幕間 静けさのさなかにて
杜の中央部。そこを通る街道の少し先を行った所に建てられている小さな小屋。
その中の部屋では十数人の人間が机を囲んでいた。
そのほとんどが子供で一番上でも20も言っていないだろう
「お願い。逃げよう?」
「ダメだ。子供達が危険だ。誰かが囮になる必要がある。」
盗賊団【凍てつく風】。
いや、実はそんなものは存在しない。
「なあ。俺達がここでじっとしてればもしかしたら助かる可能性の方が高いんじゃないか?」
そんな一人の子供の言葉に対しまとめ役の青年が首を横に振る。
「大規模な調査になると高確率で見つかる。そうなったらどうしようもない。」
その正体は迫害された者の隠れ家。ある共通の事情でこの森で隠れ住むようになった。
捜索の手がかからないためにありもしない盗賊団と低い脅威性を創作し新米にも玄人にもかからないように演出してきた。
「強い盗賊団相手に弱小は挑まないし、見返りの少ない仕事に大手はのってこない。これで安泰は確保できるはずだった。」
「それなのに……何でこの場所に《オトヅレ》が……。」
それが今回の《オトヅレ》で破綻する。
相手は《まれびと》。
「《まれびと》だけじゃない。それを追う《荒ぶる笛》達も俺達を狙う可能性がある。」
彼等も伝聞でしか聞いたとこは無いのだが、まれびとの様相は人のそれと変わらないと聞く。
なので獲物を求めて無関係な彼等を襲う可能性が高いと判断した。事実シャノアは彼らの中にまれびとがいると考えていたのでその判断は正解だったと言える。
しかし、10人を超える大所帯を逃がすのは簡単ではない。
進むスピードが遅く彼らの姿はここでは目立ってしまうからだ。
「故に囮。騒動が起これば間違いなく意識がこちらに向く」
「ね、ねえ……大丈夫。」
「大丈夫。殺されるつもりなんてない。安心してくれリーダー。」
青年は置かれていた弓をとる。
それはただの弓ではなく弓のリムに沿って刃が装着さている。
さしづめ弓剣と言ったところか。
「それじゃあな。急いで逃げろ。」
「う、うん……。分かった。」
そして青年は小屋を飛び出し敵を迎え撃つ準備に入る。
最適のポイントにむかいながら少年は叫ぶ。
「来るなら来い!《まれびと》だろうが《荒笛》だろうが、その全てを打ち砕いてやる!!」
今日。杜の果てで大きい紅が消えた。
彼は微睡の中で確かにそれを感じ取った。
そして彼は悟った。
己の息子が死んだことを。
「…………。」
そこにいたのは今朝磯城とシャノアが退治した個体であるカリギュラ。
しかしその図体はそれよりも二周りは大きい。
杜のヌシと言っても差し支えない程の貫録があった。
「GRUUUUUUUU!」
灼熱の赤。轟く紅蓮。
つけられた名は《
燚はただ。己の住処の中でじっと待つ。
ただ静かに。だがあふれ出る紅蓮の魔力は洞窟を紅く照らし出していた
「さて。一般的には《凍てつく風》とやらがこの騒動の元凶……という事になっているが。どうも違う。」
杜の北部。街道入口。夜も更けているというのにお散歩感覚でのんびり歩く男が一人。
「むしろ問題は南にいるという【六部殺し】。そいつはかなり厄介だ。」
【
文字通り銀色の義手をつけた男。
そして市井からは目的のためなら手段を選ばない怪物と評判の男。
「まあいい。それはそれで問題ない。殺しそうになればそいつは殺す。そして瀕死の《まれびと》は殺す。それでいいか……ん?」
何かに気付いた彼はポカンとした表情で一点を見つめて
その瞬間、その一点に向かって左腕を振りかぶる。
その数秒後。豪快な爆発が起こった。
「………。」
燃え上がる森を眺めつつ彼は舌打ちをした。
「まあいい。《まれびと》は明日に取っておくかあ。」
そして彼は明日を思って獰猛に嗤った。
そのクレーターの爆心地。
平然と立つ人影が1つ。
「………さて。流石は欲しいものの為ならどこまでもやれる《蒐集狂》。直感だけで私の気配を察知するとは。」
半径5mの土壌を根こそぎ焼き払う攻撃を受けてもなお平然としている。
くせ毛が目立つショートカットによれよれのリクルートスーツ。
黒い鞄を携えた中山朱雀がそこにいた。
「それにしても《六部殺し》、《弓剣使い》、《銀の左腕》、《燚》、そして《
少年を保護することが彼女の任務。
しかしながら今の接触は非常にまずい。そう決め込んで森に来る勢力の確認を行っていたのだが。ここもなかなか激戦区のようだ。
「楽しみだよ磯城君。チミがセリス=マゼリアで何を見せてくれるのか。」
そうつぶやく彼女の頭上には赤い光輪が浮かんでいた。
その出で立ちは天使だった。
数多の人の思惑が交差する戦場。
獣も虫も排除された沈黙の杜。
嵐の前の静けさであった。
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