エルフ戦線

記憶喪失

診療所の中はトリシアとアリュールがドッタンバッタンと忙しなく動いていた。星降る夜に降ってきた女の子は、熟練二人の甲斐甲斐しい治療によって今は寝息をたてている。

ならばなぜ彼女達がドタバタしてるのか、それは毎年恒例ともいえる怪我人や酔っ払いのバカ共の介抱をしているからである。

救出作戦の時に地面に背中を叩きつけたフリードは雑な湿布に雑な回復魔法をかけられ、眼が覚めたら呼んでねと冷たく言われ椅子に座って空から落ちてきた女の子を見つめていた。


「いつつ……。回復魔法雑すぎるだろ…。見てろって言ってたが」


痛む腰を押さえて、彼女の顔を覗き込む。ボロ布から検査着にトリシアが着替えさせておりそれを終えた時にトリシアが虚ろな眼をしていたが、判らなくもない。

俺は21でアイツは19。間違いなく成長期は終わっており、この子のような豊満な躰は例え天地をひっくり返してもトリシアに宿る訳がないのだ。

にしても……、見た目だけで歳を判断するのは野暮ってヤツだが、見た感じ16ぐらいか?


「……んん?」


躰をモゾモゾと小さく動かすと彼女はゆっくりと目を開ける。俺と目が合い不思議そうな顔をする。っと第一印象で怖がらせたら最悪だからなここは優し〜く微笑んでおこう。

……不思議そうな顔がより一層不思議そうな顔をして首を傾げられる。何かいたたまれなくなったので笑顔のまま目を離して待合室にいるであろうトリシアを呼ぶ。


「トリシアー! 起きっとぉ!?」


突然躰を後ろに引っ張られ変な声を上げてしまう。頭にプヨンと効果音が鳴りそうな心地良い感触を感じ何事かと顔を上げると満面の笑みの彼女が俺の頭を抱きかかえる様に胸に乗せている。んー引っ張っられた事を怒るべきなのだろうが、この枕を手放すのは惜しい。よし黙ろう。


「えへへー」


ペタペタと俺の顔を突いたり触ったりしてくる。別に痛かったり不快な訳ではないので振りほどく必要はないだろう。


「フリード、どうしたー? 腰まだ痛むのー?」


げぇっ! マズイ、非常にマズイ! 声の音量からまだ近くではないだろうが、こんな所を見られたら殺されてしまう。


「ちょい待て。この光景はマズイ。いくら俺が安全そうに見えても初対面の奴に胸枕は色々マズイ。なっ判るだろ?」


???と頭の上に見えそうなくらい何の事か判らないって顔をされる。


「い・い・か・ら・は・な・せ!」


彼女の手を解き逃げるように立ち上がる。足音が近い、ギリギリ間にあったな。


「ダメェ!!」


再度腕を引っ張られるが、そう何度も胸枕状態になるか! そう思い踏ん張ろうとしたらクキッと嫌な音が鳴り力が抜けて再度彼女に引っ張られてしまう。


「ちょっと、どうしたの!? 何か叫び声みたいなものが聞こえたわよ!?」


勢いよくドアを開けたトリシアの眼に飛び込んできた光景は、ベッドの上で自分が助けた少女に馬乗りなっているフリードであった。

一瞬二人の時間が止まったかと思うと、遅れてやってきたアリュールが「来たのですよー」の声と同時にフリードの腰にトリシアの跳び蹴りが炸裂する。


「グオオォォォ……理由わけも聞かずにいぃぃぃ……」


部屋の壁に叩きつけられ悶絶するフリードを尻目にトリシアは少女に駆け寄る。


「大丈夫!? あのバカに変な事されなかった!?」


「大丈夫だよー」


ニパァと輝く笑顔を見せられ、追求する気を失ったトリシアが小さく「そう…」と呟いて離れる。


「何をやってるんですよー? 女の子を襲う様な事をすればそうなるのは当然なのですよー」


「うっせ…」


アリュールに抱え起こされ、ヨロヨロとさっきまで座っていた椅子に座る。


「さてと、 じゃあお互い自己紹介といこうか。私はトリシア。そこに座ってる男がフリード。犬耳の子がアリュール」


おぅ、と小さく応え。アリュールもですよーとそれに倣う。


「それで、貴女の名前は?」


トリシアに名前を訊かれた少女は、何故か小首を傾げる。


「名前? んー名前? えーっと……」


それから頭を振り子の様にゆっくり動かし続け考える素振りを見せるが、ピタッと止まると焦った顔でこちらに向く。


「判んない……?」


疑問系でこちらに確認するかの様に応える。俺とアリュールが怪訝な顔をする中、トリシアだけが顎に右手を添えて考える。


「多分だけど…。 貴女、記憶障害いや、『記憶喪失』を患ってるわね」


「「記憶喪失?」」


俺と少女の声が一致する。俺たちの疑問にアリュールが答える。


「記憶喪失……。一般的な原因としては心理的なショックや頭部への強い衝撃など幅広い理由があるですよー。思い出せない範囲は自分の名前まで全く覚えていない状態から、過去の一部分を覚えていない状態などですよー。また喪失期間も半永久的であったり、次第に回復していったりと幅広いのですよー。でも自分の記憶以外の、一般知識は憶えている場合があるのですよー」


突然のアリュールの頭の良い解説を訊いて改めて感心する。変な語尾を付けてはいるが、ちゃんとした医者なんだなぁ。

俺と一緒に聴いていた女の子は頭から湯気が出ててアリュールの話の内容の殆どを理解していないだろう。


「……つまりだ。自分が何者かも判ってないその状態が記憶喪失ってことだ」


「なるほどー!」


手を合わせて納得したのかしてないのか判らないが、とりあえず元気な返事が返ってくる。


「トリシア…」

「アリュール、その子の事もっと調べておいて」

「任されたのですよー」


アリュールが女の子の看病兼聴取を取っているベッドから離れて、トリシアと一緒に声を潜めて話す。


「なぁさっきからあの子の態度おかしくないか? 何と言うか見た目に反して幼いというか…」


「その反応は正しいわ。あの子の記憶喪失は確定として、多分それが原因で軽度の幼児退行も起こしてる。だから、見た目と言動が一致しないんじゃないかしら」


あぁだから見た目と行動が一致してないのか。しっかし、また面倒な奴を拾ったものだ。ついついため息が出てしまう。


「わわっと! ここではダメなのですよー!!」


アリュールの慌てる声が聞こえる。幼児退行の影響で何かやらかしたのか?


「頭が出ないよー。アリュールー」


女の子はアリュールから貰った着替えをここで着替えようとしており、下は下着上は頭だけ隠れて胸がはだけている。


「ほぉ…」

「はいダメ」


トリシアの台詞と同時に指がフリード眼球に食い込ませる。


「ああアアぁあア!! 理不尽すぎる!!」





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FallenGoddess 〜記憶喪失少女との自分探し〜 壱号 @kingsman

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