九、夜は危うし逃げろよ乙女

「聞いてよ白魔はくまちゃ~ん。この女、堅物ぶっといて彼氏いやがんの許せる?」

 布良芽ふらめはそういうと、いきなしあたしに抱き着いてくる。

「はい、よしよし。それはめでたいね」

「ひどっ、白魔ちゃん酷い!」

 あたしがなでながら適当にあやすと、布良芽はなぜかショックを受けた顔をこちらに向ける。


 にしても、酒臭いなぁ……


 嘆息しながら、あたしは玄関先に立つもう一人の人物――道家南華みちいえみなかの方を見て挨拶する。

「どうも」

「夜分にすみません」

「いいえ、今日は生徒達もいますけど、良かったらどうぞ」

「では、お言葉に甘えて」

 丁寧にお辞儀する道家先生。

 布良芽とはえらい違いだ。

「白魔ちゃんさぁ~、なんか最近わたしに対する扱いがぞんざいになってない?」

「それは日頃の行いの所為せいでは?」

「なんという冷血れいけつっ! 人の血が通ってないのか、この鬼っ! 白魔はくまっ!」

 おい待て最後……

「失礼だな君は、人の名前を悪魔みたいに……」

「だって、だって、だってぇ~!」

「子供か……」

 あたしは嘆息混じりにつぶやくと、泥酔して抱き着く布良芽ふらめを引き離す。

「とにかく、愚痴は後でいくらでも聞いてやるから、さっさと上がってくれたまえ」

「白魔ちゃぁぁぁん、きっとだぞ、きっとなんだぞ?」

「わかったわかった」

 布良芽をあやしながら、ちらりと連れの女教師の方に視線を移す。

道家みちいえ先生も、どうぞ中へ」

 「はい」と会釈してから、道家南華みちいえみなかはゆったりとした動作で片足を少し上げるとハイヒールのかかと掴んで脱ぎ取り、玄関のかまちにその足をかけると、もう片方の足も同じ動作で脱ぎ取ってから横向きになり、脱いだヒールを片手で揃えて爪先の部分を戸口に向けてから端に寄せた。

 一連の流れるような動きに、あたしは思わず見とれてしまう。


 この人、多分布良芽ふらめと同じくらい飲んでいるのだろうけど、所作の一切に乱れた様子がない。


 お酒って、人によってこうも差が出るものなんだなぁ……


 思えば、昔向こうで飲んだシャンパンも、あたしはグラス半分程度ですぐ外の空気吸いに行ったけど、布良芽なんかはずっと飲みまくってたらしく戻ってきた時には大分酔っぱらっていて、その時も抱き付かれて散々だったのを覚えている。


 ふと、そんなことを考えながら、あたしは少し気になる事を思い出す。

 それは――


 と、その時だった。

「ピー」という甲高い超音波をキャッチしたのは。




 夜道を歩く二人の少女。

 いや、一人は「彼」だ。

 もう一人の少女の方は、自分より小柄な「彼」にぴったりとくっ付いて、時折周りを警戒するように見回している。

 その姿はまるで姫をエスコートする小さな騎士のようで、どこか微笑ましくもあり、頼もしくも思えた。

 そして家にたどり着くと、少女——巣鳥凛子すどりりんこはようやく安堵の表情を見せて、


「ありがとう、ここまで送ってくれて」と言った。


「どういたしまして、ではワタシはこれで……」

「待って」

「はい?」

「少し、寄ってかない? ていうか、今日……ウチに泊ってって……欲しいなって」


 そこで「彼」の額にある冠の宝玉が紫の光を放った。

 巣鳥さんの目には、それは映ってはいないだろうけど。

 「彼」が身に着けている迷彩護符ジャミュレットの効果で、女子の制服姿に見えているハズなのだから——


「よろしいのでしょうか?」


 そう言って「彼」は眉をひそめる。


「うん。そんな遠慮しないでさ、女の子同士でパジャマパーティーでもやろうよ」

「ぱじゃまぱあてぃー?」

「そ、パジャマ着てさ、お泊り会するの」

「ぱじゃま着て、おとまりかい……」

「そう、お泊り会。楽しいよ」

『そうだ勇者くん、今日は泊まって行きたまえよ』


 そこで、あたしは「彼」に


「あ、白魔はくまさん……」

「え、白魔さんがどうしたの?」

「いえ、その……」


 そう言い淀む「彼」の戸惑いに呼応するように、額の上で宝玉が紫に点滅を続ける。

 その様子を見かねて、あたしは助け舟を出す。


『今、あたしは君の脳に直接思念を送っている。あたしが君の脳波を読み取るから、君は声を出さずに頭の中で語りかけてくれれば良い』


 すると、彼の宝玉が白く光った。

 どうやら、あたしの言うことを理解してくれたようだ。


『解りました』

『飲み込みが早くて助かるよ。で、先刻さっきの話だが、あたしの事は気にしてるなら大丈夫だ。こっちはこっちで布良芽も来てるし、あたし自身「彼ら」に対抗しうる手段を持っているからな』

『フラメって、お昼前に魔族に短剣を投げていた人ですか?』


 短剣というのは、多分メスのことだろう。


『そう、そいつ。先刻さっきも見た通り、身のこなしと悪運に関しては信用して良い奴だから心配はいらんよ』


 ていうか、保健室の先生がそれで良いのか?

 などと、どうでもいい疑問が頭をよぎる。


『なるほど』

『むしろ、そっちの彼女の方が心配だから付き添ってやりたまえ。ついでにパジャマパーティーも楽しんでい行くと良い』

『解りました。では、そうさせていただきます』

「えっと、カムイちゃん?」


 黙り込んでいる「彼」に首を傾げ、少女が声をかける。


「はい、ではお言葉に甘えて、よろしくお願いいたします」

「ありがとう! じゃあ、今日はお菓子でも食べながらお話したり、一緒のベッドで寝ようね」


 そう言われて、一瞬「彼」は少し照れた様子で頬を赤くしてから、


「……はい」と答えた。って……あれ?


 これって大丈夫なのか?

 一応、女子の格好させているとはいえ「彼」は……


 などと一瞬考えもしたが、そういえば正直なところ「彼」の性別ははっきりしているワケじゃない。

 そもそも『性別』という概念すらあるのかも怪しいが、それは「彼」が中性的な容姿だからということもあるだろう。少なくとも、今朝夢で見た「彼」の仲間らしき人物の中にはたくましい肉体の男や綺麗な女の人もいたから、あれが真実だとしたら少なくとも「彼」のいた世界にも性別はあると思っていいのだろう。


 そう考えると、はたして彼女と一緒のベッドで寝るという状況は問題ないだろうか?


 まぁ、本来の「彼」の格好が紫の法衣の上にマントを羽織って背中に剣を差した男っぽいものだったから『男の娘』だろうとあたしが勝手に思っているだけで、実は逆の可能性もあるんだけどね。

 非常にグレーなところではあるが、明確な性別がわからない以上は仕方がない。

 それに——なんとなく、男の娘が女子に交じってパジャマ着てる姿を想像してたら、なんかおいし……ぢゃなくて、なんとなく可愛く思えてしまったのだ。


 ちなみに、先刻さっきからなぜ遠くにいる「彼」らの様子が解ったり、思念で会話できるかというと……


 実は「彼」と別れる前に、ちょっと精神を接続する『呪文』を唱えておいたのだ。

 これは「彼」が普段から頭に着けている冠を媒介にしたモノで、冠に埋め込まれた宝玉の持つ「心理状態によって変色する」機能を利用してそれに電磁波を流し込み、互いの脳波信号を脳に伝達させることで思念通話を可能にするもの。

 さらに、その脳波信号を使って彼の見ている映像もあたしの脳が読み取っているため、それによって状況を把握しているというワケだ。


 それに「彼」を彼女に着けた理由もある。

 例の『魔族』とやらの存在だ。

 彼女は、夕方あたしたちと一緒にそれと遭遇しているのだ。

 彼女の家族だっているし、このまま放っておくワケにもいかないだろう。

 そういうこともあり、勇者くんに護衛として泊まってもらうのが最善策なのだ。


『では、何かあれば今の要領であたしを呼んでくれたまえよ』


 そう伝えると、あたしは「彼」との脳波通信を一旦閉じた。



 ——その夜、『魔王』が目を覚ました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法理学の白魔さん さる☆たま @sarutama2003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ