創作世界アルカナ・ロウ ネット小説冒険譚

イカニモン

Log:01「彼の者は創作物を具現化する」

 ――今世界は新たな局面を迎えようとしていた。木は枯れ秩序は無くなり、荒廃した世界では暴力による支配が跋扈していたのである。

 見かねた神がこの世界に天使を遣わせ、人界は神に管理され恒久的な平和を保証されたのだ。

 だがそれは大いなる神による人権も自由もない徹底的な統制であった。これに反発した者は、全て例外なく粛清されてしまう。

 その絶対的な力に、人々は従う他なく……それから数年間、腐敗の時代が続いた。

 だがそこに、希望の光が差した。伝説の勇者の血を引く少年が、多くの仲間と共に立ち上がったのである。その傍らには、常に銀色の髪と黒い翼を持った美しき女騎士がいたという。

「ウルバーン、私も共に戦います」

「その黒い翼……ティルキア、アンタ堕天したのか!?」

「私も信じたくなったのです。あなたと同じ人間をね」

 種族も性別も違ったが、二人は同じ未来を見据え、共に進むことを誓い合ったのである。

 今堕天使と人は手を取り合い、神の圧政に立ち向かう……!


第一章 -騒乱の彼方-



   ※※※



「ウックック……閲覧数PV伸びすぎっ! 感想結構溜まってるし……滾ってきましたぞ!」

 照明を抑えた部屋の奥、青く光るパソコンのデスクトップ。そこから目を離さず、淡々とキーボードを叩く青年が一人。

 ニヤニヤとした笑みを自覚しながらも、笑みを抑えるに抑えられない。一人部屋なので抑える理由もない。

 彼が今見ているのは、ネット小説を投稿するサイト。そこにある自分の作品の情報一覧ページであった。

 先程自分で言った通り、そこにはどれだけこのページが開かれたかを表す閲覧数と、直接読者が意見や批評を書く感想欄の新着数が表示されていた。

「やっぱりネット小説はこの優越感がないとなァ! 感想返しも筆が進む進むゥゥゥ!」

 作者こと、ハンドルネーム『クロン』は自分の“作品”に与えられる賛辞の声一つ一つに、雑にならないよう丁寧に礼を返していく。

 ネット小説――そのメリットを訊けば“利権の絡まない気軽さ”や“縛られない投稿日時”などがよく挙げられるだろう。

 彼が一番重要に思っているのは“コミュニティ”である。アマチュアと愛好家が集まる小説投稿サイトで最も重要なのは作者と読者の距離感。

 商業の作家と違って、自分達ネット小説作家は読者との距離が近い。作者の人柄が現れるこの行為が読者にとって重要なのは言うまでもない。

 だが相手も専門家ではない。そこら中に転がっているネット小説の一つひとつに感想を残すようなお人好しは稀だ。だからこそ貴重であり、有難いモノなのである。

「ま、そこまで真剣にやるものでもないかもしれないけど……」

 独りごちるクロンの耳に、無粋なインターホンの音が届く。

「なんだよ宅配か? 今ノッてきたところなのに……はーい、今いきますよっと」

 仕方なくテキストの状態を保存して作業を中断し、鏡で自分の姿を確認してから玄関に向かう。

 やはり宅配だったようだが、差出人は誰だろうか。ひょっとしてこの前ダメ元で応募した人気声優のサイン色紙に当選したのか?

 そんなことを考えながら渡されたものを眺めるが、記名はされていない。宅配員の去った玄関で、クロンはまな板程の薄いダンボールの箱を手にして数秒、じっとその正体を考えた。


 その後部屋に戻って感想への返信を全て終えたクロンは、このまま寝れる程の充実感に包まれた。けれどそうもいかない。

 この箱の中から出てきたのは金属質な一枚のカード。光沢を抑えた高級感のある銀色は、ただのトレーディングカードとは思えない。ますます怪しくなり、寝るに寝れない。

「なにこれ? なんか、こう、秘密組織が使いそうなカード……」

 銀色で思い出したのは自分の作品に登場するティルキアというキャラだ。外見も実力も完璧な設定の堕天使であり、騎士であり、ヒロインである。盛りすぎなのを自覚してはいるが、それがウケているのだから仕方がない。

 連想は続き、ティルキアのイラスト本を出品したいというメールが来ていたのを思い出したところで、カードから奇妙な音声が流れだした。

『情報の入力を確認しました。作者様の『オリジン』を出力します』

「こ、この声は!? 何が起こるって言うんだ!?」

 理想のヒロイン像を描く頭を現実に引き戻したのは、エフェクトのかかった無機質な女性の声。本当に秘密組織だろうかと疑い出すクロン。

 ――実はこのカード、日曜朝の特撮でベルトに挿すアイテムを模した変身グッズか? だとしてもなぜそれが僕の家に? 待てよ。これがデラックスヒーローセットの一部ならきっと説明書が同梱されているはずだ。

 ここでクロンの中で新たに湧いたのがヒーローグッズ説。それを信じて箱をの中をまさぐると、梱包材の下に冊子が隠れていた。青年はきっとこれが説明書なのだろうとあたりを付けた。

 表紙にそれらしきタイトルはない。あるのは「――ようこそ」と中二病じみた一文のみで周りは真っ白。メーカー名などの記載も一切ない。

 いくらなんでもそれぐらい表紙に書いとけよ! と最近の企業のチェック体制の杜撰さに対する憤りを感じながら、ぺらぺらとメージを捲っていく。しばらくすると、気になる大文字の宣伝文句が目に留まった。

「あなたの作品を、その手に…………? なんだこれれっ、うぉわっ!?」

 説明書のその一文を認識した途端、薄暗かった部屋全体が眩い光に包まれた。まるで先程のカードのような、さらさらとした銀色の光だ。

 思わず目を覆い、不安に駆られ右手をじたばた動かすクロン。それを、クッションのようなものが受け止める。

 光が収まった頃に目を開けると、部屋の空間に亀裂が走っていた。ひと一人が入れそうな程の穴が、クロンの暮らす極普通の部屋の中心に開いていたのだ。

 彼の腕はその半ばまで入り込んでいる。抜こうとしてもがくと、余計に引きずり込まれる。引いてダメなら押してみるべきかと思って押すと、普通に肩まで入ってしまった。

 仕方ないので、彼はもう成り行きに身を任せることにした。やがて意識は遠のいて、異様な浮遊感だけがその体を包み込んだ。


 目覚めると、クロンはいつの間にか芝生の上に転がっていた。這うように動きながら周囲を確認する。

 もしかして空間転移してしまったのだろうか。見渡す限り草と山と太ももしかない。 …………太もも?

 仰向けになった自分の左右にあるのは、白くきめ細やかな肌。思わず触ってみたくなるが、いいのだろうか。

「初めまして。我が主」

「んがっ!?」

 上から降ってきた声に飛び起きる。奇跡のような美しさを持った女性が、自分を見下ろしていたのだ。

 禍々しくも妖艶な漆黒の鎧に、彫像のように整った顔を飾るのは流れるような銀髪と赤い瞳。コスプレにしては完成度が高い。だがなんとなく、そうとは思えない。

「主、突然で申し訳ありませんが、敵襲です」

 真に迫る声と共に、彼女は倒れたクロンを庇うように立つ。まるでこれから戦うかのように構えを取った。

「お前、初心者だな? 悪いが狩らせてもらう」

 こちらから二十メートルほど先の場所に、ブレザーの学生服を着た中肉中背の若い男が立っていた。狩らせてもらう、という言葉に疑問を持つ余裕もなく、クロンはいそいそと立ち上がった。

「さぁ、君の力を見せてくれアリスちゃん!」

「お任せ下さい、ご主人様!」

 男の背後からひょこりと幼女が現れた。自分はどこまでこの状況に置いて行かれるのかと突っ込みたくなる展開を、クロンはただ見ているしかない。

 青を貴重としたドレスに白いフリルをあしらった、いわゆるゴスロリな服装に見を包む金髪碧眼の幼い少女。まるでお伽話からそのまま出てきたような可憐さだ。

 傍らにいる銀髪の女性も綺麗だが、その幼き少女には全く別種の、しかし全く劣らない完成されたドールのような美が備わっていると言えよう。

 きっと性格もとても無邪気で優しい元気な女の子なのだろう――という幻想は次の瞬間呆気無く打ち砕かれた。

「それじゃあ……とっととぶっ殺しちゃいますね!」

「おう、頑張れよ!」

 男の激励と共に、アリスと呼ばれた幼女は身の丈の倍はある剣を空間を割るようにして取り出した。かと思えば肩慣らしに滅茶苦茶に振り出す。

 あどけない少女の手にはおおよそ似つかわしくない、毒々しい桃色の刃に茨の装飾を巻きつけた独特なデザインの両手持ちの大剣。

 それを幼女が無邪気な笑顔で振り回している。ケレン味のあるバイオレンスな光景に、一創作者としては思わず感心してしまう。

 まるで空中に鞘があるかのような武器の出し方に疑問を覚えずにはいられないが、それどころではない。

「この剣の名は、湖の黒龍レイク・ジャバウォック。相手を血の湖に引きずり込む、恐ろしい魔剣なのですよ!」

「いいぞアリスちゃん! 幼女なのに相手に容赦のない感じがグッとくるぞ!」

 色物でありゲテモノだが、恐ろしい相手であることに間違いはない。慌てて周囲を見渡すが、ここはまっさらな草原だ。遮蔽物の一つも見当たらず歯噛みする。

「御身に危険があってはいけません。下がっていてください。必ずや主に勝利を捧げます!」

 銀髪の女性が、芯の通った声で宣言する。赤く鋭い横目に促され立ち上がり、言われるがままに数歩後ろへ下がった。

「手出しはさせません。闇よ、成せ……」

「……なんだって?」

 静かに宣言した女性の手に、闇色の霧に包まれた球体が発生する。長い銀髪を靡かせながら、彼女は球体の形を粘土細工のようにぐにゃりと変えていく。

 球体から棒状に、棒から剣へ、剣から長剣へ。そして鞘から解き放つように、闇の霧が晴れ長剣の本来の造形が顕になる。

 それは禍々しくもどこか美しい漆黒の装飾を施された、彼女のためにあるような剣だった。幅は並だが、その長さはアリスの大剣にも劣らない。

「堕天の黒騎士、ティルキアが相手です」

「ティル……キア……?」

 種や仕掛けはわからないが、目の前で生きている人間……のような何かが、自分の作品に出てくるキャラクターそのままの外見の能力と名前を持っている。

 そこにいるのは紛れも無く“ティルキア”そのものなのだろう。なぜなのか説明はできないが、なぜか確信がクロンの中にはあった。

「ティルキアだと……? まさか! アリス、下がれ!」

「あはははは! いただきまぁーす! 斬首円デス・ソーサー!」

 男の制止が聞こえていないのか、アリスは大剣を軽々と振り回し、紫に光る円盤状の刃を空中に発生させた。

 円盤はギュルギュルと高速回転しながらティルキアへ接近していく。矢のような速度で飛来するそれを、しかしティルキアは瞬き一つせず見詰める。

「……使うまでもありませんね」

 彼女は剣を持たぬ左手で円盤をペシリと叩いて呆気無く霧散させた。まるで羽虫の如き呆気なさに、それを見た誰もが驚愕していた。

「予想外すぎるんだが!?」

「そんなっ!?」

 アリスと男は、二人仲良く腰を抜かしていた。愕然とした顔で剣を落としたアリスは、ガクガク震えながらその場にへたり込む。

「終わりですか?」

「ひっ!?」

 見てて心の痛む少女の姿にも容赦せず、彼女は一瞬で距離を詰めてその首元に黒い刃を突きつける。今までぼんやりその光景を見てたその作者も、流石にこれには反応した。

「ちょまっ、流石にそれは……!」

「ぐぉえげっ!? おぅふ……」

 女子にあるまじき苦しげなうめき声を発したのはアリス。よく見ると、ティルキアに鳩尾を正確に左拳で突かれている。

 カクンと俯いたかと思えば、その身体は光の粒となって宙へ溶けこむように消えた。

「消えた!?」

「ご安心下さい。彼女は元の世界に送還されただけに過ぎません」

「世界ってのはよくわからないけど、つまり死んでないんだね?」

 自分の質問に慈愛に満ちた笑みで「はい」と快い返事をくれたティルキアに安堵したのも束の間、アリスの後ろにいた男の顔を見てギョッとするクロン。

「あ、あぁ……アリスゥゥ――――!! なんてこった! 俺のリソースが!?」

「手刀ッ!」

「ぐわばっ!?」

 男もティルキアの手によって気絶し、粒子となって消えた。彼もまた元の世界とやらに送還されたのだろうか。リソースとは何のことだろうか。

 いつの間にか連れてこられた謎の空間。そこで息つく暇もなく繰り広げられた異次元の戦闘。そして自分の作品のキャラクターそのものとしか思えない謎の女性。

 驚きはあったが、同時に妙な高揚感もあった。何かを期待している自分がいる。何もない草原の上が、世界の中心にすら思えた。

 銀髪の女性は、優雅な仕草でこちらへ歩いてきた。刺々しい鎧に包まれた手の平を、柔らかな表情でこちらに差し出す。

「共に行きましょう、我が主…………戸惑っておりますね。それでは説明会の場所まで案内します」

「説明会? よくわからないけど、とりあえず連れて行って下さい。ティルキア……さん?」

「そのように畏まらなくても結構ですよ。あなたは私の創造主なのですから。好きに呼んで頂いて構いません」

「わかったよティルキア。これでいいかい? というか、やっぱり君は……」

「私は『叛逆のレーヴァテイン』……反レヴァの堕天の黒騎士こと、ティルキア・ルイク・アルマナハトです」

「な、何でまだ公開していないフルネームを……?」

「私がティルキアだからです。お望みとあらば、後から変更も可能ですよ」

 妖しい笑みを浮かべながら差し出された彼女の手を、クロンは恐る恐る握った。硬質で冷たい鎧の感触と同時に、頼もしく温かい感覚が伝わってくる。

「いや、やめておくよ……コホン! と、ところで……まだ名前を言っていなかったね。僕は……」

「クロン様、でよろしかったでしょうか。こちらの世界では、ハンドルネームを名乗って頂くのが決まりですから」

 本名で呼んでもらいたいとも思ったが、この世界で他人にそれを聞かれたらまずいこともあるかもしれないので、今は気にしないことにした。

「とにかく、僕をその説明会に連れて行ってくれ」

「ええ! では離れないで付いてきて下さい!」

 快い声と笑顔で応えられて、クロンは嬉しさと気恥ずかしさで一杯だった。今までこのように普通に女性と話すこと自体、あまりなかったせいもあるだろう。

 改めてその眩しさと自分の人生の寂しさに気が付いてしまい、しばらく彼女と目を合わせられなかった。



   ※※※



『作者諸君! 本日は第二次『アルカナ・ロウ』参加説明会に参加してくれてありがとう! ここにいるという事は、君達は選ばれた人間だということだ!』

 五分ほど歩いて着いた場所は、コロッセオのような円形の観客席付の広場だ。観客席には自分を含む大勢の人間がざわついていた。

 そしてその隣にはファンタジーな服装の老若男女。恐らくティルキアと同類と思われる者が立っている。やはりというべきか、露出度が高い女性が多い。商業作品のようにイラストレーターにデザインを描いてもらっているわけではないので、作者の願望が包み隠さず丸見えになっているに等しい。

 円形の舞台の中心では、胡散臭い仮面とマントを着けた男が一人。彼はただの人間か、はたまた別のオリジンなのか。

 突然空中から現れた彼が、マイク片手に朗々としたテノールで演説を始め出したのだ。

『私はこの世界『アルカナ・ロウ』の管理人ことメイだ!』

 ――『冥』。その名前を聞いた途端、クロンの脳裏に電流が走った。

「主の考える通りです。あのお方は……」

『恐らくは作者諸君のご想像の通りだ! 君達の横にいるキャラクター……いや相棒、いやバディ、いやパートナー、いや……仲間? フレンド? オレたちはファミリー?』

 そこはどうでもいいから早く進めろ、と心で叫ぶクロンとその他の作者達。彼らの心を知ってか知らずか、男は勿体振るようなゆったりとした喋り方を維持している。

『とにかく、君達の作品のキャラが具現化した存在の名は創作生命体“オリジン”。それらは全て同じ小説投稿サイトAvalonアヴァロンの作品から産まれたものだ。そしてこの私こそが Avalonアヴァロンの管理人こと冥だよ!』

「……あの人の言ってることは本当なのかい? ティルキア」

「ええ。管理者とは言え特に何かをされるわけではありませんが……本能的な畏れのようなものを感じています」

 ティルキアさっきのアリスという少女、それにここにいる様々なキャラクター。その全てがオリジンなのだろう。

『しかし、いきなり自分のキャラクターを養うことになるのは混乱も多かろう。それに「なぜこんなことに」という疑問もあるだろう。今なお頬をつねって現実を確かめようとする者もいるだろう』

 そうだそうだ、という肯定や野次が周囲から伝わる。自分の作品の理想のキャラと一緒にいられるのは本望だが、苦労も多いだろう。

『安心し給え! サイトの問い合わせページから申し込めばある程度の生活支援はする。それだけではない!』

 そう言って冥と名乗った男は懐からカードのようなものを取り出した。遠目にでもわかる。あれはここに来る前に宅配で貰った銀色のカードだ。

「部屋に置き去りになっていたカードは、オリジンである私が預かっておきました。どうぞ」

 ティルキアが懐から同じものを取り出して、クロンに手渡した。受け取ったカードの表面に、スマートフォンのようなアプリ選択画面が現れる。

 他の作者達も同様にカードを受け取り、同じように戸惑っている。表示されているのが、今までどこでも見たことのないインターフェースだったからだ。

 あるのはカレンダーやメモ帳にブラウザ、それにリソース管理という謎のアイコンだった。

『その端末の名はDMAディーマ。そこにあるリソースとは、作者諸君だけが持つ特別な通貨だ。他作者やモンスターとの戦いで稼ぐもよし、この世界で商業を確立するもよし、作品の読者を増やすことでも稼ぐことが可能だ。端末そのものをプリペイドカードとして使うこともできる上、専用アプリから様々なサービスを受けることもできる』

 冥の発言が本当だとすれば、それはつまりこのカードで生活することもできるということだ。DMA――ここまで自分のサイト利用者に都合のいいシステムはない。

 道中で自分達を襲ってきたアリスと呼ばれたオリジンを連れた若い男。彼はこれを第二次説明会と言っていたが、第一次説明会を聞いて自分を狙ってきたただの初心者狩りだったのかもしれない。

『そして最もリソースが多いのは感想数だ! 忌憚のないアクティブな作品への意見こそが、作者の大きな糧となる!』

 流石はサイト管理人と言うべきか。作者の気持ちをよくわかっている。今時他人の評価がいらない作者など、果たして今ここに何人いるのだろうか。

『さあ作者諸君、擬似的な別世界とも、ゲームとも考えてくれていい! この世界アルカナ・ロウを、心ゆくまで楽しんでくれ! 私からは以上だッ!! 元の世界に帰る時はアプリを見給えよッ!』

 こうして説明会は終わり、冥の姿はドロンと霧のように消えた。そして静寂が訪れたコロッセオ型の広場。

 一秒、手元にあるDMAをしげしげと見詰める。二秒、周囲をキョロキョロと見渡す。三秒経った辺りで現状を認識した作者達が血相を変える。


『リソースをよこせぇぇぇぇぇぇ!!!』


 誰が始めに言っただろうか。同じような怒号がいくつも重なって竜巻のように吹き荒れる。

 一瞬で観客席はもみくちゃになり、ありとあらゆるオリジンの能力が飛び交う戦場と化した。これも冥さんの想定済みなのだろうか。

 あっという間に瓦礫の山と化して、既に何人かの作者はその下敷きとなり粒子化して退場していた。阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことだ。

「ティルキア……とりあえず、僕を抱えて飛んでいけるか?」

「申し訳ありません。まだその能力は開放されておりません故に、走って逃げることになります」

 彼女は冷静に、しかし申し訳無さそうな表情でそう言った。つまりオリジンは誰もが設定通りの強さで暴れられるわけではないようだ。

「主の作品はサイト内で五指に入るほどの評価を得て、読者も多いです。それでも私の翼は、枷がかかったかのように開くことができません」

「飛行能力はバランスブレイカーだから仕方ないね……でも多分なんとかなるって。障壁は使える?」

「既に展開しています。主は私の後ろへ隠れていて下さい」

 言われるがままにティルキアの背後に隠れて周囲を見ると、周りから飛んでくるビームや弾丸など全てが紫の光の壁に弾かれている。

 クロンはその内、会場の中にはゴブリンやら不定形生物やら奇抜な格好の男性など、意外にキワモノゲテモノの類も多いことに気付いた。商業作品と違って好き放題やってる人が多いのだろう。正統派の美男美女のキャラクターと半々、といったところか。

「しばらくは潰し合いが続くだろうし、このまま戦闘が終わるのを待っているわけにはいかない。逃げられないかな?」

「やりましょう」

 堕天使が持つ魔力は膨大であり、その障壁はかの暗黒竜の炎でも容易に砕くことはできない。ただし、展開したままでは攻撃に転じるのは困難である。という設定が『叛逆のレーヴァテイン』にはある。デメリットは完全再現されているようだが、果たして耐久度は如何程のものか。

「シャハハハハ! 殺戮ショーは楽しいぜェェェ!」

「こんなところいられるか! 俺はもう帰アァ――!?」

「全部私の収入源だ!!」

 ――また誰かが倒れる悲鳴が聞こえた。

 戦場は大いに荒れている。もし途中で障壁が壊されでもしたらティルキアの身が危ない。

 倒れた人達は粒子となって元の世界に強制送還されるみたいだけど、あれを能動的に行うことはできないのだろうか。

 DMAのアプリにこの世界のマニュアルがあったので読んでみたものの、望み通りの答えは得られなかった。

 “特定のスポット以外で離脱する場合、ペナルティがある”。“戦死離脱の場合敵の強さに応じてリソースが減り、それ以外の強制離脱では一定数のリソースが減る。”とある。

 なんとかしてここを抜けて特定のスポットとやらに行けば、身の安全は確保できるだろう。そうでない時は戦死する前に強制離脱するしかない。

「というわけなんだけど、どうかな……ってぅおあわ!?」

「しっかり捕まってて下さい。全力で駆けますよ!」

 クロンはいつの間にかティルキアにおぶられていた。男として情けないが、恐らくこれが最善の策だ。彼女の申し出に、少しでも格好良く応えようと努力して息を吸い込む。

「あぁ、頼むぞティルキキィッ…………アァァァァァ――――――ッ!!?」

 直後、強烈なGが前方から降りかかってきた。抗う術のない青年は恥もへったくれもなく咄嗟に彼女の背中にしがみついた。


  二分ほど経った頃だろうか。圧殺されそうなGから開放されると、レンガ調のお洒落な町並みがクロンの目に飛び込んだ。

 先程はティルキアがあまりに飛ばすものだから景色を見る余裕もなかったが、ここはなんとも素敵な景観だ。

「それじゃ帰ろうか」

「見ていかれないのですか?」

「そうしたいのは、山々、だけど……早く帰って横になりたいんだ…………うっぷ」

 さっきの全力疾走が、車酔いの如く胃に影響していた。その青ざめた顔を見て、ティルキアの顔もみるみる青くなっていく。

「ッ! 申し訳ありません! 主が普通の人間であることを考えずにあのように気も使わず……!」

「大丈夫大丈夫……まだ生まれて間もないんでしょ? これから覚えていけばいいって……はぐゥ!?」

「しかし……!」

 今にも地面に頭を擦り付けそうな勢いで謝る彼女を宥めつつ、現実世界への転移をDMAにあるアプリで実行する。

 そしてクロンは、ここに来た時と同じ妙な感覚に再び襲われながらもなんとか帰れたのたが、そこで耐え切れずに嘔吐した。



 翌日、クロンはいつものように午前十時くらいに欠伸をしながら起きた。

「おはようございます。主」

「うん……おはよう。え?」

 上体を起こした青年の目に、爛々と光る赤目が真っ先に飛び込んでくる。ティルキアだ……昨日のアレは夢じゃなかったのか。

 ベッドで男に跨るのは慎みがないと思われるからやめた方がいいのでは。直接そう言えば意識させてしまうだろうか。しかし何も言わないのも罪悪感がある。

 初めての美女との接触に悶々としている自分を真っ直ぐ見据えながら、美女は肩に手を置いてくる。頬が熱くなるのを感じ、つい目を逸らしてしまう。

「主殿、もし今後の行動の指針やご要望があれば、この私にお申し付け下さい。すぐにでも」

「ふわ……そうは言ってもね」

 昨日の冥の言葉に、どうも実感が湧いてこない。リソースを稼げとか言われても、理解と納得にはまだ及ばない。

 それに何より、オリジンという存在に対しても疑問は止まない。かと言ってここで出会って間もないティルキアを問い詰める気にもなれない。

 あの会場にいた他の作者のようにリソース集めに血眼になるべきだろうか。いや、欲を前面に出すと幻滅されてしまうかもしれないし、ここは誠実な態度で接することにしよう。クロンはそう決意した。

「是非、ご命令を……何でも言って下さい」

 何でもだとォォォォォォォオオオ!? そりゃあエロいこと命令するしかねぇよなぁ男ならなぁ!

 などと誠実のセの字もないことを一瞬考え決意を揺るがしてしまうがすぐに振り払う。相手は恐らく多大な知識はあっても経験だけで言えば赤子同然のオリジンだ。

「と、とりあえず……まずは降りよう。そして離れよう。話はそれからだ」

「申し訳ありません、主殿……」

「き、気にしてないよ。でも男女間の距離には気をつけて、ね……」

 ベッドから離れ、頭を下げるティルキアを宥めつつ、ベッドから立ち上がりDMAを手に取った。

 そう、このオリジンという名の生命体はつい数時間前に生まれたばかりなのだ。だがこうして目の前で話している様子を見ると理知的な印象で、とてもそうは思えない。“説明会”にいた他のオリジン達もそうだ。あのアリスという幼い少女はまだわかるのだが。

 『アルカナ・ロウ』――Avalonの管理人こと冥を名乗る人物はあの空間、いやあの世界をそう呼んだ。

 どんな仕組みで現実世界とアルカナ・ロウを行き来できるのか、そもそも彼が何を考えてどのような手段でこんなゲームのような仕組みを作り上げたのだろうか。いくつか理由は考えられるが、そのどれも確証を得られない。

 今すぐあの世界に飛び込んで確かめたいのは山々だが、昨日の嵐のようなリソースの奪い合いが脳裏に浮かび、不安に駆られた。

 今度また巻き込まれたら、逃げ切れるかわからない。二日目となれば周りの作者もより強くなっているだろう。それに自分はここ数日外に出ておらず、まともに動けるかもわからない。

 今日は執筆作業に没頭しよう。そう決めて思考を振り払う。

「主殿……?」

 不安げな顔で僕の顔を覗き込もうとするティルキアを見て、ハッとしたクロン。

 ――何を弱気になっているんだ、僕は。

 僕の作品は多くの中高生に支持されて、感想数やブックマーク数も上位五本の指に入る。ティルキアにはそれだけの数値が反映されている。負けるはずがない。作者が自分の作品を信じなくてどうするんだ。

「よし、行こう……ティルキア」

「はっ! 何でしょう主」

「僕の……僕の騎士に、なってくれないか」

 気恥ずかしい申し出をした青年は、すぐに自分の頬が紅潮していくのを実感した。

 しかし彼女は気にせず、恭しく礼をしてかしずく。動く度に鎧がガシャリと鳴るため、大変サマになっている。惜しむらくはここが宮殿でも城でもなく、ただの一般男性の小汚い部屋であることか。

「不肖ティルキア、主クロンの為にこの身全てを捧げる所存――今後とも、よろしくお願い致します」

「よ、よろしく……」

「…………」

「…………………………」

 後に残るのは微妙な恥ずかしさと、沈黙が放つ気まずさだけであった。

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