第2話

 今日は、三年前の夏に交通事故で死んだ兄の月命日だ。毎月十七日にはこうして事故現場に花を手向けに来ている。

 もうすぐその場所だ。この緩やかなカーブを曲がったら――。

「……えっ」

 曲がった先に何か黒いものが見える。その塊が動いてゆらゆら揺れている。

「何これ……まさか……黒い――」

 そう思った瞬間、そのものが手をあげてこちらに向かってきた。私は恐怖のあまり、どちらにハンドルを切っていいのか分からなくなっていた。

「いやーっ!」

『――つみ……夏美……』

 懐かしい声。

「あ……お兄ちゃ――」






 ――そうか

 私は兄の黒い影に呼ばれて死んだのか

 久美の話は作り話なんかじゃなかったんだね

 笑ったりして、悪いことしちゃったな……

 もし、あの話が本当なら兄は三年もあの場所にいたことになる

 つらかったね、お兄ちゃん

 でも私と交代したってことは、成仏できたんだよね

 ……よかった

 私は……いいや

 誰かを犠牲にしなきゃいけないくらいなら、このままでもいいや

 お腹も空かないし、寒く暑くもない

 ここで通り過ぎていく車や人を眺め続けるのも悪くない――か



 あれ?

 あの車は――久美だ

 久……


 あっ! いけない!


 私――動いてしまった……

 だ……だめよ……久美!

 来ないで!


 こっちに来ちゃだめ!

 あっちに行って!


 私――違うの……

 呼んだんじゃないの!


 だめ……ごめん……久美……久――



(完)

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黒い影 淋漓堂 @linrido

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