第2話カゾクという病とか。

 もう七月です。寒い北の国の小さな村にも、ようやく短い夏がやってきました。でも、ティムおじいさんの心には冷たいこがらしが吹いています。夏をすぐ目の前にして、最愛のタムおばあさんを風邪で亡くしてしまったのです。

ティムおじいさんはガラス職人でした。タムおばあさんと二人の息子夫婦を合わせて六人だけの、小さなガラス工場の親方でしたが、ティムおじいさんの腕とタムおばあさんのすてきなデザインとで、なかなか繁盛していました。そろそろ工場を息子たちにゆずって、タムおばあさんと二人、のんびり楽しく暮らそうと思っていた矢先のことでした。きょうはティムおじいさんが昔、タムおばあさんにプロポーズをした日です。空はいまにも雨になりそうです。でも、ティムおじいさんは、なつかしそうにくもり空を見上げると、リュックサックを背負って森にむかいました。

 小粒の雨が降りはじめたころ、ティムおじいさんは、森のなかほどにある古い小屋に着きました。ずっと昔からある小屋で、森をはさんだ、となり町と行き来する途中、人々がひと休みするところです。青々としたつたが、小屋を守るようにおおっています。ここはティムが十八歳の秋の日に、十六歳のタムとはじめて出会った場所でした・・・。

その日、若いティムは、はじめて親方から許しをもらって、自分で作ったワイングラスを町に売りに行く途中でした。小屋の近くまで来たとき、急に激しい雨が降ってきて小屋にかけこむと、明るい目をした娘が一人、小屋のすみから不安そうにティムを見つめていました。外はどしゃ降りです。知らない若者と森の奥の小屋で二人きりになってしまって、娘の目からいまにも涙があふれだしそうです。あちこち傷んだ屋根からは、雨もりも始まりました。ティムは平気でしたが、秋の冷たい雨粒は、ぽつぽつと娘の細い肩をぬらします。それでも、娘はその場所を動こうとしません。

(このままでは、風邪をひいてしまう。)

 ティムは娘をおどろかさないように、そっとリュックサックを下ろすと、幾重にも紙で包んだワイングラスを取り出して、そばの古びたテーブルの上に置きました。ティムのワイングラスに雨粒が落ちると、指ではじいたときのように澄んだやさしい音色が小屋中にひびきます。

ぷぉろ・・・ん

「まあ、すてきな音」

  娘がおもわず、口を開きます。ティムは、にっこりすると、つぎつぎに包みを開いて、娘の足元にワイングラスを置いてやりました。

  ティムおじいさんは、リュックから大事そうに細長い包みを取り出します。淡いピンク色のワイングラスです。白い細かなレースのような花模様がカップを包んでいます。

  このワイングラスは、二人が出会って数年後、ティムが婚約指輪の代わりにタムにプレゼントしたものでした。カップの模様は、タムが自分でデザインしていちばん気に入っていたものです。あの雨の日、タムは町から村に移り住んで間もないおばさんに、お気に入りのデザインを見せに行く途中でした。

雨が激しくなってきました。雨もりです。ティムおじいさんは、あの日のように、ワイングラスをテーブルの上に置きました。

雨粒を受けとめて、ワイングラスは、やはりあの日のように、澄んだやさしい音色を小屋中にひびかせます。でも、いまとなっては、その音色におどろいてくれる桜草のような娘も、なつかしんでくれる愛しい妻も、いないのです。ティムおじいさんはテーブルに両ひじをつくと、すっかり白くなった頭を抱えました・・・。


「えぇ・・・と・・・」

 カナは、ウトウトと夢の中を散歩している娘を見ながら絵本を閉じた。

「ふぅ…。やっと、おネンネしてくれましたか、お嬢様」

 彼女は、少し剥けているフトンを娘に掛けて直してあげた。最近、眠った娘を眺めているのがとても楽しいらしい。この姿を見てしまうと(俺も含めて)一日の疲れもどこかへ置き忘れてしまうんだ。例えば、カナにとってアンハッピーな出来事だったとしても…娘を許してしまいそうで怖い。まだまだ娘にとって、都合の善い母親なんだわってぼやいていたっけ。起きている時は、小動物を飼っているような感覚に陥る事もあるけど…(片付けた部屋をすぐぐちゃぐちゃに散らかすしモノはボロボロこぼすし…子供だからしょうがないと分かっていても…)やっぱり、わが子はとてもカワイイ。「愛」と言う名前の娘は、早いもので4歳になるんですよ。カナと結婚して、丸5年目の夏を迎えてようとしています。今年の夏もうだるような暑い日が続くようで…。


「ママも疲れちゃったわ。最近、愛ったら、お目が固いんだもの…。いったい、誰に似たのかしらね」

 カナは、横たわっていたベッドからゆっくり出ようとしたその時、「キィー」寝室のドアを私は開けようとした。

「あいちゃん…ただいま。元気にしていましたか。パパですよ…」

 仕事の後は、どうしても真っ先に娘の顔が見たくなるんだ。日々の日課になっている。こんな風に娘を見られるのは後どのくらいだろうか。いつか「パパの顔なんか見たくない」って言われる日がくるんじゃないかと冷や冷やものです。

「あなた!シィ―ですよ」

「えぇ?」

 カナは、右手の人差し指を立てながら小声で答えた。

「いまやっと寝かしつけたばかりだから…静かにしてよ。もう・・・」

「あそっか…ごめんごめん」

 俺は、ネクタイを緩めながら小声で答えた。

「ふぅ・・・ただいま、カナ」

 娘の寝顔を見ると、どんな日でもニコニコの笑顔になってしまう。端から見たらオカシイと思われるのかな?どんな親でもこんな感じだと思うが

「お帰り」

「相変わらず…自分の娘は、世界一カワイイと思っているかしら?そりゃ…そうよね。あなたは、いっつもシンデレラのように黙って寝ている「愛」しか知らないんですものねぇ」

 カナの心が透けて見えるようだ。そうだよ、キミの言う通り「愛」は、世界一カワイイ。誰よりもね。この俺は、親バカという生き物なんだよ。それのどこが悪い。

「お風呂にする?それともご飯?」

「お腹ペコペコなんだ」

 意外とって言うのはカワイソウだけど、カナの料理は、そこそこ美味しかったりする。だから外で食べて帰る事はほとんどいない。初めは、正直食べられるもんじゃなかったけどね笑。しばらくは、俺の料理の方が美味かった。最近そういえば、作っていないなぁ~料理。俺の出る幕なしか。嬉しいような悲しいような。

「じゃ、ご飯ね」

「そうしてくれると助かる」

「あなた、どうかしたの?善い事でもあった・・・??かなりご機嫌まっすぐのようで・・・?」

カナは、俺が廊下からリビングに向かうドアを開けっ放しにしたためそのドアに手を掛けた。彼女に「あなた」と呼ばれても恥ずかしくなくなった。結婚したばかりの頃は、その言葉がどうもしっくりこなくて、聞き慣れていないせいかそういう風に呼ばないでくれ。と頼んだ事もあった。けど、慣れというものは怖いもので、時間と共に否定もしなくなった。最近、俺の名前を呼ぶ回数も減っている。俺の方は、昔と同じカナと呼ぶのに。たまには、名前で呼んでくれよ。

「えぇ?」

「いや、特別何も…」

「強いて言うなら、尚樹から久しぶりにLINEが届いたくらいかな・・・」

 リビングにあるソファーに腰を下ろしながら答えた。

「えぇ?」

「なおきって・・・?あの尚樹?」

 カナは、ハトが喉に豆が詰まっているような顔をした。

「そう・・・あの「尚樹」からだよ」

 尚樹とは、娘が生まれた頃は、毎日のようにお互いの子を見せ合っていた。どっちの子がカワイイとか賢いとか…誰似だとかたいして内容の濃くないくだらない事で何時間も語らいながら朝までお酒をたらふく飲み騒いでいたもんだ。その頃の俺たちは、お互いの子を合わせる事なんて本当は、どうでも良くって、初めの二回くらいまでだろうか、お互いの子を見せ合って喜んでたのは。尚樹と会う口実に過ぎなくて(ちなみに尚樹の子は、男の子で名前は「祐二」)お互いのマンションを行き来して、学生時代のように語り合う事を一番に考えていたんだと思う。本当に4人で集まって飲んだお酒は、今まで味わった事のないくらい美味かった。飲んでも飲んでも…全然酔わなかった。軽いアル中だったのかも笑。それが年前の春3月末くらいだったと思うけど(その日は、小雪も混じった冷たい雨がザーザーと降っていたから今でもよく覚えている)突然、尚樹の大阪赴任が決定という知らせが俺たちの耳に飛び込んできたんだ。誰も予想していなかった。本人が一番びっくりしていたと思う。知らせが届いて一週間後には、もう大阪へ行かなきゃって言うんで…その日のうちに、彼らをうちのマンションへ招いて、急いで買って来た上等な肉で(霜降りってやつですね)すき焼きをしたんだっけ。結局4人ともプクっと顔が腫れ上がるくらいお酒を飲み、朝まで一緒騒いでいたんだ。きっと、隣近所に迷惑をかけたと思うよ。その日に限って知ってか知らずか、お互いの子供らはスヤスヤと~お寝んね。その日だけは、空気の読める頭のいい子であった。数日後、東京駅から見送って以来彼らとは一度も逢っていない。それこそ初めのうちは、嫁さん同士がLINEのやり取りをしていたらしいんだけど、子育てが思ったよりハードだったらしく、そんなに長く続かなかった。俺たちも毎日の仕事に追われて連絡する機会を失っていた。

 俺は、お茶の飲もうと思って、テーブルの上に置いてあったポットに触れた。

「なんだって?」

 カナは、遅い夕飯の準備に取り掛かってくれていた。

「あれ?」

「お湯が出ないよ。ポットの中にお湯が入っていないみたいだよ」

 カナは、冷蔵庫の中を物色していた。

「あら?ごめんなさい。いまからお湯を沸かすからちょっと待ってて。それよりLINEの内容は・・・?」

「週末にこっちに来るってさ。仕事で来るんだって。すみれも一緒にくるらしいよ、良かったら食事でもしませんか?って」

 俺は、テレビのスイッチを入れながら答えた。この頃は、もっぱらNHKばかり見ている。この年になると色々世界情勢の知識が必要なもので。というのは嘘で(ほんの少しそういう事もあったりするが、たいして身に付いてない。BGM代わりになっているような)民放の番組は、異常につまらん。ヒットする番組が出来るとその番組と同じ仕組みような番組をどの放送局でも作って流しやがる。個性というものがなくなったような気がする。だからどのチャンネルをつけても変わり映えしない。出演しているタレントは、自分の主張もしなければ演技も下手ときている。放送局は、そのタレントに依存しまっくっている。恥ずかしくないのかね?しかしNHKは、決して腹を抱えて笑うような番組構成になっていないが、見る人が見れば役に立つというか、身になる分かりやすい番組が多い事に最近気が付いた。日々のニュースもほぼ正確で安心して見られる数少ない放送局だ。

「そうなのって、明日じゃない?」

 カナは、冷蔵庫の中からきんぴらや煮物などを取り出して、リビングへ戻って来た。昨日の残りものだった。でも別にそんな事で怒る必要もない。俺の好物なモノだから。だから決まって毎日テーブルに乗るんだが笑。少しは、おかずが変わってほしいという気持ちがないわけじゃないが、重要なのは、カナがしっかりこのうちを守っているって事です。感謝しています。

「そうだよ。明日明日・・・」

「随分…急ね」

「ごめんごめん…一昨日きてたんだけど、この所、忙しくてつい言いそびれたというか…」

 両手を合わせて「ごめん」って答えた。カナは、一瞬返事をためらう。

「なんで届いたらすぐ教えてくれないのよ。いっつも大事な事は後回し…タップしてポチッとじゃん」

「ごめんごめん、許してよ」

「もう…」

 テーブルに取り出して来た食べ物を置きながら、プーって頬を膨らませて答えた。

「じゃ…私もすみれにLINEでも出してみようかな。最近愛の事で頭がいっぱいで…」

「いまから電話してみるってのは・・・?」

 俺は、スーツの上着を脱ぎ、適当にソファーへ置いた。

「駄目よ。もうこんな時間だし、向こうに迷惑でしょう・・・」

 カナは、壁に掛かっている時計を確認しながら答えた。時計の針は、22時を指していた。

「まだ起きてるんじゃないの?」

「駄目」

 子育てをなめるな苦笑

「はいはい・・・」

 ビールの栓を抜きながら答えた。段々カナがこの家の主導権を握るようになってきた。夫は、肩身が狭い?というより単に俺が世間知らずなだけ?

「すみれ。ひさしぶり^^ 家族三人で首を長くしてお待ちしています。東京駅に着いたら連絡くださいまし」

 というショートメールを寝る前にすみれのスマフォへ送ったそうだ。

「返事が遅いから尚樹が死んでるじゃないか?って(^^)東京駅には11時30分着だよ。昼くらいに着きます」

 早朝、ショートメールを確認したらこんな返事が送られていた。


 手品師のように 人のこころを和ましてみよう。

 手品師のように 子供たちの笑顔を誘ってみよう。

 手品師のように 本当の自分を隠して生きてみよう。

 手品師のように いっも笑顔で生きていこうよ。


 「東京の空には星がない」って決め付けたのはいつ頃からだろう。狭い都会に、ひしめき合って生息している人間たちは、空を見上げる事を忘れちまったんだ。

例えば、花の種類はある程度理解できたとしても自分たちが住み慣れた街のしかも良く通る道端に決まって毎年咲く花を覚えていますか?いささか窮屈そうな世界になってしまった。

「もうそろそろじゃないかな?」

 俺とカナと娘の愛の3人で東京駅の八重洲中央改札口で待っていた。

「そうねぇ」

「ねぇ、ママ。もうすぐ・・・まだ・・・?ゆうちゃん・・・??」

 愛がポツンと喋っていた。最近、我娘も良く喋るようになった。最初の頃は、お世辞にも何を伝えたかったのか分からず困っていた。この頃は、日本語らしい日本語を喋るようになった。どこで覚えたか分からない言葉も時々発している。きっと今年から通うようになった幼稚園で周りと接する事で覚えた言葉と思い気や俺やカナがよく喋る言葉もよく喋っている事に気付いた。例えば、”疲れたぁーー”とか”あぁ~やれやれ”とか。あまりヤバイ事は安易に使えないよなぁ…。

「あぁーーーいや…」

 改札口から出て来た長身の男を尚樹だと思ったけど、それは違った。土曜日だというのにスーツ姿の会社員が結構いる。「お疲れ様です」と心の中で答えるのであった。この頃は、土曜日も出社にしている社員も増えているという話だ。出来る社員に仕事が回っているということか。それとも…。

「あなた!あの群れじゃない?そろそろ・・・」

 ポケットからスマフォを取り出し時間を確認しながら答えた。AM11時30分を少し回っていた。

「・・・うぅ・・・ん」

”プルルー♪♪プルルー♪♪”カナのスマフォがブルッと鳴った。

「すみれからかな?」

「もしもし・・・」

”おはよーカナ”

 この独特の声質は、すみれ以外いなかった。間違うわけがない。

”間違いない”

「あぁ…おはよーおはよーすみれ。おつかれさ~ん。着いたの…?」

 スマフォを持っている加奈も笑顔でいっぱいだ。

「すみれから?」

 うん。と笑顔で答えた。

「パパー来たの・・・?」

”そうそう。すみれからよ。違う違う…隣にいる旦那へ答えたの。いまどこにいるの?すみれ達は。私たちも八重洲中央改札口でずっと待っているんだけど…」

 すみれと久しぶりに喋っているカナを見て少しホッとした。

「祐二を尚樹がトイレへ連れて行っていたから…ごめんごめん。もうすぐ、改札口に付くところ…」

 スマフォから聞こえてくるすみれの声も弾んでいるようだ。そりゃ嬉しいよね。

「あっ!!こっちこっち!!!カナ・・・」

 スマフォを片手に持ってもう片方にバックを持って…あの日と同じようにいつも元気な奴だ、すみれは。

「きゃはぁぁ…すみれ!こっちこっち・・・」

「お久しぶり…です。カナ」

「こんにちは」

「…どうもです」

 尚樹は、すみれと違ってかなりお疲れ感がありありと見受けられるが、顔は笑顔だった。右手には息子の祐二の手を握っていた。

「おっす!久しぶり、保」

「おぅ…久しぶり」

 俺たちも思わず笑顔が出てしまった。

「どうも」

 すみれに声を掛けた。

「保…少し太ったんじゃない?」

 ”そういうあんたもいいおばちゃんじゃないか”と思ったけど黙っていた。一応女性だし…っていうか、未だに呼び捨てかい、おい。もう治すんは無理か

「そんな事ないって」

 確かに身体は、鈍っている感は否めない。「若干…太ったわよ」という会社の

女子の声もチラホラ耳にする。その度に「そうかなぁ…」お腹をナデナデしている。

「カナは、いつも変わらないねぇ…結構いい女」

「そんな事ないって。すみれもお世辞を言うような年になったのね。すみれも全然変わらないわよ」

 カナも笑いながら答えた。しかしお互いに目尻のシワが目立ってきたのは事実ですぞ。

「この仲では一番若いからね、私は」

 カナは”たいして変わらないじゃん”と言いたそうだった。

「いくつになったの?」

「29」

「もう30だろ」

 尚樹が間を置かずつっこみを入れた。突っ込みが鋭い。大阪に住んでいるからか?

「まだです。後…数日ありますぅ…」

 すみれは、片手で数えるポーズを取りながら答えた。

「30になったからって死ぬわけじゃあるまいし!」

 尚樹は、半分呆れている様子で相手にするなって言っていた。

「29と30じゃ…かなり違うんです」

「~という事は、私は何?」

 カナは、とうの昔に30の大台に乗っている。

「Wrinkly Peach…かな?」

 すみれは、くすっと笑いながら答えた。

「…どんな意味?」

 くすっと笑った尚樹が答える。

「直訳すると”しわしわのピーチ”」

「…うわぁっ」

「しわしわぴーち」

「しわしわぴーち」

 愛も裕二も言い始める始末。思わず俺も笑ってしまった。

「しわしわぴーち」

「しわしわぴーち」

 しばらくこりゃ言うぞ苦笑

「あぁー!!!みんな、ひっどぉーい…あなたまで笑ってさ。すみれの荷物を持って挙げようと思ったけど…やーめた。自分たちで持ってください!」

 カナもすみれもお互い笑っていたけど…内心は、どうかな?妻は、いつだって(亭主に)キレイだって思っていてほしいという願望はあるんだろうし。カナは、いつだってキレイだよ。

「ちぇ…ケチ。言わなきゃ良かった」

「嘘うそ…許して。冗談だって苦笑。私ももうすぐ30になるし、ね!!仲間じゃん。最近わたし英会話を習い始めたの。この間その単語をたまたま覚えたばっかで…一度使ってみたかったのよ」

 すみれの笑いは止まらなかった。

「それ、違う違う。使う所がちがーうってーーー。…ったくさぁ・・・」

 ”あんたも仲間じゃない…一生覚えておいてやる!”とカナは、笑いながら答えていた。

「~で、すみれの誕生日はいつなの?」

 俺が言うと、

「二人とも覚えてないの?少しショック…」

 すみれは、俺や加奈の顔を見ながら答えた。

「そんなの…イチイチ覚えてねぇーよ。すみれってさ、誕生日が年間12回も有りそうだし。プレゼント送る方の大変じゃん。そういう役回りは、ここにいる旦那だけでいいんじゃない?」

 俺は、「あぁー」って頬を膨らませて聞いてた。聞いていたカナは、ここぞとながりに思いっきり笑ってた。

「あんな失礼な事、言ってるよ…保が。何か言い返してよ」

 すみれは、尚樹の靴をトントンって蹴った。

「12回ってのは少しオーバーだけど、それに近いモノがあるから言い返さない」

「えぇ…そうかなぁ…。これでもかなり抑えてるんだけどなぁ・・・あれやこれやものいりで…」

 カナと結婚して本当に良かったと思った。

「ものいり」

「ものいり」

 その言葉だけは覚えなくていい。愛。

「~で、いつなの?すみれの誕生日?」

「7月7日。七夕の日」

 すみれは、”これでみんな覚えたでしょ。七夕は、全国共通の季節の記念日なんだからさ…”って胸を張っていた。”プレゼントよろしくね”とキチンと付け加えて。

「じゃ、30本の”菊の花”でも送ってあげるわよ」

「そんなの私に似合わないし、貰っても全然嬉しくなぁ…い。カナへ送り返してあげるから、白いロウソク付きで!」

 女たちも笑顔で喋っていた。久しぶりに仲間と再会すると、これでもかっていうくらい会話が弾むんだ。話すこともきりがないし、それよりもやっぱり逢えたことが一番嬉しいよ。周りの顔に笑みが包まれた。あの頃に戻ったような気がした。

「・・・祐ちゃん」

 愛は、俺に隠れながら突然答えた。さっきの威勢は、どこへ行った?娘は、意外と顔見知りだったりする。

「あっ!!そうそう…”愛ちゃんに、こんにちは”は?祐二。挨拶しなさい」

 すみれも母親になったんだって、今ごろ気が付いたわけで。そんな言葉を掛けるようになったんだ。

「愛も”こんにちは”は?愛もちゃんと祐ちゃんに挨拶しようね」

「・・・」

「・・・」

 愛も祐二も黙ったまま何かを確認するかのようにお互いを見つめていた。この子たちは、俺たちには分からない子供には子供の世界があるのだろうか?暫く黙っていた。

「”こんにちは”は?男の子でしょう?祐二」

 祐二の顔は、真っ赤だった。この子も照れているのか?

「・・・」

「・・・」

「こんにちは、愛ちゃん」

 祐二は、一歩前に出て喋った。

「・・・」

 愛は、挨拶をした祐二を黙ったまま見ていた。

「愛も・・・ちゃんと挨拶しなさい」

 カナは、俺の足をぎゅーっと捕まえている娘を無理矢理引っ張って、祐二の前に立たせた。

「・・・・・・こんにち・・・は。祐ちゃん・・・」

 いつも暴れているイメージの娘ではなくなっていた。

「はいはい…裕二も愛も挨拶良くできましたぁーーー。お互いの子供たちの挨拶も無事に終わったし、飯でも食いに行こうよ。俺お腹ペコペコだよ・・・」

 尚樹は、自分の息子の頭を撫でながら答えた。

「これどこに向かって歩いているの?」

「ん…適当。予約してないもん」

 カナが言うと、

「俺も腹減ったぁ・・・」

「私も・・・」

「ぼくも・・・」

「愛も・・・」

「あたしのせい?やんなっちゃうわ。保が悪いんだって。報告するのが遅れたんだから…」

 時計の針は、12時を軽く回っていた。通りで腹減ってるはずだよ。

「あっ…と。忘れる所だったわ。これ、お土産」

「うん?」

「お土産のたこ焼セット」

 すみれからの手土産は、いつも変だった。

「・・・」

「これで、たこ焼でも焼いて食えってか?」

「たこ焼き以外焼けませんので。はい」

「もちろん」

 すみれは、これでもかっていうくらい満面の笑みをして答えた。大阪にいる人間は、一家に一台これと同じものがあるという。おそろしやぁ…関西人。最近じゃ、卵焼きを焼くあの四角いフライパンでたこ焼きを焼くとか。


 僕が愛する人

 パキパキッと4等分


 ひとつは「自分」で埋めましょう

 ひとつは「あなた」に頼みましょう

 ひとつは「家族」に埋めてもらいましょう

 ひとつは「友だち達」にお願いしましょう


 わたしを叱ってくれる人

 ビリビリッと4等分

 ひとつは「自分」でやりましょう

 ひとつは「あなた」にお願いします

 ひとつは「家族」がやってくれるでしょう

 ひとつは「友だち達」に叱ってもらいましょう


 大切な人一人にだけ・・・

 「●○」という女性にだけ・・・

 全部お願いしたくなるけれど

 重荷には・・・なりたくないから

 大切な人を壊してしまいたくないから

 全部全部・・・4等分

 足りないときはみんなで埋めれば

 全部全部・・・埋まるよね、きっと。


 太陽の光をあびて

 ぐんぐん成長するひまわりのように・・・

 たくさん寝て

 どんどん育つ赤ちゃんのように・・・


 俺たちは、再会のあと東京駅から渋谷駅まで電車に揺られながら移動していた。いまは、センター街のゴミゴミした人通りの多い道をスーッと抜けているところです。あと5分くらい歩くと、移動中予約した「伊せ蔓」というお店があった。店長の石田という女性は、週末限定でこのお店に出勤するというちょっと変わったスタイルで働いていた。週末は、平日とはまた違った色合いの出し物でこの店内を賑やかにしていた。彼女の専門は、お蕎麦。平日は、ご自身の横浜のお店を切盛りしているとか。しかも尚樹たちの好きな「ワイン」が豊富に揃っている上品なお店だった。たまたま知り合いからこのお店を紹介して貰い、それからというもの接待があった場合よく利用していたので、カナたちを一度くらい連れて行ってもいいかな?と思っていたけど、すっかり忘れていていて今日になってしまった。彼女が立つ週末に来るのは、久しぶりだった。誘った人たちは、みな喜んでくれる場所=多少金額が張る場所だけれど、久しぶりに会った彼らには、そういう場所が相応しいし楽しんでくれればそれでいいと思った。

「・・・どうしたの?」

 すみれは、何か言いたそうな祐二に向かって答えた。

「お腹減ったぁ・・・」

 祐二は、ポツンと言った。

「わたしも・・・」

 その言葉に吊られて愛も言った。子供って一人が口走るとその言葉に反応して同じような言葉を発する。どうしてかな?

「もうすぐだよ。愛も祐二も。もう少し頑張って歩こうね」

 そう言う俺も腹がグゥーっと鳴っていた。丸の内界隈で食事するべきだったと反省中です。

「もう少し・・・もう少し・・・」

「ファイトファイト・・・愛ちゃんも祐ちゃんも・・・」

 5段くらいある階段を登って、少し傾斜がある道を歩けば右側にその店が立ってる。住所は、宇田川町16-12。結構広めの店内は、黒い壁紙で統一されていてとてもシック。

「・・・まだ・・・」

 祐二と愛がグズリ始めたかも…。

「少しお菓子でも食べさせる?」

「そうする・・・?」

 カナとすみれは、お互いのかばんから袋を取り出そうとした。

「食べさせなくても大丈夫。お店が見えたよ。愛も祐二も…元気出して歩こうな」

「どこ?」

「…」

 すみれは、「そこなの?」。赤い建物を人差し指で指しながら答えた。

「違う違う。その赤い建物の側の黒いほう」

 俺も腹が減り過ぎて言葉に力が無くなっていた。あぁーーー丸の内界隈にしておくべきだったーーー。半泣きしていた子供たちは、突然…走り出した。子供の行動って、今だにわけが分からん。

「ここまで連れてきて…その店、そんなにうまいの?」

 今まで黙っていた尚樹が喋り掛けてきた。

「お二人のお口にとても合うと思いますよ」

「・・・ですか」

「楽しみだね」

 すみれもくすっと笑って答えた。前の方で「一着・・・!」という愛の声が聞こえた。後から走り出した愛の声だった。すると・・・。

「ふぇ・・・えぇ・・・ん・・・」

負けた感が残った祐二は、今まで燻っていた気持ちを爆発させたようだ。子供が泣くと始末が悪い。しょうがないけど…。子供の泣き声を聞くと肩が凝るんだよね、これが。

「・・・男の子だから泣かないの・・・」

 すみれは、小走りしながら言った。

「ふぇ・・・えぇ・・・ん・・・」

 泣き止まない祐二を余所に、愛はというと、うんち座りをしながら待っていた。”私が勝ったのよ”と勝ち誇っているのかな?愛は、誰に似たのか運動神経だけは、他の子より相当いいらしい。

「…大丈夫大丈夫」

 すみれが息子を励ましている姿を見るのは、とても違和感を感じだ。

「誰に似たんだ…」

「お前似だろ。ルックスと頭脳で勝負じゃないの?うちは、運動神経で勝負させてみるわ。80%が母親譲りらしいが、残り20%のDNAでも大丈夫そうだわ」

 俺は、真剣な眼差しで見ていた。

「じゃ学者にでもさせるか」

 尚樹の目は、かなり本気っぽい。その頭脳譲りならあるかもしれない。二人の将来がとても楽しみだ。

「なにぶつぶつ言っているのーー着きました」

「何も…」

「やっと…食に有りつけるぅ・・・」

子供らと一緒に歩くと一苦労なんだよ。予定していた事が何一つ出来ない。週末は、いっつもこんな感じでちっとも落ち着かない。一日の中心は、やっぱり娘になってしまうんだよね。かわいいからしょうがない。キミなら許そう…。

 ”ガラガラ・・・”俺は、娘の右手を握りながらお店の戸を開けた。

”いらっしゃーい”

”いらっしゃいませ・・・”

 店内の従業員の大きな声が聞こえて来た。店の中は、このくらい迫力なくちゃね。この頃のお店は、景気が悪いせいかイマイチのりが悪い気がする。

”あぁ・・・椎名さん。いつもお世話になっています。お待ちしていました”

 店長の石田さんの声が聞こえた。よく声の通る女性だった。

「どうも」

 軽く会釈をした。

「へぇ・・・」

「ふぅーん」

「なかなか・・・かっこいい店構えじゃん」

 尚樹達は、店内をぐるっと見ていた。泣いていた祐二や愛ちゃんと眺めていた。

「こんなとこで、いつも接待してるんだぁ…あなたって。いいなぁ・・・」

「…こんなとこって言うなよ」

 カナの肩をポンポンと触りながら答えた。

「あぁ…」

 ”ごめんなさい”って小声で答えた。

「・・・つい。でも悪い意味じゃないわよ。羨ましいって話だよ」

”もう…いつ食べてもいいようになってますから。さぁさぁ~どうぞどうぞ」

 石田さんは、奥にある個室に案内してくれた。この個室がまたいいんだよ。掘りコタツになっていて、純和風っぽくてさ。

 ”ガラガラー”

「さぁ、どうぞどうぞ」

「…」

「あははぁ…笑」

 愛は、テーブルに並べてある料理を見て思わず言葉が出てしまったらしい。素直な気持ちからだろう。

「きゃー」

「すごーい」

「確かに美味しそうだ」

 俺達は、何も言わずに席へ座った。本当に美味しそうだ。

”ご堪能くださいませ。この後お蕎麦をお持ちしますので。また何か御用の際は、テーブルの上にあるブザーを押してくだされば、スタッフが対応しますので…”

 愛も祐二もちゃんと行儀よく座っている。誰に似たんだか食事の時は、いっつも静かになる。きっとうちはカナ似だな。 俺は、テーブルの上に置いてあるグラスにビールを注ぎまわった。

「どうも」

「ありがとう」

 カナは、子供たちにジュースをふるまった。

「わぁーい」

「やったー」

「それでは…改めて・・・」

「再会を祝して・・・えぇ・・・」

「乾杯!!」

 待ちきれなかった尚樹は、俺が言う前に言いやがった。そして、「ゴクン」とうまそうに飲んじまった。

「あぁ…飲んじゃった飲んじゃった。その言葉は、俺が言う言葉だろうが…。まぁ~いいや。…取りあえず乾杯!」

「お前は、相変わらず頭が固いね。俺は、喉乾いてしょうがなかったんだ。確かに想像していたより善いお店だけど…東京駅からは、ちょっと遠かったよなぁ。もっと近場でいいとこなかったのかよ」

「もう…尚樹ったら一言多いって。そういう事は、思っていても口にしないの。何回言えば分かるんだか…。まぁ…私も自分の本音を言えばさ、少し遠いかな?って思ったけど…。保たちが、せっかく私達のためにセッティングしてくれたんだからさ。ありがたく頂こうよ、ね!」

「・・・」

「”ね!”ってなんだよ」

「”ね!”は”ね!”よ。男は細かい突っ込みしない」

 尚樹とすみれの愚痴が始まった。久しぶりにそういう愚痴を聞いた。皮肉にも何だか落ち着く自分が嫌だった。この二人と一緒に食事に出掛けると決まってこうなる。あいつらは、何か「感謝」の気持ちが足りないというか薄いというか…文句を言わなきゃ気が済まない質らしい。

「相変わらずありがたみの薄い言葉だね。まぁ…お前ららしいよ。陰口叩かれるよりマシか。俺もさ、あぁ~間違ったなぁと思ったさ。丸の内界隈でも良かったと何度思ったか。まぁ…」

俺は、変に納得してしまった。

「じゃそれを踏まえて…もう一度”乾杯!”」

 カナも苦笑いしながら答えた。

「乾杯」

「乾杯」

「かん・・・ぱい」

「かんぱい」

 乾いた喉にビールが「くぅー」っと流れて込んだ。

「ふぅ…うまい」

「やっぱりこれよね…」

「おいしい~ね。愛ちゃん」

「うん、おいしい」

 祐二や愛の顔もニコニコだった。

「渋谷のお店へ行こうって言ったら、遠くねぇ?って初めからそう言えよ…ったくさぁ…」

「それはさぁ、俺たちの立場からは言えねーじゃん。だって俺たちお客だろ?笑」

尚樹は、大阪に移っても生き方は変わらないようだ。いつだって「I Love me」なんだ。少しは変われよ。

「お前らなんてお客じゃねぇーし」

「じゃ…どれから頂こうかな」

「すげぇ腹減ったぁ…。思いっきり食うぞぉ・・・」

 尚樹らが割りばしを手にしながら答えた。

「どの料理食ってもおいしいって。ここ料理を「不味い」って答えたら、お前たちの舌の感覚がどうかしてるんだからなぁ…ありがたく頂け。俺に感謝しろ!!」

 ”あいつらに負けてられるか!”という気持ちでいっぱいだ。すみれは、もぐもぐと食べ始めており、他人の話なんざ聞いておらん。

「愛は…何が食べたいのかな?」

 カナは、ポツンと座っている娘に言った。

「愛はねぇ…この”イクラ”がいいの・・・」

 そうなんです。娘の愛は、食べ物も中でもっとも好きなものは”イクラ”なんだ。誰に似たんだか…痛風になるぞ苦笑。

「はぁ・・・い、イクラね。じゃ…取ってあげるね」

「うん」

 カナは、刺し身が並ぶ器を取りながら答えた。

「愛ってこの”イクラ”が好物なの?うちの子は…そういうブツブツ系駄目だわ」 すみれは、自分の息子に「卵焼き」をよそっていた。裕二は、子供らしい子供だ苦笑。

「いったい誰に似たんだ?愛は。カナの方か?それとも保か?」

  一瞬間をおいて・・・。

「私は、イクラや納豆系は得意じゃないから、きっと…あなたの方かな…」

「俺だって…そんなに得意な部類じゃない。食べられないわけじゃないけど…」

 そういえば、二人ともウニやイクラを寿司屋で注文した記憶がほとんどないような…」

「じゃ…どっちかの両親が好きとか…。でも、まぁ~取りあえず”お金”が掛かりそうな子供だな、愛は。カナに似て飲んべぇになりそうだわ」

 尚樹は、息子を膝の上に乗せて白米を食べさせていた。

「ともくんが好きって言ったから、私も好きになったんだよ」

 娘の言葉に俺やカナ、ほか二人絶句。

「ん?」

「はい?」

「ともくんって?」

「誰?」

「ともくんはともくんでしょ」

 イクラ取ってください。と指図する娘。

「ともくんって誰なんだよ?カナ!!!」

 ちょっとイラッとしている俺。初めて娘から男性の名前を聞いた。ちょっとしたジェラシーっすな。

「そんなの知らないわよ。幼稚園のお友達かなんかじゃない?」

「・・・」

「この際だからいっぱい食べようね。このイクラ…全部食べちゃえ!愛は、あなたたちと違って美食家なんだ」

 ”俺たちの食いぶちは…”って尚樹が言って来たから”そんなのない!”って答えていた。そんなことより”ともくん”って誰?


「ところで…保のお父さんと逢ったりするの?

 すみれは、俺の顔を見ながら言ってきた。

「・・・」

「2年前かなぁ…。突然…フラッと現れて風のようにまた消えちゃった。一度だけ会いに来たよ、愛に」

「あなた…二年前じゃない?それも電話も寄越さないで…突然「よっ」って。数時間うちに寄っただけでまたどこかへ消えちゃったわ」

 それ以来、親父と逢っていない。まだ風来坊癖が治っていない。というか、もう一生治らないね、きっと。

「へぇ…相変わらず変な人ね。あぁっごめんなさい、ひとんちの親に向かって。でも考えようによっては、楽かもね。姑がいないってのは…」

「まぁ…そうかなぁ・・・。そんな事一度も考えた事もないわ。愛の世話で毎日がいっぱいいっぱいで…」

 カナは、隣に座っている娘に卵を与えていた。

「そうよ、そのくらいの距離が一番良いんだって。姑って意外とシブトイのよ!」

 尚樹の顔を伺いながら答えた。

「…なんだよ。何が言いたいんだ?」

「尚樹の母親ったら…大阪まで毎週遊びに来るんだよ、新幹線に乗って。まるで監視されているみたいだわ…何とかしてよ、尚樹」

 すみれも日々ストレスを感じてるようだ。

「…孫がカワイイんだって、きっと。ほらっ!兄貴夫婦には子供がいないだろう。だからさぁ…しょうがないんだって・・・」

「それだけかしら?!」

 すみれは、口を尖らせてながら答えた。「そうだよ」って小声で答えていた尚樹がおかしかった。どの家も母親が強いんだ。うちだけじゃない、良かった。

「それにさ、ちょっと聴いてくれる?孫には…”大阪弁”を教えないでねぇ…とか”ダシ”は、関西風にされると困るとか…いっつも小言が多いのよね」

「うふふぅ…笑」

 カナの笑い声が耳に入ってきた。

「どうした?」

「…うん?」

「そこ、笑うとこじゃないんですけど」

「なぁ~んかさぁ…すみれが羨ましいなって…」

 カナは、味噌汁を飲みながら一人納得していた。

「ん?」

「意味ワカンナイですけど」

 すみれの表情が何とも言えず笑。尚樹もすみれも…俺もポカンと口を開けたままだった。

「なんで?あんたね、聞いてなかったの?姑の話を…頭おかしいんじゃない?」

 すみれは、繭を細めながら答えた。

「すみれ・・・」

 カナは、お茶をすすりながらすみれをちらっと見た。

「・・・何よぉ」

「あのねぇ…」

「姑の愚痴を聞けるだけマシと思いなさいよ。私なんて…姑に一度も逢った事ないし、今もどこで暮らしているかさっぱり分からない。義理のお父さんは、相変わらず風来坊癖がちっとも直らないし…全く困ったもんよ。愛には、この事をどう伝えていいか…正直分からない。いまの所「お散歩中なの」ってごまかしているけど…そのうち、愛だってバカじゃない子だから”パパのじーじとおばばって居ないんだ”って気付くわ。その時の事を考えたら、ずっと頭が痛いわ。それにさぁ~うちの両親も何だかうまくいってないみたいだし、熟年離婚が流行っているらしいからそれだけは、マジ勘弁って感じで。こっちはこっちで…問題山積みなんだから。尚樹の母親が、ひま持て余して毎週新幹線に乗って大阪まで来る元気モリモリババァで何よりじゃん。笑っとけぇ!!笑っとけぇ~!!。姑問題なんて全然平気平気!」

 カナは、すすった湯飲みを置きながら答えた。

「あぁ・・・いや・・・”元気モリモリババァ”なんて言ってないし」

「似たようなもんでしょ!」

「ニュアンスは、全く似てないけど」

「・・・まぁ・・・強い」

 尚樹は”ぽかぁーん”と口を開けて聞いていた。”カナは、そんな事を考えていたのか?”と心の中で思っていたけど…口にするのを止めた。俺は、反論すら出来なかった。まま当たっているし。その事をずっと避けて生きて来た自分には何も言えなかった。

「お互い何となくこんな感じで”家族”作ってさぁ…生きていれば色々あるだろうけど、絶対”幸せ”になろうね。私たちのような子は、”幸せ”にならなきゃいけないの。いつもそう思って…私は生きているんだ。それには、もっともっとお互い周りに感謝しなきゃね。すみれは尚樹を尚樹はすみれを。保は私をそして私は保を。今日…久しぶりにすみれの”家族”に逢えて嬉しかった。この気持ちをずっと大切にしたい」

「…おう」

「…」

「さすが迫力ある…カナ」

 すみれは、目をパチパチさせながら答えた。

「カナ、良い事言うじゃん」

「私は、Wrinkly Peach…ですから」

「さぁ…愛。もっと食べようねぇ…何が食べたい・・・?」

「・・・”イクラ”」

「もう…ないって・・・苦笑」

 俺たちは、笑いながら答えた。


「おいしかったねぇ・・・ご馳走さま」

「あぁ…お腹いっぱい。満足。美味しかったよ」

 尚樹もすみれも満面の笑みで言ってくれた。嬉しかった。

「ブイブイ・・・」

 愛もほっぺたが落ちそうなくらい嬉しそうだった。お得意の”ブイブイ星人”の出来上がり~。自分の調子がいいとすぐこうなる。お調子のモノの愛であった。

「本当にどうもありがとうね、保とカナ」

「美味かったよ、サンキュー」

 満足した二人の顔を見てホッとした。

「ほんとー美味しかったねぇ。保、ご馳走さま。これからどうするの?どこか行くぅ~?」

 カナが愛の手を握りながら答えた。

「どうしようか?」

「あっ、いやぁ・・・」

「私たちもどこか行きたいんだけど…明日にしてくれない?今から私の実家へ行かなきゃいけないの。自分の両親にこの子会わせなきゃ。会わせるの2年ぶりなんだ。だから母親に”楽しみにしている”って言われているから行かなきゃ、ねぇ…尚樹…」

「俺的には…あまり行きたくないんだけどねぇ・・・」

 尚樹のボヤキがぽろっと出た。

「そんな事言わないの。尚樹って、うちの母親が苦手なのよね。逢う度に”小言が多い”ってブツブツいつも言ってるの。それぐらいガマンしてよ。祐二も会いたいって言ってるし…それも父親の勤めでしょ…頑張って頑張って」

「へいへい。祐二のために頑張りますよ、パパは」

 祐二の頭をナデナデしながら言った。

「強くなったな」

 俺は思わず笑ってしまった。隣の部屋に住んでいた頃は、虫一匹殺せないくらい女っぽかったのに、今では自分の言い分をちゃんと相手に伝えられるようになっていた。言葉が達者な尚樹さえひるんでいる。時間が経てば性格も変わるってか?

「母親になれば、誰だって嫌でも強くなるわよ。自分の子のためならどんな事でもするんだから。ねぇ…カナ。もっと日本男児も頑張りなさい・・・あははっ笑」

 すみれは、尚樹の肩とポンっと叩きながら笑った。

「そういう事、です!!」

 カナも納得の表情だった。

「じゃ…どうしようか?俺達の方が保んちに連絡入れる?」

「そうねぇ…。私達から電話した方がいいかな」

 すみれと尚樹は、荷物を持ちながら歩き始めた。

「じゃ…私達は、あなた達の連絡を待ってればいい?」

「今日は、私の実家へ泊まるから…そんなに急がなくても平気だね。そうだなぁ…朝、9時か10時くらいに連絡入れるよ」

「オッケー」

「分かったーーー。まぁー取りあえず尚樹も頑張って。お互い良い父親になろうや」

 俺は、苦笑いをして答えた。

「へいへい。良い親父ね」

「あっ!タクシー!!」

 すみれは、たまたま偶然通りかかったタクシーを無理やり止めに入り、そのまま尚樹と裕二をそのタクシーへ乗車させようとしていた。

「じゃー明日」

「はいはい」

「バイバイ・・・愛ちゃん」

「うん、またね」

「ゆうくんもばいばい」

 久しぶりにあいつらの家族の笑顔が見れてホッとしたっつうか…何だか気分がとても良い時間だった。


 ・・・雨粒を受けとめて、ワイングラスは、やはりあの日のように、澄んだやさしい音色を小屋中にひびかせます。でも、いまとなっては、その音色におどろいてくれる桜草のような娘も、なつかしんでくれる愛しい妻も、いないのです。ティムおじいさんはテーブルに両ひじをつくと、すっかり白くなった頭を抱えました。

「ティム」

 若い日のタムの華やいだ声が、ティムおじいさんのなかにひびきわたります。

「ティム」

 まるで、本当に、あの日のタムがティムを呼んでいるようです。ティムおじいさんは、たまらなくなって顔を上げました。

「そんな、まさか・・・」

 古びたテーブルの上には、小さな小さなあの日の娘がすらりと立って、にっこりとティムに両手をさしだしているのです。

「・・・タム、タム!」

  ティムおじいさんはおもわず、両手をさしだしていました。

  父親の帰りが遅いのを心配した息子たちが小屋に着いたとき、ティムおじいさんは眠るように亡くなっていました。おだやかな顔で、なにかをやさしく迎えるように、なにもない古びたテーブルの上に両手をさしだしたまま・・・。

  それからしばらくして、森の奥では雨上がりに雨粒が木々の葉からこぼれ落ちると、まるでグラスを指ではじいたときのような、澄んだやさしい音色が、かすかに聞かれるようになりました。高い華やいだ音色がひびいたと思うと、少し低い、でも若々しい音色が二つ続けてあとを追います。まだ恋人のいないごく若い娘たちのあいだでは、その音色は、いつからか、「しあわせな恋人たち」と呼ばれるようになりました。恋人といっしょに耳にすると、いつか必ず、結ばれることになるというのです・・・。


「やっと寝てくれたわぁ・・・疲れたぁ・・・」

 昨晩読んだ童話の続きを愛に読んであげた。

「私も少し寝ようかなぁ。少し寝てもいい?」

 カナは、愛の隣で横になっていた。

「別にいいよ。夕飯まで一時間くらいあるし…昼間あれだけ食べたからそんなにお腹減っていないし。俺ももう少しこの本を読みたいんだ」

 俺は、寝室にあるロッキングチェアへ座っていた。このチェアめっちゃ最高!!と自慢したくなる一品だった。トップのアームシェルはもちろんのこと、ベースのロッカーも全てハーマンミラー社製ヴィンテージのという貴重な組み合わせ。めったにお目にかかれない一点もののチェア。丁度一年前くらいに代官山にあるミッドセンチュリー専門店この手を扱っているお店では老舗のお店にて、カナには報告せずにさくっと買ってしまった曰く付きのチェアでもあった。そのチェアが自宅マンションへ届いた後、ブツブツと一週間くらい小言が続く。そんなに高くない…んだよ?と言うと、そういう問題じゃないわ。と言われ、随分愚痴られたものです。趣味の一つや二つあっても良かろう・・・といまでも思っているが、しかしそういう問題じゃないんだろうな。事前に言えば問題解決か?それもないだろう。買えた保証がないからだ。まぁ最近は、大人しくしていますよ。ただ欲しいチェアは、いまもたくさんある。相談する度に、あなたのおしりは一つでしょう?。とぼやかれるが落ちだ。

「あぁ…そうだ、今日は俺が飯作ろうか?」

「うん?」

 カナは、目を擦りながら答えた。

「だからさ、俺が夕飯作ろうか?」

 俺は、次のページを捲りながら言った。

「いいの?」

「もう少しノンビリしたぁ~いって顔に書いてあるからさ」

「・・・本当にいいの・・・??」

 俺自身…最近、趣味と公言している料理を何一つ作ってなかったと思うし(そういう事は、全部カナに任せっきりだった)彼女自身に相当負担をかけているんじゃないかな?ここらで良い亭主っぷりをなんとしかないとこのままでは逃げられそうで怖いと思い…カナに出て行かれると困るのは俺の方なわけで。

「なんか、こう…思いっきり料理をしたくなったんだよ。何が食べたい?」

「・・・そうだなぁ・・・」

 カナは、思ったより嬉しそうだった。

「難しいのは・・・勘弁してくれよ」

「・・・それか、たこ焼でも作って食うとか?」

「・・・」

 カナは、それには返事をしなかった。

「うぅ~んとねぇ・・・あっそうだ!”ロールキャベツ”がいい」

 寝転がっていた体制を置き上がりながら答えた。”なんだ、元気じゃん!”と思いつつ。

「ロールキャベツ?」

「そう、それがいい。独身の頃…よく作ってくれたよね。保の得意料理だったよね。久しぶりに食べたい。ロールキャベツなら愛も食べられると思うし…。たこ焼は、今度でいいや」

「オッケー」

 俺は、チェアから「ムクッ」と立ち上がった。

「材料ある?」

「キャベツと玉ねぎはあるけど…挽肉がないや。こんな時間だし…買い物行かなきゃ…」

 カナは、ベッドから置き上がろうとした。

「いいからいいから。俺がそのくらい買い物行って来るよ。たまには寝てろって。それに…二人で出掛けて万が一愛が起きでみろ…そっちの方が面倒だよ」

「そうね」

「だろ!」

「最近キッチンに立ってないでしょー。本当に大丈夫?」

 カナは、ベットに端の方に座った。

「まかせなさい」

「・・・そんなに心配?」

「いやーそんな事ないけど…。今日の保は、何だか…やけに優しいなぁと思いまして?」

「まぁそんな日もあるさ」

 俺は、決して優しい男でも出来た旦那でもない。そんな事を思いながら上衣を着て寝室を出て行った。マンションから歩いて5分くらいの所にスーパーがあった。この時間帯は、結構買い物客で込んでいそうだ。早く行かなきゃ。俺たちの住まいは、住所で伝えると前とほとんど変わっていない。愛が生まれてちょっとだけ広めのマンションに引っ越しただけだった。


 いまを感謝している。

 そりゃもう、壱秒壱秒が楽しく生きられる。


「おもぉーい、よいしょ…ふぅ・・・」

「だから、そんなに沢山買わなくてもいいって・・・」

「いいの。わたしが買いたかったの」

 すみれは、玄関にドサッと荷物を置いた。

「ただいま・・・お母さん、居るのーーーー?」

 息を切らしながら玄関の戸を開けた。俺ら家族と別れた後、手土産をたくさん買ったらしい。そんなに買わなくても誰も文句言わないだろうに。

「おじゃましまぁーす」

 尚樹は、祐二の手を引きながら控えめに答えた。

「たぁ・・・」

「あれ?だれも居ないのかなぁ?」

「気付いてないだけじゃない?」

 二人は、玄関に入って靴を脱ぎ始めた。そうそう言い忘れていたけど、すみれの実家は、恵比寿の一等地にあるらしい。~らしいというのは、今まで招かれる事もなければ特別こっちから行く用もなかったせいで…実は、どんな家庭環境で育ったかよく知らないんだ。確かに古い友人ではあるだけど…彼女が、どこで生まれて…親父は、どんな職業についているか?とか、そういう会話なんて友人関係を長く続けるためにどうでも必要な事でもないし、俺自身全く興味がなかった。ただ彼女は、同じマンションのしかも隣の住人だった事もあり、よく酒を飲みながら父親の愚痴を聞いていたかな?だから何も知らないわけでもない。彼女の話を総合すると、こんな感じです。父親は、勤めていた不動産会社を入社後3年くらいで簡単に辞め、一級建築士になったばかりの友人をうまく誘い出し、自分たちで建築会社を作ったようです。高度成長期でも大もうけもしなければ、細菌ずっと続いている不況の影響でも対して影響を受けず…今では、数百名の社員を雇うまで大きな組織を作りあげたしい。しかし現在は、その業務(経営)から半リタイア気味になっているらしく(つまり会長職)なかなか思うようにまとまらない後継者問題で、いつも頭を悩ましているようだ。その他三つほどビルを所有しており、その持ちビルの一つの最上階へ住んでいる…あれれ?結構詳しい説明が出来てしまった。

「ただいま・・・お母さん。あれれっ?居ないのー?」

 すみれは、リビングに繋がるドアを開けながら行った。

「おじゃまぁ・・・します。お父さん居ますかぁ・・」

  誰もいないみたいだ。居る気配が感じられない。

「なんだ、だれも居ないじゃん。すげぇ~ホッとした」

 尚樹の態度が急に大柄になったような…。

「どこに行ってるのかしらね?」

「俺たちが来るっていうから、どこかで買い物でもしているんじゃない?だからさ、電話を入れてから来た方がいいって…あれほど言ったのに・・・」

 尚樹は、ソファーに寄り掛かりながら答えた。

「電話して誰も出なかったらここへ来るつもりなかったくせに。何もかも分かってんだから」

「…それ、大正解!!」

 尚樹は、禁煙中のようでガムを口に放り込んだ。「図星」ようだ。

「どうする?」

「どうしようかな?私は、ベッドで少し祐二を寝かせるわ。今日、一日中…歩き回って疲れていると思うし・・・」

 リビングのかどっこで遊んでいる息子を確認しながら答えた。

「じゃ…寝かせる前に祐二を風呂へ入れた方がいいんじゃない?」

「たまには”気が利く”わね。じゃーそうしてくれる?」

「一言多いっつうの」

 尚樹は、遊んでいる祐二に向かって

「こっちにおいで。お風呂湧いたら一緒にお風呂へ入ろう」

「私は…夕飯の準備でもしているわ」

「何を作ってくれるの?」

「えぇーとねぇ、祐二の好きな「カレー」だよ

 すみれは、息子のほっぺにチューをした。

「…やったぁー」

「またぁ・・・?確か先週の金曜日もそうだったじゃない?勘弁してよー」

「…いいのいいの。夕飯なんて息子中心でいいのいいの」

「あぁ、そうだ。お前の両親が戻って来たら寿司でも食いに行こうよ」

 尚樹は、納得いかない様子で少し抵抗しようものなら・・・。

「駄目よーそんなの」

すみれは、湯船へ湯を溜めるためにボタンと押した。

「大阪からこっちまで帰って来るのにいくらかかってると思っているの?」

「最終的には、俺の旅費は会社持ちだし…お前の交通費くらいじゃない?だからさぁー思っているよりそんなかかってないんじゃない?たまには寿司でも食べに行こーよ。駅前のなんていう名前だっけ?あそこの寿司なら、そんなに高くないし…」

「確かに…そうだけど。祐二は、ほかの子と違って私立の保育園へ行っているのよ。小学生終わるまでエスカレーター式で進む学校なんだから、あと何年?七年…いや八年か…ずっとその間私立なんだからね。そういう事忘れないでね。尚樹は、知らないと思うけど…知らないうちに結構お金出て行くんだから。少しでも余裕がある時に貯めとかなきゃ…」

「今からそんな事言わなくても…」

「絶対、駄目!」

 お嬢様育ちのすみれらしくない会話が続く。ちなみにうちの愛は、区立の普通の幼稚園だ。近場の人達と同じ学校に通わせている。俺とカナで話し合って決めたんだ。初めから競争の激しい所で学ばせくなかった。小さい頃は、ゆっくり遊ばせたいと。年齢を重ねるうちに嫌でも他人と競争しなければならない時が必ず来るのだから、今のうちにたくさん遊んどけ!と。しかし、あの”ともくん”とは誰だ。今度、園に行ってチェックしてやる!!まぁそれはそれとして、我が家は何をしているかというと…。

「出来上がり~♪」

 俺は、久々に作った料理に満足していた。

「何々・・・もう出来たの?」

 リビングで愛と話しているカナの声が聞こえた。

「おぉー出来たよ。ちょっと…味見してくれる?カナ」

 ”結構うまく出来たと思うんだけど”と、心の中でそう思っていた。

「はいはぁ~い。パパが愛の好きな”ロールキャベツ”を作ってくれたんだって…」

「はいはぁーい」

 カナや愛も上機嫌だった。こんな事で喜ばれるのならこれからも作ってもいいかな。うんうん。

「どれどれぇ・・・」

「・・・」

 近くに置いてあったスプーンでトマトベースで煮込んだスープをよそった。

「・・・」

 判定中のカナ。

「どう?」

「オッケー。すごくまろやかで美味しいよー。もう少し煮込んだ方がいいわね」

「よし!」

 俺は、小さくガッツポーズをした。

「最近ちっとも作ってなかったから…”どうかなぁー”って心配してたんだけど、全然腕落ちてないじゃん。びっくりーーー」

「あたり前じゃん」

 実は、多少心配していた。

「これからも作ってもらいましょう…ねぇ。愛」

「うん」

「じゃ…食べようよ」

カナは、冷蔵庫の中から昨日のあまりを取り出そうとしていた。もちろん、きんぴらも健在だった。今日でやっと食べ終える。そしてまた違う材料できんぴらを作るつもりのカナであった。

「愛も手伝って…」

「やぁ・・・」

 愛は、ばたばたとリビングへ逃げて行った。

「手伝わない子は、食べられないよー」

「えぇ・・・そんな」

 こういうときの表情は大人と変わらない。

「いい子だから・・・愛も手伝おうね♪」

 俺も皿に”ロールキャベツ”を盛り始めた。最高に良い出来栄え。さぁ…食べるよ。愛は、渋々キッチンへ戻ってきた。


 この世の中

 感情に正直な者ほど

 損をする

 女は

 理想の男性は?と尋ねると・・・

 「頼りがいのある男」なんて言う

 冗談じゃない

 男は・・・

 みんな

 いつだって好きな女に

 甘えて生きていきたいんだ


正しい愛の形なんて

本当はどうだっていい

たいして意味がない

日頃、理性で固められた

そう・・・

蝋人形を演じなきゃいけないんだから


 「プルループルルー♪」 すみれの自宅の電話が鳴った。

「こんな時間に誰かしら?」

 すみれは、ソファーから立ち上がって電話がある方へ向かった。

「お父さんじゃない?」

「そうかな?」

「もしもし・・・」

 すみれは、お腹を擦りながら電話口に出た。自分で作った「カレー」を食べ過ぎたせいでお腹の調子が思わしくないらしい。それほど食欲のなかった息子の分まで食べてしまったからだ。よくある家族風景だ。

「もしもし・・・」

 すみれは、開けっぱなしにして隣のセカンドリビングで寝ている息子を見ながら返事を待っていた。

「父さんだよ」

「お父さん?」

 目が覚めたような声で言った。

「どうしたの?こんな時間まで。私たちがここへ来る事知っていたでしょう?」

 柱にかかっている時計を眺めながら答えた。21時を少し回っていた。

「も・・・」

「どうしたの?すごく声が遠いんだけど・・・」

 多分すみれのお父さんが持っているスマフォの充電が切れ掛かっているせいだと思われる。外のBGMで最寄り駅の恵比寿駅構内にいる事は簡単に想像できたが。

「もしもし・・・」

「お父さん?」

 すみれの声が大きくなり始めた。

”さっきまで整形外科の病院へいたんだ。・・・連絡が遅くなってごめん”

「えぇ?大丈夫なの?」

 どうやら自分の腹痛がひゅっと引っ込んだみたいだ。

「なに?どうしたんだ?何かあったのか?」

 ソファーの上でゴロゴロ寝そべっていた尚樹もすみれの口から出てくる声でびっくりしたらしく、飛び起きた。

”なぁ~に大丈夫だよ。心配ない”

 お父さんの声は、意外と明るいらしい。

「平気?」

 ”大丈夫なの?”と尚樹がすみれに聞くと”大丈夫らしい”と答えた。

「~で?」

”母さんと祐二の服でも見に行こうって事で、渋谷の丸井まで出掛けたんだ。途中までは、順調だったんだけど帰り際に健康のため階段で降りようって、母さんが余計な事を言うもんだからさぁ…階段で降りたんだよ。そうしたら…母さん、ちょっとタイミングが合わなくて足を踏み外しちゃったんだよ。念のためにさっきまで病院へ行ってたんだ。母さんも年だからさぁ…”

 お母さんは”一言多い”と隣で笑ってるらしい。一言多いのは、父親譲りだったと判明した。

”軽い捻挫だよ”

「そうなんだ。びっくりさせないでよ・・・」

”足を踏み外したらしいよ”って小声で答えた。

「大丈夫?」

”大丈夫みたい。どっちも元気みたいよ”

「あっそう。迎えに行こうか?」

「もしもし・・・お父さん、尚樹が迎えに行きましょうか?って」

 すみれは、息子が起きていないかどうか確認をしながら答えた。

”大丈夫だよ。母さんも一人で歩けるから・・・”

「大丈夫だって」

「そう」

尚樹は、ソファーへ戻って行った。

「お父さん達は、ご飯食べたの?」

”いやぁ…食べてない。何か食べようかな?と思っている所だけど・・・」

「カレーならあるわよ」

 意外とイケてたと自画自賛。尚樹には”寿司が食べたい”と食事が終わるまで小言言われ続けたらしい。

”じゃ…どこにも寄らずに帰るよ”

「分かった」

 すみれは、電話を切った。

「やっぱり駅まで迎えに行こうか?」

 尚樹は、ソファーの上にぐしゃぐしゃに脱ぎっぱなしの上着を着直した。

「いいんじゃない?お母さんも歩けるって言うし・・・」

「俺…ちょっと迎いに行って来るわ。今日と明日…ここにお世話になるわけだし」

「そうね。その方が・・・少しは、お母さんに好かれるかもよ?」

 すみれは、「冗談よ」って笑いながら玄関まで見送った。

「駅まで行って会えなかった、戻って来るよ」

「はいな」


「パパが作ってくれた料理、美味しかったねぇ…愛」

 満面の笑みでカナが答えた。

「うんうん…。ブイブイ・・・」

 愛も上機嫌。

「俺が作ったんだから、うまいに決まってるじゃん」

 俺もすみれと同じ自画自賛派。料理なんてそんなもんだと思う。

「これからもパパに作って貰いましょうね。週末は…パパの日。ねぇ…愛」

「ブイブイ」

 愛は、”ブイブイ”という言葉がお気に入りだった。両手で、ピースサインをする仕種がたまらなくカワイイ。その様子を見て「ブイブイ星人」と俺が命名したんだ。この言葉が出ているうちは、愛との距離も大丈夫みたいだと思っている。

「カナ…食器を洗った後、少し話できないかな?」

 俺は、尚樹らと会食した時に答えていた言葉がどうしても頭から離れなった。

「なぁ~に?」


「姑の愚痴を聞けるだけマシと思いなさいよ。私なんて…姑に一度も逢った事ないし、今もどこで暮らしているかさっぱり分からない。義理のお父さんは、相変わらず風来坊癖がちっとも直らないし…全く困ったもんよ。愛には、この事をどう伝えていいか…正直分からない。いまの所「お散歩中なの」ってごまかしているけど…そのうち、愛だってバカじゃない子だから”パパのじーじとおばばって居ないんだ”って気付くわ。その時の事を考えたら、ずっと頭が痛いわ。それにさぁ~うちの両親も何だかうまくいってないみたいだし、熟年離婚が流行っているらしいからそれだけは、マジ勘弁って感じで。こっちはこっちで…問題山積みなんだから。尚樹の母親が、ひま持て余して毎週新幹線に乗って大阪まで来る元気モリモリババァで何よりじゃん。笑っとけぇ!!笑っとけぇ~!!。姑問題なんて全然平気平気!」

 加奈は、すすった湯飲みを置きながら答えた。

「あぁ・・・いや・・・”元気モリモリババァ”なんて言ってないし」

「似たようなもんでしょ!」

「ニュアンスは、全く似てないけど」

「・・・まぁ・・・強い」

 尚樹は”ぽかぁーん”と口を開けて聞いていた。”カナは、そんな事を考えていたのか?”と心の中で思っていたけど…口にするのを止めた。俺は、反論すら出来なかった。まま当たっているし。その事をずっと避けて生きて来た自分には何も言えなかった。

「お互い何となくこんな感じで”家族”作ってさぁ…生きていれば色々あるだろうけど、絶対”幸せ”になろうね。私たちのような子は、”幸せ”にならなきゃいけないの。いつもそう思って…私は生きているんだ。それには、もっともっとお互い周りに感謝しなきゃね。すみれは尚樹を尚樹はすみれを。保は私をそして私は保を。今日…久しぶりにすみれの”家族”に逢えて嬉しかった。この気持ちをずっと大切にしたい」

「…おう」

「…」

「さすが迫力ある…カナ」


 この言葉がずっと・・・ずっと、頭から離れなかった。

「なぁ・・・加奈」

 お茶を啜りながら答えた。

「なぁ~に?」

「あのさぁ・・・」

「うん?何か話があるんでしょー?なになに?」

「・・・」

 俺は、眉間に皺を寄せながら言った。

「カナが尚樹たちと会食した時に答えた言葉なんだけど…」

 ”ふぅ・・・”とため息を吐きながら答えた。

「俺の両親の事なんだけど」

「あぁ・・・」

 カナもお茶を啜りながら言った。

「やっぱり愛に逢わせた方がいいと思う?」

「・・・」

 カナは、一瞬沈黙。

「保は…どうしたいの?」

 俺は、自分の両親というか…親父のほうは勝手に会いに来たわけだけど、母親には娘を逢わせようと正直考えてもなかった。実際、母親が俺の前から消えて居なくなっても…取りあえず何とかここまで生きてきた。これからも…多少困難な事も起こるだろうけど、俺にはもう…カナや娘が側にいるわけで…これからもこのカタチで幸せにやっていけるはずだと思っている。誰かに”どうしたい?”と聞かれたら”逢わせなくてもいい”と答えるだろう。これは、俺自身の気持ちであって娘のためという立場(父親として)ではなかった。

「親父はさ…あぁいう人だからね、たまに孫に逢いたくなったら勝手に会いに来ると思うんだよ。きっとね。だけど、お母さんは…逢わせるといっても…いまの所、居所すら確認できていないし…」

「本当に分からないの?」

 カナは、ソファーの上で横になって寝ようとしている愛を見ながら答えた。

「あぁ」

「そう・・・」

「でも、ひょっとしたら・・・」

 残ったお茶を飲み干した。

「うん?」

「・・・ひょっとしたら、親父ならお母さんの居所を知っているんじゃないかって…ずっと思っていた事もあった」

 俺は、急須に入っているお茶を湯飲みに移した。

「なんで・・・そう思うの?」

 カナの湯飲みにもお茶を入れてあげた。

「俺の高校卒業の日にお母さんは…うちを出て行ったから…確か、その年の3月にお母さんの誕生日を祝ったんだよ。いまもよく覚えているんだ。その日ものすごく雨が降った日でさぁ…親父は、いつも誕生日になると”誕生日なんて祝うもんじゃない”って何も買ってこない人が、その日に限って…大きなロウソクを4本と小さなロウソクを5本立てたケーキを買って来たんだ。だから当時のお袋の年齢は45歳だったと思う。あれから…早いもんで17年経つんだよね、今年で。だからお母さんは、生きていれば62歳で還暦を超えているはずなんだよ。いくら今の人は、年を取っても元気だっていったって、一人で暮らすのは無理があると思うんだよ。だからさ、親父と連絡を取り合ってくれていたらと…。あくまでも俺の勝手な推測だけど…」

 お茶を啜りながら答えた。

「なるほど・・・有り得る話よね」

「まぁ…好きな人が出来て、別の人生を送っているかもしれないけどね…正直わからない」

 そんな風に考えていた事もあった。

「別の人生?」

「俺と親父以外の家族を持っているかも…」

 俺は、答えに詰まった表情のカナを見ていた。そりゃ…そうだよね。言っている俺だって、母親が取った行動はいまも理解できないでいる。もう怒っていないけど。

「好きな人が出来たから…息子と夫をおいて蒸発したって事?」

 カナは、背筋を伸ばしながら答えた。

「うぅーん」

「結婚する前にも…そういう話題になったよね」

「あぁー」

「あの時は、正直…あなたに嫌われたくなかったし言い難かったから何も答えなかった。いまなら…こう答える。どういう理由があって、家族を放棄したか分からないけど、あなたの母親って、身勝手で結構残酷な事を平気でするわよね。私が娘だったら一生許さないと思う」

 カナは、多少怒った表情で答えていた。俺は「お母さんを許しているのか?」って誰か聞かれれば「怒ってないけど…よく分からない」というあいまいな答えを用意するだろう。昔の俺なら「許している」と躊躇せずに答えた。現にそう考えていた時期もあった。でも俺にも愛する娘がいるからね。そう…あの時のお母さんと同じ土俵に立っているわけですよ。許せるとは言い難い。「じゃ…あなたも家族を放棄するの?」とカナに聞かれれば、迷わず「NO」って大声で答えるよ。俺にとって「家族」は、いつでも特別な存在なんだ。裏切る事は絶対に有り得ない。それだけはない。

「さっき言った事は…あくまでも俺の推測だし事実は分からない。蒸発した理由なんて親父にも聞いた事ないし聞けば怒られそうだから、今の今まで…聞かずにほっといたんだ」

「でも…蒸発して家族を放棄したっていう事実は変わらないよ」

「まぁ…そうなんだけど・・・」

「お父さんに…聞けば答えてくれるんじゃない?」

「・・・」

「もう…あなただって子供じゃないわけだし…一児のパパでしょう。素直に言えば、ある程度お父さんも答えてくれるんじゃない?」

「・・・」

 ”ふぅ・・・”とため息を漏らした。

「あなたのお父さんって・・・実家の四日市にいるんでしょ?」

「たぶん」

「どこにも出掛けていなければね」

 俺は、湯飲みをテーブルに置き、愛の寝ているリビングへ向かった。娘を寝室に移すためだ。

「今度、電話してみるか?」

 ”よいしょ・・・”

「なぁに・・・?」

 と小声で答えた娘を抱き抱えながら答えた。

「ベッドで寝ようね、愛。風邪ひいちゃうよ」

「あぁーい」

「電話…してみようよ、電話。明日でもさぁ…」

「大人しく田舎でのんびり暮らしていればいいんだけどねぇ」

 カナと寝室へ向かった。


「お儀母さん・・・そっと歩いてくださいね。そっとですよ」

 尚樹は、左足が包帯でぐるぐる巻きになっている義理の母親へ向かって言った。

「大丈夫ですって?そんなに私が心配?少しタイミングがずれちゃって体制が崩れただけよ…。私を病人扱いしないでおくれ。そこらの叔母さんと同じにしないで…ったく・・・」

「もうぉ・・・お母さん、なに言ってんの?。叔母さんどころかいっつの間にかそれを通り超して、祐二のお婆さんじゃない。それにさぁ尚樹は、お母さんが心配で駅まで迎えに行っただけじゃない。私は、別に行かなくても大丈夫って言ったのにさ、行ってくれたわけだから「ありがとう」ぐらい言えばいいのに…全く素直じゃないんだから」

 娘のすみれは、呆れたような声を出して玄関まで迎えに来た。

「どうもありがとうね、尚樹さん」

 すみれの父親は、母親の変わりに頭を掻きながら言った。

「いえいえ・・・。軽い捻挫だけで良かった良かった。頭でも打ったら大変でしたよ」

 尚樹も頬を買いながら小声で答えた。

「口から落ちれば…ねぇ・・・。少しは、静かになるのに・・・」

「言えてる」

 すみれとお義父さん、あるいはカナだけが言えるジョークだ。尚樹や俺には言えない言葉です。

「そうよ。私は、祐二のお祖母ちゃん。それは認めるわよ。でも…肉体年齢は、50代なんだから。この間…ジムの・・・」

 母親は、左足を引きずりながら答えた。

「相変わらず、お前は強情だね。この間、ジムのトレーナーに「肉体年齢は50代ですね」って言われた事が相当嬉しかったらしくて…ずっとこの調子なんだよ」

 父親は、苦笑いをして答えた。

「あなたまで・・・」

 すみれの父親も呆れて物が言えないって顔をしていた。

「ジムのトレーナーだって、お客に来てほしいもんだから…多少の「お世辞」くらい言うんじゃない?私だって、大阪のフィットネスクラブに通ってるんだけど…笑いながら”肌年齢は、20代前半ですよ”って言われたわ」

「まぁ…そうなの?やぁ~ねぇ…最近の・・・」

「玄関で立ち話もなんなんだから…リビングへ行きませんか?」

 尚樹は、すみれの母親の肩をポンっと叩きながら言った。

「そうね」

「一人で大丈夫ですか?」

「足が痛いんだから…肩貸してちょうだい。わたしお祖母ちゃんなんだから!」

 すみれの母親は、何か一言追加しないと…ダメらしい。

「カレー作ってあるんだろ・・・温め直してくれない?」

 父親は、すたすたとリビングに向かうすみれへ言った

「はぁ~い。もう…こんな時間だし…少しでいいわよね?」

「量は、適当でいいわよ。太るのやだし・・・」

「俺は、普通でいいよ。さぁさぁ…祐二の寝顔でも見てくるかなぁ・・・」

 セカンドリビングに向かいながら答えた。

「お父さん…もう寝てるんだから起さないでよね。祐二ってさぁ…誰に似たか知らないけど、寝付きが相当悪いのよね。いっつも寝かすの大変なんだから・・・」

「お母さん似じゃないか?俺は昔から「寝付きだけは良かった」って言われたもんだ」

父親は、祐二の頬を擦りながら答えた。

「私だっていいはずよぉ…。嫌な役は、いつも私なんだから。全く…納得いかないわ」

「やっぱり・・・子供はカワイイでしょ?」

「あぁ・・・。孫は特にだ」

「子供って…寝ている時は、ほんとカワイイですよね。男の子だからしょうがないですけど…起きてる時は、すげぇ…落ち着きがなくって、ゴジラの子を一匹飼っているようなもんすよ。今日、ランチをご馳走してくれた学生時代からの友人にも…この子と同じ年の4歳の女の子がいるんですけど、同じような事を笑って言っていました。だからその友人も俺と同じ事を考えたらしく、自分の娘が寝静まるまで仕事を終わらせないようにしているんだって。お互い笑っちゃいました」

 尚樹も息子の寝顔を見ていた。そう・・・言ってもカワイイものはカワイイ。

「それでも…カワイくてしょうがないだろ…自分の子は・・・」

 父親は、おでこをなでなでしながら答えた。

「はい。俺の宝物っす」

「大事に育てなきゃな。頼んだよ…尚樹さん。うちの娘もこの子と同じくらい可愛がってくださいね…お願いしますよ」

「任しておいてください」

「あんな騒がしい子でもこんな時代があったのかねぇ…。最近、あいつに似てうるさいったらありゃしない・・・」

「すみれの事っすか?」

「ウルサイだろ?すみれの性格は、完全に母さん似だよ」

「えぇ・・・。この頃小言がちょっと…」

「今日もねぇ・・・お父さん達と「寿司でも食べに行こう」って提案したら…”この子は、中学生になるまで…ずっと私立なのよ…分かってる?”ってすぐ却下されちゃいました…」

 尚樹は、苦笑いしながら答えた。

「なに?それで今夜は「カレー」になったのかよー。俺だって寿司の方が良かったなぁ。なんだ、尚樹さんも意外とだらしがねぇ~な。そういう時は、バシっと言わなきゃ…バシッと・・・」

 お義父さんは、ファイティングポーズの真似をしながら答えた。

「そぉ・・・すけどねぇ・・・」

 尚樹とすみれの父親は、結構良い感じで仲がいいようです。

「なになに…男同士で・・・。そこの二人いけませんねぇ。こそこそと喋っているのですかぁ…。”うるさくて寝られないよー”って、祐二も頭かかえて寝ているわよ。どれどれぇ…私も孫を観賞させてもらおうかしら?」

「この子は、私に似て…きっと丈夫に育つよー。間違いない」

 すみれの母親も祐二の頬をナデナデした。お餅みたいで触ると気持ちいいんです。子供の肌は。

「温まったわよ・・・カレー。お父さん・・・お母さん・・・」

 すみれは、味見ようの小匙を持ちながらこっちの部屋へ来た。

「みんなでそんなに寝ている祐二を囲んだら…息苦しくて寝れないじゃない。こっちに戻ってきて。ほんとーにもう・・・デリカシーがないんだから…プンプン」

「・・・やっぱり親子っすね」

 尚樹は、父親だけに伝わるような声で言った。

「うふふっ・・・そっくりだ」

「何か言った?」

 すみれは、ソファに座りながら答えた。

「いいえ、別に」

 くすっと笑いながら答えた。

「お腹がタプンタプンするまで・・・食べようかな?」

「それはダメ!」


 「子供に理解がある」

 なんて言ってる親のほとんどが・・・

 理解あるふりしているだけなんだ

 分かった風な事を言って・・・

 実は・・・その裏では

 うまい事 子供との衝突を 

 間逃れようと・・・しているだけ

 だから

 事件や事故を未然に防げない

 起こってから慌てて動き出し

 溜まるのは・・・問題の山ばかり


 自分以外の人間を

 真に理解するなんて事は

 そんな生易しいもんじゃない

 それこそ、自分の身をヤスリで削る思いで

 命懸けでやるものなんだ


「プルルー♪プルルー♪」寝室の電話が鳴った。

「…電話が鳴ってるよ・・・保。出てよー」

カナは、眠い目を擦りながら俺の背中を押した。

「えぇ・・・お前が出てよー。俺だって眠いんだからさぁ」

「いやぁ・・・あなたが出てよ」

「うぁぁ~もううるさぁーい。誰だこんな朝っぱらから」

 俺は、イヤイヤベットの中からはい上がり起き上がった。こんな朝っぱらから連絡してくるやつは…。

「もしもし・・・椎名ですが・・・」

 俺は、頬をポリポリかきながら電話口に出た。

「もしもし・・・保?」

 尚樹からだった。

「おはよーさん」

「まだ寝てたんか?」

 柱時計を確認したが、9時だった。予定通りといえばそうなんだけど…9時か10時と言ったはずだが。早い方に合わせたのね…苦笑。

「相変わらず時間にルーズじゃないのね」

「おはよ・・・。休みだしな」

「俺は、一時間前にちゃんと起きて、すみれの実家の周辺を散歩して来たよ。気持ちいいぞー。梅雨の中休みで天気もいいし散歩って最高!」

「はいはい。朝からなんてテンションの高い男だ。・・・朝からご苦労さん。すみれたちも起きてるのか?」

「ぐぅ~ぐぅ~寝ているって。さっき”まだ無理”って。未だに夢の中でお姫様になっているかもしれない」

「そうでしょうそうでしょう・・・。それが普通だ」

「…で、今日の予定は?」

「あぁ・・・?」

 俺は起きたばっかで頭が回ってない。

「確か、ヒルズに行くんじゃなかったっけ?何かーそんな事言ってたような~」

「・・・そうなんだけど、俺たちの都合でいいわけ?」

「別にいいよ、俺たちも久しぶりに行くんだ。尚樹らが行きたいなら行こう」

 ”ふぁ~”とあくびをしながら答えた。

「~といってもヒルズへ行ってもたいして見るもんないなぁ。まぁ、最悪…愛や祐二・・・と映画館行きかな」

「じゃーどうする?」

「ちょっと早いけど…すみれの誕生日でも祝う?七日だっけ?」

「ふぁ~」とあくびをしながら答えた。

「・・・」

「いいよ、まだ全然早いしそんなの。昨日もご馳走になったわけし・・・」

 電話口で笑い声が聞こえていた。

「あぁ・・・。あれは、再会を祝しての食事会だろ?」

「そうだけど…まだいいよ。すみれもあれで結構満足しているし。あの後も美味しかったって騒いでいたよ。大阪でもっと美味しい店探そうとかなんとか…」

「それはそれは。これから大変そうだ。あはははっ・・・早く現実に戻した方がいいぞ」

「正解」

「・・・ぷっ」

 お互い…思わず笑ってしまった。

「じゃ…どこで待ち合わせしようか?」

「どうしようかな。すみれの両親と恵比寿でランチしてからになりそうだから、14時くらいに六本木の”アマンド”前で待ち合わせしようか?」

「了解」

 壁に掛かっている時計を眺めながら答えた。これからカナと愛を起せば、十分間に合うだろう。俺は、”ふぅ~”とため息を吐きながら肩を下ろした。

「さぁ…起きよーカナ、愛。外は…晴れてるってさぁ・・・」

 カーテンを開けると、太陽の光がそれを待っていたかのように鈍っている身体に容赦なく降り注ぐ。俺は、片手で太陽の光を防ぎながら窓を思いっきり開けた。すると心地いい風とともに野鳥の鳴き声が耳に入ってきた。「ヒュルルルゥ~」

「あぁ…眩しい・・・もう。もう…朝なのね。まだ眠いよーー愛もだよね…」

「あぅ・・・」


 姿形が変わっても

 外見が変わっても

 人間そのものが変わらなきゃ

 変わったことにならない

 問題は、人間自身だ

 住んでいる街や住んでいる国を変わりたきゃ

 何かを変えたきゃ

 まずは、そこのあなたが変わろう

 変わった姿を想像してごらん

 そこからどんな景色が見える?


 数年前に東京・六本木に美術館ができた。場所は、尚樹らと待ち合わせと同じ場所…六本木だけど、名前は、麻布という。なるほど、「木」より「布」の方が地球に優しく鮮やかかな?名前は、「麻布美術工芸館」。そのまんまだ。ちなみに俺は行った事がない。今度行ってみようと思う。尚樹らと待ち合わせ場所になっている「アマンド」は、俺がこの世に誕生するよりはるか昔からある喫茶店で、芋洗坂と外苑東通りが交差する道の角に数十年間…いまも変わらずにポツンと佇んでいる。ちょっと前に一年ほどかけて完全建て替えをしたようだけど、前のイメージが強いせいかたまにしか行かないせいか新しいアマンドは受け入れがたかった。

 そんな六本木へカナと愛を引き連れて地下鉄の乗り継ぎここまでやってきた。初夏の陽ざしは結構キツイ。俺は、サングラスがないと無理だな。セミが土からはい上がるように地上へあがってきた。

「ねぇ…あなた。六本木って変な街じゃない?」

 カナが突然喋りかけてきた。

「うん?」

「六本木ってさ、なんか落ち着かない。昔から嫌いだった・・・」

「どうして?」

「なんかこう…国籍不明の変な街。ヒルズやミッドタウンができて一昔前ほどじゃないけど。日本って感じが全くしない」

 確かに・・・。裏通一本入れば安価なアパートが軒を接していて、そのアパートに外国人が住み着いているイメージがあった。その周りには、新しいマンションが一棟二棟そびえていて、その隣はブティックや宝石店、質屋などが軒を並んでいるような…そんな街だ。

「六本木だけじゃないさ。俺たちの住んでいる世田谷だって、似たようなもんじゃないか。古びた学校の校舎の周辺には必ずあったおばあさんがネコを抱きながらお店番している雑貨屋なんて、今は、ありゃしないよ。そんな風景なんて幻想だったと思えるほどに風景が変わっちまった。日本の悪いところなんだけど、古いモノは、修復されるどころか人工的に新しいモノへと導く文化。六本木ヒルズなどは、その象徴だと思う。まぁ~それで得している奴は得しているんだろうけど、目に見えないやつに躍らされているだけかもと感じる時が時々あるよ。なんか納得いかないけど人生なんてそんなもんだろう。世の中を変えたければ「偉くなれ!」って誰か言っていたな・・・」

「地域活性化に繋がるから、必ずしも悪い事ばかりじゃないって頭の中は分かっていても、何となく…昔の風景がなくなっていくのはもったいない話よね」

「どんな風に変わったとしても人は、案外と適応力があるっつかそれに慣れちゃうんだよね。ヒルズが立つ前の姿なんて…もう忘れてるんじゃないの?カナ…覚えてる?」

 俺は、愛に”あっかんべぇー”という仕草をしながら遊んでいた。

「そんな事、私に聞かないでよ。私は、ここら辺で買い物するような感じの家に生まれてこなかったし。新宿や渋谷の周辺なら詳しいんだけど。仕事するようになってからじゃないかな?この辺歩くようになったの。しかも息抜きを理由に軽く遊びに来たって感じだったから…クラブだってそんなに興味なかったしねぇ。今は、愛の生活に必要ないからこんな治安の悪そうなとこ連れて来ないでしょう。愛なんて、今日が六本木デビューだからさぞやびっくりしてんじゃない?おめめがあお~いとか髪も黒じゃなくて金髪だとか…」

「えぇ?本当…?たまに?ブイブイ言わせてたんじゃないの?」

 俺は、そんなことないことぐらい知っていたが、くすっと笑いながら答えた。

「…ったく失礼しちゃうわね。私は、昔から”身の固い女”って評判のいい娘だったんだから。それに、あなただってこんな高級なお店が並ぶような場所へ連れて来てくれなかったじゃない…」

 ”そんな事ないよねぇ…愛・・・” 愛の手をちゃんと握っていて隣にカナがいる時間がとても幸せだった。”ブイブイ” 愛も笑いながら答えた。きっと彼女は、俺たちの会話なんてそれほど興味ないし理解も出来ていないと思うが…まぁ、娘の笑顔はいつ見ても最高です。

「あなたって、すぐ愛を利用してすぐごまかすんだから。それにしても遅いわね…早く来い!すみれたち」

 カナは、背伸びをしながら答えた。

「ゆうちゃんちの方が近いのにねぇ・・・」

 今日も愛は、機嫌がいいらしい。それだけでも素晴らしい日。

「確かに」

「電話してみる?」

 スマフォにタップして時間を確認した。待ち合わせ時間の14時を30分くらい過ぎていた。

「そうだねぇ…。雨降って来そうだし・・・」

 俺は、スマフォから尚樹を呼び出そうとした。

「・・・」

 ”プルルー♪プルルー♪・・・” 愛に”ベロベロバァー”と言いながらクシャクシャの顔をして電話を鳴らした。

「・・・」

 ”プルルー♪プルルー♪・・・”

「出ないの?」

 カナは、愛の頬を触りながら答えた。

「うぅ~ん?どうしたのかな?」

 ”プルルー♪プルルー♪・・・”

「うぅ~ん、出ないなぁ…ふぅ・・・」

 俺は、一度電話を切った。

「ずっとこんな感じで…ここで待っていてもしょうがないし、愛の機嫌がいいうちに移動しようか?」

 俺は、愛の手を「ぎゅー」と握り直しながら言った。

「そうねぇ…そうしようか。あなた…どこか美味しい店知ってるの?」

「・・・ん…とね。」

「タクシーならすぐそこなんだけど、国立新美術館内にある”サロン・ド・テ ロンド”というちょっと変わったカフェがあるんだけど…」

「変わった?」

「ちょうど円錐形を逆さまににしたような、コンクリートの上にお店があって、これはちょっとデザイン優先では?と思うような…そんな面白いカフェってのは、どう?愛もそういうお店のほうが喜ぶんじゃない?」

「それ、いいね!面白いカフェだって、愛!」

「おもしろい?」

「遊園地みたいな面白いカフェだよ、愛」

 俺は、愛の髪の毛をなでなでしながら答えた。

「遊園地遊園地…いえぇーーーい!」

 愛からもOKを貰った。

「それにしても、どうしたにかしらね?すみれ達・・・」

「祐二が疲れて熱でも出したかな?」

 俺は、愛の笑顔を見ながら答えた。

「それ、あるかもねぇーー」

「俺らも子供の体調でよく振り回されるもんな」 

「そうそう」

 愛の年齢だとよくあること。環境が変わるとそれだけで体調が崩れてしまう。その度に親の俺らは、あたふたして駆けずり回るわけです。子供と過ごすということは、そういうこと。

「あなた…すみれの実家の電話番号とか知らないの?ちなみに私は、知らないんだけどね」

 自分の画面を見ながら言った。

「…俺もつい間違えて消えちゃった」

 数年前まで携帯に記憶していたと思うけど・・・この間、スマフォに機種変した時に間違えて消しちゃった。

「じゃーすみれの携帯に掛けてみれば?」

「そうね」

 カナは、携帯からすみれを呼び出そうとした

”プルルー♪プルルー♪・・・”

「・・・」

”プルルー♪プルルー♪・・・”

「・・・」

「やっぱり出ないみたい・・・どうしたのかな?」

”プルルー♪プルルー♪・・・”

「・・・」

 尚樹もすみれも出れなかったには、べつの理由があったのだ。


「お義父さん…そっと歩いてくださいね」

「ゆっくりですよ」

その頃、尚樹らはというと・・・右足が包帯でぐるぐる巻きになっているお義父さんへ向かって喋っていた。フラッシュバックのような出来事のようで…。

「そんなに俺が心配なのか?母さんと同じにしないでくれるか?俺の場合はさぁ…ケガした母さんを庇おうとして少しタイミングをはずしたらこうなっちまったんだ。私を病人扱いしないで…ったく・・・あいたたっ・・・」

「もう…お父さんったら苦笑。今度はお父さんとはねぇ…参ったね」

「だから…お母さんと同じにしないでくれよ」

「見た目…私より酷いじゃない苦笑」

「うるさいなぁ…。担当医は、お前より治りが早いって言っていたぞ!」

 父親のやせ我慢もここまで来ると気分がいい・・・かも?

「~そうなの?」

「知らない。あなたったら付き添いの私をロビーに置いて一人で聞きに行ったじゃない」

 母親は、子供のような態度で答えた。

「どうして?一人で聞きに行ったの?私たちは、保らと六本木で待ち合わせしていたから…丁度そのとき駅前にいたのよ。さてこれから行くかってタイミングで、混乱しているお母さんから連絡あって。聞いたときは…もうびっくりしちゃった…。病院どこーー?って聞いたら、もう帰ってくる途中っていうし、もう…わけが分からなくて…」

「そうよ?」

「診察に小姑が来たら、治るもんも治らんじゃないか。絶対…お前より早く治してやる」

「・・・」

 すみれと母親は、父親の痛々しい姿を苦笑いして答えていたが、尚樹だけは黙ったままだった。

「無理よー。私の方が運動神経善いし・・・”ほらっ”私なんて杖がなくても大丈夫!」

「あぁー」

「なんだよ」

「なに?」

「15時…回っちゃったじゃない。どうするのーー。もーーいろいろあってお昼も食べてないし…お腹もペコよーーねぇ…裕二」

 すみれは、髪の毛を掻きあげながら部屋にある時計を見ていた。裕二は、もうぐったり苦笑。

「お腹減りましたねぇ…どうしましょうか?」

「・・・」

「あぁっ!」

 尚樹は、おもむろにポケットからスマフォ携帯を取り出した。

「あぁ!ってなによ。びっくりさせないで」

「充電がなくなっていた…。どうりであいつらから連絡がないと思ったよ。どうしよう…すみれ?」

 携帯の電源がなくなっていた。

「どうしようって?」

「何かあったの?尚樹さん」

「だぁ・・・」

 祐二は、すみれの手を放して勝手に歩き始めた。

「ころっと忘れてたよ。ほらっ…悪い意味じゃなくてさ、機能の晩は、お義母さんで今日はお義父さんだったでしょ。早朝…保らへ電話を掛けたくらいまでは良かったんだけど、気付いたら充電しそこなっていたみたい。今日は、本当ならあいつらと六本木ヒルズへ行く約束していただろう。もう…とっくに帰っちゃったと思うけど・・・悪い事したなぁ・・・」

 尚樹は、目を擦りながら答えた。

「あぁ…そうだったわね。・・・どうする?」

「どうするって…もうこの時間じゃ…」

「・・・それもこれも私のせいかい?悪かったね苦笑」

 父親は、申し訳なさそうに小声で言った。

「そんな事ないですよー。誰にだって不調の「波」はありますから・・・気にしないでください」

「やっぱり私より悪いじゃない」

「うるさいな。お前が昨日…ケガしなきゃ…俺だって・・・」

 父親は、右足を引きずりながら答えた。

「すみれの電話にも連絡入っているんじゃない?」

「あぁ…バックの中に入れっぱなしになっている」

 すみれは、ソファに置いてあるバックを(正しく伝えると戻ってきたときに放り投げたが正しい)取りに行った。当然ながら我々の着信履歴がたくさん入っているわけです。履歴を見るなり…」

「あちゃぁぁ……たくさん…。LINEも…」

 ”なにかあったの?”から始まり…そのあと三個スタンプがあって。また”ゆうちゃんが体調くずしたとか…””雨降りそうだし…場所移動。URL…”などなど。

「申し訳ないことしたね」

「…一応電話してみる?」

 一応、ね。はいはい。

「そうね」

 すみれは、スマフォからカナを呼び出そうとした。

”プルルー♪プルルー♪・・・”

「・・・」

”プルルー♪プルルー♪・・・”

「もしもし・・・」

 すみれの声だった。我々とやっと繋がるのであった。

「あぁ・・・もうおそーい・・・すみれ。もう、私達…移動しちゃったよー。今、頼んだばっかだけどね。何してるのー?」

 カナは、バイトの子が持って来てくれたマグカップに持ってきた子供用のお茶を入れながら言った。

「・・・すみれ?」

「そうそう・・・」

「ごめんごめん。私のお母さんとお父さんが、違うタイミングで…階段からこけちゃって。さっきまで整形外科の病院へ行ってたの。だから電話確認する暇もなくってさ…本当にごめんね・・・」

 随分省略されているが、ほぼそんな感じ。当のすみれの声は、以外とサバサバしていた。

「えぇ??整形外科?大丈夫なの?ご両親ー?」

”誰かがケガでもしたの?”

「あぅー」

 俺は、愛に水を飲ませながら尋ねた。

「祐二?」

「違う・・・すみれのご両親が違うタイミングで・・・」

「大丈夫なの?」

 俺も水を飲みながら答えた。

「分からないけど・・・。でも、なんか平気みたい。すみれの声も明るいし…」

”全然平気ーーー。良心のケガ自体たいした事ないみたい。隣でお互いに文句言いながらちゃんと歩いているし…。昨日の晩は、お母さんが丸井から帰る途中…階段からこけちゃって足挫いたのよ…。で、お父さんは、自宅で。何だかとても変な日だったわ。なんか、とても疲れる日だわ。厄払いに行かなきゃねぇ…」

”お前は、母さんと似て電話が長いんだよ。電話っていうのは、用件だけを伝える手段で・・・”

 すみれの父親の声がブツブツと聞こえて来た。

”うるさいなぁ・・・カナの声が聞こえないじゃない”

「えぇーー?」

 カナも向こうの状況が分かってないらしい。

”何でもないよーー。一緒にいるうちのお父さんの小言が”うるさい”だけ…。いつもの事なんだけど…本当にうるさくてごめんごめん。どうせなら、その”うるさい口”を”への字”に変えられるような挫き方してくれれば良かったのに…」

”なんだ・・・親に向かって”うるさい”とは…。すごく気分が悪い…!母さんもなんとか言いなさい!”

”あなた・・・”

 母親は、怒り出した父親をなだめ始めた。

”ちょっと、すみれ!言い過ぎですよ。お父さんに誤りなさい!”

”少し…皆さん落ち着いてください。お義父さんもお義母さんも。すみれに変わって、私が誤りますから…本当にごめんなさい・・・”

 尚樹は、頭を下げながら答えた。

”君が誤る事ない”

”そうなんですけど・・・「一応」私の妻ですから・・・”

 どうやら本当に尚樹は、すみれの両親が苦手らしい。あんな態度の彼を見た事がない(電話口で聞こえる範囲だけど)

”君も…”一応”とはなんだ…”一応”とは・・・。うちの娘に向かって”一応”とはなんだ。最近の夫婦って、どいつもこいつもこんな感じなのか?よくわからんな!そう…思わんか…母さんも・・・”

”はいはい。私も全く分かりません。今更…理解してもしょうがないって割り切っています。その方が身体にいいですよ”

”それもそうだな”

 父親は、最近の夫婦の「カタチ」が分からないらしい。俺たちだって良くワカラナイ。いつだって行き当たりばったりだったりして…そこまでアバウトじゃないって、うそうそ。

「えぇー?お父さんも?それって大変じゃない?大丈夫なの?」

「どうした?」

「なんだかよく分からないけど…すみれの両親が、昨日…続けて階段から落ちちゃったみたい。でも、たいした事ないって・・・。大丈夫かな?」

 なんとなく伝えてくるカナの言い回しも微妙に違うような感じもするが・・・。

”~で、カナたちはどこにいるの?”

「えぇ…とねぇ・・・。名前なんだっけ?」

 カナは、俺に聞いて来たから「貸してみ」って加奈の携帯を取り上げた。

「もしもし・・・保だけど、すみれか?」

”・・・保?”

「今、どこにいるんだ?すみれ達は?」

 ストローを回している愛を注意した。水が洋服に引っかかったからだ。

”えぇ~とねぇ・・・まだ自宅・・・ごめん”

 すみれは、珍しく申し訳なさそうな声だった。

「そっか…どうするか?」

「どこにいるんだって?」

「自宅だってさ・・・」

 スマフォを抑えながら加奈へ報告した。

「じゃ・・・さぁ、すみれ。国立新美術館の場所分かる?」

”しらなぁ~い。そんなの”

「あっそうだ!尚樹が知ってるはずだよ。学生の頃、一回だけ来てるはずなんだけど…覚えているかな?」

”・・・ねぇ・・・尚樹。国立新美術館の場所知っている?”

”・・・国立新美術館??”

”なんだ?お前たち”国立新美術館”も知らんのか?学がないとは怖いな。タクシーに乗ったら黙っても連れていってくれるし、ここからなら3000円くらいでOK”

 どうやら父親が知っていたらしい。

”珍しいわね”

 母親が茶化すと、父親は、少しだけムッとした。

”私たちは、大阪に住んでいるんだから無理言わないでよー。うるさいなぁ・・・母さんも何とか言って”

”はいはい・・・”

”すぐ聞き流すんだから・・・お母さんは・・・全く・・・。どっちの見方なのよ?”

 すみれの声(態度)を聞くと、誰だってイライラすると思うんだ。多分(俺はそっちにいないから分からないけど)両親の意見は間違っていない。

”どっちの見方でもありませんよ”

”すみれ…電話の人と話すかこっちで話すかどっちかにしなさい。電話代ももったいないだろう。こっちの話がちゃんと纏まってからもう一度掛けた方がいんじゃないか。聞いている相手だって迷惑だろう。…ったく、聞いているのか・・・すみれ!”

”いいじゃない。私の電話なんだから・・・ほっといて”

 すみれは、逆ギレしたらしい。両親の意見に賛成!俺は耳が痛いです。

”そっちは…何か騒がしいみたいだけど大丈夫?ちゃんと皆さんの声も聞こえているって。多分、間違ってないと思うよ”

 父親のぶちぶち言っている小言が耳元にはっきり聞こえていた。

「で、場所分かったの?」

 カナは、全く状況が分からないので涼しそうな顔で答えた。彼女からスマフォを取り上げなきゃ良かった。

「すみれのお父さんが知っていたらしい…。でもなんか揉めてるみたいだよ」

「へぇ…でもまぁ…良かった良かった。意外と説明し辛いのよね、店の場所とかさ。人と待ち合わせすると必ず迷子になるんだよね…私?そんじゃさー御両親も参加ってどうよ?」

 カナは、相変わらず「我関せず」という態度で、愛の髪の毛を触りながら言った。俺もすみれの両親と会うのは”いいアイデアだ”と思ったけど…怪我しているじゃさーと思う次第。で、待ち合わせ場所が分からなくて迷子になるのは、単にカナが方向音痴なだけじゃないかとも思った。口にはしないけど。

「ご両親も来られないの?」

”えぇ・・・うちの両親も?しょうがないなぁ・・・。お腹減っているんでしょうーーーお父さん達も行くぅ~?”

”…おいおい。親に向かって”しょうがない”って…?”

今まで黙っていた尚樹も困った表情で答えたらしい。

”足の怪我くらいで行かなかったら、あとでなに言われるか…”

”何を細かい事・・・ぶつぶつ言ってるの。そのなんとかっていうお店へ私たちも行きましょうよ、あなた。私もお腹が減ったし…祐二がカワイソウですよ。お腹減っているわよねぇ…祐二も・・・」

 すみれの母親が、孫の顔を見ながら答えると、その孫は「いぃーだ」って変な顔をして答えた。

”そんな顔するもんじゃありません。~ったく誰に似たのかしらね”

”・・・俺じゃないからな”

”ベェーーー”

 祐二は、すみれに似たのか?

”じゃーそうしますか”

(両親とすみれの言い合いに)呆れてモノも言えなくなっている尚樹は、”やれやれ・・・やっと終わった”という態度で答えたらしい。

”そうしましょう・・・そうしましょう。尚樹さん、タクシー止めてくださる?”

”了解しました”

”じゃーーーうちの家族も連れて行くんで・・・もう少々お待ちくださいな”

「かしこまりー」

 俺は、娘の頬をなでなでしながら言った。

「…来るって?」

「そうみたい」

「じゃーそういう事で・・・」

 やっと長電話が終わった。すでに俺の耳は、真赤になっていた。壁に掛かっている時計は、16時付近でちくたくちくたく回っており…この責任は、尚樹たちに取って貰おうと思う。


 辛い時は

 自分から素直に

 人の愛情を求めればいい・・・


 失うものが何もないから

 強くなれるなんて・・・

 心の弱い奴の言うセリフだ


 本当に強い人になりたければ

 ぐれないで仲間を沢山作る事だ

 自分を大切に思ってくれる友人・・・

 自分が守りたいと思っている友人・・・

 そういう仲間を沢山作るんだ


 心の中に・・・

 あったかいモノがあれば

 人はちゃんと生きていけるはずだから


「何か…俺たちの方が逢いたくておじさんらを誘ったのに結局、俺たちの払いまでご馳走になっちゃって、ほんとすいませんでした。美味しかったです」

結局…その日の支払いは、タイミング的に何と言っていいか分からないけど(ランチでもなくてディナーでもなくて)すみれのお父さんにご馳走になってしまった。尚樹達に払わせようと思ったのに…。「あぁ~あ」

「いえいえ…払いの事なんて気にしないでください。無理に押しかけて来たのは、私たちの方でしたから。かえって、あなた達の家族水入らずの時間を潰してしまって申しわけない」

 印象通りすごく紳士的なお父さんだった。こんないい父親なのに、なぜ?口喧嘩する?喧嘩するほど仲がいいって事か…。

「ごちそうになってしまって・・・本当にすいませんでした」

 カナもぺこりと頭を下げながら答えた。隣にいた愛にも言わせた。「美味しかったです」と。

「そんなに…気にしなくていいのよ、ほんとに。払いなんて…お金が余ってる人に出させればいいんだって・・・」

「そういう言わなくていい言葉を言うから・・・揉めなくていい場面で揉めるんだよ!分かって言っている?すみれ?」

「・・・」

「確かに」

 尚樹がぼそぼそっと答えた。

「あらら…。心にも無い事言っちゃって。ほんと素直じゃないんだから、すみれは。冗談も言い過ぎると傷付く人だっているのよ。分かってんの?」

 カナは、呆れてモノが言えない表情で言った。

「はぁ~い。気を付けます・・・」

 まるでだだっ子だな、全く反省の色なし。4歳児の愛や祐二と対して変わらないっつうの。二人より知恵がある分~もっと質が悪いわ。これじゃ~尚樹も大変だって。父親一人で、子供二人を育てているようなもんだから。

「私たちがすみれをかなり甘く育ててしまったせいで、親に対して目上に対して尊敬の念がうすいというか…いつもあんな調子で申し訳ない。もう、あなたも一児の母親なんだからって、口酸っぱくして言って聞かせているのに、ごらんの通り全く効き目がないみたいで困ったもんですよ。あなた達にもご迷惑かけていませんか?」

母親も呆れて頭を下げていた。

「・・・」

「・・・」

「全く…ないとは言いませんが、いまの所大丈夫です」

 俺とカナは、お互いの顔の表情を確認しながら笑って答えた。

「ねぇーー祐二。またこの人達…ママの事悪い人扱いするのよー。祐二がやっつけちゃえ・・・」

「うぅーん?」

 息子も意外とそっけない態度だった。

「うぅーん?って。もう少しママをかばってよー」

「はぁーい」

 眠いのか反応がいつもより鈍かった。

「・・・そんな事ないって」

 少し遅れて、尚樹も少しホローに回ったが。

「そんな分からず屋かばわんでいいぞ!」

 イヤミがかなり入っている言葉だった。

「お父さんも少し抑えてよ。すみれを煽ってどうするのよ…もう・・・」

「しかし、すげぇー家族だな。パワフルだよなぁーー。なんつうか…こりゃ大変だな!!尚樹も・・・」

 俺は、”ふぅー”とお腹を抑えながら言った。

「食い過ぎた・・・お腹が痛い」

「太るわよ」

 カナは、笑いながら背中を押した。

「うるさいなぁ・・・」

「それは、どうかなぁ。こんなもんじゃないよ、いつもは。これでもお互い抑えてる方じゃない?お前たちがいるからさ。大阪から実家へ電話かける時なんて…見れたもんじゃないよ。お互いの話がかみ合ってないっていうか…側で聞いていても理解できんわ。けど…まぁ、すみれだけ親子だけが分かり合える事ももちろんあるだろうし気にしてないけど。そんな些細な事でいちいち気にしていたらこっちの身が持たんて。そりゃ…子供も居る事だし、これからは、多少大人になってくれないと困るんだけどねぇ…。まぁ・・・長い目で見てくださいって感じかな??」

 尚樹は、祐二を見ながら答えた。

「大人だね―尚樹は・・・」

「頼り甲斐のある男を演じるのも大変ね」

 カナは、愛の髪を触りながら答えた。

「いつだって…大人だもの俺は。まぁ、親子関係ってそんなもんじゃない??」

 尚樹は、”余裕だよ”って言いながら胸を張っていた。

「俺には分からん。うちの家は、自由主義者の集まりのような家族だし…今もどこでなにをしているやら・・・?」

 俺は、苦笑いするのが精一杯だった。

「私の家は、友達関係っていうか…あまりウルサイ事言わなくなったし。もともとここまで濃くないわ」

 カナの実家は、俺から見ても確かに仲が良かった。羨ましいかぎり。だから、彼女と結婚してもいいと思った事をふと思い出した。俺もその家族の一人になって幸せになりたかったんだ。その夢がいま叶っている。そして今もそれなりに幸せです。

「ふふっ・・・」

 俺は、思わず笑ってしまった。

「どうしたの・・・?」

「いや…何でもない」

「初めてさぁ・・・すみれに両親を紹介された日の夜もこんな感じで言い合ってたなぁーーって、その時の事を思い出したんだよ。彼女は…「超」が付くくらい不器用な女だから、何となくいつも「損」をしているように感じるんだよね…俺にはさ。すみれの家族も一見仲が悪そうに見えて…実は、すごくお互いを理解している良い家族なんだよ」

 尚樹は、口直しにもらったガムをかみ始めながら答えた。

「・・・結構・・・語るじゃん」

 カナは、羨ましそうにこっちを見た。

「俺の選んだ女房だもの・・・」

 尚樹は、苦笑いしながら答えた。

「ねぇ・・・保。私にもこんな話してよーたまにはさぁ・・・」

「なんでだよ。言えるわけねぇじゃん」

「ケチ」

「なになに・・・?そっちでも私を陥れようとしているの?」

 すみれは、鼻歌を歌いながら近寄って来た。

「どうして…すみれは、いつまでもカワイイのかなぁって?」

「尚樹が・・・あんたの事を誉めていたのよ」

「あぁ・・・そうですか。今更…そんな事を言わなくても分かり切ってるじゃない、そんなの・・・」

 すみれの頭の辞書には「謙遜」という字は入ってないのか?そりゃ…痩せるわな!こんな生活送っていれば・・・尚樹頑張れ!

「…で、どこまで行くつもり?このまま・・・まっすぐ歩いていけばヒルズへ向かうんだけど??」

「・・・」

「・・・」

 一瞬、みな立ち止まってしまった。「あぁ…確かに」

「俺達は、この辺でタクシー捕まえて先に帰るわ。もう…疲れたよ。なぁ…そうしよう、母さん・・・」

 すみれの父親は、待っていたかのように真っ先に答えた。

「そうね。それがいいわ。足も痛いし・・・もう家でゆっくりしましょう。あなた達は、どうするの?」

 母親もすみれ達を見ながら答えた。

「どうしようか?」

「・・・」

「私たちも帰らない?ねぇ…そうしようよ、尚樹。祐二も何か眠たそうだし…ぐずられる前にうちへ帰りましょうよ」

「俺は…別にいいけど、保たちに悪くない?誘ってもらっているのは…俺達なわけで…」

 尚樹は、ちらっと俺の方を確認しながら答えた。

「俺達の事は・・・別にいいよな?カナ??」

 俺もカナの表情を確認しながら答えた。

「・・・そうね。うちの愛も眠たそうだし・・・」

 愛は、嫌そうにトロトロ歩いていた。一言も会話に参加していない。この様子だと、いつ寝てもおかしくなかった。

「・・・」

「じゃ・・・そうする?」

 俺は、背伸びをしながら答えた。

「別に…お前たちは、俺たちに付き合わんでいいぞ。それじゃ…家へ帰ってもゆっくりできんじゃないか・・・。陽が落ちるまで帰ってこんでいいからな!」

「ケガした足が心配なんですよ、すみれは」

 尚樹は、父親に近寄りながらぼそっと言った。

「・・・余計なお世話だ。こんなもんほっとけば治るわ」

「お父さんもすみれと対して変わらないじゃない」

 母親も呆れてモノが言えない様子だった。

「・・・うるさい」

「じゃーとりあえず・・・ここで解散かな」

 俺は、眠たそうな愛をちらっと見ながら答えた。

「了解」

「ありがとうねーカナ。昨日は、ご馳走さまでした。久々に合えて嬉しかった。また逢いましょうね」

「私もすみれに逢えて嬉しかった。もうちょっと…お互いの近況話が出来れば良かったんだけど、まぁ…しょうがないわね。愛もゆうちゃんと逢えて嬉しそうだったし…良かったわ」

「祐二も楽しかったみたい」

「たまには、こんな風に逢って食事するのも良いもんだな。これから…どんな風に生きていくか分からんけど、せっかく始めた家庭なんだ。精一杯頑張って守り通そうな!」

「もちろん。お前には負けないよ」

 俺は、尚樹と加奈はすみれとそれぞれ握手をしながら答えた。

「いつ帰るんだ?大阪に?」

「明日、こっちで終日打ち合せがあって・・・火曜の朝には。大阪で会議があるんだ。だから明日中には帰ると思う」

「はいはい…帰りましょうね、おじいちゃんのとこへ行っておいで」

 すみれは、もうねんねしたがっている息子へ言った。

「今度は、俺達が大阪行こうかな」

「ジャイアンツファンは、立ち入り禁止らしいよ」

「マジ?」

 四人で若いながら手を降りながら別れた。すごく楽しい時間だったと思う。お互い変わっているようで…何も変わっていなかった。それが何よりも嬉しかった。変わったとこがあるとすれば…お互い多少他人に気配り出来るようになった(遠慮)とこかな。一人除いて(すみれの事)な。俺たちも一端の大人になったという事か。自分を理解してくれる友人が(気持ちが)側に居てくれるだけで、こんな風に気持ちが晴れ晴れするものだと忘れかけていた。大切で失いたくないものがまた増えてしまった。こういう思いがあるうちは、頑張って生きていける、そして、乗り越えていける。これから先…ずっと・・・。


例えば・・・


悲しい事が合った時、それを理屈でゴマカシテばかりいると

いつしか本当の自分の気持ちを言葉にできなくなってしまう


本当に大きな悲しみは理屈なんかで説明できるもんじゃない

時間と共に・・・その悲しみが消えていくものでもない

もしかしたら、ただ・・・時間と共に

思い出す事が少なくなっていくだけなのかも・・・しれない




「これから、カナの実家でも行こうか・・・?」

俺達は、山の手線に乗って渋谷へ向かっていた。それほど・・・他に乗客がいなかったので、三人ともゆっくり座れた。この時間帯にしては、ラッキーだった。

「えぇ?」

「あの家族を見ていたら…それもいいかな?って」

 首をぽきぽき鳴らしながら言った。

「すみれの家族の事?」

「そう…。何か…すげぇ楽しそうだったじゃん。それに…最近、愛の顔を見せてなかったなぁと思っていてね。カナのご両親って(俺に遠慮して)あまりマンションへ遊びに来ないじゃない。こっちが呼ばないと来ないような気がするし・・・」

「そんな事ないよぉ・・・。でも~そんなもんじゃない?どこの家でもさ。すみれが言ってたみたいに…尚樹の母親のような一週間に一度のペースで来られても困るでしょ?」

「そりゃ~確かに。俺だったら切れるね」

 思わずくすっと笑ってしまった。

「・・・」

 カナは、ぐっすり寝むってしまった愛の姿を見ていた。

「別に…遠慮なんかしなくてもいいのになぁ」

「じゃ~そう言えばいいじゃない。向こうだって、私達に気を使っているのよ、きっと・・・」

「・・・そんなの分かっているよ」

”難しいな”相手の家族と付き合うっていうのは・・・。

「本当に、これからうちの実家へ行くの?」

「そのつもりだけど?なんで??」

「また…うちのお母さんに”どうせ…近くに住んでいるなら一緒に住んでよ”ってしつこく言われるわよ」

 それだけは、ガンとして聞き入れなかった。一緒に住むくらいどうって事ない。カナの両親もすごく親切で大切に思っていてくれるから…それほど嫌な思いをしていない。逆にすごく感謝している部分も多い。じゃーなぜ(その話に)首を縦に振らないかというと、理由はいくつかある。最大の理由は、やっぱりなかなか逢えない両親の事が今も気になって落ち着かない。俺たちが、別々に住んでいるなら(こっちへ)来やすくなるだろうと思っていて。現実は…そううまくいかない。俺の気持ちは、素通りらしく…父親は数時間寄っただけで、母親に至っては一度も来ていない。なかなか気持ちが通じないようだ。カナもその事を理解してくれて、あまり両親にその話題を触らせなかった。

「・・・ごめん。もう少し待ってくれる?」

「しょうがないよね。保の両親が、いつ来てもいいようにあの部屋を借りてるんだもんね」

 カナは、遠くを眺めながら答えた。

「それだけの理由で、同居に踏み切れないでいると思っているの?」

「違うのー?」

 カナも同居を望んでいるんだ。一人っ子だから仕方ないけど。

「・・・」

 俺は、一瞬間をおいてからこう答えた。

「同居は、近い将来…うちの家族とは関係なく、いずれしよう思っているよ。安心して。俺だってそんなに意固地な性格じゃないって。それにさぁ~俺自身は、そんなに焦らなくても平気だと思っているんだよ。まだまだ…カナの両親だって、老け込む歳じゃないし現役の俺達より元気そうだろう。毎日…早朝、歩いているし」

「そりゃ…ねぇ。そうなんだけど・・・」

「・・・」

「俺としては、カナと愛と…三人で出来るだけ一緒にいる時間を多く作りたいだけなんだ。確かにカナの両親が側に居てくれれば、きっと…色んな意味で生活が楽になるかもしれない。でもさぁ…もう少し俺たちだけで頑張って生きていかないか。愛は、俺とカナの中でゆっくり育てていきたいんだ」

 俺は、口直しにもらったガムを口にした。

「そう…なんだ」

 俺は、「ふぅー」と息を吐きガムを膨らませた。

「愛に”親父ジャマ”って言われるかもよ。臭いとか~洗濯物一緒に入れないで…とか」

カナは、ニコッと微笑みながら振り向いた。

「・・・」

 ドラマとかで有りそうなセリフだ。結構がっかりするんだよね、あぁいうちょっとしたセリフって。

「・・・そんな汚い言葉…お前は言わないよなぁ・・・」

 俺は、熟睡している愛の髪の毛を触りながら答えた。”言われて溜まるか!”

”中目黒~中目黒・・・終着駅です。傘のお忘れが非常に多くなっております。出て行く際にはもう一度ご確認の上~”

アナウンスが流れてきた。いつもと同じような声が聞こえる。

「起さなきゃなぁ・・・愛を」

 俺は、バッグを担ぎながら答えた。

「気持ち良さそうに寝てるから…起すのカワイソウだけどねぇ・・・」

「いくらなんでも、4歳の子を担いで連れて行くわけにはいかんだろー。腰悪くするぞ!」

「・・・」

 カナも小さなバッグを担ぎながら娘を擦った。

「愛ちゃん…起きましょうねぇ。着きましたよー」

「・・・着きましたよー愛ちゃん」

 軽く娘の身体を擦った。

「あぅ・・・」

 起きたようだ。ぐずらなきゃいいけど・・・。

「偉いねぇ…さぁ、靴を履いて行くよ」

「向こうの長椅子まで俺が、この子を担いで行くよ」

 反対側のホームは、人でいっぱいだった。こんなとこで、ゆっくり靴を履かせている場合じゃなかった。

「愛・・・パパの方へおいで」

「あぅ・・・」

 俺が手を差し延ばずと、それへ反応し(無意識に近い状態)俺の身体へ身を寄せた。

「よいしょ・・・」

 想像通り~結構重たかった。寝ている子供を担ぐと・・・最悪、腰を痛める。寝ている時は、子供の体重がすべて掛かるからだ。

「そっちのバッグかして・・・持ってあげる」

「サンキュー。しかし・・・おもてぇーな」

「ぐぅ~むにゃむにゃ・・・」

「ヨイショヨイショ」

 よちよち歩きの子供のような歩き方で開いている側のホームへ降りた。娘を担いで側にある長椅子へ運ぶだけなのに一仕事終えた感があった。軽く額に汗がじわじわっと浮き出てきたらしい。


「まだ暫くは・・・まだ大阪勤務なのか?尚樹さんは・・・」

 すみれの父親は、麦茶を飲みながら答えた。

「・・・だと思います」

「後…どのくらいなの?もうーー三年くらい経っているでしょー大阪勤務になってから…。そろそろじゃない?」

 隣に座っていた母親も喋りかけてきた。

「そろそろって…?あぁーまたその話…?シツコイなぁ・・・」

 すみれは、「いい加減にしてよ」って顔に書いてあった。

「そろそろかもしれませんが…まだ辞令の話も出ていませんので・・・」

「大阪には慣れたの?私は、正直住みたいと思わないんだけど・・・」

 母親は、「ふぅー」とため息を付きながら答えた。

「初めねぇ…正直、私も…大阪なんか行きたくないって思っていたけど・・・そんな事は、時間が解決してくれるのね。「住めば都」だわ。最近は、それなりに…活気があって素敵な善い街だって思っているわよ。祐二も気に入っているわ。ねぇ…祐二・・・」

 起きたばかりの祐二がちょこんと座っていた。

「うん。ご飯もおいしー。お好み焼き・・・大好き」

「お好み焼き~美味しいよねぇ」

「・・・そうか・・・」

 父親は、とても残念そうに答えた。

「・・・駄目よ駄目よ。絶対駄目!尚樹をお父さんの会社の後継者に担ぎ出そうと思っても…絶対駄目よ!」

 すみれの実家では、いつもその話題で持ちきりらしい。どうやら…両親(特に母親)は、会社の後継者に尚樹を指名したいという願望があったらしい。

「・・・あなたに聞いていません。私達は・・・尚樹さんに聞いているのよ」

「私たちが、かりに東京へ戻って来たとしても、尚樹がお父さんの会社へ移る事は絶対ないと思う。地球の自転が逆になったとしても…絶対有り得ないわ。彼は、今の仕事をCMプランナーっていう職業を誰よりも誇りに感じながら毎日毎日一生懸命…夜遅くまで働いているのよ。そんな姿を見ていると…私まで幸せになれるんだ。だから、この先ずっとその姿を追っていきたいの。今の彼が、そんな大切に感じている仕事を辞めてまで…お父さんの会社へ移る理由が全く見当たらないじゃない。もう…ほっといてよ。それに…その話は、すでに結論が出ているでしょ…」

「・・・」

「・・・」

 すみれの両親は、何も言わず黙ったままだった。

「そこまで言わなくても・・・お父さん達だって分かっているって」

 尚樹は、顔を背けながら答えた。

「あなたがはっきりしないから私が変わりに伝えたのよ」

 湯飲みに入っているお茶を啜りながら答えた。

「言い過ぎだっつうの」

「・・・」

 すみれは、どうしても縦に首を動かさない。

「・・・どうしても駄目?」

 すみれの両親は、カナの両親より5つくらい上だと思う。正確な年齢は分からないが…。将来は、尚樹夫婦に会社を譲り…生活を含めて面倒を見てもらいたいのだろう。

「私の事を…買い被り過ぎですよ。私以上の人材なんて五万といると思いますし…あまり期待しないでください」

 尚樹もお茶を啜りながら答えた。

「・・・」

 今まで、黙っていた父親が喋り出した。

「確かに…尚樹さんは・・・経営者としては、未知数の部分がかなりある事は…誰が見ても明らかだ。そして…私も未知数の多い人間を担ぎ出すほど老いぼれちゃいない。今まで頑張ってきた社員へ示しが付かないだろう。ただ…君にも可能性(経営者としての素質)があるんじゃないか?と思っているだけだよ。私は、母さんほど「どうしても」とは思っちゃいない」

「私も独立したての頃は、今の尚樹さんと同じくらい自分に自信があって”常に成長企業であり続ける事。それが出来なければ、企業は存続する意味を持たない”なんて生意気な口を叩きながら、ガムシャラに突っ走ってきたもんだよ。そのおかげで…一番大切に守らなきゃいけなかった家族を犠牲にしてしまった。本当に申し訳ないと思っている…本当に悪かった…。今更…誤っても許してくれないと思うが・・・悪かった」

「・・・」

「・・・」

「あなた・・・」

 母親の目が、しょぼしょぼと濡れているように見えた。こんな風に自分の意見を冷静に話すすみれの父親を見た事がなかった。あんなに騒いでいたすみれも黙ったままだった。

「しかし尚樹さん…歳だけは、取りたくないものだなぁ・・・。出来る事なら…鏡に写る自分の姿を見たくないよ。若さは最大の武器というが、あっという間にその時間は無くなってしまうようだ。少し…話が外れてしまったようだ。元へ戻そう・・・」

「・・・」

「私は(まだ公表していないが)冷静に…自分自身と向き合い一つの結論を出した。それは、自分の分身のように大事に育てて来た企業のトップから…今期をもって引退する事だ。長い間同じ経営陣で一つの企業を守り続ける事が、反って未来ある企業を衰退させてしまうのではないかと思い始めたからだ。この辺で新しい風を送り込んでもいい時期だろう。しかし…自分の家族を犠牲にしてまで守り通してきた「会社」をおいそれと黙って…横暴な人間へ譲ろうとは思わない。何も完璧な人格者でなければ駄目だと思わんが…最低限、他人に気配りが出来るような常識を持った人間へ譲渡しようと思っている。そこで…私から尚樹さんへ「ある提案」をしようと思う。年寄りの「たわ言」だと思って聞いてくれないか?」

「・・・」

「・・・」

 俺達は、父親の話を黙って聞いていた。さすが迫力が全然違う。

「そんな事わざわざ聞かなくても・・・」

「まぁ…いいじゃないか。話くらい聞こうよ。初めて…お前のお父さんが、俺達に対して腹を割って自分自身の話をしてくれたんだ。その話の続きを聞いても罰は当たらんだろう」

 尚樹は、すみれを宥めながら答えた。

「・・・独立するつもりはないのか?」

 父親は、瞬きもせず尚樹を見つめながら答えた。

「・・・?」

「先月~とある会合の席へ出席したんだよ。今も大手代理店で代表役員をしている友人も出席しとった。その会合の席で…君の”名前”をちょっとばかり拝借させてもらったよ。反応は…非常に素晴らしかった。この私の前で…”才能のある若者の一人だ”と絶賛しておったよ。自分の身内が、他人から評価を受けるというのは…やはり嬉しいもんだな」

 父親は、湯飲みにお茶を注ぎながら答えた。

「・・・」

「自分が入れますよ」

”私が入れよう・・・”と軽く微笑み、尚樹とすみれの湯飲みへお茶を注ぎ出した。中身のお茶が無くなったのを確認すると、近くに置いてあったポットからお湯を少し足し、すみれの湯飲みへ入れ直した。

「気が利かなくて…すいません」

「・・・」

 すみれは、自分の父親の雰囲気に圧倒され・・・いつもの威勢は、どこかへ飛んでいってしまった。

「そんな事…いちいち気にするな。お茶くらい誰が入れても変わらんじゃないか。ここは、尚樹さんの家でもあるんだ」

 自分で入れたお茶を啜りながら答えた。

「・・・」

 年配の方にそう低い姿勢で答えられると…反って反応が難しくなる。

「お父さんの友人は…たくさん、お酒を召し上がっていたんじゃないですか?かなり酔っ払っていて・・・」

「彼は下戸だ。酒は一滴も飲めん」

「・・・本気で独立する気はないか?」

 尚樹を厳しい目で見つめながら答えた。

「・・・」

「まぁ・・・まぁ・・・」

「なぁ~んか、私にはその話は…難し過ぎてツマラナイわ。何か聞いているだけで疲れちゃった。ねぇ…祐二、向こうの部屋に移ろうよ。ママが絵本を読んであげるから・・・一緒に行かない?」

「絵本…読んでくれるの?」

 キョトンとした顔で答えた。

「・・・「ジャックと豆の木」なんてどう?」

「ブイブイー」

 祐二は、両手でブイの字を作りながら笑った。

「ブイブイって・・・?」

「ブイブイ」

 愛の口癖が移ってしまったようだ。子供は、変わった言葉をすぐ吸収したがる。

「ブイブイは…ブイブイよね。それじゃ・・・おばあちゃんも一緒に行こうかな。私もこんな雰囲気絶えられないわ。早く~すみれが言わないかと思ってずっと待っていたのよ」

「うふふっ・・・なんだ。私も待っていたのよ」

 二人は、くすっと笑いながら席を立った。

「まぁ~後は、男達だけで・・・気が済むまでゆっくりと話してちょうだい」

「さぁ~さぁ~向こうの部屋で絵本を読みましょう」

「うん」

 尚樹と父親を残して三人は、隣のサブリビングへ移った。

「何だか…気が抜けてしまったな。尚樹さん、ビールでも飲まんか?お茶だけでは、何となく物足りないだろう・・・」

 父親は、席を立って冷蔵庫がある方へ歩き出した。

「いいですね。じゃー俺が、何かツマミでも作りましょうか?」

「・・・作れんのか?」

 ビールを取り出しながら答えた。

「俺って…出来そうにないですか?こう見えても結構・・・うまいんすよ」

「本当・・・?それは意外だね。尚樹さんのキレイな手を見ていると、何も出来ない人かと思ったよ。へぇ~尚樹さんも作れるんだ?それは意外だな」

 尚樹も冷蔵庫の方へ向かった。

「・・・「も」って?お父さんも作れるんですか?そっちの方が意外ですよ。俺達の時代は~女も男もないですから…料理くらい作れないと相手にされませんよ。ほらっ…昼間一緒に食事した、保っていう友達に教わったんです。あいつ、あぁ~見えてすげぇうまいんすよ。でも…お父さんの時代は、男が料理なんて作らなかったでしょう?」

「あぁ~あの人か?器用そうな男だもんな」

 俺は、確かに尚樹よりは器用です。あいつ頭良いくせに…段取りが悪くてね。まぁ~いいや、その話は。

「そう~でもないですよ」

 お前より器用だと思う。

「・・・見た目の話だよ、そんなムキになるなよ。学生の頃の私は、田舎からの仕送りじゃ…とても満足な生活できなくてね。当時住んでいたアパートの近所に割烹料理屋があって、そこで…毎日働きながら学校へ通ったんだ。料理は、そこで自然と覚えたよ」

「へぇ・・・そうだったんですか」

「・・・」

「その店で・・・私をナンパしたのよね?」

 突然、隣の部屋にいる母親の声が聞こえた。

「えぇ?」

「お前たち…聞き耳立ててるなよ。趣味悪いぞ」

「そうなの?」

「あなたの声が大きいから聞こえちゃったのよ」

 尚樹とすみれは、突然の母親の告白に驚いてしまった。

「・・・そんな事もあったな。忘れてたよ」

 父親は、苦笑いしながらビールを開けた。

「忘れたなんて・・・酷いわね」

「・・・照れ隠しですよ、お母さん」

「そんな話…今まで聞いた事なぁ~い。でも意外とやるじゃんお父さんも…見直したわ。今は・・・単なる口うるさい頑固親父だけどね、当時は、すごく無口でカッコ良い男だったわ。お父さんって、あぁ見えて…私が通っていた女子大の憧れの人だったわ。だから、お父さん目当てにお店へ通った子もいたわね」

 母親は、笑いながら言った。

「お母さんもその一人だったの?」

「・・・そうね、私も噂を聞いて少し通ったかな。でも…私の魅力に圧倒されて、すぐ声をかけてきたわよ、お父さん。私も一目で気に入ったし…(お互い)恋に落ちるのも早かったわ」

 一瞬、母親から女に変わったような気がした。

「へぇ・・・」

「映画みたいな話ね」

「昔話だよ」

 父親の顔は、アルコールのせいで真っ赤になったのか、妻の告白で真っ赤になったのか分からないが・・・すごく真っ赤になっていた。

「昔はカッコイイけどねぇ~♪」

「・・・「昔は」とは~なんだ」と妻に噛み付いたが、今は…その妻の方が、一枚も二枚も上手のようだった。

「へぇ・・・お父さん、カッコ良かったんだ。私の尚樹とどっちがイケテル?」

 すみれは、冷蔵庫を物色している尚樹を見ながら答えた。

「そうねぇ…。尚樹さんもそれなりにカッコイイけど、若い頃お父さんほどじゃないわね」

 母親は、ふっと笑みを浮かべながら言った。

「”それなりに”って・・・随分な言い方ですね。結局、俺の負けですか?何か納得いかないなぁ・・・」

「私に勝とうなんて~十年早いわ」

 父親は、尚樹の肩をぽんと叩きながら答えた。

「何言ってるんすか?十年もたったら43じゃないですか?今、勝たなきゃ一生勝てないような…気がします」

 尚樹は、ぼそっと答えた。それを聞いていたすみれは、「尚樹だって・・・十分カッコイイわよ」と笑いながら言ったが、その言葉が、さらに尚樹の気持ちを沈ませてしまった。

「・・・そうだ・・・尚樹。せっかくだからさ、私達にも・・・何か作ってよ。二人とも料理できるんだし・・・たまにはいいじゃん」

「それはいいわね。良い考えだわ。たまにはさ…男達で私達をもてなしてよ。忙しい忙しいっていつも言い訳が多くてさ、家庭サービス足りないんじゃない?」

「いい事言うじゃない」

 すみれと母親は、「今こそチャンスだ」と思い・・・声を揃えて答えた。

「ごちゃごちゃ…何か言ってますよ。向こうの連中・・・。どうします?お父さん?」

「ほっとけばいいさ。俺達が食いたいもんを作ってしまおう」

 尚樹と父親も苦笑いしながら答えた。

「たまには・・・奥様孝行もいいものよ」

「そうよ」

隣にいる女達は、とてもご機嫌だった。結局、その日は男達で作る事になったらしい。


 他人に心配りのできるそんな優しい君だから・・・

  俺は君を好きになったんだ


  その事に気付いた時

 この人を・・・この人を守るために

 俺はもっともっと・・・

 強くならなきゃ~と、そんな風に思ったんだ


  君を失う怖さがなくならないように

  今すぐ・・・結婚しよう


「ただいまぁ・・・ただいまぁ・・・お母さん居るぅ~」

 ”よいしょ・・・”と言いながら荷物を玄関先へ置いた。

「カナだけどーー誰も居ないのぉ~」

「普通、チャイムくらい鳴らさないか?」

 俺は、正直そう思った。普通、自宅に帰る時もチャイムくらい鳴らすだろう。

「そうー??そんな風に考えた事もなかったわ。普通、自分の家に帰った時って鳴らさないよ…多分・・・ね。保の家は鳴らしたの?そんなのどっちでもいいじゃん」

 以外とサバサバしているんだ、加奈って。

「時々変な事言うわね。そんな事どっちでもいいじゃん。あれれ・・・?お母さん達居ないのかなぁ。こんなとこで待っててもしょうがないから上がっちゃおうよ。愛、靴縫ごうか・・・。もう、一人で出来るでしょう」

 隣に居る愛へ言った。

「うん、できるよー。ママ~見ててできるから・・・」

 愛は、自分で靴を脱ぎ始めた。愛も頑張ってここまでてくてくと歩いて来させた。

「はいはい・・・見ててあげるから上手に脱ぐのよー。頑張って・・・」

 愛が脱ぎ始めるのを確認すると、彼女も脱ぎ始めた。

「・・・どうしたの?」

 奥の部屋からカナの母親らしき人の声が聞こえた。戸が「ギィー」と開く音がした。見るとやっぱり母親だった。

「あら?カナ。急にどうしたの?何かあったの?」

 キョトンとした表情で答えた。

「・・・どうしたの?って?娘が、実家へ帰って来ちゃ悪いの?」

 カナは、「はい、お土産」と、駅前のパン屋で買ったアップルパイを手渡しズカズカとリビングへ入って行った。

「全く・・・いつも突然来るんだから。電話くらいしなさいよ」

「いいじゃない。固い事言わないでよ」

 全く気にしていないようだ。

「お義母さん…いつもすいません、突然来ちゃって。俺が言ったんですよ、”最近、愛の顔見せてないなぁ”って・・・思い付きで来ちゃいました」

 俺は、ペコッとおじぎをしながら言った。

「・・・いいのよ、そんな事。気にしないで・・・」

「よいしょ・・・できたぁ。ママできたよー」

 愛は、靴を脱いで廊下へはい上がろうとした。ちょっと段差があるので、背の低い愛には一苦労だろう。頑張れ!

「まぁ~一人で靴を脱いだの。上手に出来ました・・・愛ちゃん」

 母親は、ニコニコしながら愛を抱かかえていた。

「ブイブイ」

「愛ちゃん・・・元気?」

「ブイブイ!」

 愛は、両手でブイサインをしながら笑った。

「ブイブイって?」

「・・・」

「あれ?お父さんは?」

 カナはリビングから戻って来た。

「ママー上手に脱げたよ。ほらっ・・・見て・・・ママ・・・」

「あらっ・・・良かったね」

「ブイブイ」

 良かった。今日も愛は・・・ご機嫌だ。その調子でお願いしますよ、お姫様。

「お父さん?車庫の中で…盆栽でもいじってるんじゃない?最近、車庫に潜って…盆栽にはまってるのよ。私が、呼びに行かないと出てこないのよ。全く…やんなっちゃうわ」

「そうなんだ。なんかジジくさい趣味ね。みんな、年を取ったらそうなっちゃうのかしら…。あぁ・・・やだやだ。保には、そういう趣味持ってほしくないわ」

そんなこといいながら”あぁ…喉乾いた。愛もジュース飲もうよ…”と言いながら、今度は、キッチンへ向かった。

「はぁ~い」

「じゃー俺は、お義父さんに挨拶して来ます」

「そう・・・。じゃー”お茶入れるから戻って来て”って伝えてくれる?」

 母親も愛を抱かかえながらキッチンへ向かった。

「了解」

 俺は、玄関から出て”カナのお義父さんが盆栽とはなぁ。もうそんな歳か?”と思いながら車庫へ向かった。”うちの親父もそういう趣味あるんのかなぁ・・・?”とも思った。ちょっと頭の中で想像してみたが~何も浮かんでこなかった。まともに親父と喋ってこなかったせいだろう。きっと、そんな趣味持ってないよ。

「・・・お義父さん・・・保です。・・・居ますかぁ~お義父さん・・・」

 俺は、閉め切ってあったシャッターを「ガラガラ」と開けて中を確認しようとした。”やぁーー保君かぁ・・・”と中からお義父さんの声が聞こえた。

「・・・そうです。愛と三人で来ました」

「それはそれは・・・わざわざどうも。愛も連れて来てくれたのかぁ?」

 多少汚れの目立った服装で車庫の中かヒョコっと現れた。

「お義父さん・・・ご無沙汰してます」

 俺は、お義父さんに握手を求めた。

「やぁ…保君・・・。元気そうじゃないか」

「おかげさまでなんとかやっています」

 軽く会釈をしながら答えた。

「愛も大きくなっただろうね?暫く逢っていないもんなぁ・・・」

 お義父さんは、タオルで汗を拭きながら答えた。

「えぇ・・・おかげさまで。毎日ちょっとずつ大きくなっているようです。最近じゃ、近所の男の子よりやんちゃなになって…”この子は、元気だけが取り柄の子かも・・・”って、カナと笑って話しています。俺は、何していいやらこんがらがっちゃってお手上げ状態なんですが、でも…彼女が、毎日よく(愛を)面倒を見てくれているんで、とても助かっています」

 俺は、苦笑いをしながら答えた。

「そうかそうか…元気か・・・。うんうん…元気が一番じゃないか」

「そうですね。まだ病気らしい病気にかかった事がないんで…とても助かってます。意外と丈夫そうな子のようです」

「そうか、それは良かった。元気が一番だ。どうだね、この盆栽も元気いいだろう。結構苦労したんだよ。育てるというのは、大変だな笑」

 二人は、喋りながら玄関の方へ向かった。

「・・・ねぇ・・・加奈・・・?」

「なぁ~に?」

「まだ…私達と一緒に暮らせないの?」

 母親は、テーブルの上に置いてあった急須を持ちながら言った。

「まだ駄目よ」

「どうして?」

「・・・どうしてって・・・そんな事、今更聞かなくても分かってるじゃん」

 カナは、平然とお茶を啜りながら答えた。

「・・・保さんのご両親の事?」

「そうよ。その事が解決しないかぎり無理な相談ね」

「~で、解決できそうなの?」

 母親は、ポットの中にお湯がある事を確認しながら答えた。

「うぅ~ん?・・・これからじゃない?保も色々考えているみたいだし。”三重の実家へ電話しよう”って私に言ってくれたよ」

 カナは、席を立ち冷蔵庫がある方へ向かった。

「三重の実家に?」

「そう…。”お父さんにお母さんがなんで失踪したか…ちゃんと聞いてみる”って言ってくれた。初めて…そういう話を私にしてくれたのよ。私も嬉しかった。だから、お母さんももう少しガマンしてよ。そして、彼は…こうも話してくれた。”同居は、近い将来…うちの家族とは関係なく、いずれしよう思っているよ、安心して。俺だってそんなに意固地な性格じゃない”って。私は、彼が…今まで背負って生きて来た事を忘れるんじゃなくて…その事に対して真っ正面からぶつかって乗り越えようとしているって、そう…思うようにしたの」

 冷蔵庫の中からオレンジジュースを取り出した。

「・・・本当の大きな悲しみは、理屈で簡単に説明が出来るもんじゃないわ。時間と共に消えていくものでもなくて…ただ時間と共に思い出す事が少なくなっていくだけかもしれない・・・」

「ジュース飲む?」と黙って遊んでいる愛へ言った。愛は、「うん」って答えた。

「彼は…強い男の人だもの」

「ふぅ~ん、そう…言っているんだ。あなた達もそれなりに、大人になったって事かな。意外と頑張っているじゃない。お母さん・・・少し安心したわ」

「私達も・・・頑張ってますよ、それなりに~」

 そんな会話をしている最中に、俺は「バタン」と戸を開けた。

「何を~そんなに大きな声で話しているんだ?外まで筒抜けだぞ」

 父親は、汚れているタオルを洗濯機のある方へ持って行きながら答えた。

「内緒」

「男達には内緒よ」

「俺にも内緒?」

 愛の顔を覗きながら答えた。

「内緒よ」って軽くあしらわれた。

「あなた…愛に触る前に、その汚い手を洗って来てよ。全く…やめてよーもう・・・」

「はいはい~分かりました♪」

 俺は、父親のいる部屋へ向かった。

「・・・」

「俺達の悪口っすかね?」

「~かもな」

 二人は、笑いながら手を洗った。

「ねぇ…お腹減らない~保?」

 リビングからカナの声が聞こえてきた。

「うん?」

「なぁ~に?」

 蛇口から出る水の音でカナの声が消されていた。

「なぁ~にって?お腹減ってきちゃったぁ・・・って言ったの」

「・・・」

「なんて言ってるんですかね?」

 顔を洗いながら答えた。

「腹減らないか?って、そんな話じゃないか?」

 父親は、タオルで顔を拭きながら答えた。

「・・・腹?」

 蛇口の元を閉めながら顔を上げた。

「ふぅ・・・気持ちいい・・・」

 俺もタオルで顔を拭きながら言った。

「腹ねぇ・・・」

 腕時計で時間を確認した。

「・・・」

「まだ19時じゃん。いくらなんでも食事するには早いだろう・・・」

ボソッと聞こえない声で言った。さっき食べたものが消化しきっていない。

「ちっとも早くないよー。私、お腹減っちゃった」

「えぇ?」

 カナは、洗面所の入り口でニコッと微笑みながら立っていた。

「・・・さっき、尚樹達と食べたばっかじゃん。それに・・・」

「それに?」

「俺は・・・もう作らないよ」

 断る時はピシャっと断らないと・・・癖になる。

「誰も”あなたに作ってほしい”って言ってないじゃん。ねぇっ・・・!久しぶりにお寿司でも食べに行こうよ」

「お寿司?」

「・・・」

「~ねぇって、笑顔で言われても。そんなにお腹減ってないしなぁ・・・」

 首を傾げながらお腹を擦って答えた。

「・・・」

「お父さんは?」

「俺も・・・減ってないよ」

「えぇーー。男どもは、ったく…意気地がないわねぇ。お母さん、保達お腹減ってないんだって・・・」

 カナは、伝えに来たと思ったら喋るだけ喋って・・・スタスタと向かいのキッチンへ行ってしまった。”そうなの?意外とダラシないのねぇ・・・”という母親の声も聞こえてきた。

「意気地がないって…そういう問題じゃないですよね。減ってないもんは、しょうがないじゃないか。ねぇ…お義父さん」

「さっき…強い男だって誉めてくれていたじゃん。聞こえてたんだよ」と心の中でそう思った。

「まぁ~な、しかも中途半端な時間だが、あの女どもの気持ちは分からんだろうよ。それにどうせ俺が食事代持つんだろうし…」

「俺も少しは出しますよ、一応働いていますし。それにこっちの方が人数も多いですし」

 首をポキポキ鳴らし答えた。

「それでもなぁ…」

 父親もお腹を擦りながら答えた。

「・・・そおっすよ笑」


「かなりうまかったっすね。すみれ達も喜んでいましたね。良かった良かった・・・」

 尚樹は、自分達の作った料理を誇らしげに感想を述べた。

「なかなかやるじゃないか、尚樹さんも・・・」

「それほどでも・・・ないっすよ」

 他人に誉められるのは気分がいい。俺達が料理したのは、パセリライスとほうれん草のスープとアボガドとマグロのサラダ・・・牛肉とブロッコリーのオイスターソース煮だった。なんて健康的な食事♪

「なにニヤニヤしてんのよ・・・。悔しいけど、確かに美味しかったわよ。でも…たまに作ったからってそんな風に勝ち誇られても困るわ。お母さんや私は、そういう事を毎日やっているんだから…少しは、私達にも感謝してほしいな」

 トイレから戻って来たすみれが言った。

「感謝しまくりっすよ、いつも・・・」

「なんか…すごくありがたみの半減する言い方だわ。バカにされた気分」

 タオルで手を拭きながら答えた。

「そんな事ないって・・・。いつも感謝してますよ」

「どうだか・・・ね。まぁいいわ。それより・・・お母さんは?」

 すみれは、さっきまで一緒にいた母親を探していた。

「リビングに行ったよ、祐二連れてね。絵本でも読んでくれているんじゃない?」

「そうなんだ、私も行こうっと。皿やコップもちゃんと洗っといてね。料理っていうのはね、汚れ物を最後まできちっと洗ってこそ価値があるのよ、分かってる?」

「はいはい」

「了解」

 尚樹と父親は、揃って答えた。すみれは、一言二言喋りながらスタスタとリビングの方へ向かった。

「・・・私が”ビールでも飲もう”なんて言い出してしまったから…肝心な話から外れてしまったね。悪かった・・・」

 父親は、イスから立ち上がりながら言った。

「・・・独立の話ですか?」

「そうだ」

 テーブルの上に重ねておいてある食器を持ちながら答えた。

「・・・なぜ?私にそんな話を?」

「私の目が黒いうちに確認しておきたいんだ、君がトップに立てる器かどうかを…。初めは、我社のグループの一社として会社を立ち上げ、今まで通り…君の好きな広告の仕事をやっていけばいい。人には、向き不向きもあるだろし…君の実力がもっとも発揮できるのは、やはり今の職業だと思う。端から経験のない君を一から私の業界へ入れて育てようとは考えていない。私が言いたいのは、その会社で経営を学んでほしいという事・・・そして、いずれは・・・」

 蛇口を回して水を容器に張ろうとした。

「・・・なぜ黙っている?」

「・・・」

 尚樹も残っている食器を運びながら聞いていた。

「それとも自信がないのかね?」

「そうではありません」

「それは…今までそういうビジョンを持って仕事をしてこなかったからです」

 尚樹は、残っていたビールを飲み干した。

「ビジョン?」

「経営者という職業に興味がなかったという事です」

「・・・」

 一瞬、食器を洗うのを止めた。

「なるほど」

「今回…お父さんの話を真剣に聞き、その事について初めて考え始めたばかりです。まだ…浅くですが・・・」

 尚樹は、かかっていたフキンを手にし食器をふき始めた。

「どうするかは・・・後日改めてご報告するという事で…許していただけないでしょうか?即決する内容ではないから…」

「いいとも。しかし、残された時間は…かなり少ないぞ」

 父親は、食器を再び洗い始めた。

「・・・どのくらい残っていますか?」

「・・・」

「・・・」

「二週間だ」

 食器を洗い終えたので蛇口を回し水を止めた。

「・・・」

「分かりました。十日後にまた会議が東京の本社であります。その後にこの返事をお持ちしようと思っています。それまで待って貰えますか?」

「・・・十日後だな。分かった」

 タオルで手を拭きながら答えた。

「はい」

「・・・返事が楽しみだな。風呂にでも入ってくるは…」

 お義父さんは、ニコニコ笑いながらリビングへ向かった。しかし目だけは笑っていなかった。鋭い視線が・・・とても印象的だった

「ふぅー。相変わらず・・・すごい迫力だわ」

 尚樹は、深くため息を吐きキッチンの椅子へ腰を下ろした。

「・・・」

「ため息なんかついて…お父さんに絞られた?」

 リビングに行っていたはずのすみれの声が聞こえた。心配そうに目の前で喋っていた。

「絞られたっつうか・・・さっきの続きだよ」

”はぁ・・・”とため息交じりの声で答えた。

「・・・で?」

「十日後にまた東京で会議があるんだ。だから~その日に自分の答えを用意してお義父さんに逢おうと思っているよ。お義父さんは、初めてこの俺を大人の男として扱ってくれた。(お義父さんの)気持ちは分からないが、そう…認識している。正直、すごく嬉しかった。軽い気持ちで即決するような内容でもないし、これからの人生設計を自分なりに少し考えてから判断しても遅くないと思う」

お茶の残りを飲みながら答えた。

「会議?そんな事一度も聞いてないよー私・・・」

「大阪に戻ったらちゃんと話そうと思ったんだよ。その会議は、平日の中日にあるし…こっちには(東京)初めから一人で来るつもりだった」

 尚樹は、「ぷー」と風船のように膨らませたすみれの顔を見ながら答えた。

「ふぅ・・・ん」

 なんか納得していないように感じだ。

「~でさぁ、今までの気持ちを一端…ゼロに戻してから、それから俺なりの結論を出そうと思っている。俺にとっても善い機会だと思うし・・・」

「じゃ仕事を変える事も考えているの?」

 すみれは、イスに腰を下ろしながら答えた。

「・・・それは・・・限りなくゼロに近いと思う。いや…ゼロじゃないかな。やっぱり俺は、どこまでいっても広告屋だよ。これからもこの業界でしか生きていけない。それだけは・・・はっきりしているし、君のお義父さんもそう…言ってくれた。アメリカじゃもうポピュラーなんだけど、クリエイティブ・ブティックというスタイルの会社にすごく興味があった。大きな企業に属さないで今まで通りクリエイティブの仕事だけを優先的に進められるかどうか…そして企業として存続し採算も取っていけるのか…今一度、真剣に考えようと思っているんだ」

「難しい話は・・・私には分からないけど・・・」

「勢いだけでは、企業は存続しないし、俺一人の力では、初めから無理があると思う。それなりに目的の同じ人間を何人か集めないと企業として成り立たない。それには、資金もいる・・・」

 尚樹は、ポットの中にお湯が入っていなかったので、キッチンへ向かった。

「俺には守る家族もあるし・・・簡単じゃないよ」

 コンロに火を付けながら答えた。

「・・・あなたの答え次第では、家族が負担になるかも・・・しれないね」

「いや…それは違うよ。家族があっての俺じゃないか。どういう答えを選んだとしても俺の場合は、いつも中心に家族を置くつもりだよ。家族を守れない人間は、やっぱり失格だと思う」

「あらら・・・?模範的な回答を言うようになったじゃない?別人かと思ったわ。その割には…いつも帰って来るの遅いわね。努力が足りないんじゃないの?」

 すみれは、苦笑いしながら言った。

「・・・これでも努力しているんだけど・・・」

「もう少し努力して」

「もう少し?」

 尚樹は、お湯が沸くまで近くにあったイスへ腰を下ろした。

「もう少し」

「そんなに苛めんなよ。ご期待に添えるように・・・頑張るからさ」

「それにしても・・・」

「・・・」

「それにしても・・・?」

 すみれは、テーブルの上に置いてあったお菓子を食べながら答えた。

「・・・今日のお父さん迫力あったと思わない?すごい雰囲気というか…オーラというか、貫禄が違うっつうか。うまく言葉が出てこないんだけど、あんな真剣なお父さん見た事ないって・・・」

「・・・だね」

 尚樹は、お湯が沸いたのを確認してポットへ注いだ。

「とても…焦っているような感じがしたんだよね」

 ポットから急須へお湯を注ぎながら答えた。

「すみれも飲む?」

「うん」

 尚樹は、すみれ専用の湯飲みをキッチンから持って来ようとして立ち上がった。

「焦ってる?」

「あぁ~。そんな気がしたよ」

「気のせいじゃない?いつもよりも目付きが鋭かったし元気そうに見えたわ」

 すみれは、もう一枚お菓子を持ちながら答えた。

「それがすごく気になるんだよ」

 ”食べ過ぎじゃない?”と思ったが・・・突っ込むのは止めた。

「・・・病気・・・なんて変な想像してないわよね?」

「それは、本人に聞いてみないと分からない。ただ、ちょっと…足を捻挫しただけで、あれほど嫌がってほとんど行く事のなかった病院へスンナリ行った事や付き添いのお義母さんをロビーへ待たせて、お義父さん一人で診察の結果を聞きに行った事も……不自然だと思わなかった??」

 お茶を湯飲みに注ぎながら答えた。

「・・・病気・・・なのかな?」

 すみれは、何も答えようとしなかった。

「さぁ・・・・・・」

「俺たちから言う事はないよ。もしかしたら、単なる「気のせい」で終わるかもしれないだろう・・・」

 尚樹は、お茶を啜りながら答えた。

「~そうだね」

 すみれの目は、充血しており~(尚樹は)その顔を見るのが辛かったようだ。


 俺は、カナたちの望み通り近所の「佳月」へ出向き寿司を食べた。「佳月」というお店は、下北では有名な寿司屋で著名人も足を運ぶ名店だった。そんな名店だったので、もう少しお腹の減っている日を選んで本当は食べに行きたかった。お腹を擦りながらやっと食べている男達に対し、美味しそうにこれでもかっていうくらいバカバカ食べていたカナやお義母さんの姿は圧巻だった。女の胃袋が二つあるというは、どうやら本当だ。男の俺には到底真似できない。

「満足していただけましたか?お姫様」

 俺は、胃の辺りを軽く擦りながら答えた。

「美味しかったですよ・・・ご馳走さま。それより大丈夫?」

 カナは、満足そうに言った。

「ブイブイ」

「お父さん・・・ご馳走さま。とても美味しかったわ」

 そりゃ~美味しいだろうよ、お金払ってないんだもの。夕飯は、男二人で払ったのだ。ちょうど15000円ずつ。

「・・・家に戻ったら胃薬飲みたいんだけど」

「うちの家には…そんなものないわよー。自力で治しなさぁ~い」

 鼻歌を歌いながらスキップをしてコンビニの方へ進み出した。

「・・・本当ですか?」

「嘘よ。ちゃんとありますよ」

 母親は、くすっと笑いながら言った。

「俺も頂こう・・・」

「情けないねぇ。お父さんも保も・・・」

「ちょっとコンビニに寄るねぇ・・・」

 と手を振りながら入って行った。

 ”・・・まだ何か食うつもりか?”と心の中で思った。

「まだ何か食べるつもりか?」

 父親は、呆れたような態度で答えた。

「・・・飲み物でも買ってくるだけじゃないかしら?」

「~だといいんですが・・・」

 眠そうな愛の姿を見ながら答えた。

「・・・愛・・・こっちおいで・・・」

「うん」

 俺は、おねむになった愛をヒョイと担いだ。

「眠いの・・・愛ちゃん」

「何を買ってるのかしら?私も覗いて来よう・・・」

「待っていればいいのに。お義母さんまで行ったらその分食い物も確実に多くなるだろうし・・・」

 半分意識がなくなった愛の頬を擦りながら答えた。

「そうだよ。せっかくジムのトレーナーに痩せたって言われたんだろう?」

「・・・確認だけよ」

 母親は、電灯の光に誘われるカナブンのようにコンビニの光に誘われて中へ入って行った。

「何か必ず買ってくると思います」

「確実に」

「・・・・・・アイスに千円」

 俺がそう答えると・・・。

「じゃ~プリンに千円」

 お義父さんは、くすっと笑いながらこっちを振り向いた。

「・・・」

「・・・」

二人の賭け事は成立したが・・・どちらも食う方に賭けたのだった。男たちは、コンビニの前で数分間何も語らずにただ突っ立っていた。特に話す話題がなかったからだ。こういう雰囲気って日常的によく見掛けるけどあまりいいものじゃない。他愛のない世間話をすれば済む話なのだが、何となくそれも出来ない時ってあるでしょう?今がその時だった。

「・・・」

「・・・」

「花火花火…しましょ。花火・・・ルンルン♪♪」

 乙女のような表情でコンビニから出てきた。

「じゃ・・・ん!!花火花火でした。愛ちゃん・・・花火だよ・・・」

「花火しましょ。ばぁ~んって花が咲くよ・・・」

「もう遅いって。もう・・・寝ちゃったよ」

 俺は、抱かかえている愛を見せながら答えた。

「・・・」

「なんだ、もう寝ちゃったんだ・・・。がっかえり。せっかく、愛と花火しようと思ったのに・・・」

「今年初めてなのになぁ・・・」

 カナは、すごく残念そうだった。

「・・・明日でもいいじゃん」

「そうなんだけどねぇ。この勢いで「ばぁ~ん」っとしたかったんだけど、なんだ、寝ちゃったんだぁ・・・残念だわ」

 口をフグみたいにぷくっと膨らませながら答えた。

「アイスも買ってきたのか?」

「はい笑。これはデザートです」

 母親は、苦笑いをしながらアイスを隠した。

「やった!俺の勝ち!」

 俺は、勝ち誇った表情で左手を父親に向けた。

「・・・母さん、買ってきたのはアイスだけ?」

 母親の左手にさっきまで存在しなかったビニール袋を持っていた。

「・・・うるさいわね、プリンも買ったわ。イケナイの?愛ちゃんも好きでしょう?明日のおやつよ苦笑」

 母親は、アイスをぺろぺろ舐めながら言った。

「・・・いいや。それでいいんだ。明日のおやつも必要だよな笑」

 ”うふふっ”と笑いながら父親は答えた。

「ちぇっ~そこまで読めなかった」

「・・・引き分けだな」

「なんか、負けた気分です」

「私は、何となく勝った気分だ」

 男二人だけが”くすっ”と笑っていた。小さいけど男同士のこんなヘンテコな世界があってもいいんじゃないか。

「・・・何かオカシイの?」

 お義母さんは、首を傾げながら答えた。

「いいや」

「特に・・・」

 またしても男二人で笑ってしまった。今度は、”くすっ”とではなく大声で笑った。坪にはまったという事だ。

「男~二人して?何ニヤニヤ笑ってるのかしらね・・・。いやらしい・・・わ」

「変なの」

 女二人だけは、納得していなかった。こんな表情もたまにはいいだろう?

「・・・」

「・・・」


 社会がどんなに変化しても、

 結局人間の果てしない愚かさと限りない美しさは変わりようがないという真実


「ふぅ・・・」

 俺は、珍しく眠りがとても浅く何度も寝返りを繰り返していた。横に寝ているカナは、そうとも知らずぐっすり熟睡中。

「・・・横になっていても疲れるだけかな?」

 柱時計をチラッと眺めた。

「まだ4時~」

 ”中途半端な時間帯だなぁ”と心の中で思い”こんな時は…じっくりパソコンで情報収集しますか”俺は、ムクッとベッドから起き上がった。カナと愛を起さないように、そ~っとそ~っと起きなくては。間違ってもこんな早い時間に彼女らを起してしまったら~始末が悪い。会社へ出勤する前に、その日の体力を全部使ってしまうくらいぐったりするだろう。そんな日は、とても仕事をする気になんてならないよ。考えただけでぞっとするわ。お願いだから起きませんように~。

「・・・よいしょっ」

 そ~っと音を立てないようにそそくさとベッドから出た。

「・・・」

 カーテンを開けずともこの季節は、外の雰囲気はだいたい伝わる。どうやら外は雨のようだ。しかもしっかり降っている様に感じられた。すみれや尚樹らと会った週末の天候は、思いの外良かったのでこのまま月曜日までもって頂くといいと思ったが、さすがに梅雨の季節。そんなに良い天気がもつわけもなく…。雨が降っているというだけで憂鬱な気分になる。何度も言うが、俺は、あまり雨が好きじゃない。あの頃とちっとも変わっていない。好き嫌いっていうのは、そう頻繁に変わるものじゃない。雨の季節になると、あの産婦人科の先生(院長)の顔を思い浮べる事がままある。そういえば、最近~その先生を全く見掛けなくなった。見掛けなくなって一年くらい経つだろうか?初めは、同じ時刻の電車に乗らなくなっただけかな?とか少なからず気に止めていたのだが、この頃は、出勤時から非常に忙しく思い出す事も少なくなっていた。娘の愛も体調が良く頻繁に診察へ出向く事もなかったので…(先生に)顔を合わす事もなかった。あの先生は、元気なのだろうか?

”ふぁ~”とアクビをしながらリビングに向かい、この部屋で一番大きな窓につけているカーテンをバサッと開けた。確認するまでもなく外は、雨だった。頭の中で想像していた通りの映像が映っていた。やる気が失せる光景だった。もう~朝だ。

「雨ねぇ…。あぁ~やだやだ」

 両手を天上に付くようなイメージで思いっきり伸ばしストレッチを始めた。ポキポキと骨が軋む音がする。生きているという実感がする瞬間だ笑

「出勤する前に、都合よくやんでくれないかなぁ・・・?」

「・・・」

「さぁ~て」

 両手を挙げたまま軽く首を回しながら、仕事用のカバンある部屋へ向かった。自分の部屋というよりあまっているというべきか。寝室の隣。ちょっとした机もありお互いの洋服も散乱しており、まぁ~差し詰め雑居部屋っすな。

 ”ガサッ”

「イタッ」

 足に何かが当たる。下を見ると、愛の遊び道具だった。木製のおままごとキッチン玩具だった。愛は、女の子ということもありこういった玩具を購入することが多かった。こういう玩具で遊ぶことですくすくと育ってほしい。しかし出しっぱなしとは、けしからん苦笑。親の顔が見たい。

「どれどれ・・・」

 パソコンの電源をポチッと入れる。最近のパソコンは、軌道が早く立ち上がりに時間がかかることはない。すかさず、スポーツ欄をチェックと…。”メッシ、リーガ通算300得点に王手…指揮官の100戦目に達成なるか”がトップ記事。

「メッシ君ねぇーー」

 …スポルティング・ヒホンとバルセロナが対戦する。同試合はバルセロナが昨シーズン、クラブ・ワールドカップに出場していたため、延期されていた。バルセロナの指揮官とエースにとって記念すべき一戦となりそうだ。スペイン紙『ムンド・デポルティーボ』が伝えている。その隣の記事は・・・と。”ミランに所属する日本代表FW本田圭佑が16日、ファン投票によるセリエA第25節のベストイレブンに選出された。セリエA公式HPが発表した”。この本田という選手は、本当に素晴らしい選手で好きな選手の一人だった。何年か前に辞めた中田氏とは、選手という価値観も生き方としての価値観も対照的で。その中田氏は日本酒の知名度をあげるために頑張っているとか。そういう試みも大事だが、なんかもっとサッカー界で出来ることがありそうな気がして残念な気もします。他人の人生なんであれこれ言えないが。”お茶でも飲むかな”と。パソコンの画面をそのままにキッチンへ向かう。隣の寝室では、まだまだスヤスヤとお姫様二人が眠っています。キッチンのコンロに火を灯し、暫し待つ。この時間も持て余す。何もすることがない。週末は、ずっと外にいたわけで、キッチン周りもきれいなもので。数分すると当然ながら、やかんに湯気が出てきて沸騰したお湯をポットへゆっくり注ぐわけです。その後、当然のようにお茶っ葉を急須へ少し移すわけですが、移した瞬間、香ばしい香りが鼻にぷぅ~んと臭った。放り込んだお茶は、香ばしい渋い香りが特徴の玄米茶です。ポットから急須へお湯を注ぐとまた違う香りが鼻を覆う。

「♪♪~」

小さな声で鼻歌を歌い、湯飲みを持ちながら雑居部屋へ向かった。窓から見える風景は、起きた時よりもいくらか日が指し込めており明るく感じた。この分なら出勤前に雨が止みそうだな。クリーニングから戻ってきたばかりのスーツも多少長持ちするし…これは助かった。

「・・・」

 椅子にゆっくり座りながら湯呑みを机の上に置いた。座るとつぎの動作は、パソコンの起動ではなくて、湯呑みからお茶を飲むことだった。起きたばかりだったので、喉も渇ききっており~喉越しの通りも非常に良かった。いつもこんな感じだったらいいのに。

「さぁ~て、ほかのスポーツの結果結果・・・」

”・・・ジダン監督、指揮官としてCLデビューへ 「これは特別な大会」”という見出しが。2002年のCL決勝で歴史に残るゴールを決め、選手としてレアルにタイトルをもたらしたジダン監督は、1月にラファエル・ベニテス前監督の後を継いでレアルの指揮官に就任。ローマ戦は監督としてのCLデビュー戦となる。ジダン監督には、最近の監督解任劇のような早期リタイアだけは避けてほしいと願うばかりだ。

「他には・・・」

 ん・・・雨の音が聞こえなくなった。どうやら止んだようだ。

 「プルルゥ~プルルゥ~♪♪」充電中のスマフォから着信の合図が。こんな早い時間に?首を回しながら机の上に置いてあったスマフォを手にした。「誰?」

 ”あぁ~” 昨日と一昨日と逢っていた尚樹からだった。それにしても早いなぁ~。まだ6時前だぞ!5時30分を少し回っていた。

”もしもし・・・なんだ、こんな時間から起きてんのか?保。せっかく留守電に入れようと思ったのに・・・”

 尚樹は、笑いながら答えた。

「お互い様じゃないか・・・。じゃ~切ろうか?」

”うるさい”

 素直じゃないね、この男は。

「~で?」

”「~で」って・・・?”

「何か用か?って事。こんな早い時間に・・・」

 お茶を啜りながら答えた。

”・・・いや~特にないんだけど。週末の礼でも言おうかな?と思いまして。ごちそうになった食事も美味しかったよ、ありがとう”

 尚樹の声は、ぼやけていなかった。起きたばかりじゃないという事だ。俺と同じ眠りが浅かったのか?そんな日もあるわな。心地よく眠りに付ける日は…少なくなったよ。

「これはこれは…。わざわざご丁寧にどうも。そんな風に言われたの初めてだよ。お前も礼儀を重んじる歳になったということか。別人かと思いましたよ」

「随分な言い方だな・・・」

 二人してクスッと笑った。こんな関係が続くなら、一日限定で学生時代に戻ってみるのも悪くないと思ったもんだ。

「こっちこそ~久しぶりにお前の家族と逢えて嬉しかったよ。娘も祐二君に逢えて相当楽しかったみたいだ。寝る前まで興奮していたよ」

「うちの祐二も帰ってから~ずっと「ブイブイ」って一人で騒いでいたよ。「ブイブイ星人」になって喜んでいたわ。良い休日になったんじゃないかな?」

 尚樹の声は、いつもより滑らかだった。

「どこからそんな言葉を覚えてくるのかね?」

「さぁ~な。子供は、宇宙人だから分からんな。大人になってしまった俺達には・・・理解出来んという事だろう」

「そうだな」

 残っていたお茶を飲み干した。

「・・・今日~大阪に戻るのか?」

 キッチンの方へ向かいながら答えた。喉が渇いているらしくもう一杯飲もうと思った。

「あぁ~。会議が昼過ぎまであるから…その後、新幹線に乗って帰るよ。すみれは、祐二ともう一泊して行くみたいな事言っていたけど…よう~分からん。勝手な事ばかり言って困ったもんだ。もう少し大人にならんかな?こんなんじゃ~子供が二人いるみたいで疲れるよ」

 尚樹は、すみれの発言に呆れていたモノが言えないという態度だった。

「そこまで言わなくてもいいじゃないか。久しぶりにこっちへ来たんだろう…?」

”・・・別に構わないんだよ、こっちに一泊や二泊残るぐらいは~。俺の両親にもあいつ(祐二)を見せに行くっていうし・・・”

「じゃ~何が気に入らないんだ?やることやっているだろう?」

 急須からお茶を注ぎながら言った。

”10日後にさぁ、またこっちで会議があるんだ。それを…機能の晩まで黙っていたのが、あいつはどうにも気に入らないんだよ。急きょ一泊追加した本当の理由はそっちにあるんだ。うちの両親に会わせるのはついでだ”

「どっちもどっちって感じだな。お前も大人になれよ。そういう些細な所を…女って生き物は、すげぇ気にするんだよ。気を付けろぉ…男が”少しは~”と思っている事でも女は”根深く”思い続けているらしいよ」

 ”アチッ”お湯が掌に引っかかった。

”・・・聞き覚えのある言葉だな”

「昔からの有難い言葉だ。肝に銘じとけ!」

 湯飲みを持ちながらリビングへ向かった。

”あぁ~そうするわ”


「おはよーおはよー。さぁさぁ…起きなされ、カナ・・・」

 俺は、加奈の額に「ポン」っと叩きながら答えた。そして寝室のカーテンを”バサッ”っと勢いよく開けた。雲が一つないってこんな感じ?梅雨明けも近いかな。

「うぅ~ん・・・」

「・・・」

「・・・お姫様ダッコして♪」

 カナは、照れずにぼそっと答えた。

「・・・あん?」

 聞き間違いか?

「お姫様ダッコ♪」

 布団を深く被りながら小さな声で言った。

「なんで?」

「・・・なんとなく・・・」

「・・・」

 俺は、ベッドの端の方にちょこんと座った。

「どうしても?」

「うん・・・」

「今・・・?」

 カナは、黙ったままだった。

「・・・」

 ”しょーがねぇ~な”と心の中で思いながら「ひょい」とベッドから立ち上がり、カナを深く被っていたふとんを”バサッ”と思いっきり捲り上げた。

「キャッ・・・」

 朝日が目に入ったのか顔を反対の壁の方へ背けた。

「・・・よいしょ」

「あははっ・・・」

 カナの身体を”ムクッ”と抱かかえた。若干、重たくなったかな?と思っても口に出して言えんが。

「・・・」

「きゃはっ」

 カナと目が合った。

「どう…ですか?こんなんでいい?お姫様」

「・・・不満か?」

「・・・」

「・・・」

「今日の加奈は、ワガママだね。愛が大きくなったみたいだ」

「・・・嬉しい♪」

 やっと・・・カナが笑ってくれた。

「・・・美女と野獣よね」

「朝食でも食べる?」

「じゃ~このままリビングに連れてって♪」

 独身時代でもこんな事をした記憶がない。

「・・・」

 愛が起きたらしい。

「どうして・・・笑っているの?パパ・・・ママ・・・」

 愛は、目を擦りながらこっちに向いた。

「・・・あらっ・・・?」

 突然の出来事に二人とも赤面してしまった。

「おはよう・・・愛ちゃん」

「おはよう」

「どうして…そんなかっこしているの?」

 愛は、だき抱えられているカナの目を見ながら答えた。

「・・・えぇ・・・と」

 カナは、返事に困ったらしく言葉に詰まってしまった。

「どうして?」

「・・・パパとお姫様ごっこしているのよ」

「おいおい…勝手な事言うな」

「・・・」

「ママばっかり・・・ずるぅ~い。パパ…私も仲間に入れて・・・」

 ベッドから「ヒョイ」と飛び降りて俺の足に抱き着いて来た。

「ほらみろ・・・どうするんだよ?」

「・・・」

「ママの後ね♪」

「えぇ・・・」

 明らかに不機嫌な態度になってしまい、うんこ座りをしながら抵抗してきた。こうなったら本当のお嬢様はやっかいだ。”どうするんだよ、カナ。ご機嫌が直るのに時間が掛かるぞ!”

「さぁ・・・カナ、愛。朝食の時間だよ。愛の大好きな卵サンドでも食べよう。パパが作ってあげるからさぁ…機嫌直してよ」

「・・・」

「はぁ~い。愛ちゃんも行きましょうね」

「後で・・・同じ事してくれる?パパ・・・」

 愛のぽっぺたは「プクッ」膨れていた。

「・・・オーケー。許してあげるわ」

 髪の毛を弄りながら答えた。仕草は、もう立派な女だ。

「じゃ~行くぅ・・・。卵サンド・・・卵サンド・・・」

 俺は、カナを抱いたまま愛を連れてキッチンへと向かった。

「そうそう~」

「なぁ~に?」

「今朝・・・尚樹から℡あってさぁ~さっきまで少し話してたんだ。今日の便で、あいつだけ大坂へ戻るんだってさ。すみれと祐二は、今日も実家へ泊まるらしいよ。昼から電話してみたら?」

「・・・そうなんだ。電話してみる・・・」


 人生、屁理屈や大声のから威張りじゃ解決せんて。


「今日もこっちに泊まるんか?」

 尚樹は、牛乳を飲みながら答えた。

「・・・そのつもりだけど・・・」

「・・・」

 もう一杯飲むつもりで牛乳パックへ触れた。

「駄目?」

「いいや~」

「な~んか不満そうね。やっぱり一緒に帰った方がいい?」

 すみれは、パンを齧りながら答えた。

「びっくりやな。やけに素直じゃん」

「うん?そんな事ないって。どうせなら、暫くこっちに残ってさ~(自分の)両親の面倒でも見ていた方が、お前も専業主婦から開放されて良い気晴らしになるんじゃないかと思って。それに、祐二にとってもいい思い出作りになるかもしれん。あいつ、来年から年長さんだろう。そうなったら、そう簡単にチョクチョクこっちへ出てこれないと思うし・・・」

「・・・今朝~何かあったの?」

「なんで?」

「昨日の態度とは~大違い。随分いい亭主だなぁ~と思ってさ」

 牛乳の入ったコップを持ちながら答えた。

「そうだっけ?」

 ”ゴクっ”と牛乳を飲み干した。少しは、早朝の俺との会話も役にたったかな?

「・・・そうよ。別人かと思ったわ」

「(俺の方の)親の面倒も頼もうと思ってさ」

 テーブルの上に無造作に置いてあった朝刊を手にしながら答えた。その朝刊には”TDR価格改定 「1デーパスポート」7400円は高いのか?”という記事。中国の春節休暇(2月7~13日)で、東京ディズニーリゾート(TDR)は中国人であふれかえっていた。春節(祝日)は8日。この日、TDRは3年連続となる価格改定を発表した。2013年に6200円だった「1デーパスポート(18歳以上)」は、14年に6400円となり、15年は6900円、今年4月からは7400円に値上がりする。この間の上昇率は実に約20%だ。という内容。1983年4月に東京ディズニーランド(TDL)が開業したときは、平日限定だったが、1デーパスポートは3900円だった。その後、4200円、4400円、4800円、5100円……と値上がりを続け、今年4月、開業当時に比べると約90%の価格アップとなる。チケット代が高くなった分、パーク内での飲食代を減らす。夢の国でも生活防衛は大切ということか…。そろそろ裕二もデビューさせてみるかな。

「・・・じゃないかと思ったわ」

「頼むよ。俺の方から電話しておくからさ」

「じゃ~そうするね。大阪に帰っても~羽を伸ばそうと思わないでよ」

「・・・あほか。そんな暇ないわ」

 ネクタイを締め直しながら答えた。

「・・・おトイレ行って来たよ~パパァ・・・ママァ・・・」

 裕二は、すみれの母親と一緒に行っていた。

「良かったねぇ・・・」

「・・・すみれは、尚樹さんと大阪へ戻りなさい」

 タオルで手を拭きながら答えた。

「なんだ、聞いていたの?」

「朝からあんな大きな声出されたら、耳が多少遠くなっても嫌でも聞こえるわよ。お父さんだって眉間に皺よせているわよ」

 リビングでコーヒーを飲んでいる父親をチラッと見ながら答えた。

「すみれは、尚樹さんと帰りなさい」

「(私がいたら)ジャマなの?」

「そうじゃないけど~あなたは、尚樹さんと大阪に帰って色々話する事があるんでしょ」

 母親は、皿に残っていたパンをムシャムシャ食べながら言った。

「・・・」

「・・・」

 一瞬、尚樹とすみれは黙ってしまった。

「何もないっすよ」

 尚樹は、新聞を畳みながら答えた。

「・・・」

「お父さんとの「宿題」なら~自分一人で決断します。その気持ちが固まるまで~すみれと祐二を暫くここで預かっていただけませんか?」

「尚樹さん・・・あなた一人で解決するつもりなの?そういう問題は、夫婦で話し合った方がいいんじゃない?」

 ”祐二、あっちへ行こうか”母親は、祐二を連れてリビングへ向かいながら答えた。

「・・・私は~尚樹が決めた事に従うだけよ」

 すみれは、キッチンに皿を持って行きながら答えた。

「あなたには、自分の意見がないの?」

「そりゃ~多少…私なりの考えとかあるけどさ、例え(尚樹と)話し合って決めたとしても…結局、結論は同じだと思うわ」

「どうして?」

「尚樹は、家族に仕事を持って帰って来るタイプじゃないし…。それに、彼の口から仕事の愚痴すら聞いた事がないもの。きっと~今まで色んな悩みがあったと思うけど、その都度自分で解決してきたんじゃないかな?それに私がどうこう言っても決断するのは、彼なわけだし。私の意見ぐらいで変わるならそっちの方が危険でしょう・・・?ねぇ~尚樹」

「・・・まぁまぁ」

 クスッと笑ってしまった。

「そんなに強い男じゃないよ。すみれに相談しなかったのは、”今まで”するような悩みなんかなかったからだよ。だから相談しなかっただけ・・・」

 尚樹も皿をキッチンへ運びながら答えた。

「・・・」

「やっぱり~」

「”やっぱり~”なによ?」

「すみれは、一緒に大阪へ戻るべきね。今回の問題は、二人で話し合って決めなさい。その方が絶対いいわ。結論が出るまで、私が祐二を預かってといてあげる」

 お義母さんは”あっち向いてホイ”と言いながら答えた。

「あぅ~」

 祐二は、頭をかきながら言った。どうやら負けたらしい。

「もう一回・・・」

「・・・」

「あっち向いてホイ」

「・・・」

「母さん」

 今まで黙っていたお義父さんがボソッと答え始めた。

「何よ?」

「娘夫婦の問題に口を挟むなよ。お前の悪い癖だ」

「・・・」

「だって・・・」

「お前が、モメ事が多く作ってどうする?」

 お義父さんは、コーヒーを飲みながら答えた。

「今回の宿題は・・・」

 牛乳パックを冷蔵庫へ入れながら答えた。

「自分自身の”志”を再確認したいと思う。これからの人生~どう楽しむか・・・。俺自身の方向性が決まったら、真っ先にすみれへ話すよ。不満があるなら~その時に言ってくれ。俺は、聴く耳は持っているつもりだ。それまで(ここで)待っていてくれないかな?」

「・・・いいわよ」

「それでいいの?すみれ?」

「しょうがないじゃない。尚樹が・・・そこまで言うんだもの。私は、(彼を)信じて待っているしかないじゃない」

 

 誰よりも昔に、君と逢っていたような気がする

 気付かないフリをしていたわけじゃない

 君の視線を感じながら、生きていたような気がする

 今度は目をそらさないで、確実に君を見つけ出した

 逢うのは初めてだったけど、そんな感覚はなかった

 巻きつけられた糸を手繰るように

 あくまで自然体にその糸の先は君が待っていた

 ボンヤリと入道雲を見ながら微笑んでいた

 汚れのない少女のように俺は「待たせてごめん」

 と君に答えた

 君は「慣れているから大丈夫」

 と小さな声で言った


 その後の言葉はほとんど覚えていない

 二人にとって言葉は重要ではなかったから・・・

 重要なのは一緒にいる事

 そして

 幸せになる事


「今回のプロジェクトのご報告は、以上を持ちまして終了となります。お疲れ様でした」

「お疲れさん。よく頑張ってくれた。我社の期待を裏切らない働きをしてくれた。社を代表して礼を言うよ」

「何を言っているんですか?私は、高橋さんの指示を忠実に守っただけですよ」

 高橋さんとは、俺の上顧客(クライアント)の一人だった。(高橋さんに)偶然~二年前に拾われて(紹介)から俺の人生は変わり始めた。そして、今年の春…次長のポストを手に入れる事が出来たのも彼のおかげだった。同期の中でトップ昇格だった。周りの人間が疑いの目を向けるほどの異例の昇格人事だった。(周りの意見よりも)本人の俺が一番そう思った。~というのは、それまでの俺はというと、ほとんど絶望的に出世には程遠い世界の人間で、昔風に言うなら、窓際ってやつか。課長の昇進したのも(残っていた同期で)一番遅かった。仕事が出来なかったわけではないが~なんとなくそういうのに縁が薄かった。だから、個人的には全く気にしなかった。カナも(本人はどう思っていたか分からないが)その事に触れようとしなかった。家族がそれなりに幸せなら~いいと思っていたのかもしれない。課長の昇格は、棚からぼた餅というか、当時の課長が他の会社へ移ったため(そのポジションを)空席にするのもよくないだろうという上の配慮で(実力ではなく)昇格してしまった。この話をすると長くなりそうなのでここまで。俺的にも気分がイマイチ乗らないし。

「またまたぁ~ご謙遜を」

「・・・これからもよろしくお願いしますよ、椎名さん」

 高橋さんは、ぺこりと頭を下げた。

「自分なりに一生懸命頑張ります」

 俺もぺこりと頭を下げて握手を求めた。

「”自分なり”では困りますよ。これまで以上に全身全力で仕事に取り組んでください。社内での”あなたの”評判は賛否両論ですが・・・私は、(あなたを)担当に迎えて本当に良かったと思っています。これからも安定して仕事が任せていけそうで心強いです」

 内ポケットからタバコを取り出しながら答えた。

「またまたーー。そういう時は、私も気を引き締め直さなきゃいけませんね」

 ”えぇーそれは言い過ぎだろう。なんか軽いんだよなぁ~この人。すごく感謝しているんだけど…どこまでが本音か分からない所があるんだよね。まぁ~クライアントだから本音もクソもないんだけどね。こういう人ってさ、頭の後ろにスイッチらしきモノがあってすぐ意見が変わりそうで怖いんだよ。そういう意味で気を引き締めないと”

「手を向かなければ(あなたなら)大丈夫ですよ」

「はい」

 ”はぁ~”と一息ついた。

「これから時間ありますか?」

「えぇ~多少なら・・・?」

「今回の仕事も無事片付いた事ですし食事でも行きますか」

 高橋さんは、チラッと柱時計を見ながら答えた。

「・・・」

「もう~そんな時間ですか?」

 俺は、腕時計をチラッと確認した。13時を軽く回っていた。社を出たのが11時頃だったから~そうか・・・回っていてもおかしくない。

「・・・」

「そうっすね。たまには行きますか」

「・・・うん?」

「プルルプルル~♪」

 内ポケットのスマフォが鳴った。画面には「尚樹」の名前が浮き上がっていた。

「すいません・・・電話取っていいですか?」

「いいっすよ」

 タバコの先から白い煙が「もこもこ」と出ていた。

「もしもし・・・尚樹」

”・・・もしもし~保♪お疲れさん”

 尚樹は、駅の中から電話を掛けているらしい。多分、品川駅からかな。アナウンスがそう聞こえた。

「何か用か?」

”思ったより速く会議が終わったからさ、これから大阪に戻るわ”

「そうか」

”結局~すみれと祐二は、東京に残していくよ。その方が、俺も都合いいしさ”

 ”これから、大阪まで帰りたいんですよ。一番速い新幹線のチケットを一枚いただけますか?”という声が耳元に聞こえた。

「ふぅ~お前さぁ~相変わらず直らないな。同時に二つの事をしなさんなって。俺と電話で話をするかそこでチケット買うかどっちかにしろよ。周りに迷惑かけているんじゃないのか?お前らしいといえばお前らしいけどさ」

”そんなに簡単に直るかよ。まぁ~気にするなって”

”12時34分発のぞみの空席が残っています”

”じゃ~それを一枚、禁煙席の窓際で”

”ありがとうございます。乗車券と指定席合わせて¥19,800―になります”

”もしもし~尚樹”

「あぁ~なんだ?」

「・・・」

”今~お客さんと一緒なんだよ。今夜、こっちから掛け直すよ”

 俺は、高橋さんにぺこりと頭を下げながら答えた。

「・・・了解」

”あぁ~そうだそうだ、大事な事を言い忘れていた。少しの間~すみれや祐二の事を面倒見てくれないか。たまにはあいつに電話してやってくれよ。いつも俺のお袋や時分の母親と一緒じゃキツイからさ。よろしく頼むう”

”じゃ~二万円で・・・領収書もお願いね”

「カナに連絡させるよ」

 もう~してると思うけど・・・。

”いつも悪いな。そうしてくれるか”

「気をつけて帰れよ」

”おう”

「すいません。お待たせしました」

 俺は、頭を下げながらスマフォを耳から離した。切った瞬間に次の相手からの連絡が…部下の森からだったが、今の俺には気付かなかった。どうせ、女に振られそうだとかそういう話だろうよ。


「なぁ~んだ、すみれと祐二君はこっちに残ったんだ」

 カナは、右手でアイスコーヒーのグラスを握りながら答えた。すみれと祐二は、夕飯の買い物のついでにうちへやってきるらしい。リビングでくつろぎながらお茶を楽しんでいるようだ。鬼の居ぬ間のなんとやら~だな。

「・・・そうなの。その方がいいと思って」

「どうして?」

 ”ギュー”と氷の溶ける音がした。

「彼の人生を狂わす問題がふっと湧いて出たの。そういう時って、私みたいな女はジャマじゃない。だから一緒に帰るの止めたわ」

 すみれは、祐二の髪を撫でながら答えた。

「へぇ~。どんな問題?」

「私の分かる範囲で言うと、私のお父さんが”彼の能力”を高く評価していて…自分の会社に迎え入れたいと思っているらしい」

「尚樹に跡を継いでほしいって事?」

「・・・おそらくは。そういう話に女がでしゃばるとろくな事ないじゃない。それにさ~私は、尚樹の信じた道を一緒に歩いて行きたいの。その方が幸せに慣れると思うから」

 すみれは、肩をもみながら軽く首を動かした。

「へぇ~。すみれってそういうタイプだっけ?自分の意見を押し通すタイプかと思っていたわ。聞いてみないと分からないわね」

「学生の頃は~ずかずか我を通すタイプだったかも。でも、彼と結婚して…この子産んで変わっちゃった。前に出るより一歩下がって後ろにいた方がいいみたい」

「じゃ、奥方だ笑」

「そう笑。あぁいうタイプにはその方が楽かも。保は~どうなの?仕事は順調?」

「うちの保は、尚樹と違ってさ~仕事”命”って感じじゃないでしょ。彼は(仕事を)適当にこなして、それなりにふらぁ~と生きていくタイプだと思うの。それがさぁ~”最近、どうしちゃったの?”って思うくらいバリバリ仕事してんの。彼もお仕事に目覚めちゃったのかな?」

「いい事じゃない。やっぱり男は、なんだかんだ仕事よね」

「そうかなぁ~?毎日~夜遅いのも考えもんよ。待ってるの疲れるし…」

「主婦は”笑顔”で夫を待っていればいいのよ。それで~男は”幸せ”を感じるんもんよ」

 すみれは、さっき手土産として買って来たクッキーを差し出した。”食べない?”と言いながら。

「・・・いらないよ。お腹いっぱい」

 祐二は、軽く否定して立ち上がった。

「・・・どうしたの?」

 初めて息子に否定された。それが何となく寂しかった。

「愛ちゃんと遊ぶ」

 祐二は、アイスコーヒーを飲んでいる愛を見ながら答えた。

「えぇ~」

「お外で遊ぼう・・・愛ちゃん」

「・・・・・・あららっ?」

「おっ?マジで?」

すみれと加奈は、目を丸くしてその言葉を聞いた。特に、すみれは(自分の息子の口からそのような言葉が出て来るとは思っておらず)ハトが豆鉄砲くらったような表情を浮べていた。自分の息子が、女の子を誘っている・・・。自分の息子は、自分を男の子と認識したのだろうか?突然の出来事で正直困惑しているようだ。嬉しいような悲しいような複雑な気分。

「・・・」

 愛も祐二の(突然の)告白にびっくりしたらしく顔がタコのように真っ赤になっていた。

「私・・・公園のブランコに乗りたい」

「じゃ・・・行こうよ、愛ちゃん笑」

 祐二は、隣にいる母親(すみれ)の後ろを通りながらテーブルの前に出た。

「・・・あぁっ。二人だけじゃ駄目わよ~危ないから。ねぇ…カナ。~私達も行きましょうよ」

 すみれは、とっさにボソッと答えた。

「そっそうよね、愛と二人だけじゃ危ないし私達も行きますか。あらっ…さっきよりも良い天気になったみたい。良かったわ」

「ほんとー」

 2人は、慌ててテーブルから立ち上がった。心あらずとはこのような感じを言うのか。

「・・・この子は~一体誰に似たのかしら・・・私かな~」


 良いと思われることは、まねる。

 悪いと思われることも、まねる。

 それが人生。


「ふぅ~首が痛い・・・。寝違えたかな?」

 俺とカナは、食事の後の一服タイムを迎えていた。帰宅ラッシュの時に不覚にもウトウトと約30分間無理な体勢で寝てしまったのだ。おかげで首から右肩まで張ってしまった。

「・・・大丈夫?」

「風呂に入れば少しくらい良くなるだろう?湧いてる?」

「後~10分くらいかな。もう少し待ってて」

 カナは、食べ終わった食器をシャカシャカと洗いながら答えた。

「最近~働き過ぎなんじゃない?どうかしたの??」

「えぇ?」

 俺は、カナの反応に少し驚いた。まさかそのような言葉が返ってくるとはこれっぽっちも思っていなかったからだ。最近の俺は、確かにどうかしている。誰が見てもちゃんと仕事をこなしていた。いつも~夜遅くまで働いていた。カナや娘の愛の為もあるが、俺自身仕事が溜まらなく好きになっていた。油の乗った鯛のような感覚ってやつか。もっと的を得た表現があったようなきもするが。あれほど、(仕事に関しては)手を抜いていると思われてもしかたなかった俺が・・・。

「・・・」

「もう少し~仕事量抑えたら?」

「どうして・・・?普通は~「その調子でもっと頑張って」とか「嬉しい」とか・・・そういう励ましの言葉をかけるんじゃないの?」

「嬉しいわよ・・・私わね。仕事を一生懸命している亭主ってカッコいいし」

 水道の音が止まった。どうやら、洗い物が終わったらしい。加奈は、タオルで手を拭きながら俺の方を振りかえった。

「・・・私わね?」

「でもさぁ~あなたの事をよく思っていない人もいるのよねぇ・・・一人だけ」

「・・・」

「そんな奴居るの?誰?」

「カナの両親?~なわけないか」

「・・・」

「私は、(あなたしている事を)全部とは言わないけどそれなりに理解しているつもりなんだけどさぁ~。愛が最近…ふて腐れるのよね、寝る前に・・・。「まだパパ帰って来ないの?」とか「パパの顔がなくなっちゃった」とか色んな事を言うようになってきたのよ。寝つきが悪いのは、そのせいかしら?たまには早く帰ってきてほしいな。一児の母親としては…ねぇ~」

 カナは、ため息を付きながらイスに座った。

「・・・」

「あぁ~ごめん」

 愛のごねている姿が安易に想像できた。

「ふぅ~一週間のうち一回でいいからさ、早く帰ってくる曜日を作って」

「・・・あいよ。そのうちな」

「あぁ・・・全然その気がなぁ~い。愛に泣かれるよーそんなんじゃ~。パパ要らないって言われるかも」

「・・・それだけは~勘弁だな」

 俺は、髪の毛をかき分けながら答えた。

「じゃ~明日までに決めてね」

「えっ?明日?それは早くない?」

「ちっとも早くないわよ。この所ずっと…私達の方が待っていたんだから。愛の笑顔を取り戻したいでしょー」

「努力します」

 俺は、ペコリと頭を下げた。”良い父親を演じるのも?大変だわ。辛い事も多いけど仕事をしている方がよっぽど楽だよ”

「・・・」

「・・・」

 俺と加奈は、お互いの顔を見つめながら苦笑いをしてしまった。

「あっそうだ!!」

 俺は、思い出したように大きな声を出してしまった。

「何?何?何があったの?それともそんなに嫌なの?早く帰ってくるのが?一週間に一度くらい仕事を置いて来てもいい日があってもいいじゃない?」

「・・・」

「そりゃそうなんだけど・・・今~話したい事は…その事じゃなくて… 明日には、今~話した事を忘れているだろし・・・」

「・・・じゃ~何よ?」

「大声出しちゃってさ。(やっと寝た)愛が起きちゃうじゃない??」

「・・・うちの実家へ電話してみる?」

俺は、お茶を飲みながら答えた。

「うん?・・・あ・・・あぁ~?」

「あぁっ…て・・・」

「ごめんなさい」

「別にいいんだけど。お袋が今~どこで生活しているのか(生きているのか)ちゃんと聞こうと思うんだ。親父が分からんのならそれはそれでいいし。真実を聞きこうかな・・・と」

「・・・」

 カナは、黙ったまま聞いていた。

「出来るの?」

「・・・大丈夫。ちゃんと話せるって。お前や愛のためでもあるけど~俺自身の為でもあるしな。このタイミングを外すと…一生聞けないような気がするし~勢いも必要だろう」

 俺は、「ニコッ」と笑いながら答えた。

「普段~まともな話もしない親子だからさ・・・電話かけるだけでなんとなく緊張するわ」

「変な親子関係だものね。困ったもんだ」

「その通り♪その事に関しては…異議なぁ~し。今さら…その辺を変えることなんか出来やしないし・・・」

「今から電話するの?」

 俺は、”ふぁ~”とアクビをしながら椅子から立ち上がって、充電中のスマフォを取りにリビングへ向かった。実家の番号を忘れるわけがない。でもその番号へかけるのは久しぶりというか、前に掛けたのがいつなのか覚えていないかった。またこのスマフォという電話というか端末はやっかいな機械で、小さいくせにやたら存在感がある。この頃は、画面の方が気になったりする。LINEやメールや電話の受信がなかった日は、それなりにショックだったりする。特にLINEは。

「その・・・?」

 ”プルルゥ~♪”突然~スマフォが鳴った。

「・・・おやっ?こんな時間に・・・誰かな?」

 俺は、スマフォを手にした。

「・・・」

「誰?」

「うん?お客さん・・・」

 高橋さんからだった。”どうしたのかな?”

「・・・もしもし~お疲れ様です・・・」

誰もいないのに頭を下げながら答えた。営業って大変。

「どうかしました?」

”すいません・・・こんな時間帯に。今~大丈夫ですか?”

「えぇ~。大丈夫っす」

 頭を下げながら笑って答えた。

”悪いね~こんな時間に”

「いえいえ~。何か・・・用っすか?”

”いやぁ~。急な話で申し訳ないんだけど・・・来月から例の担当を外れる事になったんだ”

「へぇ?」

 カナが、お風呂場へ向かったのが見えた。どうやら湯船が満タンになったらしい。”早く入りてぇ~♪”

”今度の辞令で、上海支店へ行く事になったのよ”

「はぁ?」

”そうだろ?「はぁ?」だよな。俺もそう言ったんだよ、部長に。40年以上東京に居てさ~っていうか東京しか知らないんだよね、俺。それが、初めての転勤が上海だってよ”

 高橋さんは、その口調からして酔ってるね。そんな時もあるさ。って事は、”転勤先が嫌だって事?”

「・・・上海っすか?」

”そうなんだよ、人生ってやつは分からんね。明日から3泊5日で行ってくるよ、どんな街か確認しに・・・”

「大変そうっすね」

 頬を「ポリポリ」かきながら答えた。

”そぉ~でもないんだよ。そろそろ~今の業務も飽きてきた所だったし…。まぁ~場所は(上海は)意外だったけどな”

「上海ですもんね」

”・・・中途半端な形で海外赴任になっちゃった。俺らしいって言えば俺らしいけどな。下手したら、北海道や九州の方が近いんじゃない?”

「どうでしょう・・・?」

”そんなわけで、次の担当を紹介するからさ、悪いんだけど・・・明日0時に来てくれない?何か用ある?”

「何もないっすよ。あるわけないじゃないですか」

 高橋さんの用を断れるわけがない。

”・・・じゃ~来てよ、待っているからさ。次の担当ってさぁ~女だよ”

 かなり酔っ払っているな~この人。

「そうなんすか?」

”気が強い女だから気を付けろよー!”

「了解しました」

”じゃ~よろしくぅ~待ってるぞ”

 俺は、高橋さんの電話を切る音を確認してから電話を切った。

「ふぅ~」

スマフォを持ったままリビングのソファーへ座った。お茶を啜りながらスマフォをテーブルの上に置いてから、テーブルの上に無造作に置いてあった新聞を手にした。”お風呂湧いているよー”カナは、手を拭きながらこっちへ向かって来た。

「そう、じゃ~入っちゃおうかなぁ~なんかめちゃくちゃ肩が凝ってるんだよね」

「あなたの為だけに入れ直したんだから感謝してよね」

 カナは飲み残しのお茶を手にしながら答えた。

「はいはい~感謝感謝・・・感謝です」

「あなたの言葉って、いつも「ありがたみ」っていうかさぁ…何かこう・・・今一つ何かが足りないのよね~いつも・・・」

「・・・そう?」

 俺は、新聞を閉じながら答えた。

「・・・」

 カナは、眉間に皺を寄せながら俺の方を向いた。

「感謝してるよ~いつも。不器用だから態度に表せないだけだよ」

「分かってないなぁ…その態度が必要なのよ。本当に鈍感ね。それだけで・・・妻っていう生き物は、一日の疲れが取れるんだからさ」

「はいはい・・・」

「たまにはね。とりあえず~今の所あなたの妻なわけだし・・・」

「そうなんだよね・・・妻なんだよね」

 俺は、笑いながらソファーから立ち上がった。

「そうそう~(笑)相手を間違えたかしら?」

「間違えたかもよ」

「そんな事言っていいの?」

「・・・ウルサイな」

「それじゃ~お言葉に甘えて・・・お風呂をいただきますか」

 嗅げかけ様の時計をチラッと見ながら歩き始めた。22時を少し回っていた。

「早く・頂いてくださいな。すごく気持ちいいわよ」

「そうだ・・・」

「なぁ~に?」

「さっき突然、お客さんから電話がかかってきちゃって…(電話する)タイミング外しちゃったね、親父の家へ電話するの」

「・・・また別の機会にすればいいじゃない。急ぐ事ないし・・・」

「うん、まぁ・・・そうなんだけどね。こういうのってタイミングじゃない。それを外したらなかなか伝え辛いじゃない」

「・・・そうねぇ・・・」

「じゃ~どうする?明日にする?」

「明日だと…またこんな時間になるでしょ」

「早く帰ってくればいいじゃない」

笑いながら答えた。

“無理だって”と俺の顔に書いてあり、”無理なんかじゃないわよ。さっき早く帰ってくる日を作るって言ったばかりじゃない”という言葉がカナの顔に書いてあった。

「・・・」

 俺は、隣の部屋に行きタンスから新しい下着を取り出していた。

「・・・週末の土曜日にしない?」

俺は、頬を掻きながら答えた。

「・・・そうねぇ」

「週末だったら・・・(時間帯も)気にしなくて済むだろうし」

「まぁ~ね」

「じゃ~そうしよう」

 俺は、スタスタと風呂場へ向かった。いずれハッキリしなくてはいけないから。それだけは分かっている。


 すみれは、大阪に帰っている尚樹へ電話をしようとしていた。

“プルルゥ~プルルゥ・・・・・・”

「もしもし・・・」

”すみれだけど・・・今、大丈夫?”

 腕時計をチラッと見ながら答えた。23時をとうに過ぎていた。

「ふぅ~」

 尚樹は、パソコンのキーを叩くのを止めた。

「まだ仕事してるの?」

”まぁ~ね”

 内ポケットからタバコ一本取り出しながら答えた。

「大阪へ戻ったばかりでしょ・・・そんな日くらい早く帰ればいいのに。まだ回りにもいるの?」

”いるよ・・・チラホラ~。残っているメンバーはいつも同じだけど”

「早く帰ったら?」

”そうしたいところだけど…どうせ、明日に回しても結局その続きをしなきゃいけないし…同じだよ”

「大変ね」

”しょうがないよ。今頑張らないと後悔しそうだから・・・”

 左目を擦りながら答えた。

「なるほどね。でも~ほどほどにしてよね」

”・・・はいはい。浮気でもしてるかと思った?その為に電話してきたの?”

「・・・そんな事ないわよ」

 すみれは、少し赤面していた。

”隣で女の声・・・聞こえない?”

 尚樹は、笑いながら答えた。

「ドキッとする事言わないでよ。趣味悪いんだから・・・もう~」

”ごめんごめん。居たら最高なんだけどね。そんな時間あるかって”

”じゃ~何?”

「そう~言われると、特別ないんだけど・・・」

 電話線をいじくり回しながら答えた。

”旦那の声でも聞きたくなったの?”

 もう~仕事終わりにしよう。と思いながらパソコンのキーを叩いた。

「・・・そういうわけでもないけど~」

目を擦りながら答えた。

”まぁ~どっちでもいいや。すみれの声も聞いたし。少しホッとしたよ。集中力がなくなってきたから帰ろうっと・・・”

 パソコンのスイッチを消した。

「明日~大阪に戻ろうかなぁ・・・いい?」

”・・・何かあったのか?”

「特に何もないよ。何となく…そう思っただけ・・・。いい・・・?」

”じゃ~帰ってくれば”

「・・・」

”帰っておいでよ。自分の家なんだし・・・何言ってんの?”

「・・・」

 すみれは、少し黙ったままだった。

「ジャマじゃない?」

”そんな事ないよ。あの事をずーと毎晩考えてるわけじゃないさ。戻って来たいなら戻ってきていいよ。自分の家じゃん”

「・・・」

「やっぱり・・・こっちで待ってるわ。電車代も勿体ないし・・・」

”そう?”

「そうする。祐二と待ってる」

”そう・・・10日なんてあっという間だよ」

 ”ふぅー”と息を吐いた。

「そうね。あっという間だよね」

”お互い頑張ろう”」

「はぁ~い」

 すみれは、自分の言いたい事を半分も言わずに電話を切ってしまった。本当は、昼間あった出来事を話そうと思っていたのだが…。息子が女の子を突然誘った事とか色々話す事あったのに。まぁ~しょうがないか。そんなどうでもいい(私にとっては重要だけどさ、今の尚樹にとってはたいした事ない話だから)この話は、ゆっくり落ち着いたら伝えようかな?と。忘れないようにメモっとかなきゃ。しかし~あまりに突然の事でびっくりしたわ。息子も男なのよねぇ・・・。


 自分の生活

 自分の時間

 自分の意識

 自分の・・・

 どんなどきでも自分だったら「どうするか?」を

 常に考えて生きていこう。

 例えその時の判断が間違った方向性だとしても

 必ずその判断の先には、違った景色が見えるはずで

 前だけを向いて歩いていこう・・・そろそろ



 本当に十日なんて本当にあっという間だった。一日は、二十四時間というのはどうやら嘘っぽい苦笑。朝起きて~会社へ出勤し適当に仕事を済ませたら、もう日が暮れて一日の半分があっという間に終わってしまう。気が付けば、もう夕飯を食べているような…そんな毎日。そして~また次の日が来て、さまざまな経験を得ながら一日が終わる。あるいは、特別な時間などたいしてなくても当たり前のように終わってしまう。一日なんてそんなものでドラマのようなことはない。だけど一年が終わる頃には人間ってやつは、色々な経験をして成長しているらしい(その時には分からなくても結果的にそうなっている)例えば・・・。

「・・・」

 鏡を見ながらネクタイを締めていると、後ろの方でスタスタと小走りに歩いてきる祐二が見えた。

「おはよ・・・パパ」

 祐二は、ふと股を擦りながら答えた。朝から甘えたいのか?

「・・・おはよう」

首を軽く回しながら答えた。

「今日は~一人で起きれたのかな?祐二君は・・・」

「・・・うぅ~とねぇ・・・」

 祐二は、うつむいたままだった。

「どうだった?」

「・・・出来たぁ!!」

 祐二は、満面の笑みで答えた。

「そうかそうか・・・それは良かった」

「男の子だもん!」

 祐二は、少し背を伸ばしながら自信ありげに答えた。

「・・・」

「そうだよな。裕二は男の子だもんな・・・」

 尚樹は、自分に言い聞かせながら答えた。祐二自身も決断を下す日を迎えていた。

「そうだよ」

”・・・二人ともご飯よぉ~”

 キッチンからすみれの声が聞こえて来た。昨日の晩・・・実家へ電話し「自分なりの結論を出しました」と伝え、二人を大阪へ呼び戻したらしい。

”・・・聞こえてるの?・・・ご飯よーあなた・・・”

「聞こえてるよー」と答えながらキッチンへ向かった。

「・・・おはよう。すみれ」

 尚樹は、暫くジーっとすみれを見ていた。

「・・・」

「何?」

「・・・東京でお義父さんと会う」

「そんな事知ってるわよ。着替え用意しておいたわ」

 すみれは、冷蔵庫から牛乳パックを取り出しながら答えた。

「そうか、そうだよな」

「・・・何か言いたい事はないの?」

 尚樹は、イスに座りながら答えた。

「別に」

「そうか」

「私は、あなたが出した答えに忠実に着いて行くだけだから・・・何も言わない」

 すみれもイスに座りながら答えた。

「・・・そうか」


「今日~尚樹・・・東京へ来るらしいね」

 俺は、ホットコーヒーを飲みながら言った。

「・・・そうみたいね」

「どんな結論を出すのかしら・・・」

 カナは、愛の口元をナプキンでキレイにしながら答えた。

「・・・結論って?」

 テーブルの上に置いてある新聞を手にしながら答えた。

「すみれの実家の事業を継ぐか今まで通り止めないで…男としては、大変な決断よね」

「そうかな?」

「そうよ」

「決まったら意外と早いんじゃない?尚樹は、そういうとこあるし・・・」

「決まるまでが大変なんだって・・・」

 カナは、愛の顔を見ながら「これでよし」と思いナプキンを置いた。愛は、すたすたとリビングの方へ向かって行った。最近一人で行動ができるようになったらしい。一歩一歩そうやって大人になるのかなぁと思った。娘の成長が何より嬉しい。

「もう…腹は決まっているよ」

「そうかな?」

「そうだよ。そういう奴だよ」

 鼻を啜りながら答えた。

「・・・どうすると思う?」

「さぁ、ただ尚樹って男はむちゃな判断をしない男だよ」

「石橋を叩いてなんとかってやつ?」

「そうだね」

「私は、こう…我が道を行くような気がするだけど、違うのかしら?男と女の感覚は~こういうところで多分違うのかしらね」

「違うっていうよりさ、(男と女の)性格が物理的に違うんだよ、きっと」

「・・・そんなものかな?」

「そんなもんだよ」

 俺は、軽く新聞に眼を通しながら答えた。

「俺達も・・・今夜、電話してみるか?」

「今日は・・・平日でしょ?」

 後髪を触りながら答えた。

「結局…週末もなんだかんだ忙しくてさ電話できなかったじゃん。俺の空いている時間に勝手に電話してもいいかなぁ~と思ったけど、家族の問題だからそういうわけにもいかないし・・・」

 新聞を折りたたみながら答えた。

「今日は~特別早く帰ってくるよ」

「・・・特別なの?」

 カナは、コーヒーを飲みながら答えた。

「特別だ」

 クスッと笑いながら答えた。


「ふぅ・・・」

 尚樹は、社長室の前にいた。これほどの緊張する場面は、そうそうない。高校受験、大学の面談、就職活動…初めて一人で活動した外回り、すみれとの結婚云々関係。いろんな経験をしたが、これほどの場面は、そうそうない。さきほど秘書のような女性に通されて、今ここに立っている。

「・・・」

 約束の時間~5分前だった。

「・・・」

”コンコン・・・”

 尚樹は、一瞬・・・眼を軽く閉じながらノックをした。

”どうぞ・・・”

 部屋の奥からお義父さんのいや社長の声が聞こえた。

「・・・尚樹です。部屋に入ります」

 尚樹は、軽く会釈をして普通より重いと感じられるドアを開けながら入って行った。

「・・・」

 また軽く会釈をしながら挨拶をした。

「やぁ・・・尚樹さん。そんなに畏まらないで・・・。いつものように話そうよ」

「・・・そんなわけにはいかないじゃないですか」

「相変わらずだな。まぁ~そこが一番いい所なんだ」

 苦笑いをしながら答えた。

「さぁ・・・座って座って・・・」

「失礼します」

 また~会釈をしてしまった。柄にもなく上がってしまったのか・・・?

「お互い時間もない事だし・・・ズバッと答えを聞こうと思う。ご自身の答えは出たのかな?」

「お義父さんも・・・いや社長も相変わらずですね」

 思わず笑ってしまった。

「仕方ないだろ・・・簡単に人間は変わらん」

 お義父さんは、テーブルの上に置いてあった電話を触り、内線でコーヒーを二つ持ってくるように伝えた。

「・・・悩んだのかね?」

「これでも多少は・・・」

「・・・なるほど”多少”か。それほど悩まなかったということか」

 尚樹は、腰を下ろしながら答え始めた。

「仕事場を変える変えない~という問題は、意外と簡単に答えが出たんですよ。悩んでいたのは、その他の事でして・・・」

「・・・」

「他の事とは・・・」

 尚樹の意外な言葉に驚いていた。

「自分の人生以外にも背負うものがありますから…。その悩みの方が大きくて…」

「仕事は、変わっても変わらなくても自信があると・・・そういう事かな?」

”コンコン・・・”

”コーヒーをお持ちしました”

「入りなさい」

”失礼します”

 若い女性がコーヒーを持って部屋に入って来た。秘書かも・・・。

「・・・失礼します」

 彼女は、そう言いながらコーヒーをテーブルの上に乗せた。

「この子はねぇ…とても優秀で頭が切れるんだよ。その辺の出来損ないの男どもよりよっぽど仕事が出来るわ」

「言い過ぎですよ、社長」

 苦笑いで軽く否定した。

「社長の秘書ですか?」

「いえいえ・・・」

「経理課だよな、君は・・・」

「はい」

 内ポケットから名刺ケースを取り出そうとした。

「あぁ・・・」

 尚樹も慌てて内ポケットから名刺ケースを取り出した。

「遅くなりましたが・・・経理課の須藤と申します。よろしくお願いします」

「私は、石橋尚樹と申します」

 須藤優子と名刺に書いてあった。名刺交換も非常に美しく確かに頭が切れそうだ。交渉は、だいたい名刺交換で勝負が決まる。

「彼は、私の娘の旦那だ」

「そうだったんですか・・・それはそれは・・・」

「なんなら…君がこの会社を継いでくれるのなら~この子を秘書として着けようじゃないか・・・」

「あはっ…」と思わず笑ってしまった。

「それでは・・・」

 彼女は、軽く会釈をして部屋を出て行った。その後、暫く部屋が静まった。須藤という女性が出て行ってから空気の流れが明らかに変わった。

「それでは・・・話を戻そう。今日の答えは、いい返事を頂けるのかな?」

「・・・その話は、私の耳に入らなかった事にして頂けませんか?」

 尚樹は、はっきりとした口調で答えた。

「・・・」

「私は…今の仕事に誇りを持っています。辞退する理由はそれだけです。やはり…今の気持ちのままで働く場所をおいそれと変える事はできません。クリエイティブに特化したクリエイティブ・ブティックの設立とかいろいろ方法を考えたんですけど、んーーーそんな甘くないしなとか。資金の面でご迷惑かけたくないというのもあります。独立して製作で飯食っている元同僚や先輩もいるにはいますけど、会う度に結構きつそうなこと言いますし、まぁ俺……いや私くらいの能力なら山が三つくらい傍に居ますしね苦笑。それだったら、育ててくれた今の会社で、てっぺん上り詰めたほうがいいかなぁみたいな…」

 尚樹は、目線を外さずまっすぐ父親の顔を見ながら答えた。

「そっか・・・分かった。それが君の答えか・・・」

「本当に…申し訳ありません」

「変える事はないのか?」

「はい。一生…今の職場で飯を食って行こうと思ってます。それが私のプライドですね」

「そういう話を持って来る事は、初めから何となく分かっていたよ。多少…期待して話を持っていったんだがなぁ…やはり駄目か。賭けに負けたかぁ…まぁ…しょうがない」

 お義父さんもさばさばした表情で答えた。

「一つ質問があるんだが・・・答えてくれないかな?」

「質問?」

 尚樹は、髪を整えながら答えた。

「尚樹さんは、どうして(それほど)自分に自信が持てるんだ?」

「・・・」

「自信なんて全くないっすよ。強いて言うなら、自分が一番好きだからです。後悔がないように好きな自分に嘘つかないように、日々懸命に生きていますから…昔のお義父さんのように・・・」

 笑いながら答えた。

「私より優秀だな。私の場合は、根拠のない自信が大半だった」

「いやいや」

「すみれにも答えたのかな?」

「はい・・・。今朝一番に話してきました」

「なんと答えた?」

「俺に着いてきてくれると・・・そう答えてくれました。嬉しかったです。まだ大阪にいるんだねぇーーーって嫌み言われました。早く東京に戻して。と愚痴言われました…苦笑」

 尚樹は、笑いながら答えた。


「ちゃんと自分の意見を答えられるかしら・・・尚樹・・・」

 すみれは、お茶碗を洗いながらスマフォに答えていた。横には、祐二がころんころんと転がるような仕草で遊んでいた。この年頃は、何をしても楽しいらしい。羨ましいというべきか…いや~そうでもないか・・・。

”・・・えぇっ?何か言った?”

 東京にいる母親もお茶を飲みながら電話を受けている。

「何がって・・・尚樹の事よ!」

”あぁ~その事ね。大丈夫じゃない?”

「お父さんの熱意に負けなきゃいいけど。あの人~あぁ見えて情に弱いところがあるからさ・・・」

 ”きゅっ”と蛇口を閉めた。最近~締まりが悪くて気分が悪かった。閉めた後もポタポタっと水が落ちてしまう。何でもそうだけど、閉まりが悪いのはいいもんじゃない。ちゃんと閉まりのある夫かしら?

”あなたの夫でしょ・・・信じてあげなさいよ、たまには・・・”

「そうなんだけどさ」

”だって、会社辞めないんでしょ?お父さんもそう答えてうち出て行ったわよ。尚樹さんは、いまの会社辞めないだろうなって”

「そうみたい。だから、いつまで大阪に居させるのーーーって嫌み言ってやった笑」

”尚樹さんも罪な人よね・・・こんないい話を棒に振るなんて”

「そこが彼のいいところなんだよ、お母さん」

”それはそれは・・・ご馳走さま”

「私が選んだ男ですもの」

 すみれは、ハンカチで手を拭きながら微笑んでいる祐二を見ていた。


「そうかそうか・・・」

 お義父さんもさっきまでのこわ持ての顔が柔らかくなっていた。

「今まで通り…二人でこれからもやっていくんだな?」

「いや・・・三人です。祐二も頑張って生きていますから」

「そうか…そうか。祐二も頑張って生きてるかぁ。それは良かった良かった…もう4歳だもんな」

「これからは、もうこの話を君にしないようにするわ。その方がいい…うんうん。その方がいい。これからは、純粋に親子関係だけで生きていこう。なぁ~尚樹君」

「・・・これからもよろしくお願いします」

 尚樹は、軽く会釈しながら答えた。

「さぁ~てっと・・・」

 お義父さんは、ぎゅっと握りこぶしを締めながら答えた。

「俺もこれからは忙しくなるぞ!・・・こうしちゃおれん」

「はぁ?」

「しょうがない。後継者は…自分の手で一から作るとするかぁ。尚樹君が来てくれると(面倒くさい事)楽だったんだがなぁ…」

「・・・これからもっと張りのある生活が送れそうですね。自分の手で後継者を作れるなんて最高じゃないですか。お義父さんの最後のお勤めに最適な仕事だと思いますよ。私のような外部の人間を持ち出さなくても・・・ここで働いている人達が精一杯協力し努力していけば~この企業も安泰ですよ、きっと」

 ホットコーヒーを飲みながら答えた。

「~だといいんだがな」

「大丈夫ですよ。お義父さんが(安泰になるように)その道筋を作っていけばいいんです」

 尚樹は笑いながら答えた。

「随分~重要な役割だな苦笑」

「今頃~そんな事言っていて大丈夫っすか?」


 ”ぷるるぅ~ぷるるぅー”俺のスマフォが突然ブルった。さっきまで会議だったので、バイブレータになっていたんだ。結構びっくりするんだよね、これってさ。

「もしもしー?」

”尚樹ですけど”

 尚樹からの電話だった。

「おぅ?」

”今~仕事で、東京へ来ているんだけど…夜暇だろうと思いまして、電話してみました”

「あぁ・・・知ってる。カナから聞いた」

”暇じゃないんだけどなぁ・・・”と思いながら聞いていた。

「すみれの親父さんの会社を継ぐとか継がないとかっていう報告か?結論は出たのか?」

 ファイルを閉じながら答えた。

”出たよ。押し出しで寄り切った。尚樹山の勝ちって所かな。正式にお断りしました”

「それはそれは~勇気ある決断で。断られた親父さんは・・・さぞや困っただろうに~」

”そうでもないよ。俺の方は(結論が)結構前に出てたんだ。どう断るかだけだった。結局~直球で言っちゃったけど。お義父さんも俺が断る事を想定していたようで結構サバサバしていたよ。内心は、どうだか分からないけど。これで良かったんだよ”

「ほー。相変わらず大人の意見だな」

”~で、時間は取れるのか?”

「悪いけど~今夜はちょっと用があるんだ。自宅でカナと三人で食事の約束をしているんだ」

”そうか、じゃ俺もまっすぐ帰るわ”


「・・・」

「ママ~何してるの?」

 カナは、化粧台の前に座っていた。

「お化粧よ」

「何でしてるの?」

 愛は、口紅を数本カシャカシャといじっていた。

「今日は~特別にパパが速く帰って来る日なの。だから、ママもキレイにしとかなきゃーと思って。愛ちゃん~危ないからいじらないで」

「私もするぅー」

「愛には早いわよ。もう少し経ったらね」

「したいしたいー愛もする~」

「・・・もう~」

 カナは、半分呆れて言葉にならなかった。


”家庭も大事だしな”

「お前も跡継ぎを断った時くらい真っ直ぐ家に帰れよ。(継ぐ継がない関わらず)良い夫も演じなきゃ。すみれも喜ぶんじゃないか?」

 俺は、クスッと笑った。

”演じなくても俺は良い夫だ”

「それはそれは」

”それはそうと…言い忘れるところだった。今度、3年ぶりに東京へ戻れそうなんだよ。今朝の会議で、内示の通達があったんだ。秋には東京本店勤務復帰だよ”

「おぉ・・・それは良かったじゃないか。とりあえずおめでとう」

”どうも”

「じゃ~今日は、お互い家庭円満日っちゅーー事で真っ直ぐ帰りましょう」

”そうしますか”

「いつまで東京にいる?」

”このまま真っ直ぐ大阪へ戻る事にするわ”

「そうか。また電話するよ」

”ほいよ”


 今日は、約束通り~定時にタイムカードを押して、そそくさと退社した。回りの同僚は、眼を丸くして俺の行動を見ていた。”あいつも普通の人間なんだと…”意外と早く帰るのも悪くないかもしれない。これからは、たまに早く帰るかな?帰宅ラッシュというのも久々に味わった。みんなこんな早い時間帯に帰れるのか…と。実に羨ましい。それで企業がちゃんと回るのならそれも良しか。日本人は、もう少し働いてもいいような気もするがな。

「愛にケーキでも買って帰るかぁ。たまには・・・」

 そうこうしているうちに10m先に最寄りのコンビニが見えて来た。気にもしなかったが、最寄りのコンビニののぼりや広告等が夏バージョンに変わっていた。ほとんどがアイスコーヒーやアイスクリームの宣伝だった。もう売っている事が普通になっているが「水」を売る事が商売になっている。この数年で年間何十億円の市場になっているんだとか。売り始めた頃は、あの水だよ?と思っていたが…。アルカリイオン水やら天然水やら~発売元が違っていても、そこそこどの銘柄も売れているらしい。そうなってくると中身(成分)が気になってくる。本当に~その成分が入っているのか…等など。

「何を買って帰ろうかなぁ。・・・シュークリーム・・・うん?」

「クイーンアリス・・・」

”たっぷりのイチゴと大きなハート型チョコの下には・・・香ばしいタルト生地。三人分のキュートなケーキです。直径15cm。紅茶等に良く合います。限定15名ですのでお早めに!”小さいスチレンボードにそう書いてあった。

「う~ん、これにしよう。これ一つください」

 限定商品に弱いんだよな、俺。

”ありがとうございます”


「じゃ~帰りますね」

 尚樹は、バックを片手に持ちながら答えた。実はそのまま大阪に戻っていなかったのだ。良き婿の誕生ですか?

「秋の移動って確実なの?尚樹さん?すみれからさっき電話で話していたけど・・・」

 お義母さんは、祐二のためのお土産をごそごそと握りながらコソッと答えた。

「その予定ですが・・・」

「尚樹さん、一緒に住む事も真剣に考えてくださらない?」

「母さん。それは、まだ先の話だろう」

「何でも間でも断るなんて…もう~」

 お義母さんは、ため息を着きながら答えた。

「しょうがないだろ。尚樹さんやすみれたちにも生活があるんだから・・・」

「だって…。会社のことは私はどうでもいいんですけど、私は、ただ・・・すみれと裕二と一緒に暮らしたいだけなんですよ。どうしてみんな私の気持ちが分かってくれないのかしら・・・そんなにいけないこと?ねぇーー尚樹さん」

「まぁ~そのあれだな。尚樹さんもたまにはわしらの事も考えてくれよってことで…」

 お義父さんも会い方にこれだけストレートに言われるとこうフォローするしかないよね。この分だとこの先も大変だわ。

「まぁ…その話題は、今度ゆっくり話し合いましょうよ、ね。お義父さんお義母さん」

「なにが、”ね”ですか。いつもはぐらかすくせに。・・・いつになることやら~。そのうち私は、棺桶に入ってしまうわ」

 お義母さん笑。また会ったときに、同じことを言ってやる!的なオーラがめっちゃ出ているんですけど苦笑。

「駅まで送ろうか?」

 お義父さんは、残っている荷物を持ちながら答えた。

「あまり無理しないでください。まだ、治っていないんでしょう?」

「もう大丈夫よ、ねぇお父さん」

 隣にいるお義父さんへ答えた。

「大丈夫だよ、この通り」

 軽く足をトントンと叩いた。

「あぁ~イタ」

 お義父さんは、少しよろけて眉間に皺を寄せた。

「もう~だから無理しないでください。僕ならその辺で適当にタクシーに乗って駅に向かうので心配しないでください」

 正樹は、よろけた父親に手を差し伸べた。

「じゃ~ここ(玄関)でいいの?何にも出来なくて・・・申し訳ないわ」

「ええぇ・・・十分です」

「すまないね、尚樹さん。いつ来てもいいんだよ、ここは、君の家でもあるんだから」

「その気持ちだけで。本当にありがとうこざいました」


 いつの間にか・・・大人になっていた

 いつの間にか・・・子供じゃなくなっていた

 いつの間にか・・・親を心配するような歳になっていた

 いつの間にか・・・一番歳上になっていた

 いつの間にか・・・嘘を付くのか上手くなっていた

 いつの間にか・・・小言が多くなっていた


 いまの僕は・・・


「じゃ…電話してみるか」

 俺は、まだテーブル残っているケーキを見つめながら答えた。三人分と書いてあったが残ってしまった。愛が、それほど食べなかったからだ。あまりチョコレートのような甘いものがあまり好きじゃないみたいだ。”イクラが好きなんだもんなぁ・・・”それもどうかと思うけど。

「・・・親父に電話してみるよ」

 俺は、イスから立ち上がり電話があるリビングへ向かった。

「・・・なんか嬉しそうじゃないね」

「そんな事ないわよ」

 お茶を啜りながら答えた。

「そうかな」

「居るといいわね、お父さん」

「・・・また旅行に行ってなきゃいいけど」

 棚の上に置いてあるコードレスの電話を持って来て、部屋の中央にあるソファーへ座った。

「・・・」

「8時かぁ・・・まだ寝ていないよなぁ・・・」

「0593・・・53・・・8968っと・・・居てくれよ」

 俺は、ほとんど掛けた記憶がない番号なのに…身体に染み付いているせいか、勝手に番号を押していた。嫌な気分じゃなかったが何となく空しかった。

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・」

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・」

「やっぱり居ないのかなぁ・・・」

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・」

10回鳴らしても出てくれなかった。

「親父~居ないのかなぁ・・・」

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・間違えたかなぁ・・・」

「えぇっ?」

「もう1回掛け直してみるよ」

一度、電話を切ってまた掛け直した。

「・・・」

「0593・・・53・・・8968っと・・・居てくれよ」

 今度は、確実に掛けた。

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・」

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・やっぱり居ないなぁ…親父。単純に買い物へ行っているだけかな?」

「・・・」

「やっぱ居ないみたい・・・親父」

「・・・」

 カナは、無言でリビングへ入って来た。

「親父・・・やっぱり居ないみたい。もう一回、時間をおいて電話してみるよ」

「・・・」

「もう~いいや」

 湯気がたっているお茶をテーブルの上に乗せながら答えた。昔から言ったもので、暑い時には熱いお茶を飲む方が健康的らしい。健康は、日々の努力ですな。

「・・・えぇ?」

「もういいわ。あなたの気持ちが伝わったからさ」

「俺の気持ち?」

 電話をテーブルの上に乗せながら答えた。

「・・・約束通り電話かけてくれたし・・・それに・・・」

「それに?」

「保のお義父さん~またここへ来るよね?」

 お茶を啜りながら答えた。

「えぇっ?」

「このマンションへまた~来るよね?」

「・・・事故や病気にならないかぎりふらっと・・・また来ると思うよ、親父ってそういう人だから。どうして・・・そんな事聞くの?」

 俺は、テーブルの上においてあったポテトチップスを一枚食べようとした。小腹が空いたみたい。これをすると太るんだよな。でも手が出てしまう。

「じゃーいいんじゃない?」

「何が?」

「無理に掛け直さなくてもさ~もういいじゃん」

「はぁ?」

「今度~うちに来た時にちゃんと教えて貰えば…それでいいよ。無理に急がなくてもいいというか」

「・・・」

 もう一枚食べながら聞いていた。

「急でもないと思うけど?電話しようと思ってから随分時間が経っちゃったと思うよ」

「そうなんだけど・・・もういいや」

 自分に納得するように答えた。

「・・・よく分からないな」

「そう?」

「親父が来るのを期待しても駄目だと思うよ。あぁいう性格だからさ…いつ来るか分からないよ。もう来ないかもしれないし・・・」

「・・・そうなんだけど・・・もういいの。お義父さんが来るの待ちましょう。きっとお義父さん、愛を見にくると思うし。お義父さん、愛の事好きだと思うな」

「まぁ・・・そうかな」

「お義父さんがうちに来なかったら来なかったで、そのときはそれを納得するしかない。その時は、このままこの謎をほっときましょう」

 カナもポテトチップスを一枚取りながら答えた。

「俺たち大人は、それでいいとして・・・愛にはどう伝えるんだ?俺の両親は、いないって言うつもりか?」

「愛には、いつか・・・私が思っている事を正直に伝えるわ。分からない事は分からない事として正直にね。人生なんてさ、分からない事の積み重ねかもしれないし、すべてを明らかにしようなんて所詮無理な話かもって…最近思っていて。正直に話せば、愛も分かってくれるでしょ・・・きっと」

「ちゃんと解決した方がお互い気持ち晴れない?大丈夫?」

「・・・」

「・・・」

「それでいいの?」

「いまの所~それでいいわ。あなたとの生活が幸せである事は間違いないし、ここが”安息の場所”なんだと思え始めたのもあなたがいるからだし。だから…もういいわ。それを確認したかっただけなのかもしれない」

「それに電話なんていつでも出来るしね。今度は、私たちがアポなしでお義父さんに会いに行きましょうよ。鳩が豆鉄砲のお義父さんに会えるかもしれないわ笑」

「そうしますか。愛も喜ぶし…」

「あと…」

「あん?」

「今日みたいな特別な日をもっと多く作ってほしいな」

「ん?」

「ねっ」

「・・・了解」

「お願いよ、愛のためにも。あなたのためなんだから」

「ほーーーい」

 お茶を啜りながら笑った。

「・・・ふざけないで。まったく~」

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・電話だ」

”ぷるるーぷるるーぷるるー・・・”

「・・・親父か?まさかな」

 スマフォを手に取った。

「もしもし・・・?」

”もしもし・・・”

「なんだ、やっぱりお前か」

 相手は、親父ではなくやっぱり尚樹だった。最近ずっとこの声を聞いているので新鮮さがない。しばらくかけてこなくてもいい笑。

”なんだ?とはなんだ”

「なんか用か?」

 ポテトチップスを一枚食べながら答えた。

”随分な言い方だな”

「俺は、いま~とても幸せなんだよ、だからその幸せな時間をジャマするな」

”はいはい・・・それはそれは。ご馳走さま”

 尚樹も笑っていた。

「~でなんだ?」

”報告しようと思ってな”

「秋に東京へ戻って来る事ならさっき聞いたぞ!それから親父の会社を継がない話も聞いた。他に何の用がある?女でも出来たか!!!」

”・・・バカか”

「で、どんな報告でしょうか?」

”すみれに・・・どうやら、二人目の子供ができたらしい”

 照れくさそうに申し訳なさそうに尚樹が答えた。

「子供?」

”なになに・・・?すみれに子供ができたの?”

 カナも「子供」という言葉で、テンションが高くなったらしく身を乗り出して聞きに来た。

”まだちゃんと検査していないから詳しい事は分からないけど・・・多分、間違いないよ”

「すみれに、二人目の子供が出来たみたい」

 俺は、スマフォをそっと外しながら教えてあげた。

「うそ!本当に?・・・おめでとう」

「すみれは、大丈夫なのか?」

”疲れたみたいで、ソファーに横になってる”

 尚樹は、ソファーに横になって寝ているすみれを眺めながら答えた。

「でも~良かったじゃないか。嬉しいよ」

”ありがとう”

「お前も幸せみたいだな」

”お前には負けられん”

 二人で笑いながら答えた。

「なぁ~に?何かあったの?」

 毛布を引きずりながら・・・眠たそうな愛がリビングへ歩いてきた。

「・・・起きちゃった?ごめんね」

「ごめんごめん、うるさかったね。ごめんごめん」

「すみれママに、赤ちゃんが産まれるんだって」

「赤ちゃん?」

 愛は、加奈の膝の上にちょこんと座った。

「そう・・・小さな小さな赤ちゃん」

「そうなんだ。嬉しいね」

 愛の笑顔が天使に見えた。

「そうなんだよ、嬉しい事なんだよ。愛もお姉ちゃんだ」

 三人で笑いながら答えた。

「じゃーお大事に」

”お大事にってなんだよ、すみれは病気じゃねぇって”

 尚樹も笑いながら答えた。

「そうだよな。ちゃんと検査を受けたら電話して来いよ。その時は、すき焼きパーティーだな」

「いいね、それいただき!」

 この後も下らない話をだらだらと20分くらい続けていた。下らない話って楽しいんだ。そういう時間が一番嬉しい。最近~やっと分かってきた。意味のない話なんてないんだよ、きっと。人生なんてそんなもんだ。



数日後~すみれの妊娠が皆に発表された。


それからさらに一年後・・・カナの身体にも赤ちゃんが宿ることになるが、その話は長くなるのでまたの機会に。











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愛し合ってるかい?!~カゾクという病~ ジュウベイ イトウ @ajra7444

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