第17話 過去1

楽しい時間はすぐに過ぎる。

食事を終えて、あっさり帰ることになった。智の家まで送ろうかと申し出ると、今日はこれから仕事だからと居酒屋まで送った。

「今日は楽しかった。じゃあまた」とわかれた。

帰宅して鍵を開ける。もう息子の智はバイトに出かけている時間だ。

インスタントコーヒーを入れてダイニングテーブルに座る。楽しかった一日。

それと同時に、夫と息子が知らない時間を自分が過ごしたことに後ろめたい気持ちも湧き上がる。いや、小林智と会ってなくたって、自分はいつも夫と息子ととは違う時間を過ごしている。

いったいいつから・・・。最初から・・・。


なぜ、充と結婚したんだろう。

一緒にいると楽しかったし、ドキドキする感じも味わえた。好きだったんだと思う。

優しかったし、物静かでちょっと寂しげなところにも惹かれていたのかもしれない。

充は悲しい過去を持っていた。子供の頃弟を亡くしているのだ。公園の池のそばで一緒に遊んでいて、弟が池に落ちたのだ。すぐに助けを呼べばよかったのだが、まだ幼かった充は自宅まで走って行き、母親に助けを求めた。自宅まで子供の足で10分くらい。その間に弟は帰らぬ人となった。

そんな話を聞き、同情したわけではないと思うが、そうだったのか?

でも、プロポーズされたときは嬉しかったし、結婚した時は心底幸せだったと思う。

赤ちゃんをを授かった時も、とても喜んでくれて生まれてくる赤ちゃんを二人でとても楽しみにしていた。男の子か、女の子か、名前は何にしよう・・・。今思うとその子らが一番幸せだった。私の両親も充の両親も孫が生まれてくるのを喜んでくれていた。

それなのに、私の赤ちゃんが男の子で、生まれた日が、夫の弟の誕生日と同じ日だったことで、すべてがおかしくなってしまった。


生まれた日、夫はとても喜んでくれた。一緒に病院に来た義父母は、亡くなった息子と同じ誕生日に生まれたことを「こんな偶然があるなんて」と夫以上に嬉しそうだった。

つぎの日、病院に来た夫が、何でもないような普通の口調で、「赤ん坊の名前なんだけど」と切り出した。

「”悟”にしないか。」

私は、耳を疑った。”悟”って死んだ弟の名前じゃない?!

夫は、とつとつと語り始めた。

昨日帰ってから、義父母と話したこと。

死んだ弟と同じ日に男の子が生まれたという奇跡。これは弟の生まれ変わりかもしれない。義母は泣いたいたという。

夫は、弟が亡くなったのは、自分のせいだとずっと思って生きてきたと言った。

だから、これは、弟が自分を許してくれたように思ったと言った。

弟が、自分の息子となって、生まれてきてくれた気がしたと言った。

弟にしてやれなかったことを、これからは息子にしてあげられるかと思うと、うれしくて仕方がないと言った。

夫の話を聞きながら、私はだんだん気が遠くなった。何を言っているのか理解できない。

「この子に、死んだ子の名前をつけろっていうの?」やっとの思いで口にした。









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