回帰
「…………今日は、すっかり遅くなってしまったな。」
「いいのよ、私のわがままだったんだもの。」
「いやいや、久々に二人っきりになれたんだ。少しぐらい回り道もしたくなるさ。」
「そう言ってくれると嬉しいわ。…………でも、あの子は帰りが遅くなったこと、すごく心配しそうね。」
「あの子って、僕の「次女」と「三女」のことかい?」
「あら、私の連れ子を自分の「長女」だって認めてくれたのね。」
「勿論だよ。僕達はもう、結婚したんだからね。」
「うふふ、それはほんとに嬉しいわ…………愛してる。」
「僕もだよ。」
一台の乗用車は、山道を走る。
「………私、ちょっと眠くなっちゃった。ごめんなさい、ちょっと休んでもいいかしら。」
「ああ、いいよ。家についたら起こすから。」
「ありがと。じゃあ、ちょっとだけおやすみなさい。」
「おやすみ。」
助手席の女性は目を閉じた。
一台の乗用車は、カーブを曲がる。
その時、
『止まれ止まれ止まらないと呪い殺すぞぉ!!』
「!!!?」
フロントガラスに突如どす黒い靄が立ち込めて、そんな言葉が頭に響いた。
咄嗟に、急ブレーキをかけた。
金切り音を響かせながら、乗用車は動きを止めた。
靄はまるで夢のように晴れていったが、最後に一瞬だけ、禍々しい羽が見えた。
超自然的なそれは、運転手の意識を混乱させるには充分すぎるオーラがあった。
靄が晴れた前方には、自転車に乗り、ヘッドフォンとマスクをした、ショートヘアの女の子が見開いた目でこちらを眺めている。
「あぶないだろうが!!」
運転手の鼓動は先の邂逅で早くなっていく。
「いいから早くどけ!」
語気もまた、荒くなっていく。
自転車が前方から退避した後、運転手は車を急発進させた。
目の覚めた助手席の女性が声をかけた。
「な、なに………いきなり、どうしたの…?」
「はぁ……はぁ…………今の………なんだ……………急ブレーキかけてしまった…………なあ、あれはなんだったんだよ。あれは、まるで……………あく」
その後、スピードの出しすぎで曲がり損ねた乗用車は、深い谷に転落し、二度と発見されることはなかった。
飽食 銀礫 @ginleki
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