第九音節
1
『返事はイエスだけにして下さい』
瑛莉からそんなメールが届いていたので、奏多は取りあえず『イエス』と返信しておいた。
奏多はぼんやりとした感じで歩く。誰がどう見ても、いつも通り変な奏多なのだが、今回はいつもよりさらに変だった。
なんか、色素が薄い。
実際はそんなことはないのだが、今の奏多を的確に表すとしたらそう表現するのが合っているだろう。
原因は先日の瑛莉の一件であそこまで怒鳴ったのも初めてだし、あんな姿を曝したのも生まれて初めてだった。そんなわけで、奏多は今『燃え尽き症候群』となっているのだ。
いつもの倍くらいの時間をかけて学校へ向かい、トククラの教室へと向かうとそこにはすでに瑛莉と村中が居て何かを話していた。
「ほーぅ……それなら良いんだけどな。特にそう言う制約もねえし。了承取ってあるんだろ? なら問題は解決したも同然だ。ん? なんだ、奏多――なのか?」
村中がその存在を問うほどに、奏多はかなり薄くなっていた。学校に来るまでに何があったか解らないが、先ほどよりもさらに薄くなっている。向こう側が透けて見えそうな勢いだった。
「……なんか、今日のおまえに色々言ったらぽっくり逝っちまいそうだよな……。今日は何もせんで良い、適当に過ごしておけ。あたしゃこれからやることがある。最速で放課後くらいになると思うから、ちゃんと来いよ?」
村中はそう言うと教室を出て行った。
奏多はそのまま自分の座席に座り、ボケーっとしていた。教室には瑛莉と奏多の二人だけしかおらず、校庭からは『運動組』の声が聞こえて来た。
口から何か飛び出していそうな奏多の前に瑛莉が立っていた。その頬は若干赤く染まっている。呆けた面でそれを見ていたら、下顎をガツンと殴られ、強制的に閉じられた。その際に内頬を噛んでしまったが、そんな事を表情に出さない奏多のポーカーフェイスは伊達ではない。
【なんて顔をしているんですか。もうちょっとシャキッとして下さい。魂が抜けてますよ】
奏多は抜けてしまった魂を肉体に戻そうと手を動かした。瑛莉をそれを見て「なにしてんのコイツ?」と蔑んだ視線を向けている。
奏多はそれよりも、気になっていることがあった。
あんな醜態を曝したと言うのに、瑛莉は普通に近づいてきた。普通、あんな異形を見せられたら距離を取るモノだと思っていたのだ。
【奏多さんの魂が抜けていようと私には微塵も関係無いのですが、それだと私が言いたい事が言えなくなってしまうので、それまでは何とかして留まって下さい】
「……奏多、さん?」
今の今まで、瑛莉は奏多の事をまともに呼んだことなど一度も無い。昼行燈や先に居た輩、ゴミ先輩などと、そんな事を言われ続けていた。
瑛莉はなんとなくバツが悪そうな表情を浮かべ、すぐに文字を消すと新たな文章を書いて来た。
【私は昨日、お父さんと一緒に都心の大きな病院に行って精密検査を受けてきました】
奏多の身体に色素が若干戻り始めた。
【原因は不明でした】
「……原因不明?」
コクリ、と瑛莉は頷いた。
失声症のパターンとしては、声帯に腫瘍やポリープが出来ることによって声帯が震えない物理的なものと、ストレスによって声帯が震えなくなる精神的なものの二パターンしかない。原因不明となると、その二つに当てはまらないということになる。
【それと、事後報告ですがアナタに言っておくことがあります】
他に何か報告されるようなことがあっただろうか。別に今さっきの報告だって奏多にしなくても良い様なものだ。瑛莉は何かをためらっているように見える、だが、意を決してそれを見せて来た。
【アナタの所為でお父さんが変わってしまいました】
変身でもしたのだろうか。となると、日曜の朝八時は見逃せない。あの総髪のダンディが何に変身するのか楽しみでしょうがない。もしかしたら敵役と言う可能性も捨てきれないが。
【まるで昔のお父さんみたいです。豹変ぶりに、あのお母さんが呆れて溜め息を吐くくらいです】
きっとザコキャラなのだろう。最初はザコキャラだったが這い上がり、強い怪人役だったが、再び「イーッ、イーッ」と言っているだけのモブに成り下がった。確かに呆れてしまうのもしょうがないが、それは年と言うしょうがないものなんじゃないだろうか。
丁度のタイミングで瑛莉の携帯が鳴った。この時間帯は、本来なら蓮杖も仕事中のハズだし瑛莉は授業の真っ最中だ。瑛莉は面倒くさそうに携帯を操作し、画面を見ると頬の筋肉を引き攣らせている。瑛莉は携帯の画面を奏多に見せてきた。
『授業中にすまない、瑛莉の事が心配で心配でしょうがないんだ。ちゃんと授業は聞いているか? 教師に意地悪はされていないか? 友達はちゃんと選ぶんだぞ。瑛莉は可愛いから色んな野郎が近づいて来るかも知れない。その時は、迷わずに今朝渡した防犯グッズを使うと良い。本当ならお父さん自らが送迎をしたいが、できそうにない。すまないな、瑛莉。今度一緒に出掛けるとしよう。美味しいモノを食べに行こう。服だって買ってあげるし欲しかったものを出来るだけ買ってあげよう。それから、あの少年のことだが――』
「…………」
奏多もドン引きの内容だった。
蓮杖は親バカになっていらっしゃった。きっと、道具として見ていなかった時期の反動なのだろう。元々、蓮杖はこのように子煩悩だったのかもしれない。瑛莉の声が綺麗だったから、その魔性に惹かれてしまったのかもしれない。
【このように、お父さんは変わってしまいました。今ではウザいくらいに私に構ってきます。迷惑です】
そうは言いつつも、瑛莉の表情は柔らかかった。奏多はそれを見て、少しだけ笑う。だが、すぐに無表情に戻る。
瑛莉は何か気付いたようにホワイトボードにペンを走らせた。
【前から聞こうと思っていたのですが、先輩には感情が無いのですか?】
きっとこれは、答えなくちゃいけないモノなのだろう。奏多はそう思って口を開いた。
「……ない……かもしれない」
「……」
あの全てを失った日に奏多は全てを怨んだ。そうすることで、奏多は心を精神を保っていた。あんなにも愛おしい日々が奪われ、憎悪しない方がおかしい。
「……俺は憎しみの感情――負の感情以外を持ち合わせちゃいない。俺は他の感情を潰した。俺は人形のようなもんだ」
神に対する憎しみ。この世の不条理に対する憎悪。この世の偶然に対する嫌悪。奏多の心にはそれらが巣食っている。
「……雪比奈・B・奏多の心は空っぽなんだよ」
瑛莉は寂しげな表情を浮かべていたが、「ん?」と首を傾げた。
【すみません、さきほどの「B」とは一体なんなんですか?】
「……俺の血液型は違うぞ」
瑛莉はホワイトボードで奏多の頭を叩いた。瑛莉なりのツッコミなのだろう。
【私の「C」はミドルネームのCharlotteの頭文字です】
「……そういや、そんなこと言ってたな」
【今初めて言ったんですけど】
そうだったか。と奏多は勝手に納得していた。
「……俺はイギリス人のクォーターなんだよ」
ちなみにこの事を知っているのは世界広しと言えど夕実だけである。
「……Bは母方の婆さんの名前を貰っただけだ」
【ちょっと待って下さい】
瑛莉は手で「それ以上言うな」と制止を求めていた。しばし考えた後、瑛莉の顔から血の気が引いて行った。
【もしかして、アナタは一九○○年代初頭から栄えているイギリス大貴族であり、女王陛下と懇意の一族である「ダ・ヴィンチの一族」と呼ばれているブルーエット公爵の血を引く者なのですか?】
奏多自身もあまり覚えていないが、一度だけ、その人の家に行ったことがある。ヤケに家がデカイな、と思っていたがどうやら上流貴族だったらしい。
奏多が事故に遭い、入院していた時に一度だけ会いに来てくれたこともあった。奏多の父は孤児だったため、日本での身寄りはゼロだった。そこで、唯一の直系の孫である奏多を引き取りに来たのだが、奏多は日本に残ることを選んだ。進藤に対する恩を払い終わったら戻る、と言ったのだ。最初こそは無理矢理連れて帰ろうとしていたらしいが、それでは貴族の沽券に関わるので、しょうがなく奏多の条件を飲んだらしい。
「……そうらしいな」
【私よりも遥か上の天才の一族と言う訳なんですが、なんで自分の事なのに他人事のようなんですかね】
瑛莉は呆れ果てていた。
【こんな所にBを継ぐ者がいたとは。理事会はこの事をご存じなんですか?】
既に興味が失せ、色素が薄くなった奏多は力無く首を横に振った。
「……あー……なんか言うなって言われてたな……。良いか、お前なら」
「……」
ボボボッと瑛莉の頬が真っ赤になる。奏多の口からは再び何かが飛び出していた。
奏多はそのまま半日を過ごす。瑛莉はと言うと、なぜかモジモジしていた。
2
放課後を知らせるチャイムで奏多はハッとした。正気に戻った途端、お腹が鳴る。どうやら昼もぶっ続けで意識が飛んでいたらしい。隣を見ると瑛莉の姿がなかった。帰ったのかもしれない。奏多は取りあえず、空っぽのお腹に何かを詰めるべく学食へと向かった。
学食には何人かの生徒が居て、奏多を見ると距離を取り始める。『芸術組』の女子生徒は奏多を見てキャーキャー言っていた。
奏多はオムライスを食べていた。周りの生徒はそれを見て「おい、雪比奈がメシ食ってるぞ」「なんでオムライス?」「意味解らん」と言う意見と「雪比奈先輩カワイイ」「もそもそ食べてる姿チョー可愛い」「雪比奈君、いつ見ても可愛いな」と言う意見があった。ちなみに後者は『芸術組』の女子生徒たちだ。
《あーあー……。『芸術組』音楽部声楽科二年特別待遇生徒クラス雪比奈奏多。……長ったらしい肩書だな。まあ良い。おい、奏多。いつまで人を待たせるつもりなんだよ。校内に残ってたら即刻礼拝堂まで来るように。今すぐにだ ブツッ》
一同の視線が奏多に集結する中、奏多はワンテンポ遅れて反応した。村中からの呼び出しと言う事は『折檻』と言うことが多い。奏多は呼び出されるような事をしたか思い出そうとしたが、面倒だから途中でやめた。奏多は溜め息を吐いて立ち上がる。
どちらにせよ、行かなかったら明日ブチのめされる可能性があるのだから。
3
「で、なんでオムライス持って来てんだ?」
奏多はオムライスの皿を持ちながら村中に相対していた。その珍奇な行動に、誓教のメンバーと何故かいる瑛莉は(色んな意味で)恐れおののいていた。
「おまえ昼メシ食ったんじゃねえの?」
【先輩は空気と同化していたので、昼食を食べていませんでしたよ】
瑛莉がそんな補足説明を加えている。その間にも奏多はオムライスを頬張り、付け合わせのパセリも食べていた。
「まあ良いや……、おまえに渡すもんがあるからそれを適当なところに置け」
村中はそう言ってオムライスが載っている皿を椅子に置くように言った。
「……(もぐもぐ)」
「……」
「……(もぐもぐ)」
「いい加減置きやがれこのハゲッ」
村中はそう言って奏多から皿を奪い取り、適当に置いた。奏多はそれを見ているだけだった。まだ食べている途中なのに。
「ほらっ」
グイッと何か押し付けられた。それを改めてみてみると
『マリア誓教 庶務 其の弐』
ワインレッドの上等な布地に、金の刺繍がされた腕章だった。無駄に装飾が綺麗だが、その経費は一体どこから出ているのだろうか。
「本来なら学年度末の選挙で選出するんだがな。庶務席が不在なことはあたしらも頭を痛めてた事態だったんだ。今回は特例とのことだ。いやー助かった助かった」
村中はそう言って奏多の頭を撫でていた。こんな親密な事をしてきたのは初めてである。
奏多はたまらずに聞いてしまった。
「……俺が、気味悪くないのか?」
奏多のその質問に、誰もが口を閉ざした。それは肯定を意味を表わしている。だが
「あたしゃ元ヤンだから小難しいこと考えんのは無理だな。それに、そんな筋の通らねえことも好きじゃない。ここに居るやつら全員、そうだと思うぜ?」
村中は自分の後ろに居る誓教メンバーに振り返った。村中が「だろ?」と聞くと全員が頷いていた。
「それにだ……。あたしの身近な奴に、おまえよりも不運な奴がいる。比べちゃ悪いんだが、そいつの方が割と深刻でな。それと……あたしはバカだからだ」
元ヤンだからな。そう言って村中は笑っていた。
「あたしは昔っから奏多の傍に居る訳だし……。あたしも
亜夕深はそう言って微笑んでいた。
「私が周りにどう言われているか、少年も知っているだろう?」
「右に同じく、なのだ」
琥珀は薄く笑みをこぼしながら、千景は満面の笑みを浮かべながら。この二人は学園の生徒から『雪比奈奏多に匹敵する奇人変人』と言われている。
「アタシは脳筋の体育会系のバカだから、難しいのは勘弁してくれ」
侑里はそう言ってはにかんでいた。
「僕はただ単に、君に興味があるだけだ。君は一体どう言う器なのか知りたいだけ」
知識欲が半端ない、と学園の一部が言っていたが、昭人はある意味ではバカであり天才であるのだろう。
チラリ、と瑛莉に視線を向けてみると、瑛莉はすらすらと文章を書いて見せて来た。
【私は先輩と同じ『特待生』ですよ? 身分を弁えてない、バカな小娘ですが】
高レベルの天才は、自分のレベルより下の思想は分からない。だから、周りは離れて行く。離れて行かないのであれば、ただのバカか変態かの二択。
この場にはバカと変態しかいないみたいだ。
なんとなく、嬉しい。あの時、みんなに認められたような感覚が甦る。
村中が一歩、奏多に歩み寄った。
「おまえはあの時、言わなくても良い過去を曝した。曝さなくてよかったのに。そうすれば、おまえはそんな事を聞く必要はなかった。それに、あたしはおまえに感謝している。アタシが出来なかった説得をおまえがしてくれた。それこそ、一肌脱いでくれた」
村中は奏多の事を抱きしめた。神職者のクセに、聖堂の中で、マリア像の前で何たることだと思ったが、村中の次の言葉でそんな事を考える自分の浅はかさを改めて知った。
「バカ者……」
たった一言だったのだが、その言葉にはたくさんの思いが込められているのが、鈍感な奏多にも分かった。元より、奏多は他人の『言葉の心』には敏感だった少年だ。
あんなことをする必要はなかった。おまえが傷つく行為をする必要はなかった。おまえは過去を言う必要はなかった。あたしら大人に任せておけばよかった。
おまえの闇に気付けなくて、すまない。
それは奏多を注意するだけでなく、自分の不甲斐なさを責めているように聞こえた。
「……すまん」
奏多の口からは自然と、謝罪の言葉が出ていた。
「敬語を使え、貴様」
口は悪いが、村中は嬉しそうに笑っていた。
「うし、それはそうと誓教メンバーが増えたことだ。どっかメシ食いに行くか」
奏多は今さらになって自分の今の境遇を悟った。
「……なんだこれは」
「おまえそれ、二分くらい前に言うべき言動だぞ……。ズレ過ぎだろ……」
村中はため息をつきながら
「見ての通り、誓教の人間しかつけられない腕章だ。誓教に入った以上は例え『特待生』と言えど、あたしの言うことを聞いてもらう」
そんな事は知らない、何かの間違いのハズだ。
奏多は眉をひそめながら腕章と村中を見ていた。
「……おい、来羽。なんか色々聞いてたのと違うんだが」
瑛莉の方を見ると、心なしか瑛莉は頬を赤くしながらそっぽを向いていた。
「来羽、おまえ……」
「……来羽、なにをしたんだ?」
奏多が問いかけると、瑛莉はムッとしていた。少しむくれた(なぜむくれているのか奏多には分からない)表情のままホワイトボードを見せて来た。
【私は今朝、先輩にメールをしてちゃんと確認を取りました】
魂が抜けていたので思い出せないが、確かに今朝メールが来ていたような気がする。
「奏多、おまえメールの全文を読んだか? 寝ぼけて適当にした訳じゃねぇよな?」
もう今朝の記憶が曖昧なので、奏多は無反応だった。
「……奏多、携帯貸せ」
奏多は大人しく携帯を村中に渡した。村中は携帯をいじり、メールボックスを確認していた。
「やけに羅乃峰や庄司からのメールが多いな」
「悲しいことに、返信率は一割を切っているがな」
「そうなのだ……」
二人は遠い目をしていた。
村中がメール受信ボックスを見て、今朝、瑛莉から来たメールを確認していた。
「………………これは」
村中は唖然としていた。奏多は手招きをされたので近くに寄った。文頭には『返事はイエスだけにして下さい』とだけある。
「奏多、これが今朝来たメールか?」
おぼろげな記憶だったが、確かそんな文面だったっぽいので奏多は頷いた。
「もしかしておまえ……この見えてるだけの文章が全文だと思ってんのか?」
コクリ、と奏多が頷いた。村中はもう開いた口がふさがらない、と言った顔だった。送り主である瑛莉ですらポカンとしていた。
「いや、そんなことありえるのか……」
琥珀の頬の筋肉は引きつっていた。
「……あり得ない事はないわね、『あの』奏多よ?」
亜夕深が「あの」を強調してくる。
突拍子も無く意味不明な行動や言動することで有名な奏多だ。そもそも、この年まで携帯はおろかテレビのリモコンまで操作したことも無い、非文明的な生活をしてきた人間だ。
「奏多……下十字キーを押してみろ」
ここだ、と言われて奏多は言われた通りにそのボタンを押し続けた。『返事はイエスだけにして下さい』の下に、さらに文章が書かれていた。
4
『返事はイエスだけにして下さい。
此度は私たち家族の問題を解決に導いて頂き、ありがとうございました。多少お節介にも程があると思いましたし、部外者のクセになにしゃしゃり出てるんだ、と思いましたが、アナタのお陰で丸く収まったのは事実なので素直に感謝の意を表しておきます。
本当にありがとうございました。
話は変わりますが、私の今回の経験を活かし、マリア誓教に入ろうかと思っています。村中先生には大変お世話になったので、その恩義に報いろうと思った次第です。
つきましては、私と一緒に誓教に入っていただけないでしょうか? 私はまだ入学して日が浅く、他の先輩方ともあまり面識がありません。正直なところ、不安でいっぱいです。ですが、私と同じ「特待生」で同じ学部学科、教室に属しているアナタと一緒であれば、アナタを介してなんとかコミュニケーションが図れると思っています。
総じて、私と共に「他人」を救いましょう。アナタが私にしてくれたように。
ちなみに、この私がこれだけ頼み込んでいると言うのに返事をしないもしくは「ノー」でしたら私は一生、アナタの事を軽蔑します。ゴミのように扱いますし、三代先まで呪い祟ってやります。
本気ですので、色よい返事を期待しています。
瑛莉 』
5
「……………………………………………………………………………………………は?」
全文読んだ奏多は珍しく、素っ頓狂な声を上げていた。
何でこんな回りくどいやり方で奏多を誓教に誘うのかよく解らないし、そんなの一人で勝手にやれと言いたい奏多だった。
「奏多アンタ、もしかして……最初の文章だけを受けて返信したの?」
亜夕深がそう問いかけて来たので、奏多は頷いた。
「そうかっ。そう言う手段で奏多少年に『付き合え』と言えば付き合えるのかっ」
琥珀はそう言ってニヤニヤしていた。
「そ、そんなの卑怯なのだっ」
千景はそう言って琥珀に抗議をしていた。
「いや、もうやり方分かったんだからその手はもう使えねえだろ……」
侑里はそう言って二人を眺めていた。
「はぁ~……、どうすんのよこれ……。壬生会長……これって間違って入会、てことだよね? 取り消しとかできないの?」
「ちょっと無理かな……。僕もそのつもりで判子押しちゃったし……。今更『間違いだったんで取り消します』って理事会に言ったら何言われるか解ったもんじゃない」
「と、言うことだ。諦めろ、奏多」
ポン、と村中に肩を叩かれる。
なぜかなし崩し的に奏多は誓教入りとなってしまった。
首謀者である瑛莉に非難をしようと思ったが、瑛莉は珍しく、微笑んでいた。
【学校に居る間は、ずっと一緒です】
そんな笑顔でそんな事を言われ、「ま、いっか」と思ってしまった。
「はっはっはっ。今日はめでたいなっ。よし、今日は新しいメンバーが増えたことを祝おうか」
「それだったらボクの家は料亭だから、宴会をするにはもってこいなのだ」
「チーさんとこ、有名人とか来るんだろ? なんかそう言う格式高いとこアタシ苦手なんだけど……。普通にファミレスとかで良くね?」
「村中先生、どうします?」
「引率が必要だろ。もちろん行く。酒飲みてえし。おい壬生、まとめとけ」
「了解しました」
主賓抜きで話がどんどん進んでいくが、奏多がハブられて話が進むのはいつもの事なのでもうどうでも良かった。というか、帰りたかった。
奏多がため息をついて帰ろうとしたら、左手を優しく包まれた。
「主賓が帰ったらダメでしょうが」
亜夕深は頬を染めながらそう言っていた。
【さて、行きましょうか】
右腕は瑛莉に優しく包まれていた。後ろからは琥珀と千景が「抜け駆けだっ」と騒いでいた。
「ではしょうがない、今回はその両脇は譲ってやるが、宴の席では私は少年の右隣をいただこう」
「それだったらボクは奏多の左隣を貰うのだ」
二人はそれで今回だけは二人を放免するらしい。
「それ、アンタたちが得してない? ファミレスまでの道のりだけで、アンタたちはファミレスの時間全部……ちょっと不公平なんじゃない?」
亜夕深がブーたれていた。
瑛莉は立ち止ると、すらすらと文章を書き連ねていた。そして、それを三人に見えるように見せて来た。
【何を言ってるんですか? 主賓は私と先輩なんですから、片方は私に決まってるじゃないですか】
「「「……ッ」」」
亜夕深、琥珀、千景の三人は目を丸くした。亜夕深に至ってはその衝撃の一言で奏多から手を離してしまった。瑛莉は勝ち誇った笑みを浮かべ、奏多の手を引いてさっさと歩き始めた。
「こりゃ、一本取られたな」
侑里はそう言ってクツクツ笑っていた。
「ほぅ、あの三人にあれだけはっきり言うとは……」
昭人は面白そうに瑛莉を見ていた。
「どうでも良いが、これ以上面倒事を引き起こすなよ」
村中はそう言いながら欠伸をしていた。
ハッ、と正気に戻った三人が瑛莉に向かって非難を始めた。
「ちょっと待て、来羽後輩! ここは先輩を立てたらどうだ!?」
「そうなのだ! じゃあボクは空いてる方を貰うのだ!」
「だ、ダメよっ。空いてる方は幼なじみであるあたしがっ」
後ろの方では三人がごちゃごちゃ言い合っていた。瑛莉はそれを気にせず、上機嫌で歩いている。
瑛莉は奏多の事を見上げた。そして、その瑞々しい唇を動かした。
か な た さ ん
奏多の心臓が、これまでにないほどに高鳴った。瑛莉は失声症を患っていて、声は聞こえないはずだ。だが、今確かに、鈴を転がしたような透明感のある美しい声が聞こえたような気がしたのだ。
瑛莉は聖母の様な笑みを浮かべ、前を向いた。ワイワイと騒ぐ誓教の面子と共に、奏多はファミレスに向かっていた。
壊れたオルゴールの少年と、毒まみれの針金少女との新しい生活が始まろうとしている。
鈍いながらも素直な音色が聞こえてきそうな、そんな生活が。
Ll continue…
壊れたオルゴールは歌えない 下川珠夜 @kotoya
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