3章-7  2つか1つか?



「いやいや!だめだって!!」


 酒場兼宿場の《朱い陽射し》の2階奥の部屋。


「お願い!考え直して!!」

「ダメ。絶対にできない。」

 

 宿泊客である磯城とシャノアの2人は向かい合って揉めていた。


 ここは今回2人が泊まる部屋である。

 もう一度言おう。この部屋は今日2人が泊まる部屋である。


「そ、そんな!!一緒の部屋で寝るって……。」

「何で?問題ある。」

「大問題だ!!」


 そう。出会ったばかりの年頃の少年少女が同じ部屋でお泊り。

 地球なら不純異性交遊でパクられてしまうだろう。

 そしてさらに問題があった。

 この部屋はシングルルーム。よって、ベッドはこの部屋に1つしかない。

 そう!2人の人間に対してベッドは1つしかないのだ!!


「だってこの部屋シングルじゃないか!あ!そうか!僕はソファなんだね!!ソファで寝るのはちょっと……。」

「確かに折角の宿屋だからベッドで寝るのは当たり前。休めるときにはしっかり休まないと。」

「だよね!だったら……。」

「大丈夫。このベッドは少し小さいけど2人でも寝られる。」

「余計だめだ!!」


 目の前の少女の貞操観念のなさに顔を真っ赤にさせて卒倒しかけながらも磯城はより語気を強める。


「同じ部屋でも問題なのに同じベッドだなんて大問題だ!!」

「どこが?」

「だ、だって男女でそんな……!」

「あ。なるほど。」


 そこまで言ってようやく磯城の言いたいことがシャノアに伝わった。 

 顔を真っ赤にさせながらもうまく伝わったことに安堵して。


「…………したいの?エッ」

「うわああああああああああああああああああ!!!」


 ストレートすぎるその発言を最後まで言わせないとばかりに叫ぶ磯城。

 女の子なのにそのデリカシーのなさはどうなんだろうと思っていた。


「したいの?」

「いやいやいやいや!!そんな気はない!!ないけど!!」

「じゃあ一緒でいいと思う。」

『(もう……本人が良いって言うなら良いじゃないですかねえ?)』

「いやいやいや!別の部屋で!いや妥協案としてベッドが2つある部屋でも!!」

「ダメ。」


 別にしたい磯城に一緒に寝たいシャノア。


「なんで!!」

「お金がない」


 その言葉を聞いて磯城はピタリと止まる。

 部屋の中を静寂が包み込む。


「予想外の出費があったから……節約しなきゃ。」

「それは……本当にごめん。」


 それを言わせると何も言えない101万Pもの大金の負債者。

 シャノアがあっさり支払ったのでなんてことないような感じであったが、本来100万と言う数字はとてつもなく大きい。


「………。」


 想像していただきたい。

 16歳の少女に100万円の借金を押し付けておきながらいい部屋に泊まらせろと命令する男。

 そんな男を周囲はどう思うだろうか?


『(サイテーですねえ。)』

「うぐっ!!!」


 ポツリとはなったアガサの一言を聞き逃さなかった磯城はがっくりと項垂れる。

 借金をこさえてしまって身の上で我儘を言ってはいけない。


「ううう……分かったよ。」


 自分のまいた種なので何も言えない。

 年頃の女の子と一緒に寝るんなんて妹を除けばシャノアが初めてだ。(その妹も小学校低学年までだったが。)

 と言うかこのやり取りって普通男女逆じゃない?と思ってしまう磯城であった。


「でも以外。こういうの磯城なら喜びそうだと思ったんだけど……男だし。」

「いや男を一括りにしないでほしい!っていうか一緒の部屋が嫌っていうの女性側そっちだよね!!」

「もしかして………不能者?」


 更なる爆弾投下で再び訪れる静寂。

 なので『(プッ(笑))』っと高性能AIが噴出したのを磯城は聞き逃さなかった。


「ちがーう!!そんなんじゃない!!」

『(そうですよねえ。前に進めないチキンなだけなんですよねえ。)』

「大体男女同衾そういうのって結婚でもしないといけないだろ?」

「そういうもの?」

「そういうもの!!」


 ここ一番で声を荒げる。

 その迫力思わずシャノアも一歩引いてしまっていた。。


『(いくら可愛いとはいえ、殺されかけた相手にそんなことが言えるなんてやっぱり坊ちゃまも思春期男子ですねえ。)』


 その頑固さに半ばあきれるアガサ。

 その身の固さは両親の教育方針であり、磯城が友人の少ない理由でもあったりする。


『(……まあボッチキンの坊ちゃまにはこれくらいの荒療治が必要でしょうけど。)』

「(なんか言った?)」

『(いいえ。なんにも?)』


 ボッチだのチキンだのとうるさいアガサに苛立ちつつも目の前にシャノアがいるため追及できなかったので話題を明日のことに変える。


「ところで……明日行くの?準備ってほら……僕の武器しか見てないんだけど……。」

「うん。普段から急場に備えての準備はしてるし。……急がないと増援が来てしまうから。」

「うん。そうだね……え?」

「え?」


 そこでお互い何を言ってるんだという顔をした。


「いやいやいや。そういう時って増援が来てからに片づけた方が確実でいいんじゃないか?」

「ダメ。取り分が減る。」

「………。」


 それを言わせると本当に何も言えない101万Pもの大金の負債者。


「でもさあ。急いで排除するって言ってもその排除対象……《まれびと》って奴?それがどこにいるか分かんないとどうしようもないんじゃないか?」

「大丈夫。誰かは分かってる。」


 磯城はその一言で安堵し、弛緩していた体が硬直してしまった。

 


「そ、それって……誰?」

「あの時間。あの近辺にいた怪しい人物。それがまれびと。」

「(それって……俺じゃね?)」


 あの時間。あの近辺。怪しい人物。自分にその条件が全て当て嵌まっていることに気づき。体が再び震えそうになるのを必死に抑える。


「ま、大体は予想はついた。」


 マズイ。磯城は反射的にそう思った。

「犯人はお前だ」的に指名される気がしてマズイ。

 こういう場合推理小説でのお約束として、犯人は名指しされた後も犯行を誤魔化す為に色々とうまい言い訳を考え付いているが、残念ながら彼等彼女等のようにうまい言い訳は思い浮かばない。そして言い逃れをしたところで最終的には動かぬ証拠を突きつけられ逮捕されるものだ。


「サスペンスの場合は懲役刑だけど………。」


 この場合は間違いなく生命刑。

 磯城の腕では一太刀入れる事すら怪しいあの凶悪なツノイノシシの瞬殺をやってのけたシャノア。

 そんな彼女に対峙して磯城は倒すどころか触れるかすらも怪しい。

 なので自分はどうなるのかびくびくしながら据わりこんでいると。

 懐から出した丸めている紙を広げ机の上に置いた。


「これがついさっきあげられたポスター。」


 そう言ってシャノアは手配書を取り出す。

それは、指名手配のポスターだった。そこに書かれている似顔絵はどう考えても自分ではない。


 《凍てつく風》。


「この付近にいた盗賊で最有力候補はこいつら。これが明日の標的ターゲット。」

「………。」


 磯城は知らなかったが、《セリス=マゼリア》では異世界と言う概念が薄いのと、まれびとは悪というイメージが強いため、《オトズレ》が発生した地点で付近にいる盗賊や野盗が禁忌の魔術でまれびとになったという考え方があり事実そうなってまれびとになった人間がいる。。

 考えが単純だが、磯城は今の所、彼女の標的ではないことは分かった。


「そ、そうなんだ……よかった。」

「え?」

「ああ、いや。早速見つかってよかったって思って。ハ、ハハハ……。」

「……そうね。」


 とっさに出たボロをどうにかフォローする磯城。


「それで、私は確認する。一応ね。」

「まあ、それはそうだよな。」


 ボコって突き出したけど違いました。なんて冗談にならない。しかも今回は盗賊が《まれびと》ではないことは確実なので本当に冗談にならない。


「明日は北の深緑の杜《グリーン=グリーン》を北上。存在するであろう標的の拠点を索敵・制圧を行う。それでいい。」

「わ、分かった。」


 具体的な作戦を決めなかったが、磯城は実戦経験のない磯城に作戦など立てられないシャノアとしても対峙して見抜いていたので磯城には概要しか伝えていない。


「さて。それじゃあ明日に備えて今日は寝よう。自分は床で寝るから。」

「ダメ。」

「え。」


 シャノアがぐいと顔を近づけて言う。


「健康に悪い。」

「あ、じゃあ僕はソファで……。」

「ダメ。ベッドで寝る。」

「い、いや」

「寝る。」

「………はい。」


 とてつもなく強く推すシャノアに対し磯城に断る術などなく。

 結局一緒に寝ることとなった。




「ZZZ………。」


 ベッドはふかふか。隣には可愛い女の子。

 異性どころか他人にも興味のないシャノアにボッチキンな磯城との間にこの小説がR-18に指定される展開など全くなかった。

 現にシャノアが床に入って3秒もしないうちに寝息を立て始め一方の磯城はシャノアを意識しないように彼女に背を向けて眠っている。


『(うわー。ホントに寝てますよ彼女。どこかの眼鏡小学生並みですねえ。)』

「……うん。」

『(しかも年頃の男がそばにいるのにこの爆睡ぶり。犯されてもいいと思っているんでしょうか?もしかしてもう経験済みなんでしょうかねえ?)』

「……そうだな。」


 普段であれば過激なアガサの物言いに鋭くツッコム磯城であるが今夜はやけに上の空。

 そんな異常な彼にからかうように質問をした。


『(で?坊ちゃまはいつ寝られるんですか?)』

「……もう寝るんだよ。」

『(ふふふっ。いつになったら寝られますかねえ?)』

「………くそっ。」


 女の子に耐性のない磯城はその日、眠れぬ夜を過ごすこととなった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る