黒い影
淋漓堂
第1話
――あれ?
私……なんでこんなところにいるの?
なんでこんなところに座ってるんだろ
あ……何か思い出せそうな
たしか……あれは――
◇
「夏美、運転免許ゴールドなんだって?」
「そうよ! いつもニコニコ安全運転よ」
「……訳分かんない。まっ、運がいいんだね」
「だから、安全運転なんだってば!」
昼休みに会社の同僚の久美とランチを食べに、近くの喫茶店へ行った。
「そういえばさ」
久美は熱々のカレードリアを口に運びながら、器用に話す。
「なあに?」
「こんな話、聞いたことある?」
「……どんな話?」
私は猫舌なので、できれば食べることに専念したいのだが、久美と一緒だとそうはいかない。
「ほら、交差点の手前とか道路の脇に突っ込んで事故してるのって、結構多いじゃない?」
「うん。見晴らしも悪くないし、何でもないところで突っ込んでたりするよね」
「そうそう! それで、そういうのって大抵は一人相撲なのよね」
「ああ、たしかに。対向車に突っ込んでとかじゃないよね。それにしても久美……しゃべりながら食べるの早いよね」
「夏美が不器用なのよ」
すっかり食べ終えて、アイスコーヒーを頼む久美。私の倍はしゃべっているのに、私の倍食べるのが早い。
「時間はあるからゆっくり食べて。でね、そんな時は呼ばれてるんだって」
「ありがと。呼ばれてる? 誰に?」
「なんだかよく分からない黒い影に……」
「何それ?」
ようやく食べ終えて、私もアイスコーヒーを頼んだ。
「そんな時は、道端に黒い影がうずくまってるのが見えるんだって」
「えっ?」
思わず窓から見える交差点に目を向けた。
「それで、その影が手招きするんだって。おいで、おいでって……」
「冗談でしょ?」
久美は真顔で続ける。
「それで、その黒い影っていうのは、その場所で事故死した人の霊なんだって」
「えっ……ちょっと、やめてよ」
なんだか気味が悪くなってきた。
「誰にでも見えるわけじゃないらしいのね。知り合いだった人とか、たまたま波長の合う人にだけ見えるらしいのよ」
「ちょっと……それ本当なの?」
「うん。でね、手招きして呼ぶでしょ? それでその呼ばれた人が、黒い影めがけて突っ込んで事故するらしいの」
「…………」
私は相槌を打つのも忘れて聞いていた。
「その事故で死んだら今度はその人が黒い影になって、呼んだ影のほうはそれで成仏できるんだって。で、また新しい黒い影が次の人を呼ぶの」
「……それ誰に聞いたの?」
「誰だったかな。でも怖いでしょ?」
そこまで聞いて、私は安心してアイスコーヒーを飲み干した。
「怖くなんかないわよ。だって、死ななきゃ交代しないってことは、死んだ人にしかその黒い影が交代するなんて分からないじゃない? たとえ黒い影見て事故しても、助かったらどうもないわけだし。作り話でしょ」
「それが、黒い影を見た人は確実に死ぬんだって……」
「それならなおさらよ。死人がしゃべるわけないしね」
私は笑った。
「夏美はホントおもしろくないんだから!」
久美が頬を膨らませる。
「冷静と言って欲しいわ。そろそろ戻りましょ」
交差点を渡ってもなお、ぶつぶつ言っている久美を笑いながら会社に戻った――その日の帰り道だった。
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