DAY1-2
2
W.S.A.は現在J.D.と戦う、地球防衛の要である。そして今や世界政府だ。二〇七九年のJ.D.襲来後世界は結託した訳だが、その際社会は国家単位だったのが共同体へとシフトしたのだ。現在、円滑な防衛任務遂行のためにも、世界各国がW.S.A.の管轄下に置かれている。もはや国なぞ、国境なぞ意味はない。単なる行政区分でしかないのだ。そして、J.D.の襲来により今までの争い、紛争というものは嘘のように消えたのであった。
W.S.A.はトップに総司令が置かれ、その下に副司令がいる。また総司令には直属の部署として第一開発局がある。副司令は戦略会議の主宰であり、戦略会議でW.S.A.の運営方針、すなわち世界の行く末、統治政策や防衛戦略が決まるのである。
戦略会議下に各部署は置かれている。情報局、前線局、第二開発局、総務局だ。
情報局とは、J.D.との戦闘時において戦闘員をサポートするオペレーターが所属する部署で、戦況分析、J.D.の情報解析等を行っている。前線局は機動部と兵站部に分かれており、機動部は実働部隊、直接J.D.と戦闘を行う部隊だ。宇宙空間で事前にJ.D.を迎え撃つ特別機動隊と万が一J.D.が地球に到達してしまった場合にJ.D.との戦闘を行う第一機動隊、第二機動隊、第三機動隊とに分かれている。兵站部はその戦闘員のバックアップだ。第二開発局は、第一開発局と何が違うのか、正直よく分からない。総務部はその他の業務、人事・経理・広報等を担当する。
そして私は前線局機動部、特別機動隊に配属される訳だ。現在J.D.との戦闘を主に担うエリート集団だ。
「知っての通り、現在J.D.との戦闘は宇宙空間で行われ、特別機動隊がそれを担っている。一応第一から第三機動隊が万が一に地球戦になった時のために配置されているが、まぁ基本現在J.D.と戦うのは特別機動隊だけだ。気を引き締めていけ。」
機動部部長、碓氷剛氏だ。W.S.A.本部で私のことを出迎えてくれ、今本部の案内をしてくれている。
「はい、僭越ながら特別機動隊に配置していただき光栄でございます。私、頑張ります! 」
本部内は様々な言語が飛び交っている。英語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語と全世界の言語だ。あれ、なんで各言語それぞれ認識できているんだ?
「あっ、翻訳機起動させるの忘れてた。」
すぐに首筋にある翻訳機を起動させる。危ない危ない。今や国境なぞ意味がない。様々なところの人が様々なところに集まる。W.S.A.本部となればまさに世界各地地球全土から人々が集まってくる。
「おいおい、言った傍から......。気をつけろよ。それがないと仕事にならないぞ。」
と碓氷部長が軽く釘を刺す。その通り。様々な人が集まるこの職場で、翻訳機がなければ命取り、仕事仲間と意思疎通ができないのである。
いままで認識されていた外国語たちは存在を消し、すべて日本語に変わる。うん、翻訳機がきちんと作動したようだ。これでよしっ、と。
「さあここが、これから君が駐在する総合指令室だ。」
扉が開く。自動ドアだ。中に入るまず正面の大きなモニターが目に入る。いくつかの円図形が
そのモニターに向く形で、細長いデスクが配置されていた。そのデスクの上には端末が置かれている。J.D.との戦闘作戦中ここから色々とオペレーターが操作をするのだろう。細長デスクは横二列、縦三列で配置されていた。ちょうど真ん中が通り道になるように配置されているようだ。
しかしこれとは別にモニターの真正面にもデスクがある。こちらはモニターに背を向けた形で配置され、その細長デスクの配置によって作られた真正面の通り道の先に置かれている。イスは二脚しかない。これもオペレーターの席、という訳でもなさそうだ。
それにしても中は非常に慌ただしい。白衣姿のオペレーターが右往左往している。数人は細長デスクの席に着き、端末を操作している。何かあったのだろうか?
「おっ、そうか。もうそんな時間か。」
碓氷部長が呟く。
「? 一体なんです―― 」
「いや~Mr.碓氷。彼女が新人の子だね。」
突然背後からいかにも軽い男の声がした。振り返ると、そこには私と同じくタイプの戦闘服姿のイタリア人男性と日本人女性がいた。彼らも特別機動隊員なのだろう。
「あぁそうだ。」
と碓氷部長はその男の質問に答え、
「紹介しよう。彼が君の所属する特別機動隊隊長のフェルス・バルトロッツィだ。」
と彼を紹介してくれた。軽薄そうな男は隊長だった。
「よろしくね、Ms.猪狩。」
「よっ、よろしくお願いします!」
と私はすかさず敬礼をした。
「Calmati! 肩の力を抜きな。可愛い顔が台無しだよ。笑って笑て。」
フェルス隊長は跪いて片手を取って
「ほら、お近づきのしるしに」
と片手にキスをした。や、やっぱり、軽い男だ。
「この女たらしが」
と碓氷部長はフェルス隊長を小突く。
「痛っ。何するんだいMr.猪狩!」
「猪狩君をからかうんじゃない。」
「心外だなぁ。可愛い女性には可愛いというのが男の礼儀。それにキスは単なる挨拶だよ。」
そう言うとフェルス隊長は軽くジェスチャーをする。お詫びのつもりなのだろうか。やっぱり軽い男である。
「こんにちは。私は花江凛と申します。」
もう一人の女性隊員の方が声をかけてきた。
「特別機動隊員で同じ日本の方が入ってくださって嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。」
と彼女は一礼した。私も「こちらこそよろしくお願いします。」と応じて一礼する。
「今日の担当はフェルスだったな。」
「その通り。」
「で、花江は見学という訳だな。」
「はい。」
すると突如、警報が指令室に鳴り響く。
「時間か。状況を報告せよ! 」
と碓氷が声をかける。
「現在J.D.一体が警報区域に侵入。地球に向かっています。」
オペレーターの一人が答える。正面の真ん中のモニターに向かってくるJ.D.の現在位置等の情報が表示される。
「今日のノルマだな。スタンバイ準備に移れ!」
と報告を受け碓氷は室内各員に号令する。
「詳しくお話したかったけど、それはまた今度、ね。」
フェルス隊長はウィンクすると指令室後方にある、さっき私たちが入ってきた扉とはまた別の、非常に厳重な扉の方へ向かい、中へと消えていった。
「ここの隣が
凛が説明してくれた。あの厳重の扉の奥は
「特に問題はなし。間もなくパイロット搭乗開始します。」
すると前方モニターの脇にある扉より二人の女性が現れた。一人は金髪でアメリカ人、もう一方はアジア系、多分日本人でなければ韓国人だ。
「総司令! 」
室内の空気がより張り詰める。一同がその女性に向かって敬礼をした。私もやや遅れて敬礼。
「結構。で、状況は? 」
女性は静かに、しかし重みをもって話す。あれがレイチェル総司令か。ということは隣にいるのは多分副司令のファン・ヤーイー氏だろう。
レイチェル総司令。現在のW.S.A.の最高責任者。事実上の世界の、地球のトップだ。アメリカ出身。確かかつて国際宇宙開発局局長で太陽発電の建設に関わっていたそうだ。非常に優秀な人物なのだろう。遠目からも分かる。すごい大物感だ。
「パイロット搭乗開始」
オペレーターの一人が報告する。フェルス隊長が搭乗席についたようだ。
「パイロット搭乗。搭乗席の連結に移ります。
「戦闘ロボット《burden》の機体整備はすでに完了しています。いつでも連結大丈夫です。」
「では、搭乗席連結します。連結! 」
「連結完了。特に異常は見られません。」
オペレーター達の声が飛び交う。刻々と出撃の時は近づいているようだ。
「出撃、いつでも可能です! 」
「では、転送開始。」
レイチェル総司令が号令をかけると、左手の上下2つのモニターにも動きがみられる。
「了解。太陽の方からのエネルギー供給も問題なし。転送機稼働水準クリア。」
そうか、左手のモニター、上は太陽発電の状況、下はテスラコイル、すなわち電送の状況を表示するためのものなのだ。
正面のモニターにも動きがみられる。太陽系のマップ上に様々なポップアップが。ポップアップ上を猛スピードで数列が駆けていた。
「……転送目標座標を計算……設定!」
こちらは戦闘ロボット《burden》を運ぶワープ装置の情報だったのだろう。ポップアップが徐々に消えていく。
「間もなく転送シークエンスに移行。警告、これより転送機の安定的運用のため電力制限を実施。指令室、電力制限により照明切り替えます。」
すると指令室全体の照明が落ちる。煌々と端末やモニターの光だけが残る。
「ここから直に機体を敵にワープさせるのに電力をかなり消費する関係で指令室、いえ世界の電力がこんな感じに制限されるんですよ。」
と凛が説明する。驚きだ。いままでそんなこと感じたことなかった。
「制限といっても太陽発電による電力が稼働のためこのワープ装置に優先的に送られるだけなんだがな。一般家庭はいまだ原子力や火力とかで賄われているから、直接影響を受けるのは、この太陽発電で賄っているW.S.A.本部だけだ。」
碓氷部長が横から補足した。なるほど。
「転送完了。」
モニターに新たな反応が映る。それがフェルス隊長を示しているのだろう。反応の側にはB1と表記されている。これが作戦展開時のコードネームのようだ。戦闘ロボットの名称、“burden”から来ているのだろう。
「よしB1、いつも通り頼むぞ。」
「了解。これより戦闘を開始するよ。」
フェルス隊長の声が指令室に響く。すると正面モニターB1の反応が猛スピードでJ.D.の反応へと向かう。
「……敵周囲に何かを散布。フレアか? いや、計器に特に異常なし。そちらは? 」
正面モニターでは特段異常は見られないため「こちらも異常なし」とオペレーターが答える。
「では……起動計測、ミサイル発射。……着弾を確認。すぐさまフレアを張り、現在地から移動を開始します。フレア、発射。敵目前にて起動。フレアの影響によりレーダーでの捕捉はしばらくの間できません。しかし敵は拡大映像にて目視で補足。」
フェルスはヒット&アウェイで敵を叩いている。攻撃をしたらフレアで目くらまし。そして敵が見失っているうちにまた攻撃、そしてフレア。敵に位置を悟られず優位に戦闘を進めている。さすが隊長を務めるだけはある。テンポよく、的確にズレなく、攻撃とフレアを続けていく。正面モニターではB1の反応がJ.D.の反応に近づいては遠ざかり、様々な箇所へと移動している。反応がモニター上を動く。点が動く。
「攻撃、敵に命中。いい感じですねぇ。ですが依然敵に動きなしです。今回はおとなしいのが来ましたねぇ。いや、ビビりなのかな? トドメいっちゃってもいいですか?」
フェルス隊長の無線が届く。確かに、さっきからJ.D.の点は動いていない。
「よろしい。」
とレイチェル総司令は許可した。ただ、碓氷部長は渋い顔をしている。
「おかしくないか? う~ん……おい、敵周囲を細かく分析してみてくれ。」
オペレーターの一人が端末を操作する。正面モニターではB1とJ.D.の点があるところがズームされていき、様々なフィルターにかけられている。
「……ん、J.D.周辺で謎の熱源を感知。巡回しています……。」
「!!! まさか散布していたのは……B1! ただちに攻撃を中止! やつに近づくな! B1!!」
碓氷部長がフェルスに指示を飛ばす。
「ん? な……?」
「おい、聞こえてんのか?!」
B1は止まらない。無線がうまく届いていないようだ。B1はJ.D.に近づいていく。近づいていく。
「B1!」
スッとB1は消えた。
敵が散布していたのはいわばエネルギーを吸収するようなもの。それで攻撃を限界まで吸収し、限界に達すれば今までの攻撃エネルギーを返すのである。化学的なカウンターだ。
Behind Enemy 冬花愁 @Shu_Tohka
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