第5話 追憶

黒月に励まされてから、三日後の朝。今日は土曜日である。普段はバイトを入れているが、今日はシフトを代わって貰った。おばの家に、黒月と一緒に行くためである。

おばの家。京介にとっては実家よりも、実家らしい場所だ。京介が恭弥と出会い、そして別れ、高校にあがるまで過ごした場所。行くのは約三年ぶりだ。

なぜ、このタイミングで行くことに決めたかというと、それにはしっかりとした理由がある。おばは、恭弥の‘‘死’’について詳しく覚えているからだ。

正直、京介にとっては忘れていたい過去だが、恭弥の‘‘死’’について聞くことによって、‘‘死’’に打ち勝つためのヒントが何か得られるかも知れない。例え、それが失敗例だとしても、今はできるだけ多くのデータが欲しいのだ。

京介は洗面台に行き、顔を洗う。

…そう言えば黒月のやつ、最初、おばの家に行くって言ったら、親への挨拶かなんかと勘違いしてたな。その後、心を読んで理由を理解して、さらに照れてたし。

京介は出発の準備をしながら、ふと思い出し笑いをした。


支度を終えた京介は、部屋のドアを開け外に出た。天気は快晴。今日も昨日と相変わらずの夏である。

アパートの少し前で黒月が出てくるのを待つ。

待ち合わせ場所が自宅アパートの目の前というのは、なんとも楽なものだ。


数分後、黒月が出てきた。その彼女の姿を見た瞬間、京介は目を見開く。

「……」

「…なによ…?」

黒月は、真っ白な肩出しのシャツに、長いスカートを履いている。まるで伊藤が着るような、可愛らしい服。普段の黒月なら絶対に着ないような、清楚な服だ。

「…悪かったわね、伊藤さんが着そうな服を私が着て」

「いや…、なんて言うか…、お前もそういう服着るんだな」

「…変…?」

「ううん。すごく似合ってるよ」

京介の返答に対して、黒月は無言だった。だが、その態度が嬉しさからくるものであることは、京介には容易に理解できることである。

「行こうか」

「ええ」



駅に着くと、黒月が質問してきた。

「そういえば、大事なことを聞き忘れてた」

「ん、なんだよ?」

「おばさんの家ってどこにあるの?」

ああ、そういえば言ってなかったな。

「静岡」

京介がそう答えると、黒月は少し驚いていた。

(まさか、静岡とは。…って、それもそうだけど、そこじゃない)

「あんた、静岡って、結構遠いじゃない」

「うん、まあそうだな。でも鈍行で行くから、金は足りるだろ?」

「足りるって言えば足りるけど、行き先くらい先に伝えてよ」

なんだよ、仕方ないだろ。忘れてたんだから。

「なんで、そんな大事なこと忘れるの」

「…悪りい」

…聞いて来ない方にも非があるだろ…。

「心が謝ってない…!」

「あぁ…!心の方聞くなよ!」

「あんたが嘘つかなきゃ良いんでしょ!?」

「あー、そうですね!聞かなかったお前が悪いです!」

「なによ、それ!謝んなさいよ!」

「お前が嘘つくなって言ったんだろ!」

「ああ言えば、こう言う!」

「お前もだろ!」

「何よ!」

「何だよ!」

言い争う二人の横を、腰の曲がったお婆さんが通過しながら言った。

「仲が良いねー」

『良くないです!!』

ハモった。



そんなこんなで、切符を買い電車に乗り込む。黒月はまだ少しだけ不機嫌だが、何故かそれが愛おしく思えた。

「黒月ー、いい加減機嫌直せよー」

京介は、わざとからかう口調で言いながら、黒月の口の前にポッキーを差し出した。すると、黒月はそれを「パクッ」と一口かじる。

「べつに機嫌悪くないし」

黒月が仏頂面で言った。

なんだこいつは、可愛いな。

「…あんた、なんか妙にテンション高いけど、遠足気分になってない?」

言われてみればそうかもしれない。

「仕方ないだろ。お前と一緒なんだから」

「……また、そういうこと言う…」

黒月はそう言うと、話を切り出して来た。

「…その…、私はまだ、あんたの過去を聞いてないんだけど」

…過去。過去か。

「私だって、あんたの過去を知りたい」

そう言うと黒月は、京介の目を見つめる。

どうせてきとうなことを言っても、黒月にはバレてしまうのだ、全部話しておくか。

「…俺が三歳のときに、俺の父ちゃんは事故で死んだ。六歳のときに母ちゃんが病気で死んで、多分その時にこの能力ちからに目覚めたんだ」

黒月は黙って聞いている。

「…で、俺は母ちゃんの姉ちゃん、つまり、おばさんの家に預けられることになって、そこで恭弥兄ちゃんに出会った。そのときの俺はめちゃくちゃ暗かったけど、恭弥兄ちゃんが優しくしてくれたおかげで、元気になったんだ」

京介は、ポッキーを食べながら軽いトーンで話した。

「…そうだったんだ…。恭弥兄ちゃんはおばさんの息子ってことよね?」

黒月も『恭弥兄ちゃん』という呼び方をしたのが、少し面白かったが、そこには反応せず、京介は答えた。

「そうだよ。前に従兄って言わなかったか?」

「言っていたわ。…田村の恩人なのね」

「ああ。お前にとっての、きょうすけみたいなもんだよ」

「そうなんだ…」

(…田村は、そんな小さな頃から、人の死を間近で見てきたのね…)

黒月は思った。

「だから…」

京介が話し始める。

「…実はちょっとビビってるんだ。恭弥兄ちゃんの‘‘死’’の状況を思い出すのは、凄え怖い」

「田村…」

「だから、着くまで遠足気分じゃだめか…?」

京介は、少し無理に笑顔を浮かべながら、言った。

「……。トランプでもする…?」

黒月は笑顔で言う。

「持ってねえよ」

京介は笑いながら答えた。







三時間後、静岡県N市に到着した。

黒月が、何故か驚いた表情をした後、何か言いたげに見えたが、気のせいだろうか。

「くぁー、やっと着いたな」

「案外すぐ着いたわね」

「え…そうか…?」

「ええ」

なんというか、人によって感覚というのは違うものだな。大半の人にとって、三時間電車に乗っているのは、きついと思うが。

「俺なんてもう、尻が痛えよ」

京介は笑いながら言う。

「あんたは我慢が足りないのよ」

黒月が言った。

少しむっときた。


駅からおばの家までは、案外遠く、三十分程度歩く。

だが、京介にとっては、ありがたい時間だ、心の準備ができる。

京介は、少し顔が強張っていた。恭弥の話を聞くこともそうだが、そもそも京介は、おばと仲が悪いのだ。

おばには恭弥が死んだことで、完全に疫病神扱いされている。だが、それは仕方ないとも思う。それはそうだ、自分の周りで身内が三人も死んでいるのだから。

黒月は何も言わない。おそらく、京介の心の声を聞いて、緊張を汲み取ったのだろう。

京介は口を開いた。

「…そういえば、さっき、トランプしようとか言ってたけど、お前がトランプしたら最強じゃね?」

あえて、緊張感の無いことを言う。

黒月は、京介の緊張を理解しているが、あえて「そうね」と笑顔で言った。



二十分ほど歩き、おばの家の周辺までやって来た。あたりに住宅が建ち並ぶ。

京介の緊張が高まった。

黒月は、さっきから辺りを見渡して、何かを考えているようだ。見覚えのある住宅街なのだろうか。

「黒月、さっきから黙って、どうした?」

京介が聞く。

「いいえ、なんでもないわ。…それより田村、おばさんにはアポとってあるの?」

黒月が聞き返す。

「あ…そういえば…」

とっていなかった。

「…あんたって、本当、計画性ゼロよね」

「うるせえな、土曜だから多分居んだろ」

「居なかったら、なんか奢ってよね」

黒月が、少しにやけながら言った。

「おう」

(こいつも奢ってとか言うんだな)

京介は少し意外だなと思った。

すると、黒月が答える。

「あんたにだけよ」

「…なんだそりゃ」

ちょっと嬉しいな。

「?」

黒月は不思議そうな顔をしていた。


二人はしばらく無言で歩く。そして、一軒の家の前で、京介の足が止まった。

「…ついた」

京介が見つめる先には、どこにでもある普通の二階建て住宅があった。表式には『西谷』と書いてある。

(…久しぶりだな…)

京介は深呼吸をして、敷地の中に足を踏み入れ、玄関の前で止まる。

黒月はその場で立ち止まったまま、その家を眺めていた。

「……やっぱり、見覚えがある…」

「おい何してんだよ黒月」

「あっ、ごめん…」

黒月が、小走りで京介の横に来る。

京介はもう一度深呼吸をし、インターホンを鳴らした。

ピーンポーン

「はーい」

男の人の声がする。

ガチャッ

「どちら様ですか……って、えぇ!?」

「久しぶり、おじさん」

「京介じゃないか!」

そこには、優しい顔をした、背の高い男性が立っていた。京介のおじである。

今年で52歳になるが、それよりも若く見える。

「どうしたんだ急に!?…って、隣の子は…」

「はじめまして。黒月玲花っていいます」

黒月が言った。

すると、おじは驚いた表情を見せた後、

「…彼女を挨拶に連れて来たって、わけじゃなさそうだね…」

と、言った。

ん?なんだこの反応は。

おじは、すぐに後ろを振り向くと、

「上がっていいよ」

と言った。そして背を向けたまま、続けて言う。

「京介、一階の客間で待っててくれ。母さんを呼んでくる」

「…わかった」

京介は、おじとは血のつながりは無いが、おばより仲が良いため、一連の彼の反応に違和感を感じた。

黒月も何かを考えている様子である。


客間は畳の部屋だ。

京介は、部屋の角に積んである座布団を四枚とり、敷くと、黒月と共に座った。

京介はあぐら、黒月は正座で、しばらく待機する。

数分後、部屋の戸が開き、おばが入ってきた。おばと目が合う。3年前より、シワが濃くなっている。目の下の隈は相変わらずだ。

おばは、黙って、京介が敷いておいた座布団に座った。

「…まさか、またあんたら二人が揃ってこの家に来るとはね…。運命のいたずらってやつかしら」

それがおばの第一声だった。

「…!?どういうことだよ?あんたらって、おばさん、黒月のこと知ってんのか!?」

京介が問いかける。

「…知ってるも何も、あんた…、この娘が恭弥の死んだ『元凶』だよ…!!」

「はっ…!!?」

京介は、おばの言っていることの意味が理解できなかった。

おばの目は血走り、黒月のことをじっと見ている。

黒月は、何を思っているのだろうか。

「そして、その元凶を連れてきた、京介、あんたは疫病神さ…!!あんたらももう大人だからね、はっきり言わせてもらうけど、私はあんたらが心底大っ嫌いだよ…!」

今度は京介のことを睨み、おばはそう言った。

そんなこと昔から知っていたさ、それよりも、詳しい話が気になる。

「どういうことだよ!おばさん!俺の記憶がなくなった、恭弥兄ちゃんの死んだ年に、一体なにがあったんだよ!」

京介が言う。

そのとき、黒月が口を開いた。

「…恭弥兄ちゃん…」

「えっ…?なんだよ黒月、お前…なんかわかったのか…!?」

「…田村…、おばさんの目を見て全部思い出した…。…恭弥兄ちゃんを殺したのは……私よ…!」

「なっ…!!?」

黒月が震えながら言ったその言葉に、京介は固まってしまった。

一体、どういうことなんだ。

すると、おばが話し始めた。

「いいわ京介、あんたに全てを思い出させてあげる。あんたと玲花ちゃん、そして恭弥は、

昔、ここで出会っていたのよーーーーー














みんなから妖怪と言われ、俯きながら独りで帰るその子を、おれは、助けてやりたいと思った。

心底同情していたんだ。独りぼっちの辛さは痛いほどわかるから。だから、友達になってあげようと思った。全てを救うことはできなくても、せめてもの支えになればと。

だけど、そんなんじゃ駄目なんだ。おれは好きになったこの子を、支えるだけじゃ駄目だ。もっと根本的に、問題を解決してあげなきゃ。

それが、おれの使命なんだ…!



「…考えって?」

れいかは赤くなった顔のまま質問してくる。

「おれの家に来いよ!」

「…京介の家…?」

れいかはきょとんとしている。

「そう!つっても、おれのおばさんの家なんだけど。恭弥兄ちゃんっていうすげえ優しくて、強くて、かっこいい兄ちゃんがいるんだ!絶対受け入れてくれるよ!」

おれは目を輝かせながら言った。絶対上手くいく。恭弥兄ちゃんなら、必ず助けてくれる。

「で…でも、そんなのお母さんにバレたら私…」

「大丈夫さ!なんとかなる!」

根拠はなかったが、何とかなる自信があった。

難しい大人の事情はわからないが、そんなのおれには関係ない。なにがなんでも、れいかを救って見せる。

「じ…じゃあ、とりあえず友達の家に泊まってもいいか、お母さんに聞いてみないと…」

「はっ!?そんなのダメって言うに決まってんだろ!」

「でも…」

やっぱり、母ちゃんが怖いんだな。それは、そうか。

…どうすればいい…

「…………あっ!そうだ!」

「な、なに?」

良いこと思いついた。

「おれがれいかを誘拐したことにすればいいんだ!小5女児誘拐事件!」

「…誘拐…?」

「そう!誘拐!これなら、れいかの意志は関係ないし、警察が動いて上手くいけば、お前の母ちゃんの虐待に気づいてくれるかも知んない!」

「……そんなに上手くいくかな…?」

「行くさ!信じろ!」

おれは真っ直ぐな目で言った。

(…またきょうすけの、この真っ直ぐな目。…そうだ、信じよう。きょうすけなら、きっとなんとかしてくれる)

「わ…わかった。私、きょうすけを信じる」

「よしきた!そんじゃ、今からお前を誘拐するけど、いいか?」

「え?」

「ん…?なんだよ、だめなのか?」

「…いや、…いいよ!」

(こんなの、全然誘拐じゃないじゃん。ふふふ)

れいかは心の中で笑った。


「しかし、だいぶ遅くなっちゃったな」

きょうすけは、れいかの手を引いて、歩きながら言った。

左腕と脇でサッカーボールを挟んで持っている。

「そうだね…」

れいかは不安そうに答えた。

おれには、れいかの様に人の心を読むことはできないが、れいかが何を考えているのか、このときはわかった。

「大丈夫だって!絶対受け入れてくれるから!」

「…うん」


それからしばらく歩いて、おばの家の付近まで来た。

おれは、れいかの心を少しでも楽にしてあげようと、わざとくだらない話を沢山している。れいかは笑ってくれた。

「あと、ちょっとで着くぞ」

おれが言った。

「うん…。ドキドキしてきた…」

れいかは緊張している様子だ。

「大丈夫だって!」

おれがそう返した瞬間、れいかの顔が強張る。そして、その場に止まってしまった。

「…?どうした?」

「…あ、あの人…」

れいかが指差す場所には、上を向きながら煙草をふかしている男がいた。

おれは直感でわかった。あの男が、れいかの家に入り浸り、母親のいない間に、れいかに暴力をふるっている男だと。

そう思った途端、怒りが湧いて来た。

ふざけるなよあの男。何を飄々と煙草なんか吸ってやがる。お前が暴力なんてふるわず、母ちゃんの虐待を止めていれば、れいかは死にたいとなんて思わなかったんだぞ。

すると、おれの心を読み、れいかが言った。

「きょうすけ…待って。関わりたくないよ」

れいかはおれの服の袖を掴みながら震えている。

そうだ。今は感情的になっている場合ではない。

「…そうだな。別の道から行こう」

おれがそう言いながら、れいかと元来た道を戻ろうとした、その時、

「あれ〜?玲花ちゃんじゃない?」

「!!」

男が声をかけてきた。

(しまった!!)

おれの心が叫ぶ。

「…やーっぱり、玲花ちゃんだ。なに、こんな所まで来ちゃって、隣の子は彼氏かなー?」

男は、薄ら笑いを浮かべながら喋っている。

「いいのかなー、勝手にこんな所まで来て。お母さんに叱られちゃうよー?」

(……!こいつ…!!)

れいかは、足がガクガクと震えている。

「あーあ、やだなー。玲花ちゃんがまたお母さんに虐められるとこ、もう見たくないなぁ。でも、安心して…その後は俺が、慰めてあげるからぁ…!!」

男がそう言いながらこちらに向かってきた、その時、

「ふざけんなぁ!!!!」

おれは手に持っていたサッカーボールを、男の顔面めがけて思いきり蹴った。

ドッ!

男の顔から鈍い音が聞こえた。

「……ッ!!」

男は顔を抑えている。

「れいか、今だ!逃げるぞ!」

おれは、そう言うとれいかの腕を引っ張り、走り出した。

「……ってぇなぁ!!クソガキがぁ…!!」

男が叫ぶ声が聞こえた。だが、声は近くはない。

「ひっ…!」

れいかが小さな悲鳴を上げる。

「大丈夫だ、れいか!必ずおれが守るから!!」

おれたちはただ全力で、ひたすら走った。





ガチャッ!

「ただいまぁ!!」

おれはそう言うと、れいかの手を離し、家の玄関の段差に腰を降ろした。

「ハァハァ、…やったなれいか…!…ハァハァ、おれ…ちっとはサッカー上手くなったろ…?」

「ハァハァ、…うん…」

おれもれいかもまだ息が荒い。

すると、奥から恭弥兄ちゃんと、おばさんが出てきた。

「おかえり京介、遅かったな…って…その子は?」

そう言ったのは、背の高い青年。四つ上の頼れる兄貴、恭弥兄ちゃんである。

「その子は…友達…?何かあったの…?」

おばさんも聞いてくる。

れいかは息を荒げながら、戸惑っている。

「……そ、その…」

れいかが何か言いかけた言葉を遮るように、おれは言った。

「おれの人質!!」

『はっ?』

恭弥兄ちゃんとおばさんの声が被った。

後ろからおじさんも覗いている。

「ハァハァ…恭弥兄ちゃん、おばさん、おじさん、聞いて欲しいことがあるんだ…!」

おれは自分が出来る限り、分かりやすく丁寧に、れいかの能力ちからのこと以外の全てを、一から話した。




おばさんもおじさんも恭弥兄ちゃんも、全員黙っていたが、沈黙を破って、恭弥兄ちゃんが話始めた。

「なるほど、それでその子を誘拐してきたわけか…」

そう言うと、恭弥兄ちゃんはれいかに近づき、目線を同じ高さにする。

「…れいかちゃん。今まで、本当に大変だったね…。でも、大丈夫!俺たちがれいかちゃんを必ず守るから!!」

そう言いながら、れいかの頭を撫でる恭弥兄ちゃんの目は、涙ぐんでいた。

やっぱり、恭弥兄ちゃんは良い人だ。

「…あ、ありがとう…ございます…」

れいかも涙ぐんでいる。

「恭弥兄ちゃん!おれたち、この後どうすればいい!?」

おれは質問した。

「うーん、とりあえずお前ら、汗びちゃだし、風呂に入って来い!」

「わかった!れいか、行こうぜ!」

「…えっ…!?い…一緒に入るの!?」

れいかが赤くなる。

すると、恭弥兄ちゃんが笑いながら言った。

「まさかぁ、勿論別々だよ。それとも、れいかちゃんは京介と一緒に入りたいのかな?」

「ちっ、違います…!!」

れいかは赤面したまま答える。

「んじゃ、おれ先入ってくるから、お前はおれの部屋で待ってて!」

そう言うと、おれは風呂場に走り出した。

「ま、まってよきょうすけ!きょうすけの部屋ってどこ!?」

「にかーーい!!」

ドタドタドタドタ。



「…さて…。母さん、父さん…そろそろなんか言ったらどう…?」

「…恭弥あんたね…、まさか、本気であの子を匿おうってんじゃ無いでしょうねね?」

「……」

「無理に決まってるでしょ!?いい?京介は妹の息子だから、私が責任を持って育てる義理があるけど、あの子は違うわ!確かに、気の毒だとは思うけど、このままあの子をウチに置いてたら、それこそ本当に誘拐犯になっちゃうわよ!?」

「……」

「アンタも何とか言ってよ!」

「…そ、そうだな…。虐待ってのも信憑性にかける所があるぞ、親とケンカして家出して、その言い訳としてって可能性も…」

「それはないよ。あの子、腕や足に打撲の跡があった…それも、いくつも…。ちょっと誰かと喧嘩したって傷じゃないよ、あれは…」

「…そうか…」

「そうかじゃないわよ!どうするのよ!?」


……下で話してる声、筒抜けだ…。

…きょうすけ…やっぱり私…、


「それを今から考…」

ガシャッ!ピシャッ!

「おーい、れいかー!上がったぞー!」


…きょうすけ…。

「……わかったー!」


ドタドタドタドタ。

「恭弥兄ちゃん、おばさん、おじさん!作戦決まった!?」

「…今考えてるところだよ。それより京介、もうご飯出来てるぞ。俺たちはもう食べちゃったから、先食べなさい」

おじさんが言った。

「れいかと一緒に食うから、まだいい」

おれは答えた。

「今日急に連れてきたんだもん、あんたの分しかないわよ」

おばさんが言う。

「……んー、そっかぁ…じゃあ、おれ今日はご飯いいや!れいかに食べさせてあげて!」

「……」

「母さん…作ってあげたら…?俺も手伝うよ」

恭弥兄ちゃんが言った。

「……そうね…」




シャァァァァ…キュッ、キュッ。

「……お風呂まで借りちゃって、申し訳ないな…」

玲花はシャワーを止めると、そう呟いた。

「おいれいか!着替えここ置いとくぞ!」

ビクッ!!

「えっ…!?あ…うん…。…ありがと…」

ビックリしたぁ。


お風呂を出ると、きょうすけの寝間着が置いてあった。

着てみると、やはり少し大きい。

……きょうすけの匂いがする…。


居間に行くと、机の上に二人分のご飯が用意してあった。

「れいか、食べようぜ!」

きょうすけが言った。

「え……、う、うん…」

まさか、私の分まで作ってくれるなんて…。

「たんとお食べ」

おばさんが笑顔で言った。

……わかってる。この笑顔は嘘なんだ…。本当は私をどう追い出そうか考えてる。…でも、それでも、この料理は私の分なんだ。私のために作ってくれたんだ。

「いただきまーす!」

「…いただきます…」

パクッ、モグモグモグ。ゴクン。

「…美味しい…」

そう言うと、玲花の箸は止まった。

「…んっ?どうしたれいか…って、え!?」

玲花は泣いていた。

「ご、ごめん…なんか、涙がさ…」

玲花はそう言うと、再び食べはじめる。

西谷家、全員が玲花のことを見つめていた。

「……れいか…」

きょうすけが心配そうに言う。

「…きょうすけ…おばさんの料理、すごく美味しいね…!」

玲花は大粒の涙をこぼしながら、そう言った。





「……あの子たちは…?」

「もう寝たわ」

「…父さん、母さん…、やっぱりれいかちゃんを救ってあげようよ…!」

「…そうだな…」

「…さっきのは、少し心に来たわね…」

「あぁ…」

「うん…」

「……だけどね…、やっぱりダメよ…」

「えっ!?なんで!?」

「こういうディープな話なら尚更、他人の私たちには手に負えない。すぐに家に返すべきよ…!」

「そんなこと言ってたら、れいかちゃんは救われないじゃないか!」

「…恭弥…あんたはまだ十五だからわかんないでしょうけどね、大人には色々と難しい事情があるのよ。確かに気の毒だとは思うわ。可哀想だと思う。だけどね、仕方ないことなのよ。私たちにはどうしようもない」

「そんなこと、俺だってわかってるさ!でも、このまま見捨てるなんて…」

「いいえ、見捨てるのとは違うわ。大人の世界にはルールがある。よその家庭事情になんか首を突っ込めないのよ。…恭弥、これがあの子の運命なの…」

「でも…」


またおばさんたちの会話、聞こえてくる…。

…それが、私の運命…か…。


「なんだそりゃ!!」

きょうすけが割って入った。

「京介、あんた寝たんじゃ…!?」

「おばさん!そんなのってあんまりだろ!?なんだよ運命って!そんな言葉で片付けんなよ!」

きょうすけは怒鳴った。

「京介!もう夜中よ!静かにしなさい!」

「うるせぇ!うるせぇ!知らねぇよ大人の事情とかさ!」

「京介!」

パンッ!

「!!」

きょうすけはビンタされた。


…今の、きょうすけ…!?


「いい…?京介…、さっき恭弥にも言ったけどね、大人の世界にはルールがあるの。そんなに甘くは無いのよ…。あんただって来年はもう六年生なんだから、いつまでも駄々こねてないで、現実を見なさい」


…現実…。


「お、おい…幾ら何でも酷いんじゃ…」

おじさんが言う。

「京介、大丈夫か?」

恭弥兄ちゃんが蹲るきょうすけの背中に、そっと手を置いた。

「母さん!京介は…!」

「あんたたちは黙ってて!」

「……」

「……!」

「京介、わかった…?わかったなら返事をしなさい」

「……」

きょうすけは返事をしない。

「京介!」

「事情がなんだ…」

「!!あんたねぇ…!」

「ルールがなんだ…!!」

「京介!あんた人の話を…」

(おかしい…、こんなのっておかしいよ!)

「『大人の世界』には心が無いのかよ…!!!!」

感情が昂ぶって、涙が出てくる。

「!!?」

きょうすけは泣きながら、話を続ける。

「…あいつは…れいかはさ、おれと居るときいつも笑ってるんだ。だけど、だけどさ……いつも泣きそうなんだよ!!とてもじゃないけど、独りじゃ抱えられないような、そんな思いをいつもしょってんだよ!!………すごく…辛そうなんだよ……!おれは今ほっぺが痛いけど、心が痛いけど!それよりも、もっともっと、あいつの方がずっと痛いんだ!!」

「……!」

「おばさん…おれがこの痛みを…れいかが自分の痛みを…精一杯叫んで、本気で訴えても、『大人の世界』じゃ通じないのかな…?本当にやりようがないのかな…」


……きょうすけ……。


「おれたちが本気で頑張っても、どうにもならない事情なの…?」


………。


「もし…このまま、れいかがずっと暴力を振るわれて、痛い思いをして、独りで寂しく死んでくことが、本当に『運命』なら……!」


………、


「そんなくだらないもんが、あいつの『運命』なら……!!」


………!!


「そんな運命もんおれがぶっ壊してやる!!!!」


…ありがとう…!!


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