタを予定外の死に追いやってしまって……これも全部ワタシのマチガイなのですぅ!」
「そ、それってどういうことだいお嬢ちゃん!? 予定外!? だったら生き返らせてくれよ!」
「ソレは天界条例に反しますのでムリですぅ! なので、今から特別な能力をこの中から選んでもらって、別世界へと行って頂きますぅ!」
とりあえず数ページ飛ばした。
PAGE17
「なんだって!? ヤツが噂の……?」
「そうだ……あの生徒会長のヴェルッケルヴン・ヴォールフ・ヴァルケンアーヴを倒したっていう男だ……」
「なにぃ!? アイツ、本当にFランクなのか……!?」
「ゲェェ――――! ぁそいつぁ恐ろしいってこったなァ! くわばらくわばらァ……」
翌日、教室中で昨日のコトが話題になっていた。勘弁してくれよ……俺は目立ちたくないってのによ。平凡な暮らしに戻りたいゼ……第一俺は平凡な男子高校生だったはずだ。どうしてこうなった!?
「ねぇねぇ、君がウワサの新入生クン? 後でアタシと食事にいかない?」
いつの間にか隣に寄ってきたのは、ソウルクラッシュテニス部部長のケイブレス・イシュバーン先輩だ。ノースリーブのスポーティなユニフォーム姿は大変健康美があり美しい。特にあの胸。大きさで言えば俺の実家のスイカくらいあった。
今、俺の二の腕で感じているやわらかな感触は、その胸が押し付けられた感触そのものであった。
「ねぇぇ~? 放課後校門で待ってるからねぇ~?」
なんとも魅力的な誘いだ。普段出逢いに植えていた俺は、これには乗るしかなかった。と、その時。俺は一つの視線に気付いた。
「ムウゥ~……」
幼馴染のクロノ・ニャルラト・カレイドスコープさんがこちらを見ているではありませんか。
怒っている。何でだよ……ったく、女心はわから
「だぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――ッッッ!!!!」
そこで読むのをやめて、クロンはあらん限りの力でDMAを地面に叩きつけた。それに動揺して、慌ててDMAを拾うレント。カード型で耐久性も高いため、幸いなことに無傷であったが、心的ショックはかなりのものだ。
「な、なにを……」
「ッざっけんな! 何で今時転生トラックそのまんまなんだよ! そこからの最弱詐欺で逆転勝ちして女心ニブい自称平凡主人公とかお前……あと文末が“~った”ばっかりだし余計な情報量多いし表現の重複あってモヤモヤするわ! ってかキャラ名! 会長ヴが多いし幼馴染の名前が幼馴染してないし、ホント、もうっ……お前っ……! ホントもう何なんだよお前! ってかアリスどこ!? 肝心のアリスちゃんはどこで出てくんの!?」
そこまで言い終えて、クロンは肩で息をしながらレントの顔を見る。
「……………………」
「ク、クロン様……アリスが登場するのは、第ニ章の三話ですよ……正式に主人公さんの仲間になるのが四章の十三話です」
真っ青な顔に冷や汗を流しながら押し黙るレントに代わり、アリスが正確な話数を答えてくれた。しかし結構先の話であることが判明して、クロンは愕然とした。まず重ねられた文章の長さに、次にタイトルにある“童話のあの娘”の存在を随分先延ばしにしていることに、だ。
アリスという存在にそういった重要性があって、必然的にそういう展開になるのならいい。内容も掻い摘んで読んだだけなのでとやかくは言えない。しかし掴みの一話がこの有り様で、果たしてどれだけの人間が続きを読んでくれるだろうか。
いや、意外にも怖いもの見たさや面白半分で見に来る読者は多いかもしれない。
「……実際、どうなんだその辺は」
「ま、まあそこそこ……」
こちらの質問に震え声で答えるレントの作品を、今度は自分のDMAから探すことにした。
――感想数は0件です。この作品にはまだ感想が投稿されておりません。感想はこちらのフォームから!
「あっ……」
「やめてぇぇぇぇ! 見ないでクロン氏クロン様ァァァ!!」
思わず漏れ出た声に反応するレントの悲鳴を聞きながら、クロンは少しだけ自分の行いを反省した。
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