第7話「僕が君を見失う。壱」

「この公式に当てはめていけば……」


先生の声が耳を通り抜ける。

開け放たれた窓から心地良い風が吹き抜ける。

それは僕の眠気を誘う。

いつの間にか僕は机に伏せて眠ってしまっていた。

授業終了の合図も聞こえない程、僕は眠っていたらしい。

「一成、よく眠っていたな」

「うん、ごめんね。ありけがとう」

起こしてくれたのは、唯一の友達である健人くんだった。

友達がいっぱいいるはずの健人くんは、何故か僕をお昼に誘ってくれる。

教室で席をくっ付けて、僕はコンビニで買ったお昼ご飯を広げる。

「またそんな栄養が偏るような物を……」

「お母さんみたいだ」

いつも同じような僕のご飯を見て、健人くんは心配そうに僕に尋ねるんだ。

「……大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫だよ」

コンビニで買ったパンの袋を開けながら僕は健人くんを見てそう言った。

納得出来ていない健人くんだけど、それ以上は何も言わなかった。

ただ、いつもと同じようにつまらない普通の話をする。

「数学の先生がまた難解な宿題を出してたね」

「今回は俺も解くのに時間がかかるな~」

「健人くんで時間がかかるなら僕は一生解けそうにないね」

「諦めるなよ」

二人で笑いあっている時でも、彼の意識は時々違う所に向かう。

僕はその意識がどこに向いているのかを知っている。

新歓が終わった時、彼自身から告白を受けたのだから。




「俺、好きな人がいるんだ」


目を丸くして健人くんを見た。

咄嗟に何も言えなくて、僕はそっと目を逸らした。

「……そっか」

「聞かないのか?」

「……何を?」

「誰の事が好きなのか」

漸く僕は健人くんを見た。

それでもまだ僕は彼を真っ直ぐ見る事が出来ない。

「……いいよ。だいたい分かるから」

「そうなのか?」

「……君は分かり易いからな」

へにゃりと、僕は笑えただろうか。

健人くんが頬を撫でて、照れくさそうに言う。

「そっか……なんだか恥ずかしいな」

「君は周りなんて気にしないだろ?」

「俺にだって羞恥心ぐらいはあるんだ。周りを気にするさ」

その言葉を聞いて僕は意外だなと思った。

自分が周りから人気があると自覚をしていて、しかし周りの目を気にすると言うことは矛盾している様な気がしなくもない。

あんなに教室で話していたのに、今更周りの目を気にする程だろうか。

「で、それを僕に話してどうするの?」

彼は僕に何を望むのか。

目を丸くして僕を見る健人くんは小さく首を傾げた。

「……どうしたい、とかは無いよ」

「え?」

「ただ、いつも一緒に居るからね。知っていて欲しいって言うのはある」

「……」

言葉を失った。

そっか、と呟いて僕は世界から顔を背けた。

見える体育館の床が酷く遠く感じた。

本当に僕は小さな人間のようだ。



「……いっせい、一成?」

「え……あ……な、何?」

「……いや、ボーッとしてたから、心配になっただけだ」

「あぁ、ごめんね」

僕はどうやらパンを片手に口を動かすことを止めていたようだ。

健人くんだって心配するはずだ。

だけど僕は何を考えていたのか教えることは無い。

だって、そこまでする程の事では無いからだ。

「……あ」

「ん?どうした?」

「……ううん、何でもない」

視界の先には佐々木朝の姿。

僕は健人くんに何も言えなかった。

健人くんの背後に居るのを見たのだから、言えば彼は振り返って佐々木朝を視界に映すだろう。

しかし、僕は彼に言えなかった。

そのまま健人くんの後ろを佐々木朝は友達と談笑しながら歩いていった。


ずっとずっと、これから先も僕は伝えることは出来ない。

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朝起きて、きみ想ふ。 @haruaki02

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