八、乙女達のお泊り会

「ええ……はい。というワケで、本日はお子様をお預かりいたします」


 さて、妙な話になった。


「では……」と、あたしは受話器を置いた。

有住ありすさん、親御さんには連絡しておいたぞ」

 そう言ってソファーで寛ぐギャル子(仮)こと有住照子ありすてるこに声をかける。

 そう、鳥人間騒ぎの成り行きでこの女生徒を一晩泊めることになってしまったのだ。

 しかし照子とは……見た目はイマドキなギャルなのに、なんというか古風な名前だ。

 てっきり、もっとキラキラした真名ネームを想像していたんだが。

 ちなみに、彼女は二年生で一応あたしのいっこ上に当たる。

 年齢は……

「別に、こんなんしょっちゅうだしぃ、電話しなくても良かったのに……」

「いや、君がそうでもこっちはそういうワケにもいかないんだよ。これでも一応な……」

「めんどくさいんだね、センセーって……ていうか白魔はくまっちはなんで教師やってんの?」

 不意な質問だった。

 元々、教員免許はあれば何かと便利だろうから取ったモンだし、別に教師にならんでも科学の研究はできると思う。

 ただ、強いて言うなら……

「高校に行ってみたかったからかな?」

「なにそれ、ていうか白魔っちって歳いくつ?」

「十五だが」

「高一じゃん! なんで高校入らなかったの? 楽しいよJKライフ?」

「とはいっても、一応これでも院卒だし、今さら高校入試というのもなぁ」

「それで教師?」と、首をかしげる有住さん。

「まあ、そんなところだ。ただ、教師をやって良かったと思うことはある」

「例えば?」

「科学を教えることで、同年代の生徒と触れ合う機会ができた」

「どういうこと?」

「小学生の頃はずっと本ばかり読んでいて、話の合う友人がいなかったからな」

「たまにいるよね、そういう子。中学ん時は? なんか好きな男子とかいなかった?」

「いや、中学も行ってなかったから」

「そ、そうなんだ……て、まさか、小卒?」

「院卒だと言ったはずだが?」

「院って、なんとか学院的な?」

院な」と、あたしは嘆息混じりにツッコミを入れる。

 まぁ、日本に戻って編入とか色々あったけど……

「飛び級ってやつかー。でも、なんかもったいないなぁ」

「どうしてかね?」

「だって、中学と高校って人生で一度っきりじゃん。その旬の時期を謳歌おうかしないなんてもったいないなーって」

 なるほど、そういう考えもあるのか……だが、

「謳歌はしていたさ」

「そーなの?」

「確かに周りは年上だらけで言葉も肌や瞳の色も全く異なるけど、面白い経験を沢山してきたからな」

「じゃあさ、カレシは?」

 うっ……彼氏、彼氏か……

「……嫌なことを聞くな、君は……」

「あ、ゴメン。なんかゴメンね……」

 あたしの言わんとしていることを悟ってか、手を合わせて謝る彼女。

「ただまぁ、ボーイフレンドなら何人かいたぞ」

「へー、いいじゃん。なんて人?」

「量子力学専攻のアルバートと波動物理学のアインと宇宙工学のシュタイナーだ」

「みんな横文字の人……」

 まあ、そっちの大学だったし。

「彼らの話が面白くてな。例えば『脳波を量子演算してテレパシーを送ったり、念動力を発現させられるか?』とか、そんなことをよく話してたな」

「えっと……よく分かんないけど、すごいね……」

 そう言って、ぱちくりと瞬きする彼女。

 ふむ、少し話題を変えるか。

「そうそう、アルバートは料理なんかも得意で、よくホームパーティーで腕をふるっていたな。特にローストターキー、アレは美味うまかった」

「いいなそれ、マリちゃんも食べた~い」

 そこへ、同じく泊まり込みの安倍万理子あべまりこが割って入る。

「君は食べ物の話になると本当に食いつくよなあ……」

「それがマリちゃんのキャラだからね~」

 自覚していたのか……

「そーいや白魔っちさー、女の子グループとかは作らなかったの?」

 再び有住さんから質問が飛ぶ。

「いたよ。メアリーとかサロメアとか……」

「やっぱ横文字……」

「……あと、布良芽ふらめ

「フラメ?」と眉をひそめる有住さんに、横から安倍さんが肩を叩く。

「ほらほら~、アリス先輩。保健室の」

「ああ、あのエロいセンセーか!」

 ギャルにまで「エロい」と認識されている養護教諭ようごきょうゆ……二戸布良芽にのへふらめ

 養護教諭と言うと堅苦しいが、ぶっちゃけると「保健室の先生」だ。

 ちなみに、彼女は医師免許も持っているので「保険医」でもあったりする。

「あーし保健体育だけは皆勤賞狙ってるからね。面白いよね、二戸センセー」

 あたしからすれば、ただの面倒くさい百合ストーカー女なんだが、生徒達からは不思議と人気がある。


 本当に、なんでだろう……


 そこで不意に、インターホンの呼び鈴が鳴った。

「あれ、お客さん?」と安倍さん。

「こんな時間に誰だ?」

 あたしは壁のフクロウさん時計を見てつぶやく。

 時計の針は20時40分辺りを指していた。

「はい、どちら様で……」

 そう言いかけて、あたしは絶句した。

 インターホンのカメラに映るは、二人の女性。

 一人は足だけが映っていて誰だか判らないが、問題はもう一人の方だ。

 その女は、にやけた顔でこちらをのぞき見ていた。

『やっほー白魔ちゃん、なんか生徒とお泊り会してるって聞いたから、来ちゃった』


「来ちゃった」じゃねえよ……

 はぁ……ウワサをすればなんとやら……か……


「わかった、今開けるからそこで待っててくれ

 あたしは諦めるようにそう答えてから、悪友の待つ玄関へと向かった。

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