第六章 生徒会のお正月

生徒会のお正月 昭和五十九年

「今年はいろいろあったなぁ……」


 昭和五十八年も、今日が最後の日の十二月三十一日だ。

 僕は今年の大晦日は自宅でひとりで過ごしている。両親は自治会の近所同士で初詣旅行、妹の美樹子も友達の家で泊まるということなので、この家には僕しかいない。

 まあ、ちょっと寂しい気もするけど……いつも生徒会のみんなに振り回されているから、年末年始くらいは一人でゆっくり過ごすのもいいかな……と。


 振り返ると、今年はいろいろとあり過ぎた。高校入学して早々、いきなり生徒会室に拉致され、なりゆきで生徒会役員にされてしまったけど、でも、そのおかげで充実した毎日を送ることができた。僕は生徒会のみんなに感謝しなければいけないのかな……そんなことを思っていた。


 僕は茶の間のソファーにくつろぎ、テレビを見たり、時々お菓子を食べたりして過ごす。久々にゆっくりできた気分だ。


「今日は紅白でも適当に見て、早めに寝ようかな……」


 しかし、夕方に差し掛かろうとする頃、突然電話のベルが鳴る。


「ジリリリリーン、ジリリリリーン」


「なんだこんなときに……家族は誰もいないし、美樹子もいないのに……しかしまあ、電電公社も年末だというのにちゃんと電話やってるんだもんなぁ……」


 僕は黒い受話器を上げ電話に出る。すると


「おいっ! トモっ! おまえ暇かーっ?」


 聞き覚えのある声……電話の主は小夜子会長だった。相変わらず、有無を言わさず言葉をまくし立てる。


「今からトモの家に行くから覚悟しろっ! あと優子もさっちゅんも一緒だからなっ」

「えええええっ……会長っ、いきなり僕の家に来るって言っても……」

「つべこべ言わずあたしらを有り難く迎えろって!」

「でっ……でも……突然来られても……何も用意してないですし……」

「それなら全部優子の方で手配するから心配するなっ!」

「あっ……でも……僕……」

「それじゃなっ! 三十分後にはそっちに着くからなーっ!」

「あっ……会長っ……待ってく」


「ガチャッ」


 結局、小夜子会長の一方的な話で、僕の平穏な年末年始は見事に終わってしまったようだ。


「とりあえずどうしよう……念のためもう一度掃除しておくか……」


 僕は急いで自宅内を掃除した。やはり女の子が来るのだから、一応きれいにしておくのがマナーというものだと思うし。


「ピーンポーン」


 僕が掃除を終える頃、玄関の呼び鈴が鳴った。


「はーい」


 玄関を開けると、そこにはいつもの生徒会メンバーの顔が揃っていた。


「トモーっ! 来てやったぞ!」

 小夜子会長……このチビっ子会長はいつも偉そうだ。


「トモくん……ごめんね、いきなり押しかけてきて」

 優子ちゃん……いつも柔らかい笑顔が素敵だ。


「トモっち! やっほー」

 さっちゅん先輩……いつも元気で力持ちな女の子。今日は抱っこされないといいけど……


 僕も含め、これで七高生徒会役員が揃った。


「とりあえず、みんな上がってください」

 僕は三人を家の中へ案内する。


「トモっ! 世話になるぜっ!」

「トモくん、お邪魔しまーす」

「トモっち、ちょっと失礼するよ」


 ふと見ると、三人とも荷物がとても大きい。普通に遊びに来るというよりは、どっかに泊まりがけのような大きさだ。まさか……それって……


「えーと……みんな荷物多いけど……」

 僕は「一応」聞いてみる。


「そりゃ、トモの家に泊まるからに決まってるんだろ」

「やっ……やっぱり……そうなんですか……」


「トモくん、さよちんがどうしても泊まるって聞かなくて」

「トモっち、ごめん……あたいはやめとけって言ったんだけどね……あははは……」


 どうやら優子ちゃんとさっちゅん先輩は巻き込まれた形のようだ。


 いつの間にか、夜は八時を過ぎている。


「あっ、みんな、泊まるんでしたらお風呂入っていってください……まあウチの風呂は狭いから一人ずつしか入れないけど」

 さすがに女の子だから、お風呂くらい入れてあげないと、と思った。


「あっ、ありがとよ! トモ」

「トモくん……なんだか悪いね」

「トモっち、感謝だー」


 お風呂は小夜子会長、さっちゅん先輩、優子ちゃん、僕の順で入ることになった。


 「お待たせしましたー」

 僕はお風呂から上がり、自分の部屋に入る。


「トモーっ、遅いぞー」

「トモくん、お風呂ありがとうね」

「トモっち、お風呂ありがとー」


 僕の部屋には、小夜子会長、優子ちゃん、さっちゅん先輩がパジャマ姿で待っていた。すでに彼女たちの前には、お菓子の袋やジュースの入った紙コップが広げられていた。

 これって……噂に聞く「パジャマパーティー」っていうやつなのか……こういうのもいいもんだ。

 僕たちは、たわいもない話に花を咲かせる。


 気が付くと、もう昭和五十八年の終わりが近づいていた。そして、新しい年「昭和五十九年」が始まる。


「5」「4」「3」「2」「1」


「あけましておめでとー!」


 昭和五十九年一月一日、僕たち生徒会メンバーは新年を迎えた。僕の部屋の中で……



「そうだ、トモっ、ちょっとおまえ廊下に出てろ」

「えっ……どうして僕が……?」

「いいからちょっと外出てろって」

 小夜子会長が僕を無理矢理に部屋から廊下に押し出す。


 いったい何のつもりなんだろう……僕の部屋の中では、何やらごそごそと音がする。

 気になる……でも、入ってはまずいだろうし……でも気になる……


「トモーっ、入っていいぞー」


 小夜子会長が声をかける。僕は、おそるおそる部屋の扉を開ける。


「どうだ、トモ、似合うか?」

「トモくん……どう? 変じゃないかな……」

「トモっち、見てみてー」


 三人とも、晴れ着姿になっていた。色鮮やかな着物……とてもきれい……


「わたしが着付けたんですよー」

 どうやらこの晴れ着は、優子ちゃんが着付けたようだ。さすがお嬢様と言ったところか……


「あっ……その……みんな……似合ってます……」

 僕はちょっと照れてしまった。普段とは違った、晴れ着の彼女たちが新鮮に映る。


「さてさて、あたしらは晴れ着になったことだし、次はトモの番だ!」

 小夜子会長が獲物を見つめる目になっている。そして優子ちゃんも、さっちゅん先輩も……


「それーっ!」


「うわっ……やめてっ……やめてってばー……」

 女子三人が僕に襲いかかる。そして……


「トモっ、おまえなかなか似合ってるな!」

「トモくん、なんだか別人みたい」

「ともっち、かっこいいぞ!」


「えっ……これ……僕……なんでこんな格好……」

 僕はいつの間にか、濃いグレーのスーツに、それに合わせた格子模様のネクタイという姿になっていた。


「あの……この服……いったい……どうして……」


「ウチのデパートで余ってたもので……ちょうどトモくんに合うサイズのがあったもんで安く譲ってもらったの……いつもトモくんにはお世話になっているから……」

「あっ、ありがとう……優子ちゃん」


「優子だけずるーい、トモっちのネクタイ選んだのあたいなんだからー」

「これ、さっちゅん先輩が選んでくれたんですか? ……ありがとうございます」


「なんだトモーっ、あたしにはお礼ないのかー?」

「会長はいったい何してくれたんですかー?」

「トモに正月にスーツ着せるの考えたんはあたしだっ!」

「ええっ……会長が……そうなんですかー?」


「そうなの、それでわたしはさよちんに頼まれて、スーツ用意したってわけ。」

 優子ちゃんが説明してくれた。


「みんなでトモっちに何かプレゼントしてあげたいって、ずっと思ってたんだ」

 さっちゅん先輩も笑顔で言う。


「まあ……これはだな……男子だと晴れ着とかないしなぁ……それに、トモが普段あたしらの無理難題にいつも嫌な顔せずに助けてくれたからなぁ……」

 小夜子会長が、僕からちょっと視線を逸らし照れくさそうに言う。


 生徒会のみんなからの、僕へのプレゼントだ。


「そっ……そんなことないです……みんな、僕のために……本当にありがとうございます…本当……に……」

 あれっ、どうしてだろ……僕……涙が出てきた……


「あの……僕……その……」

「なーに新年早々泣いてんだよ、トモっ! とっとと初詣行くぞっ!」

「あっ、はいっ、会長」


 僕たちは年明け早々、初詣に向かう。外は寒いけど、僕たちの心はとても暖かだ。


「……にしてもトモーっ、普段だめだめなおまえでも、スーツ着せたらそこそこ見られるようになるのは不思議だなー。 制服とさほど変わらんのに」

「会長ーっ、ひどいですよぉ……だめだめなんて……僕だって……」


 僕も、みんなも、笑顔になっていた。


 昭和五十九年一月一日……僕たち生徒会の、新しい年が始まる。

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やりたい☆ほうだい☆生徒会 ~県立第七高校生徒会日誌~ 私市よしみ @yoshimi_kisaichi

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