第6話「そして季節は巡るのさ。肆」

「一成、大丈夫か?」

目が醒めて、朧気な意識に入ってきたのは、僕を気遣う健人くんの声だった。

「……うん、大丈夫」

いつの日からか、僕は本心を隠すのが上手くなった。

今も僕の頭は痛みを訴えているけれど、それを目の前の男に悟られる訳にはいかない。

「そうか。辛くなったらいつでも言ってくれ」

「……うん、ありがとう」

ポンと僕の頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃと撫でて健人くんは行ってしまった。

髪を整えながら、僕は不意に頬を撫でた。


「……あれ?」


何故だか僕の頬には濡れた跡があった。

目元に触れると涙の跡が残っていた。

僕は眠りながら泣いていたのだろうか。

健人くんは気付いていたのだろう。

それを、敢えて何も言わなかったのか。

「……何処まで恰好いいんだか……」

僕は目元を擦りながら、自分が何だか惨めに感じられた。

如何に自分が小さい人間かを痛感した。




「おい、柳。体調は大丈夫か?」

「うん。だいぶ良くなったよ」

「お前のクラス、決勝まで残ったんだってよ!相手はあの北村先生のクラスだぜ!」

隣のクラスの彼に声をかけられ、僕は重たい腰を上げた。

応援に行こうと誘われた。

乗り気はしないが一応と言う、世間体を気にしての行動だった。

「お前ら良いよな~、バレー部が居てさ」

「そっちだってバレー部居ただろ?」

「バレー部以外の奴らの動きが全然ダメだった」

歩きながら僕らはお互いの良い所を話し合った。

「それに井伊健人もいるだろ。あいつは狡いと思う!」

「……確かに」

決して妬んでいる訳では無い。

けれど羨ましく思う部分が、ない事は無い。

サッカー部のエースなのだからサッカーだけ上手ければいいのだ。

なのに、何だ。

「なんでバレーが出来るんだよ!」

悔しいの一言に尽きる。

運動神経が良すぎるのだ。

だから女子からモテる。

「そんな事言ってても僕らは健人くんには勝てないよ」

笑ってそう言った僕を彼はじっと見つめた。

何、と聞くと徐ろに口を開いた。

「なんかさ、柳って良いよな」

見つめられたまま、彼のその発言に僕は心臓が跳ね上がる思いを感じた。

彼はどういう意図を持ってその言葉を吐いたのか。

「……どういう事?」

「あ、いや!別に好きとかそういうんじゃないから!俺、男好きじゃないから!女の子大好きだからな!?」

「あ、いや……うん」

何故か急に彼は焦った表情で弁明し始めたのだ。

僕は別に彼が同性愛者であろうとなかろうとどちらでも構わないのだけれど。

「うーん、なんて言ったら良いのかな……」

彼は少し考えて、僕は彼の考えがまとまるのを待った。

「…… あ、分かった」

嬉しそうに手をポンと叩いて僕に視線を向けた。



「柳は井伊と友達で良いな~って言いたかったんだ。井伊が仲良さそうにしてるのって、お前ぐらいだぜ?」





「おめでとう!そしてありがとう!」

先生は泣きながらバレーで奮闘していた男子と抱き合っていた。

女子もカッコ良かった、おめでとう、凄いねと口を揃えて祝してくれた。

僕は何もしていないからその輪から外れてそっと見守る。

「まさか、三年に勝てるなんて思ってもみなかったよ」

「ホントだよ!まだ俺ドキドキが止まんねぇんだけど!」

「皆で頑張ったから勝てたんだよ!」

男子も嬉しそうに互いの健闘を称えていた。

途中から僕も試合を見ていたが、あれは運が良かったとしか言えない。

三年にもバレーが出来る人が何人かいたが、その人以外の人達が結構ミスをしていた。

僕らのクラスはあまり目立ったミスは見られなかったので、そこで大きく点差を開いたのだろう。

先生もコートの外から大きな声で指示を出していたので、それのおかげもある事だ。

「一成」

クラスの輪から外れている僕の傍に来たのは、何故か健人くんだった。

目を丸くして彼を見ると、彼は笑って見せた。

「健人くん、君はあの輪の中に居るべきだろう。皆君のおかげで勝てたって言ってるんだから」

「いや、良いんだよ僕は。そんなに活躍してないから」

「……どの口がそんな事言うんだか」

サッカー部のくせにスパイクを決めていたのはどこの誰だ。

健人くんは笑って僕の隣に立った。

遠巻きにクラスの皆を見ている。

「もう体調は大丈夫か?」

「嗚呼……大丈夫だって。心配性だなぁ」

僕が笑ってそう言うと健人くんは何か言いたげな顔で僕を見つめるのだ。

そして僕はあえて何も言わせない為に笑ってみせる。

「女子の結果は聞いた?」

「……そういえば、聞いてなかったな。どうなったんだい?」

「惜しい所までいったらしいよ。決勝戦目前で一年生のクラスに負けてしまったらしい」

「一年生か……嗚呼、あの女子バレー部員がたくさんいるクラスか」

「そう」

先生が男子バレー部の彼を抱きしめていた。

その周りから男子が二人に飛び付く。

僕はあの輪にいなくて良かったかもしれない。

流石にあそこまでの喜びは出せない。

「……なぁ、一成」

そんなクラスを眺めながら、健人くんは僕を呼んだ。

僕は隣に目を向けた。

健人くんは真っ直ぐにクラスを見つめていた。

「何?」

「……」

真っ直ぐに、ある一点だけを見つめていた。

僕も彼の視線を追った。

視線の先には、彼女がいた。


「……俺には、好きな人がいるんだ」



僕の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

それを直す事はもう、出来ないのかもしれない。

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