ミス・ウエンディのティータイム
はに
閑話
ここのところ、雇い主である男―ヘルヴェールはスランプに陥っては、ウエンディに絵本を読ませたり、食事作法を習わせたりしていた。少女は孤児で、働くところと住むところさえ確保できればもっぱら何でもいいというタフさを持ち合わせていた。
「あの、メイドが着飾る必要はないと思います…。」
言われる通りに着替えてみたのだが、白いフリルがふんだんにあしらわれたそれは贅沢品で、値段に換算するとめまいがした。ああ、そういえば先日油絵が良い値で売れたのだっけ。それにしても使い道がまったく生活に降りてきていない。
「似合うと思って。」と答えにならない返事が返ってきたので少女はその場で口を噤んだ。思いつきで目的のないことを突然し出すのだ。それもなぜか少女の微妙な琴線に触れるか触れないところで。ウェンディは仕方なく部屋でいつも着ている着古された綿服に袖を通してから荷物を持って屋外に出た。
するといつの間にか、こちらの様子をスケッチをする男が窓越しに見えた。要するに、これが描きたかったんだと少女は気付く。あいかわらずだ。
井戸の水は冷たいし、吐く息だって白く、畑には今なにもない。殺風景だろう。
―いったい、男の目線はよくわからない。こんなどこにでもありそうな農村の風景など描いている。
*
洗濯と朝食を作り終えてからの十数分が、少女にとってはことさら大切にしている時間だった。
ストーブの上のポットに残しておいた湯をそっと器に入れ、器を温め洗う。手馴れた様子で注がれたティーポットからは蒸らすと辺り一面に香りが広がった。ヘルヴェールのおば―グリーズ直伝である。
「良い香りだ」
キッチンにやってきたヘルヴェールはじろじろと、ティーセットを眺めた。心得ているウェンディは、手製の菓子を棚から取り出す。食事もお茶も、おいしくするために工夫するのだ。
―すべての一服は、ささやかな幸福を秘めている。
それなしに生きることを思えば、あまり多すぎるとつらくなると考える。本当はなくたって飢えはしない。体のうえでは白湯でよいのだ。水があるということ自体尊いのだから。ぼんやりとそう考えながらウエンディはどうぞ、と差し出した。
スコーンを齧りながらヘルヴェールは、「きみはときどき馬鹿な顔をするね」という。
―あいかわらずだ。そういう踏み込まれ方をされると大概は嫌悪するのではないだろうか。私は慈悲からでもないし、許しているわけでもない。端的には、その頭を常識に活かしたらもう少し安易に交流が出来たのだろうと思わざる得ない。ヘルヴェールは、世間知らずだ。それなのに、私より大人なのだ。成果はともかく。最近は私のことは一番おれが知っているぞという顔を時々するようになった。これはヘルヴェールの知名度が前よりも上がってきたことに関係していると思う。
―ようするに、ヘルヴェールは人間なのだ。わたしとは違う。わたしはもう機械仕掛けのバネのように踊るしか能がない。幕は上がっても、心は沈んでゆく。
ウェンディは紅茶をすすった。そして改めて気づく。今日のティータイムを楽しめなかったことを。大事にしているはずの時を失ったことを。
少女は、少しだけなにかにとらわれていたことを悟る。
その表情の変化を認めて、男はほんのすこし目を細めた。
たしかに、すべての一服はささやかな幸福を秘めている。
(了)
ミス・ウエンディのティータイム はに @1kumihoney
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