第4章 GREEN GREEN

 4章-1 腹が減っては戦はできぬ




 《深緑の杜グリ-ン=グリーン》。

 セリス=マゼリア南西部。地方の大部分を占める世界有数の大森林。全世界の半数以上の種類の木が集まるといわれている杜。夜になると静寂に包まれる。

 そんな森の中。南北を縦断する街道沿いにて。

「…………。」

「………。」


 焚火をしながら食事を進めていく人影が2人。

 言わずもがなそれは磯城とシャノアである。


 初めて食べたときのような沈黙。

 喧騒どころか風の音すらも聞こえず木々の隙間から見える満天の星々


 そこには一心不乱に夕食を食べる少女の姿があった。

「あ、あの……シャノア……さん。」

「……(モグモグ)。」


 シャノアの様子を見ると当のシャノアはそんな視線はどこ吹く風だと言わんばかりに皿の上の料理を口に運んでいる。そんな彼女を見ると一切を気にせずに黙々と食べるこの少女よりも自分の方がおかしいのかと本気で思ってしまう。


「………。」

『坊ちゃま。我慢です。我慢ですよ。』

「うっ………分かった。」


 この時磯城の精神状態は昨日とはまた別の意味で限界を超えピリピリしていたので思わず声を荒げたくなったが、アガサの小声の讒言によっても思いとどまった。

 確かに現状周囲に喚き散らしたところで事態が好転するなど全く思えない。

 現状を打破するためには目の前の少女の協力が必要不可欠なのだ。

 それでもなお、磯城は頭を抱えてこう呟かずにはいられなかった。


「な、何でこんなことに……?」


奇しくもこの状況は前日の昼、《朱い陽射し》全く同じ状況になっていた。

 何でこんなことになってしまったのか?

 それを知るためには本日の行動を知る必要がある。




 遡ること異世界生活2日目の朝。

 その日、磯城は電撃を目を覚ますという中々にショッキングな朝の目覚めだった。


「あばばばばばばばばばばばばばばばば!!!」

「おはよう。」


 電気ショックを受け目を覚ました磯城は自分の心臓に切っ先を押し当てていたシャノアに抗議の声を上げる。


「シャ、シャノア……、も、もう少し優しく起こしていただけませんかねえ?」

「10分待った。もう、これ以上待てない。」


 未だにバチバチ言ってる稲妻型の両手剣を鞘に戻しながらシャノアが呟く。

 その言葉の端々からシャノアが怒っていることは明らかだったが磯城に言わせればこちらが怒りたい気分である。だが、怒るよりも先に即急に確認しなければならないことがあった。


「(アガサ?無事か?)」


 それは《チョーカー》の確認である。

 首につけた《チョーカー》が電撃を受けた影響で中にいるアガサのデータが消去されていないか?それだけが心配だった。


『(大丈夫です。《Utopia Systems》の製品は堅牢性高いですから。落雷だろうが爆撃だろうが傷ひとつつきませんよ!)』


 だがその心配は杞憂だった。よくよく考えれば《チョーカー》は情報デバイスのほかにも魔法の拘束具でもある。魔法の攻撃で壊れてしまうならそもそもこれは拘束具として何の役にも立たない。

 アガサの無事を知ってほっとなでおろしていると、シャノアは磯城に話しかけてくる。


「シキ?その……それって大事なの?」

「え?ああ。現状命より大事なものかな?」

「……そう。ごめん。」

「……え?」


 彼女が謝るなんて予想だにしていなかった磯城は思わず唖然となった。

 心がないんじゃないか思われるくらいに無感情な少女の思わぬ一面に硬直してしまった。


 そんな心の中を知ってか知らずか背中に背負った両手剣をつかむと。


「今度からはこれで直接殴ることにする」

「いや、それもやめてくれ。さっきの電撃のほうがマシだ。」

『(えええっ!坊ちゃま!?)』


 明日からは絶対に時間通りに起きてやると磯城は心に誓った。




「それで?本日のご予定は?」

「杜の中央部。街道に沿って向かう。街道沿いだから害獣も少ないと思う。」

「分かった。昨日みたいなイノ……じゃなくてカリギュラ?も出ないんだな?」

「うん。森の奥まった場所に棲む生物だから昨日みたいなことは早々起こらない。」

「そうか。よかった。」


 そして磯城とシャノアは夜も明けない午前5時過ぎに(チョーカーに内蔵されている時計の時刻)《ゾート=ラグナ》の門をくぐった。それからは森の中を歩き続けた。

 そう。街道沿いを歩くだけ。彼女の言ったように途中でツノイノシシに襲われることも、美少女に気絶させられることも拘束された状態で拷問されることもなくただただ街道沿いを歩き続けるだけ。波乱万丈の昨日に比べればはるかにマシとだれもが答えるだろう。


「はあーっ!はあーっ!ま、待ってちょ、ちょっと休憩………」

「シキ……不甲斐ない」


 しかし歩いて2~3時間経つと足取りがふらつき4時間を超えれば千鳥足といってもさしつかないくらいにふらふらになって顔からは生気が感じられない。誰の目から見ても限界を超えているのは明らかだった。

 それに対し磯城と同じペースで歩いているはずのシャノアは疲れるどころか汗一つなく息切れすらしていない。つまりは全然余裕なのだ。

 そんなシャノアがボロボロになった磯城をみてそういってしまうのも仕方がないのかもしれない。


 《しらほし》は直径でも半径約22㎞、居住区となれば半径15㎞程度のぐらいしかない小さな人工島、しかも内部は地下鉄やBRT(バス高速輸送システム)などが網のように張り巡らされているので住民はそんなに歩くことはない。しかも宅配サービスも充実しているので一歩も外を出ずに暮らしていけることも可能だった。

なのでこれは磯城にとってこれは苦行に等しかった。

 しかもしらほしで採用されている歩行者の負担を減らす低反発のアスファルトなんぞセリス=マゼリアではもちろん存在しないので(街道は石畳だった)磯城の足への負担は倍増される。

 これで整備された街道。昨日のような獣道を歩けばますます大変だっただろう。

 チョーカーに内蔵された万歩計によればメーターは40㎞をゆうに超えていた。

 間違いなく磯城にとって人生最長の歩行距離だろう。


「不甲斐ないって……自分は、ここまでの距離を歩いたことなんてないんだぞ……。」


 それを聞いてピタッと止まるシャノア。

 そっと後ろを振り返って思わず聞いた。


「……シキ。それ本当?」

「ああ!!」


 力強く答える磯城。

 そんな彼にシャノアは憐憫の視線を向け。


「……シキ。ますます不甲斐ない。」

「グサッ!!」


 



 結局、その日は夕方まで歩いて磯城の足はパンパンに腫れて足の裏には肉刺が何個も出来上がっていた


「大丈夫?」

「ま、まあ……大丈夫。」


 心配はしてくれているがこの肉刺やまれびとの体質でじきに消えてしまうだろうから気にはしていないが。

 いや、肉刺が消えることについては若干気にしてしまっている。


「鳥?」

「ファブメ。セリス=マゼリアではよく見かける鳥。知らない?」

『(おおっ!!これは……実際に見るの初めてですねえ。)』

「(ああ……。)」


 カラスのような漆黒の羽根に銀のように輝く長い嘴。


 シャノアがファブメと呼ばれた鳥を磯城は見たことがあった。

《間の関》を通してしらほしに連れ込まれ、上層区にある《異邦博物公園》で公開されセリス=マゼリアの生物の中で最もポピュラーな存在。


「《アルジャン・ベック》……?」

「ある……?」

「ああ、自分の故郷ではそう呼ぶんだよ。」

「そう。まあいい簡単な料理で十分。焼いてくれればいい。火は熾せる?」

「ああ。まあ……。」

「そう。少し周りを見てくる。」


 そういうと。シャノアは森の奥に消えていった。

残されたのは《アルジャン・ベック》の死体。


『行ってしまわれましたねえ。』

「……どうしよう……。」


周囲に誰もいないので音声出力をスピーカーに切り替えたアガサはこれからの予定を聞く。

調味料はシャノアの鞄入っていた塩のみ。

火の呪紋を使って火を熾しながら工程を考える。


『坊ちゃま?どうされました?献立決まらないんですかねえ?』

「うーん……いや、そういうわけじゃないんだ……。もう献立は決まってる。。」


「あれだよ鳥の絞め方。やったことないんだけど。」

『ああ……。』


 料理が得意な磯城ではあるがさすがに解体は専門外であった。


『ふっふっふ。そこはご安心ください!!』

「ま、まさか……」

『ここは完全な知識を持った私の出番ですよ?鳥の絞め方の知識だって所蔵してますからねえ。』

「……なんでそんな役に立たない知識を持ってるわけ?」

『役に立ってますよ?現在進行形で。』

「まあ……結果論だけどね。」


 その後、磯城はアガサの助言を得て無事アルジャン・ベックを解体、調理し一品の料理を作り上げた。

 しかし鳥の解体のショックで調理が終わるまでずっと顔を青くさせていたのはここだけの話である。



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セリス=マゼリア 林 奎 @hayashi-k

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