鳥が地に堕ち立つまで
@aina_
第1話 14日の下駄箱で
今日は何年か。2014年である。何曜日か。金曜日だ。そして今日は14日である。他のどの月でもない。2月、14日だ。つまりバレンタインデー。14年間僕には全く関係のなかった行事だが、今年こそ、今年こそは恋愛の女神が僕に微笑みかけても良いんじゃないだろうか。
朝教室に向かい席に着く。鞄から教科書を取り出し机の引き出しに入れようとする。この時だ。僕は引き出しの中に何かが入っていることに気付く。頭に疑問を浮かべ手を入れてみると、何やら箱のようだ。そのままソレを取り出し何であるかを確認する。四角い箱にリボンのラッピングがかかったソレだ。僕は中身を確認しようとゆっくり丁寧にリボンをほどき箱を開ける。中にはハート型のチョコレートと、ハートのシールで封のされた白い手紙。手紙には「放課後、屋上のドアの所で待っています。」と差出人無しの手書きの字。僕は落ち着いた身振りでソレをそっと鞄の中に入れる。
ここまでが、僕が登校中に想定していたシチュエーションだ。今年こそこうなるはずだったのだ。それなのに、教室にはチャイムが鳴り響き今日最後の授業が終わったことを告げている。担任の先生が教室に入りホームルームを手短に終わらせ、クラス全員で校舎の掃除をしている。僕の手元にチョコは一つもない。クラスのみんなは別れと再開の挨拶を交わして教室を出て行く。僕は椅子に座り込んだ。帰ろう。今年も何一つ変わらない今日だった、ただそれだけのことだ。何も悲しむことはない。変化のないことは刺激こそ無けれど安全であるのだ。僕はゆっくりと立ち上がり教室を後にして、階段を下り下駄箱へと向かった。僕の下駄箱は上から3段目の下から4段目で、まだまだ成長途中の身にとっては丁度目線の高さといったところだ。下駄箱に関しては運が良いのに、どうして恋愛には陽の目を見ないのだろうかと我ながらに地に足の付かないことを考えながら下駄箱の扉を開けた。僕は、泥砂の付いた黄土色の外靴を取り出すことができなかった。緑色の線の入った上履きを入れることもできなかった。僕の目が視界いっぱいに捉えたのは、赤いリボンで巻かれた四角い箱だった。よく見ると箱の下に水色のハンカチが敷いてあって、外靴の汚れがソレに付かないようになっていた。見るからに女の子のソレだった。僕は平常心を取り零し、冷たい汗をかいていた。口の端は不自然につり上がり、誰も見ていないのに周りを見渡した。震える手でソレを取り出し、うまくほどけないリボンを何とかほどき箱を開けた。中身はとても美味しそうなチョコレートケーキだった。しかし手紙が入っていなかった。箱の裏を見ても差出人が書かれていない。屋上ドアへの呼び出しもどこにもなかった。おそらく数秒、体感としては数十分、僕はそこに立ち尽くした。チョコをあげても告白はしない。想いは伝えない。そんなこともあるんだということを僕は知らなかったからどうすれば良いかわからなかったのだ。もしかしたら想いなどはなから無いのかもしれない。チョコももらえず一人悲しく席に着いている僕を不憫に思って義理の義理としてくれただけなのかもしれない。そう考えがよぎると、もうそういうようにしか考えられなくなり、無気力な気分になった。帰ろう。その言葉が頭に浮かぶと自然と体は動き始め、毎年と同じ今日を過ごしたかのような面持ちで帰路に立った。
肩から提げた鞄の中には、例年と違って四角い箱がちゃんと教科書の圧に耐えながら、彼の歩みに合わせて揺すられていた。
昇降口を出る彼の丸い背中。その背中が見えなくなると、一回り小さい背中が姿を現わす。小走りで下駄箱に向かうその背中の上には二つに結んだ細くて軽い髪の毛が飛んで跳ねてを繰り返している。彼女の目線の一拳上にある下駄箱の扉が開けられ、閉じられる。彼女の背中もまた、昇降口に向かい遠ざかっていった。微かに見えた白い肌は、ほんのり赤みがかかっているように見えた。
その二つの背中を見ていた黒い髪の少女は、誰の目に留まることもなく廊下の奥へと姿を消した。
鳥が地に堕ち立つまで @aina_
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