プロローグ・後編

「……どこだ? ここ」


人と魔族の屍が積み上がり土の色が赤黒く染まる戦場の上空でフリードと白い麻服を着たオッサンが右手に光、左に闇のモヤを持って立っている。

下を見下ろすと地面には槍が心臓に刺さりピクリとも動かない自分の身体を見て、あぁ死んだのか、と達観した表情で見下ろす。その死体の隣で血塗れのトリシアがバットを握りしめているがうつ伏せの状態で辛うじて意識を保とうとしていた。


「……まずいな。先発部隊は片付けたが、すぐに次が来る。……で、さっきからニヤついてるオッサンは何の用だ?」


「おっ、やっと反応示してくれたな。まぁオレは神みたいなもんだと思ってくれればいい」


「…でその神様が何のようだ?」


明らかに怪しい奴だし、町中で会ったら間違いなくお近づきにはなりたくないような人物だろう。しかし、この異常な空間が目の前に立っている人物が神なのであろうと嫌でも納得してしまう。


「お前にリトライをしないかの相談だよ」


自称神様は、ズスイっと両手をフリードに突きつける。


「右は生きる。だが、確実に波乱で愉快な未来が待っている。左は死ぬ。それだけ。さぁー選びな!」


自称神はテンション高くフリードに選択を迫る。当のフリードは何の迷いもなく右手を握る。


「……アイツ一人残して勝手に死ねん。さっさと生き返らせろ」


フリードの答えを聞いた自称神は小さく口角を上げ高笑いをする。


「はっはっは! 決断が早い奴は好きだぜ! この力は『光武』世界をひっくり返す能力をお前にやるよ!」


「光武?」


「そう光武。お前は元々のポテンシャルは面白いほど高い……が、所詮は先発隊を下の少女と一緒に蹴散らせるくらいだ。その力でこの地獄乗り越えやがれ!」


ニヤつきながら握手をしている反対側の左腕を振り上げてフリードの顔面を殴りつけ、霊体を下の肉体に叩きつける。

叩きつけられた魂は身体にゆっくりと入っていく。


「フリード。光武は後々の世界を救う事も殺す事も出来る力だ。使い方はお前次第。躰はオマケしてやる」


自称神はそう呟くと踵を返して空へと消える。


肉体に魂が戻ったフリードは真っ先に心臓を確認をするが、槍も貫かれた筈の穴も無くなっている事に驚くが、隣で槍を支えにしているトリシアを見て納得する。


「はあ…はあ……。槍を抜いた直後に…動けるなんてアンタ……凄い生命力ね…」


(傷は完治してる。それに躰全体に妙な力が巡ってるのが判る。これなら…)


血塗れで息も絶え絶えのトリシアの呆れ顔に静かに頷く。

そして、北から魔族の軍勢、南から人の軍勢が押し寄せているのを肉眼で確認できる。


「……トリシア、事情は後で話す。今は」


「えぇ……、今は…この地獄を乗り越えないとね……」


二人は背中合わせで二つの軍勢に向かい合う。


「「行くぞぉ!!」


トリシア・フリードの両名は同時に駆け出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…き……ド」


誰かの声と躰が揺れる。それにしても懐かしい夢だ、光武を貰ったあの日の事か…。


「立ちながら寝るな!」

「いでっ!?」


頭に衝撃が走り眼を開けると、明らかに機嫌が悪そうな顔をしたトリシアが目の前に仁王立ちしている。


「もー、祭壇の飾り付けの最中に寝ないでよ。ニート何だから特別な日ぐらい役にたってよね」


「別にそんな気合い入れてやるもんでもないだろ? この町はアンリ先生が開いた私塾とお前の仮診療所意外は特に名物もないような超田舎町だぜ?」


はいはいと素っ気なく返され、準備を再開する。このままトリシア一人に任せても平気だろう。俺はサボる為に祭壇をコッソリ抜け出して広場へ行く。


広場には、町の人々とアンリ先生の私塾のメンバー、アリュールが談笑したり食べ物の準備をしている。俺に気づいたアリュールが近づいてくる。


「あれ、フリードさんどうしたんですよー。先生の手伝いをしてるはずじゃないですー?」


「あぁ、サボ……トリシアに軽食でも持って行こうと思ってな。そろそろ星誕祭も始まるだろう」


事実、空も暗くなってきておりそろそろ始まる頃合いだろう。家の中にいる村人たちもゾロゾロと外に出始め、広場に集まりだす。


「どうせサボリだろフリード」

「トリシア先生は医療。アンリ様は学と魔法。お前は黒化祓いの穀潰しって評判だぜ」


うぐぅ……好き放題言いやがる。事実だから言い返す事もできん。


「あっ先生ですよー!」


アリュールが俺の後方に向かって手を振る。恐る恐る後ろを振り向くともの凄い速さとどす黒いオーラを纏ったトリシアがこっちに向かって突っ込んできている。


「フリードォォ!! 私に押し付けてんじゃねええぇぇぇぇっ!!!」


着くやいなや俺の胸倉を掴み首をガシガシ揺らす。痛い痛い脳が揺れて気持ち悪いいぃ……。周りの連中はいつものことだな、とまともに取り合おうとせずこっちを見て笑っていやがる。


「わふふ。はっ! 先生!フリードさん! 始まりましたですよー」


アリュールが空を指差して俺達に知らせる。ふむ、やっぱり興奮するものなのか尻尾が右へ左へ激しく揺れる。


夜空一面に流れ星が覆い尽くす様に流れ始める。その星々の輝きは神秘的でもありどこか妖艶な美しさを持ち、この輝きが人を惑わせるとか何とか。


星誕祭・・・一年に一度夜空を覆い尽くす流れ星が世界規模で現れる現象。なぜ、どのような原因があるかは詳しい事は判っていない。唯一判っている事は、星が誕生し流れる場所『白紙ホワイト大地エリア』だという事のみ。


「毎年恒例とはいえ壮観だよなぁ」

「そうね。でも祭だからって喧嘩やバカ騒ぎで怪我する人や流れ星の輝きにあてられて黒化して、毎年毎年診療所に人が運ばれるのは勘弁してほしいわ」


去年や一昨日の騒ぎを思い出したのかどこか遠い目をするトリシア。

そういえば、去年は黒化と酔っ払いの暴動が起きてヒドイ目にあってたな。


皆々が空を見上げて感嘆を漏らしている。その声がザワザワと声色を変えていく。何事かと空をよく見ると一際輝く大きい流れ星が段々とこちらへと近づいてきてるのだ。………近づいてる!?


「ってやばくないか!? 星って何で出来てるか知らんがあんなもの落ちればただじゃすまんぞ!」


誰が言ったかその一言で広場がパニック状態になる。俺も逃げる用意をする為に広場から離れようとトリシア、アリュールの手を引こうとするとアリュールが眼を凝らして驚いた顔をする。


「アレ星じゃないですよー! 人ですよー! 女の子ですよー!」


「みたいね。私も見えた。星みたいに光っているけど、物凄いスピードで人が落ちてる」


トリシアが見えたなら俺も見えるだろうと思い眼を凝らす。確かに女の子かどうかは判らないが、人らしき物が広場に向かって落ちてきている。


「フリード! 逃げるのはダメ。あのスピードで落ちたら間違いなく死ぬ。医者として助けられるなら助けたい、だから協力して!」


トリシアが俺の服の裾を掴み強張った顔で協力を仰ぐ。コイツがこの顔をするのは本気の時だけだ。それに、俺だってせっかくの祭で人の圧死体なんて見たくないからな。


「判った!」


俺の了承を聞いたトリシアは、背中のバットを取り出し、地面スレスレになるようにバットを寝かし腰を落とす。


「乗って! あそこまで放り投げる」


トリシアのバットにバランスをとりながら乗ると、俺ごとバットを持ち上げる。


「ぬぐぅぅぅ……いっけぇ!! 『堕落人砲ニートキャノン』!」


ず、随分限定的な名前の技だなおい。

トリシアのバットから空へと投げ出され、落ちてくる人らしきものにぶつかり抱き抱える。確かにアリュールの言った通り女の子だ。端正な顔つきにセミロングの黒髪が鼻にかかる。麻布らしき服を着ており下着は着けておらず、はっきりとした膨らみが余計に強調させる。


ふむ。トリシアより歳下のくせに発育成功してるな。


そんなアホな考えは即座に霧散する。自分が激突したのに落ちる勢いがまるで衰えていない。


「ちぃっ! 光武『陽炎の型』」


フリードの躰が光を纏うと、何本かの光の手や柱、針などが外に飛び出し地面に刺さったりへばり付いたりして、落下の勢いを弱める。だが、支えている光武にいくつかヒビが浮き出始める。


「トリシア!! 長いことは支えられねぇぞ!」


「そんなことは判ってるての!」


フリードが次の要求をする前にトリシアはすでに準備を終えており。落下予測地点に素早く駆け寄る。


緊急エマジェンシーマット119』


バットで地面を叩くと、その場所を中心に地面が柔らかくなり弾力性の帯びた物に変化する。

トリシアの技が終わるとほぼ同時に支えになっていた光武が砕け即席マットに勢いよく突っ込む。弾力性のあるそれは落下のダメージはゼロにしてくれたが、トランポリンの要領で再度跳ね上がった際にマットから躰がズレてしまう。


「ヤバイ! ズレた!? しょうがないかぁ!!」


俺は女の子を安全に着地させれるようにトリシアに向かって投げる。俺自身は……


「ごっ! がっ! げふっ……」


硬い石畳に背中から落ち痛みで躰が震える。これが悶絶するという事なのだろう。


「アリュール! すぐに治療の準備をして! 息も脈もそこまで弱っていないから助けられる」


「ハイですよー! スタコラサッサと準備するですよー!」


二人のそんなやり取りが聞こえてくる。

ぐおぉ…イテェ。俺もついででいいから治療してくれぇ……。


フリードは後で町の男衆に担がれて診療所に届けられた。地面に激突してから10分後に。

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