第27話★帰宅、汗だく甲冑男と流行と

「なんか疲れたな……」


 そう独り言を呟きながら、思わずため息が出る。

 

 今は学生寮に戻っていて、学生寮のエントランスにある椅子に座り込んでいた。


 あの後病院を出て、すぐに学生寮へと戻ってきた。その間エステルとは特に会話は無く、めちゃくちゃ気まずかった。


 そのエステルとはさっき別れたばかりだ。どこか神妙そうな面持ちのままテレポータルへ向かって、その姿が見えなくなった途端、どっと疲れが押し寄せてしまった。そして、倒れこむよう椅子に座り込んでしまい今に至る。

 

 何か今日もいろいろあったな……。あの場の雰囲気に飲まれて、どんでもない宣言をしてしまったと、今になって若干後悔し始めているのが何だか情けない。


 まぁとりあえず、ここに座っててもしょうがないし……と気持ちを切り替えるようにそう思ったところで、奇妙な音が聞こえた。

 

 奇妙というか、ガシャガシャと重そうなもの同士が擦り合ってるような音で、思わず音の方へと顔を向ける。

 

 そこには――


「あれ、コウタ何してんの?」


 なぜか声を掛けられた。目の前には重々しい銀色の甲冑姿の男が立ってるけど……知り合いなのか?


「え? えっと、どちら様ですか?」

「ん? 俺だよ、俺」


 そう言いながら誰だかわからない人は、頭部の装備を外した。そこには見知った顔があった。

 

「……え? ソウイチ?」

「おう、俺だよ」


 まさかのソウイチだった。しかも、顔面汗だらけという奇妙ない出立ちだ。格好もそうだが、顔から滴り落ちる汗の量にも目がいってしまう。


「うわぁ凄い汗。ってか、何その恰好?」

「……あぁこれ? 稽古帰りだよ。で、その練習着」

「稽古? へ、へぇ……そういえば剣術が得意だったね」

「ん? そうだぜ。剣術の稽古帰りってとこ。いやー、ちょっと調子出てきていろいろ試したけど……やっぱまだ全然だめだったわー」


 ソウイチは残念そうにため息をつく。


 これが稽古する時の格好なのかと思うと、重装備すぎないかと疑問が浮かぶ。


 さながら大型の魔物を一人で狩猟しに行くような装備だ。装備だけで何十キロはありそうだ。しかも、髪の毛は汗で濡れ、滴り落ちている。 

 

 その稽古というのが何なのかわからないが、この尋常じゃない汗の量から、相当なものであるというのは想像に難くない。


「そ、そうなんだ。お疲れ様!」


 とりあえず労っておく。ソウイチは嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「おう、ありがとな! ――っで、こんなところで何してんの?」

「ちょっと、疲れちゃって。休んでたところなんだ」

「あーそうなんか。そういえば一人でいるなんて珍しいな」


 そう言いながらソウイチは辺りを見渡す。どうやら、エイタとワカナとはしょっちゅう一緒にいると思われているらしい。やっぱ仲がいいんだな……と、他人事のように思う。

 

「今日は、たまたまね」

「ほーう……あ! そういえば、夜桜さんは見掛けたわ。帰り道、並茸さんに連れられてどこか行ってたなー」

「ほ、ほんと? どこに行ったかわかる?」


 ソウイチは考えるようにうーんと唸る。


「さぁなー、そこまではわからないなー。っていうか、それならエイタに聞いた方が早いんじゃねーの?」

「エイタも居なくてさー。ほんとどこ行ったんだろうね」


 それを聞いたソウイチは何かを思い出したかのように手を叩いた。それと同時にガチャと重そうな音が響く。


「あー、エイタはあれだろ」

「あれって?」


 僕の反応が意外だったのか、ソウイチは一瞬目を丸くした。


「あれ、知らないのか? ここ最近、体の定期健診とかやらで病院に行ってるらしいって。あぁまぁ、道場の仲間が見かけたって話しを聞いたってだけなんだけど」

「そ、そうだったんだ。道場の仲間ってことは、剣術の道場の人?」

「……あー、まぁそうだな」


 それを聞いたソウイチは一瞬考えるように視線を落とした。


 どこか気まずそうに視線を落としたように見えて、ソウイチは自分の事になると途端に態度を変えるし、何かがあったのは間違いないのだが生憎それを知らない。


 前のコウタも知っていたかはわからないが、そのことを本人から聞いてみるのが一番手っ取り早いと思うが、ソウイチの様子を見る限りそれも憚れてしまう。


 というか、病院というのは、さっきの病院のことだろうか? 僕ら以外に学生は見かけなかったけど、エイタもあの病院にいたのだろうか。

 

「いや、その! なんつーか、道場の仲間っつっても、魔法使の人なんだけどな。その人が病院関係の業務にも関わってて。仲もいいし、話してくれたんだ。まぁ、コウタと仲が良いってことも知ってたし。ってか、それがデカいな」


 そんな気まずくなった空気に気づいたのか、慌ててそう訂正した。


「そうだったんだ。ソウイチ、剣術得意そうだし、やっぱり道場の中でも飛びぬけてるんじゃない?」

「いや、それはない」


 冷や水を浴びせられたかのように、ソウイチから珍しくひどく冷めた声で否定された。


 終始明るさを前面に出していた彼が、こんなに冷めた声を出したのに驚き思わず固まってしまう。


「――あー、ごめん、ごめん。これは俺の問題だしな」


 ソウイチは、ばつの悪そうな顔で笑いながら謝った。


「こ、こっちこそごめん。無神経だった……。それで、定期健診ってどんなことやってるの?」

「ん、まぁ詳しくは知らないけど、人工魔霧っていろんな問題があるだろ? まぁそれで政府からお達しがあって、機人の人達には定期的に病院に行くようにってらしい」

「そ、そうなんだね。エイタも大変なんだなぁ……」


 人工魔霧については詳しく知らないので、問題があると言われてもわからなかったが、病院通いは大変だ。


「まぁ無理もないよなー。今までは魔霧力も特性も、何もかも先天的でほぼ決まってたのに。それが、最近では後天的に、しかも圧倒的なまでの力へと変化する場合がある。ある意味、エイタが羨ましいわ……」


 そう言い終えるとソウイチはどこか遠くを見据える。その横顔は苦しみに耐えているように見えたが、何を思っているのか想像がつかない。


「――っと、また暗ーい感じになっちまった! ごめんよ! 稽古終わりってなると、どーしてもナイーブになってダメだな。反省、反省!」


 ソウイチは両手で気合を入れるように、頬を叩く。それと同時に重そうな音が響く。


「まぁ、そう思っちゃうときもあると思うけど、あまり思い詰めないでね? というか、呼び止めてごめん。早くシャワー浴びたほうがいいよ?」


 何とか気を紛らわそうと思って言ったが、その言葉を聞いたソウイチは慌てて汗を拭おうとして、すぐに眉根を寄せる。


「わ、わかってるって! そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃんか!」

「べ、別に嫌そうな顔してないけどね」

「いや、コウタの顔はわかりやすい! 前に巷で流行った『ぺっぺくん』並のわかりやすさだな!」


 と、『ぺっぺくん』という単語を聞いた瞬間、頭の片隅にそれに関する記憶があることに気づき、一瞬にしてその事を思い出す。


 『ぺっぺくん』。それは、六年前この浮遊都市群で大流行したマスコットキャラクター。なんでも、親しみやすい顔立ちで、累計販売数十億という、とんでもない記録を生み出した。ちなみに、たぬきの様な魔物をモチーフにしているらしい。


 というか、なんでこんなことを思い出したんだ? もしかして、ソラが好きだったりしたのか?


 そして、『ぺっぺくん』に釣られてなのか、別のことも記憶として蘇った。


「いや、それはないでしょ。どっちかっていうと『眠れない姫』じゃないかな?」


 『眠れない姫』というのは、四年前に流行ったらしいカードゲームに登場するキャラクター。


 その姫は何故か眠れない毎日を過ごしており、今日こそ寝るぞ! という意思表示を周りに示していたら、いつの間にかわかりやすい表情になっていたという意味不明だが可愛らしいキャラクターだ。モデルは幻想生物エルフ族の『シルラ・ムフキャ・イバーヌ』だ。


 またもや、訳がわからない記憶を思い出した。やはり、ソラが好きだったのかもしれないと思うと、あのよくわからない少女にも可愛らしい一面があることに気づく。なるほど、これが僕しか知らない彼女の秘密ということなのか。


「あッ! それだッ! いやー、懐かしいな。昔そのグッズ集めてたわー」


 ソウイチは昔を懐かしむ様に、深く深く頷く。


 ちなみに『眠れない姫』は、なぜか魔法学園の女子生徒の間で、爆発的に大ヒットしたキャラだ。


 ソラに与えられた知識によると、人の姿を模した造形物も多数つくられ、一時在庫が無くなり社会問題になったとかならなかったとか。


 それよりも、爽やか系元気青年のソウイチが、それを集めているというのが意外だ。


「へー、ソウイチも集めてたんだ。意外だなぁ」

「ん? 前に言わなかった? あれ? 言ってなかったっけか?」

「――あぁ、うん! 初めて聞いた!」


 やべ、思わず口が滑ってしまったか? 


 少し冷や汗を浮かべながら、愛想笑いを浮かべる。ソウイチの表情を覗くが、特に気にした様子が無くて、ほっと胸を撫で下ろす。


 意外と、単純というか天然というか。何にせよ妙な発言も不審がられないし、何よりソウイチの人の良さを前面に押し出している。


「そうだっけか、まぁいいや。昔、それ集めててさー、学校に入った最初くらいかな? 俺以上にそれに詳しい奴がいたんだけど、そいつ知ってる?」

「い、いや、知らないかなー。というか、眠れない姫シリーズは、男子生徒集める人少ないんじゃない? 見た目的に女子受けしそうな気がするけど……」


 その『眠れない姫』を何故か知っている自分に怖さを覚えながら、こういうマニアックな話をする時こそ、口が自然とまわってしまう。恐ろしい。


「いやいや! そこがいいんだよ! ――っと、早くシャワー浴びないと、さすがに汗冷えて来たわ」


 すると、ガシャガシャと音を立てながら、ソウイチは大袈裟に身を竦める。いつまで続くのか内心ひやひやしていたから、向こうから話題を変えてくれて一安心。


「そうだね。風邪ひいたりしたら、こっちが悪い気持ちになるよ」

「はは! 大丈夫。ダイじょーぶ! こう見えても風邪は引かないからな! んじゃ、また明日なー」

「うん、また明日!」


 ソウイチは手を挙げ元気よく別れの挨拶を告げて、そのまま通り過ぎていった。


 さて、意外と変な知識も入っていることに、今更ながら変な気持ちになる。今のところ、『ぺっぺくん』と『眠れない姫』以外のことは思い出せない。


 とにかく、今の状態とか諸々のことをどこかで整理したいけど、ワカナとエイタ居ないし……。しょうがない、コウタの部屋に帰るか。


 と、立ち上がろうとしたところで、肝心なことを忘れている事に気づく。


 ――コウタの部屋ってどこにあるんだ?


 先を歩いてたソウイチの後を慌てて追いかける。少し不審がられるも、何とか場所を聞き出すことに成功した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スターズ★クラン‐魔法は魔法のための夢を見る‐ 3日歩けばえびる神官 @EeBiI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ