第4話 過去
「田村…私の話を聞いて欲しいの」
黒月は言った。
正直一人になりたかったが、門前払いするわけにもいかない。
「…まあ、入れよ」
そう言うと京介は、黒月を中に入れた。
しばらく無言が続いたが、黒月が話し始めた。
「実は私ね、昔ーーーー
家に帰るとランドセルを置き、ベットの上で本を読み始めた。家には私一人。
まだお母さんは帰って来ない。
この時間だけが、唯一心の休まる時間なのだ。
私は本が好きだけど、読書家としては、やってはいけないことをいつもやっている。最後のあたりの話を読んで、ハッピーエンドかどうかを確認するのだ。そして、ハッピーエンドの本を借りてくる。
本はすごい。文字を追っているうちに、その世界に入り込むことが出来る。そして、本の中で私は色んな体験をする。辛いことも、悲しいことも。だけど私は自由なんだ、何よりも自由。そして、最後はハッピーエンド。すごく幸せだ。その幸せを抱きしめながら、私は眠りにつく。そうするとやってくるのだ。幸せなんて微塵も感じることのできない時間が。
十一歳の私でもわかる。これが現実なんだと。
お母さんは、帰ってくるなり私をビンタした。そして背中や腹を殴ったり蹴ったりしてきた。すごく、すごく痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛くて、苦しくて、悲しい。
でも悲しい涙は出なくて、代わりに
炭酸ジュースを一気飲みしたときのような、そういう涙が溢れてくる。
止めたくても止まらなくて、どうしようもない。
前に何かの本で、『なにがあっても、母親は、子供のことが好きで好きでたまらないのだ。』という文を見た。そうなんだ……母親は子供のことが好きで好きでたまらないんだ…。
そうなんだね。
お母さん、こんなにいっぱいいっぱい愛してくれてありがとう。でも、なんでかな、私はお母さんのこと、ちっとも好きじゃないんだ。
……だけどね、好きじゃないけど、嫌いでもないんだよ。だってお母さんなんだもん。だから、私がぶたれるのは、きっと私のせいなんだよね。
そんなことを考えているうちに、いつしか私には、ある
人の心が分かる
お母さんの心を読めば、私がなんでぶたれているのか解る。そうすれば、もうぶたれないような、お母さんにとって理想の、良い子になれる。
だが、お母さんの心を読んでも、お母さんは、『あんたが生まれて来なければ!あんたのせいで!』とばかり言っていた。お母さんが妊娠していることを知った途端、逃げ出して行った、お父さんに、私はそっくりなんだそうだ。ちょっと茶色がかった髪の毛や、大きくて強い目が。
…そんなのどうすればいいの。
私は学校が大嫌いだった。私がいつも同じ服着てるからって、みんなが汚いとか、臭いとか言うからだ。
そんなことない!ちゃんと洗濯は、私が毎日してるし、お風呂だってちゃんと入ってる。私は汚くないし、臭くもないんだよ。
だが今日は少し期待していた。人の心が読めるようになったから、その
だが、そんなことはなかった。
みんなの心を読んでも、余計に嫌な思いをするだけで、みんなの心を思い切って当てて見せても、みんな気味悪がって、私をいじめてくるだけだった。
妖怪不潔女って。
もう嫌だよ。
学校の帰りに公園に寄った。遊具も何もなく、ただ広いだけの、周りを森に囲まれた公園だ。
家にも帰りたくないし、このままこの公園に住んじゃおうかな。まあ、無理だけど。
するとサッカーボールが転がってきた。
「おーい、そこのお前ー!それおれのー!パスパース!」
遠くからサッカーのユニホームを着た男の子がこっちに向かって手を降っている。
「なにしてんだよー!パスパスー!」
私はサッカーなんてやったことがなかったが、思いっきり蹴ってみた。すると、サッカーボールは、私が狙った所とは全然違う方に飛んで行き、ベンチに座ってうたた寝していた、おじいさんの頭に直撃した。
「……がっ!……こらぁ!!だれだぁ!ボールを蹴ったのはぁ!!」
おじいさんは激怒している。やばい、どうしよう。
「すみません!おれです!」
「お前かぁ!!ボール遊びをするときは、周りに気をつけんか!!」
「えっ…!?」
私の代わりに男の子が怒られている。かばってくれたの?
しばらく怒られたあと、男の子がこっちに走ってきた。すごく満面の笑みである。なんで、こいつ怒られたのに笑ってるの?
すると男の子が笑いながら言った。
「お前、蹴るの下手くそだなー!」
「しょ、しょうがないでしょ!私、サッカーやったことないもん!馬鹿にしないでよ!!」
とっさに言い返してしまった。かばってくれたのに。
「…ごめ…」
「それよりさ!一緒にサッカーやんね?暇なんだろ?」
言いかけた所で遮られた。何だか、とても活発な男の子だな。
「えっと…だから、私サッカーやったことなくて…」
「いいじゃんべつに!おれもこの間始めたばっかなんだ!」
「…でも…」
私が渋っているうちに、男の子はドリブルして行ってしまった。そして、少し離れた所で止まり、こちらを向く。やる気満々だ。
本当に人の話を聞かないやつだな。
「よっしゃあ!行くぞ!」
男の子はそう言うと、思いっきりボールを蹴った。しかし、男の子の蹴ったボールは私の所に来ることなく、放物線を描き、さっきのおじいさんの頭に激突した。
「あ…」
男の子が言った。
「こぉぉらぁぁぁ!!何度ぶつければ気が済むんだ!お前はぁぁ!!」
おじいさんは、さっきにも増した怒り方をしている。
「やっべ!逃げるぞ!」
そう言うと男の子はこちらに走ってきた。そして、私の手をとって走り出す。
「えっ、えっ!?」
私は困惑した。
男の子は私の手を引いたまま森の中へ入っていった。
それから私たちはひたすら走った。
しばらく走ると、少し開けた所に出た。おじいさんはもう追って来ない。私たちは息をハァハァさせながら、地べたに尻餅をついて座った。
「…ハァ、ハァ、いやー、参ったなー!あはははは!」
男の子が言った。
「………ぷっ、ふふふ、はははは!」
私も笑った。
「あはははは!」
「ははははは!」
笑いが止まらない。
「…君、ふふふ、…あんなに、自信満々に、ぷっ、あははは…サッカー…やろうぜ…とか、言ってたのに…ははは…下手くそじゃん…」
「う…うるせーなー!…あははは!まさか…ぷぷぷ!二回も当たるとはな!」
「あはははは!」
楽しい。こんなに楽しいのは、腹の底から笑ったのは、生まれて初めてだ。まるで本の中にいるときのような楽しさである。だが、その何倍も楽しい。
「…君、名前は?」
「おれ、きょうすけ!お前は?」
「私は玲花」
「れいかは、西第一小学校に通ってんの?」
「うん、そうだよ。きょうすけは?見たことないけど」
「おれは、西第二小学校!二小はサッカーの少年団ないから、一小の少年団に入ったんだ!」
「あー、じゃあ今、練習の帰りってこと?」
「そういうこと!」
「練習終わりに、自主練なんて、偉いね」
「まあ、下手くそだからな!」
「あははは」
「はははは!」
楽しく会話ができている。同年代の子とまともに会話ができたのも初めてかもしれない。
しばらく話していると、きょうすけが
(…腹減ったなぁ)
と、心の中で言った。
「そうだね、お腹すいたね」
「えっ…!?」
「あっ、いや…!」
…しまった。無意識にきょうすけの心の声と会話してしまった。
「えっ!?今…」
きょうすけが言った。
「いや、その…」
(もしかして、心の声が聞こえるとか!)
「そっ、そんなわけないじゃん!…って、…あ!」
「やっぱり!」
しまった!はめられた!
どうしよう…せっかく仲良くなれたと思ったのに、嫌われてしまう…。
私がそんな風に思い、どう言い訳しようか考えていると、きょうすけが言った。
「すげぇ!」
「えっ…?」
すごい…?何を言っているんだ、きょうすけは。
「…こ、怖がらないの…?」
私は恐る恐る聞いた。
「怖くないよ!すげえ
「…すごい…かな…?」
「うん!すげえよ!」
きょうすけは本心で言っていた。みんなが妖怪と言って、怖がる
「…ねえ、きょうすけ…」
「ん?」
「もし良かったら、私と友達になってください!」
無意識に出た言葉だった。今まで感じたことのない楽しさや、自分を受け入れてくれるきょうすけの存在に、浮かれていたのだ。
言って後悔する。なにを言っているんだ私は。今日会ったばかりの、こんな得体の知れない女と、友達になってくれる訳がない。
……恥ずかしい。
「…は?何言ってんの?」
きょうすけが言った。それはそうである。
「ごめん、今のう…」
「おれたちもう友達だろ?」
「えっ……?」
今なんと言った?
「だから!おれたちもう友達じゃん!違うのかよ?」
「っ……!!」
言葉に詰まってしまった。きょうすけは私のことを、友達だと思ってくれていたのだ。こんなどうしようない、誰にも愛されないような女を、友達だと言ってくれたのだ。
そのとき、こみ上げて来た。今までの辛い思いや、抱えていたものが、全部涙となって。
「…って、おい!なんで泣いてんだよ!?大丈夫か…?」
きょうすけが聞いてくる。
「うん…大丈夫…。ただ、嬉しくて…」
私は応えた。
嬉しかった。
その後、私たちは、また遊ぶ約束をして別れた。家に帰るとお母さんに暴力を振るわれたが、その日は幸せだと思った。
それから数日間、私たちは公園で遊んだ。サッカーをしたり、虫をとったりして遊んだ。学校も家も辛いけど、きょうすけと遊んでいる間だけは、全部を忘れられる。その間だけは、私は幸せだと、心から思えたのだ。
そんなある日のこと。
お母さんが、知らない男を連れてきた。お母さんより、少し若い男だ。
「今日からよろしくね」
男は言った。
「…よろしくお願いします」
私は応えた。
しかし、その男は、私がお母さんに何をされていても、全くの無関心だった。私の方など見向きもせず、テレビを見て笑っている。
お母さんは、しばらく私を蹴った後、男と寝室に入って行った。
少し立つと、お母さんの喘ぎ声が聞こえてくる。
私は、こみあげてくる胃液をトイレにぶちまけた。
次の日、お母さんが先に仕事に行き、私も学校に行こうとすると、男に止められた。
「玲花ちゃん、ちょっと来て」
「……?」
私は寝室に連れられると、男の目を見て恐怖した。
(なに?この人は何を考えているの!?いやだ!こわい!)
私は恐怖で動けなくなってしまった。
男は、息を荒げながら、私の肩に触れてくる。
「玲花ちゃんって…可愛い顔してるよね…」
ハァハァ言いながら、男は私の胸やお尻を触ってきた。
「…いや…!…やめて!」
嫌だ!気持ち悪い!でも怖くて体が動かない。
体が動かないなら、声をあげよう。息を吹いこみ、思いきり声を出そうとしたその瞬間。
「バギッ!」
という鈍い音と共に、私の体は吹っ飛んだ。なにが起こったのかわからない。しかし、少しして顔に激痛が走る。
殴られたのだ。思いっきり。
口から血の味がする。
床に奥歯が落ちているのが見えた。
「静かにしないと、殺すよ」
男は冷静に、笑顔で言った。
私はもう男の目を見たくなくて、顔を伏せている。怖い。怖いよ。
それから男はズボンを脱いで、大きくなったものを私に突き出してきた。
「舐めろ」
私には、もう抵抗する気力もなかった。
それからは地獄だった。お母さんには暴力を振るわれ、お母さんが仕事に行った後は、男から性的な暴力を振るわれる。逃げ出したいが、男は一日中家にいるため、私は学校どころか、外にも行けなかった。
そして、お母さんが帰ってくるまで、私は男の相手をさせられ、お母さんが帰ってくると暴力を振るわれる。これの繰り返し。
私はもう、なんで生きているのかわからなくなっていた。
男がやって来てから十日ほど過ぎたある日、その日は珍しく男が外出していた。お母さんは仕事でいない。
私はチャンスだと思った。死ぬチャンス。死ぬなら今しかない。
私はお風呂に水を溜めると、カッターナイフを持って来て、手首に当てる。
これでようやく楽になれる。長かったお母さんの暴力。男の暴力。学校でのいじめ。全ての嫌なことから解放される。やっと自由になれるんだ。
カッターナイフを握る手に力を込め、手首を切り裂こうとしたその瞬間。
『れいか!』
頭の中に声が響く。声変わりしかけの掠れた声だが、私の大好きな声だ。
『おれたちもう友達だろ?』
また響く。
「……きょうすけ……」
きょうすけ。そうだ、きょうすけ!
きょうすけ、きょうすけ!きょうすけ!!きょうすけ!!
きょうすけに会いたい。またきょうすけと会って遊びたい。またきょうすけと話がしたい。
そう思うと、死ぬのが怖くなった。
涙が溢れる。
そうだ。まだ死ねない。まだ死んじゃだめだ。もう一度、もう一度だけでいいから、きょうすけに会いたい。会いたいよ。
「きょうすけ…!」
私は走り出した。涙で前は見えなくなり、鼻水で息は詰まるが、それでも走り続ける。ただ、一直線に、あの公園を目指して。
公園につくと誰もいなかった。時刻は午後一時過ぎ。きょうすけはまだ学校にいるはずだ。
私はベンチに体育座りをした。涙を拭きながらじっと待つ。しばらくすると、また涙が出てくる。それを拭っても、また涙が流れる。そんなことを繰り返しながら、私はきょうすけを待っていた。
「コツン」
私が体育座りしているベンチに何かが当たる音で、私は目覚めた。
寝ちゃってたのか。
下にあるものを見る。サッカーボールだ。
「おーい!パスパース!」
そこではっとして、私は顔を上げた。そこにはきょうすけが立っていた。こちらに満面の笑みで手を振っている。
「きょうすけ!」
「よう、れいか!久しぶりだな!」
そう言うときょうすけはこちらに走ってきた。そして私の目の前で少しだけ怖い顔をする。
「お前、今までなにしてたんだよ!?おれ心配してたんだぞ!」
ゴツン。きょうすけに拳骨された。でも、その拳骨は全く痛くなくて、私はなんだか嬉しかった。
心配していたというきょうすけの目を見ると、本当に心配してくれていたということがわかる。私が公園に来なかった日から、サッカーが無い日も、毎日公園に来てくれていたのだ。心の声でわかった。
人の目を見ると、嫌な気持ちになったり、気持ち悪くなることばかりなのに、きょうすけだけは違う。いつも心と言葉と行動が一致していて、凄く暖かい気持ちになる。
「……きょうすけぇ…!」
私はきょうすけに抱きついた。
きょうすけの胸で涙を流す。
私はきょうすけに、全てを話した。学校でいじめられていること。そして、母親とその愛人に、暴力を振るわれていること。
きょうすけは黙って私の話を聞いてくれていたが、途中から、ズッ、ズズゥと鼻水を啜る音がした。
私はきょうすけを見た。きょうすけは泣いていた。
「えっ…!きょうすけ?大丈夫…?」
私はびっくりして、きょうすけに問いかける。
「だって、だってよぉ…!おれ…だって…!」
きょうすけは、大粒の涙を流しながら、何か喋っていた。
きょうすけが同情して、泣いてくれていることに気づき、私は嬉しかった。
私が話終え、私ときょうすけも泣き止み、落ち着いてからしばらくして、きょうすけが話始めた。
「…実はおれ、れいかが学校の奴らからいじめられてるのは知ってたんだ…」
「え…?」
「サッカーの練習が終わって、一小のやつらと駄弁ってたらさ、校門の方に歩いていくれいかを見て、そいつらが言ってたんだよ、『妖怪不潔女』って。だから、なんでそんなこと言うのか聞いたらさ、れいかがいつも同じ服を着てるとか、人の心の声が聞こえるとか、色々言ってたんだ」
「……それで?」
「それで、だからおれ、れいかの後をこっそりつけたんだよ。それで公園に入って行ったから、おれも行ったんだ」
「……なんで、つけてきたの?」
「…助けてあげたいと思ったんだよ…」
「見ず知らずの私を…?」
「うん…。おれの尊敬してる人がさ、言ってたんだよ、『見知らぬ人にも手を差し伸べてあげるのが、ヒーローだ』って。だからおれは、ヒーローになりたくてお前に話しかけたんだ」
「…そうだったんだ…」
でも、だったら…
「でもさ、おれ、どうしたられいかを助けてあげられるか、わかんなかったんだ。おれがいじめている奴らに怒ったところで、いじめが悪化するだけなんじゃないかって。だから色々考えたんだけど、れいかと友達になろうと思った。直接助けることはできなくても、そばに居てあげようって」
「……」
正直複雑な気持ちになった。きょうすけの優しさは素直に嬉しい。でも…
「じゃあ、あのとき友達だと言ってくれたのは、私が可哀想だったからなんだね」
「えっ…?」
「だって、そういうことでしょ!?私と逃げたのが、話したのが楽しかったから友達になってくれたわけじゃないんでしょ!!」
……違う。私はなにを言っているんだ。
「ちげえよ!確かに、最初は可哀想だと思って、友達になろうとしたけど、一緒に逃げだり、話したら、楽しかったんだ!もうおれたちは友達になれたんだと自然に思えたんだよ!」
「嘘ばっかり!!」
違う、嘘じゃない。きょうすけの目を見れば、嘘じゃないことなんてわかる。
……わかるのに。言葉が止まらない。
「もう、ほっといてよ!いいよ!助けてくれなくって!実際いじめだけじゃない、お母さんのことだってあるんだ!どっちにしろ、きょうすけには、どうにもできないよ!!」
やめて。なんでこんなこと言うの。
「れいか…」
「うるさい!もう知らな…」
ガバッ!
「えっ…!?」
私はきょうすけに抱きしめられた。今まで味わったことのない、優しい抱擁だった。
一瞬、時間が止まる。
「……きょうすけ…?」
きょうすけはわたしの体をそっと離すと、肩に手を置いたまま、まっすぐ私の目を見て、こう言った。
「れいか、おれがなんとかしてやる…!!」
「…!…でも…」
「大丈夫だ!いじめのことも、家のことも、全部おれがなんとかしてやる!だから心配すんな!」
強い言葉だった。強くて真っ直ぐな言葉。心にも嘘はなかった。
私はまた涙が溢れてきた。
そして、泣きながら聞いた。
「どうして…?どうして、そこまでしてくれるの…?ヒーローになるため…?」
きょうすけは答えた。
「最初はそうだった。だけど今は違う…」
「じゃあ、なんで…?」
「お前が好きだから」
「えっ…」
……!?今、なんて言った…?
「お前が好きだからだよ。れいか。好きな人を助けたいのは、当たり前だろ」
好き…?私のことを好きだと言っているのか?こんな私のことを…?自分を助けようとしてくれている張本人に、当たるような私を…?
「…きょうすけ…何で私なんか…?」
私が質問すると、きょうすけは少し間をあけて、話出した。
「何でって、お前…そんなんよくわかんねえけど、好きになるのに理由なんて要んの?」
「いや…!その…、私はよくわからないけど…!」
「とにかく!好きなもんは好きなの!悪いか!?」
「わ、悪くないです…!」
…告白されてしまった…。あのきょうすけに。……どうしよう。顔が熱くなっていくのがわかる。胸が、心臓が、あり得ないくらいの速さで動いているのがわかる。きょうすけにも聞こえてしまうんじゃないだろうかと心配になるくらい、大きな音を出している。
そっと、きょうすけの目を見ると、きょうすけも私の目を見ていた。私は、きょうすけの心の声が聞こえて来るより早く、目をそらした。
………恥ずかしい…。
「れいか…」
「はっ、はいっ!!」
「おれに考えがあるんだ…!」
「ーーーー虐待にあってたの。実の母とその愛人から。それに
黒月は昔のことを思い出してか、目にうっすら涙を浮かべながら、話していた。
黒月のこんな顔、初めて見た。
「……そうだったんだ。なんつうか、壮絶だったんだな…」
想像していたよりも、はるかに大変な人生を歩んで来たのだと感じ、京介は言葉に詰まる。
すると、黒月が言った。
「でも、私はもう嘆かない。強く生きるって決めたから。だれに愛されなくても、上手くいかなくても、
その言葉を聞いて京介は、元サラリーマンを尾行している最中に黒月を怒らせてしまったときに言っていた言葉を、思い出した。
黒月は強く生きようとしているのだ。いや、この前向きな姿勢こそ、強い人間にしかできないものだと、京介は思った。
「……ああ、そうだな…。お前は強いよ、黒月…」
京介は言った。
「…田村、私と田村は違う。そんなことは百も承知よ。だけどね、きょうすけが証明してくれたの、運命は変えられるって。独りぼっちで死んでいく筈だった私の人生が、たった一人との出会いで大きく変わった。でしゃばりかも知れないけど、私も田村の人生を変えたいの!」
「黒月…俺は…」
「…だって、田村が苦しんでるところをみると、私が苦しいから…!」
「……!!」
「諦めないで!私は田村を助けることを、絶対諦めない!」
…黒月…。
…そうだ、
(初めからお前はそうだった。人に無関心なふりして、困ってる俺に協力してくれた。今だってこうやって励ましてくれている…)
…諦めちゃ駄目だ…。
「ありがとう。黒月」
(……おかげで目が覚めたよ)
黒月は、ニコッと笑う。
「お礼は、田村が
「ああ、そうだな。でもありがとう」
黒月は少し間をあけてから、
「どういたしまして」
と言った。
「……そうだよなぁ…!黒月にここまで言われちゃ、諦めるわけにはいかねぇな!」
京介は言った。
黒月は京介の言葉と心を聞いて、京介が完全に立ち直ったのを確認したようである。
「ふふっ。さっきまであんなに落ち込んでたのに、嘘みたいに元気になったわね」
黒月が笑いながら言う。
それはそうだろう。
黒月とは知り合って間もないが、今までの協力や言葉、そして今、目の前にいるこの子の姿を見て、京介は確信していた。
(俺は…)
「そりゃあ、好きな女の子に励まして貰ったら、誰だって元気になるだろうよ」
「……え…?」
黒月が聞き返す。
(俺は黒月が好きだ)
心で言った。そしてもう一度、
「俺は黒月が好きだ」
声に出して言った。
「…えっ!?…その…、私は…!…えっと……」
黒月の顔がみるみる赤くなっていく。
「わかってるよ。そのきょうすけってやつが好きなんだろ」
「いや、その…、きょうすけは好きっていうか、…その、私は恋愛とかよくわからなくて…」
黒月は慌てている。
「……」
京介はしばらく黙った。
「……なによ…?」
黒月はまだ赤くなっている。そして、そわそわしながら、上目遣いで、京介を睨んでいた。
「……ぷっ」
京介は吹き出す。
「な、なによ…!?」
「たまにお前って、マジで可愛いときあるよな」
「…うるさいな…!!」
「あはははは」
京介は笑った。自分の中の迷いを吹き飛ばすように。明日から前を向いて生きていけるように。
そして、立ち上がる。
「黒月…お前に、ついて来て欲しいところがあるんだ…」
黒月は聞き返す。
「……どこ?」
京介は答えた。
「…俺の、おばの家だ」
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