連合国立第一魔法学校の呟き
銀礫
2014年11月3日
「大変!!あまのが逃げ出したの!!」
ここは、とある魔法大学の研究室棟の一室。
まだ朝日が昇りきらない早朝のある日、魔法科学が専門のシグネ教授は、いつも通り悲願である転送装置の開発の真っ最中だった。
そのたゆまぬ努力を中断させたのは、一人の女性。
「……何が大変なんですか?」
「だから、あまのが逃げ出したの!!」
「灰原先生、良かったじゃないですか。騒がしいのがいなくなって」
彼女は、魔法生物が専門の灰原教授。この部屋の隣が研究室ということもあり、ちょくちょく顔を出してくる。先ほどから口にしている「あまの」とは、先生の研究のため飼育している魔法生物の名前だ。
「………それもそうだね!」
「でしょう」
先ほどまでの焦りは彼方へ飛んでいった先生は、鼻歌交じりにこの研究室を出ていこうとする。
「これでゲージがひとつ空くから~、そうだな~、ヒッポグリフでも飼おうかな~」
「シグネいるー?」
「ぐはあ!?」
目の前で開けられた出入口の扉に盛大に顔をぶつける灰原先生。
「あ、ごめん…。いたんだ」
「いたよお!!」
鼻をさする灰原先生に謝る彼女は、廊下を挟んで向こう側に研究室があるおみかん先生。専門は魔法薬学だ。
「ごめんねえ。……あれ?あまのは?」
「なんか逃げ出した」
「えー、ざんねん。材料用に毛を狩りたかったのになー」
ふわふわと言い合う二人の間に、置いてけぼりのシグネが声をかける。
「で、おみかん先生、何の用ですか?」
「ああ、えっとねぇ……なんだっけ?」
頭を抱えて思い出そうとするおみかん先生。しばらくして、
「ああ、思い出した。ユニコーンの角採ってきてよー」
「また面倒なものを……」
「レアな薬作ってあげるからさぁー」
おみかん先生は、よくシグネに採取を頼んでくる。理由は、シグネがよくフィールドワークを好み、世界各地を飛び回るから。そのための力が、彼にはある。
「……まあ、いいですよ。ユニコーンって確か…」
「モリオ地方だよー」
「ですよね。なら、ちょうど契約したい精霊がいますし、いいですよ」
「ちょっとまって!」
その会話に、灰原先生が急に割り込んできた。
「簡単に言うけどねえ!!ユニコーンの角は貴重なもので、その上勝手にユニコーンを傷付けることは大罪になるんだから―――」
息継ぎがない連続した言葉を浴びせられる。
どうやら灰原先生は、ユニコーンに強い崇拝心があるらしい。
「まあまあ、大丈夫、ですよ。ほら、僕、ユニコーンと仲の良い精霊と契約していますから。その精霊に協力してもらって頼んでみますよ」
「ほんと?!でもほんと礼儀正しくね!!ユニコーンは地上で最も神聖な生き物だから!!」
灰原先生のユニコーン信仰はとどまるところを知らない。その後も色々と言われ続けるはめになる。
一方おみかん先生はその光景を呆然と聞いているように見える。だが、おそらくあれは聞いていない。別の考え事でもしているのだろう。
その後、なんとか灰原先生を落ち着かせて、出発の準備を始める。
今回向かうモリオ地方は、万年雪に囲まれていることで有名だ。よって、厚手のコートは欠かせない。
「それじゃあ、行きますか」
「あ、あとユニコーンに会った感想聞かせてよね?!」
「わかりましたって」
「じゃあ、いってらっしゃーい。私、灰原の部屋で研究してるから、そこに戻ってきてー」
「はいはい。行ってきます」
そういうと、シグネの足元に光の魔法陣が展開され、直後には姿が消え去った。
これが、召喚術を応用した自己転位魔法。
シグネは、この力を自身が開発する転送装置の理論に応用しようとしている。彼が召喚術を学んだものそのついでだ。
部屋に残された二人。先に口を開いたのはおみかん先生だった。
「じゃあ、灰原のとこ行こ?」
「研究するって言ってたけど、何の研究?」
「おいしいお茶とお菓子の研究がいいなあ」
「……一休みしよっか!」
「うんっ!」
意気投合した二人は、そのまま隣接する灰原先生の研究室へ向かう。
そして、その扉を開ける。
「わぁ、大変だなぁ」
そこは、物という物が無残にも散乱した室内。それは、まるで強盗でも入ったのかと思わせる惨状だった。
「どしたの、これ」
「んー、ポルターガイストかな?いや……あのうどんの残骸は……あまのおおおおおおおお!!!!!」
響き渡る叫び声に、机の上で逆さになっていたお菓子の缶がびくっと震える。その隣には食い荒らされた冷凍うどんの袋が散っている。
しばらくの沈黙の後、お菓子の缶から小さな影が飛び出してきた。
「逃げろウォーーーーーーーーー!!!」
「止まれえ!!」
「へぎゅう!?」
高速で飛び回ったその影を、灰原先生は片手で乱暴に鷲掴み、動きを止めさせる。
「な・ん・でこんなのことしたの!?」
「だって!お腹が減ったから!」
「あまのうどんたべるんだねー」
「たまには食べるヨ!」
「お黙り!!」
「ぴぎゃあ!?」
灰原先生の右手に捕まっているそれは、人型をした小さな魔法生物。通称あまの。
檻から逃げ出しては研究室を無茶苦茶にするその性質は、灰原氏の学力を持ってしても解明には至っていない。
「あれ、あまのいたね」
「まったく…そういうことになるわね」
「ということは…」
「んきゅ?」
あまのを見つめるおみかん先生の目が、研究者のそれへと変容する。
「毛を刈らせろー!!!」
「イヤァァァアアアア刈らないでェェェエエエ!!!」
灰原先生の右手を振りほどき、あまのが逃げる。あたりをさらに散らかしながら。
しかし今度は、それを追うおみかん先生も加わり、散らかる速度は二倍に。
「あーあ……もう」
もはや諦めた灰原先生は、転がっている椅子を立たせ腰掛ける。
「まてー!!!!」
「ギャァァァアアアアア!!!!」
そして、あまのは研究室の中で一番大きいガラス棚へ飛び込もうとする。
そのとき、
その、軌道線上に、
儚くも、あの光があらわれた。
「ただいま帰りまし――」
「アアアアアアアア!!!?」
「ぐあはっ!?」
突如現れた、いや、転位魔法で帰ってきたシグネのみぞおちに、最高速のあまのが突撃する。
その勢いのまま、二人は巨大なガラス棚へと突っ込んだ。
「あーあ」
「……もうっ!」
その後の部屋の片付けは、次の朝日が昇ってくるまでかかったとさ。
連合国立第一魔法学校の呟き 銀礫 @ginleki
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