第25話 魔王の夏休み

「今日で一学期は終わりだ。夏休みの手引きは各自読んどけ。はい、解散」

「学期の節目もこの雑さ」


 ミーンミーンとセミが鳴き出す七月下旬。学園は一学期を終え、夏休みに入ろうとしていた。


「うるせえ。お前らは夏休みかもしれねえが俺は休みじゃねえんだよ。お前らだけ休んで俺は働かされるなんて理不尽なことになるってのにやってやれるか」

「全然理不尽じゃないと思います」


 社会人でお金貰ってるんだからちゃんと仕事して下さい。それに先生だって休みあるし、いつもサボりまくりなんだからそういう事は言えないでしょ。


「理不尽だろうが。お前らだけ四十日ぐらい毎日ぐうたらした生活送れるんだろ。俺も送りてえよ。毎日ダラダラ惰眠貪りてえよ」

「いつも惰眠貪ってるじゃないですか。授業中に」


 先生いつも授業中寝てるくせに。「教科書何ページから何ページまで読んどけ。分からないことあったら自力で解決しろ」って言って寝てるくせに。先生のくせに授業中に惰眠貪ってるくせに。くせに。先生のくせに。


「あれじゃ駄目だ。あれはお前らが居るせいで全然気持ち良くない。生徒のくせに教師の快眠を邪魔するとは何事だ?」

「先生のくせに授業中快眠しようとするのは何事ですか?」


 分からないことあったから起こして質問したら、ガチめのトーンで「……死ぬか?」って言われたのは忘れない。普段から顔怖いのに更に怖くてちょっと泣きそうになったし。邪魔しようとした訳じゃないのに。生徒の権利を行使しようとしただけなのに。


「まあ、ともかくだ。お前らは今日から夏休み。この夏休みは全員家に帰るようだが、これは絶対忘れるな。俺に迷惑をかけるな」

「それはもう何回も聞きました」

「いや。今までは俺の監視の目があったが、夏休み中はそれが無い。監視もなく夏だからって無駄にハイテンションになって面倒ごと起こす奴は必ずいるからな」

「監視の目が開いてた記憶がないんですけど……」


 いつも寝てるか見てないような気がしないこともないけど、確かに夏だからってハメを外しちゅうのもいるよね。ハメ外しちゃってうっかり魔物の巣に入って死んじゃったっていう生徒とか、テンション上がって格上の相手に喧嘩売って返り討ちで大怪我した生徒とか。うん、多分夏のせいじゃないと思う。


「分かったな。夏だからってはしゃいで面倒事は起こすな。夏休み中ずっと家に閉じこもってろ。一歩も家から出るな。いいな?」

「ええ……」


 夏休みずっと家に監禁状態? うわっ……。そんなの耐えられない、とも思ったけど、別に外に出かける用事も無いし必然的にそうなっちゃうかな。別に寂しくなんかない。


 残念ながら僕はそうなるだろうけど、そうじゃない人達も居るようで。


「そんなの無理に決まってるじゃない! この夏休みいくつやらないといけないことがあると思ってんのよ!」


 先生の言葉にミーティアさんが声を荒らげる。そうだよね。ミーティアさんはリア充そうだし、夏休み中なんていっぱい遊ぶんだろうなぁ。僕と違って家に閉じこもってなんか居られないよね。


「ルシェ君と海に行ってルシェ君の水着姿を堪能しないといけないし、祭りに行ってルシェ君の浴衣姿も見ないといけないし、肝試しをして怖がってあたしに抱きついて涙目上目遣いで見てくる最強ルシェ君も見ないといけない! 家の中になんて居られないわ!」

「一つも予定にないんだけど」


 いつから僕はミーティアさんと海行ったり、祭り行ったり肝試ししたりしないといけなくなっていたんだろう。勝手に人の予定捏造しないでくれる? 僕の夏休みの予定は家でひたすらゴロゴロすることです。


「大丈夫だ。全部家の中でやればいい。何なら夏休み中ルシェをお前の家に泊まらせてろ」

「先生何も大丈夫じゃないです」

「分かったわ! ちゃんと休み明けにはルシェ君観察日記を提出するわね!」

「何も分かってないよね?」


 ミーティアさんの家に監禁されたりしないからね。僕の家に呼ぶこともないから。ミーティアさんは知らないだろうけど、僕一応魔王だからね。人間が魔王を監禁! なんてことになったら戦争になりかねないからね。ミーティアさんも一人で家に居てください。


「夏休み中家から出られない……? なんだと……。夏休みが監禁プレイを楽しめる休みだったとは……。師範殿! 儂は胸の高鳴りが抑えられぬかもしれぬ!」

「そのまま抑えずに楽しんどけ」


 うん。ゴードン君はいつも前向きで良いね。もうこれ以外感想が出てこないよ。


「家から出られないだと? 馬鹿な。夏は絶好の日焼けの季節だろうが。この美しい体を白から黒へと染める。漆黒に染まりし美しき俺様へと変身するきせ、ぐほはあっ!」

「赤を撒き散らすのは止めろ。マルク」


 いつも通り赤を、血を撒き散らすマルク君。日焼けしてる人は健康的に見えるけどマルク君はその前にぽっくり死んじゃいそう。焼いてる途中に死亡が確認されるなんてことになりそう。マルク君は無茶せず先生の言う通りにしとくべきだよね。


「まあ、自由にしててもいいが俺が言ったことは守れ。何なら誓約書でも書け。この夏休み中起こったことは全て私の責任であり、担任の教師には全くもって関係がありませんって誓え」

「本当によく先生やってますね」


 何回目だろ。先生よく先生やってるね、なんて思うの。本当によく先生やってるよね。先生が担任で涙が出そうだよ。


「それじゃ、解散。夏休み適当に楽しんでこい。旅行に行ったやつは俺へのお土産を忘れないように」


 こうして僕達の夏休みが始まった。

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勇者育成学校へ入学しました。……でも、僕、魔王なんだけど。 @gggg

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