ターゲットはノーベルプライズ(標的は川端康成)

hirayama

第1話 第一章 明かされた秘密

第一章 明かされた秘密


§1  一九九九年二月、夕刻。ストックホルム、市庁舎会館。


 石造りの堅牢な建物の屋根には雪。尖塔が空高く聳えている。

 海は凍結し、街は七〇㌢ほどの雪に覆われているが、道路は

   除雪されている。路肩には凍った雪。

   二台のリムジンが会館の前に止まり、柿崎隆征、野沢甲一、

  ミャヒエル・コマロフスキイが数人の男を従えて下りてくる。

  柿崎は六十三歳。引き締まった精悍で知的な顔をしており、

  五〇代半ばに見える。表向きは商社の社長だが、陰で暴力組織

  と深く関与し、解体後混乱した旧ソ連軍の武器の密輸をしてい

  る。

   コマロフスキィはその取引相手。

 今まではシベリア鉄道を利用して、ウラジオストック経由で

日本への密輸には船を使っていたが、中国人密入国者の船が増

え、海上保安庁による日本海の取り締まりが厳しくなり、ペテ

ルブルグからフィンランド湾を渡りスウェーデン経由で日本、

という新しい密輸ルートを作るため、コマロフスキィの仲介で

ストックホルムに来た。

 コマロフスキイは三八歳。ロシア・マフィアの新興勢力で、

  意志の強い顔をしている。

   野沢は柿崎の腹心で、三十五歳。直近のボディガード役も勤

める野沢は目が鋭い。

   大きな木のドアを開け、ストックホルム市庁舎会館の付属レ

  ストランのロビーに入る。

   スウェーデン暗黒組織のボス、ベーネル・フォン・リンドベ

  ルヒのボディガードたちが、柿崎たちを迎える。

   コマロフスキィは彼らに手で合図をし、自分のボディガード

  をそこに残し、レストランに入る。

   十数卓のテーブルは七割ほどが埋まっている。皆、みなりの

  いい紳士・淑女。

   一番奥のテーブルに座っていたリンドベルヒが柿崎たちを迎

  えるため立ち上がる。

   リンドベルヒは七〇歳近い年齢。貴族の出で、でっぷりと太

  って、いかにも実業家風に見える。コマロフスキィが柿崎たち

  をリンドベルヒに紹介する。

コマロフスキィ こちらは柿崎さんと、腹心の部下の野沢さん。

リンドベルヒ ベーネル・フォン・リンドベルヒです。

柿崎 お会いできて光栄です。また、コマロフスキィさんには御仲

  介の労をとっていただきまして・・・・

   テーブルに着く。ボーイがシャンペンを運んでくる。乾杯。

コマロフスキィ ロシアではこういう風にすぐ飲み物や料理が来る

  ことはないですね。

リンドベルヒ ミヌートチク(ちょっとお待ち下さい)と言いなが

  ら、それから、最低でも三〇分は待たされますから。

   そう言いながら腹を抱えて大声で笑う。

柿崎 コマロフスキィさんの組織は能率的ですが。

リンドベルヒ やっぱり「民間活力」ですね。

コマロフスキィ でも、日本海の取り締まりが厳しくなり、シベリ

  ア鉄道での賄賂も多額になりまして・・・・。

リンドベルヒ これからは私に協力させて下さい。ペテルブルグは

  フィンランド湾のすぐ反対、目と鼻の先ですから。ロシアから

  何でも運びます。

コマロフスキィ リンドベルヒさんの会社も、柿崎さんの会社も合

  法的な商社ですからね。

   その間に料理が運ばれてくる。

コマロフスキィ これがノーベルバンケットメニューですか?

リンドベルヒ ええ、一九〇〇年以降のノーベル賞受賞パーティー

  なら、アインシュタイン博士でも湯川博士でも、お好きなメニ

  ューを選べます。ただし、二日前までに予約は必要ですが。

柿崎 このメニューは?

リンドベルヒ 一九六八年、お国で初のノーベル文学賞受賞者・・・・

柿崎 川端康成・・・・

   テーブルの上のメニューを手に取る。左側にフランス語、右

  側に日本語でメニューが記してある。

│ │

│  ノーベルバンケットメニュー 1968 川端康成 │

│ │

│ ロブスター詰めのアボガドグルメソースがけ │

│ │

│ マディラソースがけ子羊のあばら肉 │

│  と │

│ きのこのクリームシチュー ウォルドルフサラダ付 │

│ │

│ パイナップルのパフェ │

│ │

│   お飲み物 │

│ シャンペン │

│ レッドワイン │

│ ポートワイン │

│ │

│  コーヒー │

│ │

リンドベルヒ たしか・・・・川端康成は自殺したんじゃなかった

  ですか?

柿崎 ええ、そういうことになっています。よくご存じですね。

リンドベルヒ ノーベル賞の国ですから。



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