高等部1年Y組(17番) 田辺圭介 第1話
2020年の4月3日
ジリリリリリリリリリリリリr
むしろ定番だからこそ個性があるように感じる目覚まし時計の音で起きる。他の人はそれぞれ好きな音楽をアラームに使用しているようだが、朝が好きでは無い僕からすれば、その音楽も嫌いになりそうでする気が起きない。というより、生活の音と楽しむ音を分けたいだけなのだろう。携帯の着信音も『黒電話』を選んでいるし。
そんな誰に語るでもないことを考えて現実逃避するも、何の意味もなさず、僕は毛布という優れた保温ほっこりグッズから抜け出す。まだ少し肌寒くはあるが、どうせすぐに暖かくなるだろう。この時期と秋だけは制服の冬服がちょうどいいと感じさせる。いっそ学園も春秋服と改名して、もっと重装備な冬服を作ってはどうだろうか。そうしたら僕の学生生活での不満の半分は消えると思う。
着替え終わったところでルームメートを起こすこととする。彼が着替えている内に朝食の準備をしよう。今日は入学式だから午前で終わるし、帰りにどっかによることにして昼は楽をしよう。
「俊也、朝だぞ。早よせんと、朝食べる暇ないぞー」
彼から毛布を剝ぎ窓を開けて、さらに肌寒い空気に当てる。これで扇風機を回したらすぐに起きるのだが、前にやったら腹を壊して大変だったのでやめておく。
「まったく。俺らはどうせ上がりで関係ねぇんだから、入学式とかいらんじゃろう」
「仕方ないよ。今日から僕達、高等生なんだから」
もう3年は住んでいる寮を出て校舎へ向かっていると、俊也は2月あたりから何度も言っている愚痴を飽きずことなく言っていた。
「けどどうせ、クラスの面々も皆顔なじみだし、新鮮味にかけるわ」
「まぁね。せめて制服と教室だけでも中等部とちがったらいいのにね」
「教室はクラスが変われば違うじゃろうが、ほとんどは使ったことあるからなぁ」
「そういえば、今日からまた外から新しい人が来るんだよね」
「ん?…あぁ、じゃった。でん、ほとんど関係ないし」
「だね~。どんな感じか気になるけど、まず校舎どころか場所が違うからねぇ」
「同じ学生なのに『自分の所属と関わる校舎以外への立ち入りは禁じる』って意味が分からんよ」
「噂だと、『僕達は実験体で互いの干渉による影響を防ぐため』だとか『彼らは凄いことをしているからその情報を外部に漏らさないため』なんてファンタジーなこと言われてるけど、そんなこと言うのは子供だけだよ」
「まだまだ俺らも子供なんだけんどな。まぁ実験体だの凄いことだの曖昧過ぎて、話にならんわ」
今年もと言うべきか、まぁ朝から分かっていたことなのだが、俊也と一緒でY組になった。教室に入るともう半分くらいの人が集まってきていて、男子は後ろの方で昔から人気の高いカードゲームをやっていた。他の男子で2人の決闘を見守っているが、あの二人のうち片方はおそらく、いや必ず連戦中だろう。
「おはよう、またやってんのか」
「おう、田辺、岡島(俊也)。お前らもこのクラスやったか」
「まぁね。それにしても飽きないもんやね」
「田熊は倒すには打ってつけだからな。こいつを倒すときほどカードゲーマーにとって達成感のあることはない」
「それで田熊は今、何連敗中なんだ」
そこでずっと次の手を考えていた田熊がこちらを向く。
「失礼な、まだ2連敗だ」
「朝の段階で2連敗もしていれば十分だよ」
特にお前の場合にな。
予想通り連戦していた田熊の能力は『好きなカードを引くことが出来る能力』だ。これを持ってて負けるのだから、彼の参謀としての力量がどれだけのものかわかるというものだ。まぁ、なくても学園の成績からもバカだということは周知の事実だが。
「田辺も久しぶりにどうだ?」
「いや、今日は持ってきてないから出来ないわ」
「なんだとー」
「持ってこないのが普通なんだよ?」
校則ではなかった気はするが。
去年度と同じく担任のまこちゃん先生が教室に入ってきて、皆が自分の席に戻り、ありがたーい『今日のまこちゃん情報』を聞かされる。
「いつも渋滞に車で巻き込まれるんだけど、ナビが『200m先、
今年で30歳になる先生に彼氏が出来ないのは、それが原因なんじゃないかなと思わせることだけ言って、僕達を入学式へ向かわせる。生徒達には「ゆるふわしていてかわいい~」と言われているが、30歳というところをもっと考慮して頂きたい。というか、本当に30歳なのか?
長々とあった入学式とその後の
実家暮らししている奴らは所謂「編入組」と呼ばれ、中等生のときに外部からここに入ってきた人たちだ。逆に僕たちは「施設組」と呼ばれ、生まれた時から親がおらず、ずっと学園のお世話になっている。時折、編入組をみると羨ましく思うが、彼らからすれば僕達も何かと羨ましいらしいのでおあいこだ。
そういえば編入組が入ってきてから知ったのだが、学園外の人たちは能力を持っていないらしい。彼らもこっちに入ってきてから使えるようになったらしく、最初はものすごく驚いていたのを覚えている。こっちもいきなり叫ばれて驚かされた。今でこそ大丈夫だが、あの時は大変だったなぁ。どうやら編入組は僕たちの代から導入されたものらしく、今では徐々に慣らしてから編入させる形になっているらしい。最初からそうしてくれ。
「俊也、このままどっかで食べて帰ろうや」
「だったら、Taltalにいこうぜ。久しぶりにあそこのチーズケーキが食べてぇわ」
「えっ。喫茶店で食べるの?ん~。ちょっと高いけど、まぁ、入学式だったしいっか」
「じゃあ、いこうぜ~」
Taltalは橘≪たちばな≫駅前にあるため、徒歩で20分かかる。やっぱり近くで済ませた方がよかったかも。
駅前というだけあって交通量が多く、人混みを好まない僕は通るだけで疲れてきたが、逆に俊介はすでに目が輝いている。この甘党め…。だからお前は華奢な体をしてるんだ。僕を見習って少しはランニングしてみたらどうだ?
「そういえば、今日はどんな結果が出たんだ?」
「ん?あぁ、『馴染の同級生と、おいしいものを食べる』。今現在、進行中だよ」
「ほぅ、それは良いことを聞いた。つまり今日のチーズケーキは美味いんだな」
「だろうね。チーズケーキかどうかはわからないけど」
「というか、やっぱり俺と同じクラスになるってわかってたんだな」
「やっぱりってどういうことさ」
「だって、お前だったらクラス分けに緊張してそうなのに、そんな感じなかったじゃん」
「し、失礼な、それじゃまるで僕が『俊介が同じクラスだからあとはいいや』って思っているみたいじゃないか」
「いや、そこまでは思ってなかったけどさ…」
「っ……。いや、内心緊張してたけど、それを顔に出さなかっただけさ」
うん、担任とか他のクラスメートとかどうなるか気になってたのは本当だし…
「それに、俊也だってそわそわしてなかったじゃないか」
「ま、高等生にもなってクラス分けで目に見えて緊張してるやつなんてそうそういないだろう」
「そりゃぁ……そうだけど…」
なんか負けた気分だ。
果たしてチーズケーキは俊也の胃袋に入り、僕はサンドイッチを血肉に変えて僕たちは満足した。俊也だってサンドイッチを食べたんじゃないかって?言っただろう、彼は甘党なんだよ…
買い物して帰るのを忘れたため、夕飯は鍋で冷蔵庫にある食材を一気に消費した。ときどき「余り物で鍋を~」という台詞を聞いて、鍋ってあんまり食材を使わないんだと思うやつがいるが、逆だ。鍋はかなり消費する。作るのは楽だがな~。
日課にしているランニングは深夜に行う。今日も空気が澄み切っていて、少しひんやりとして人気がなく、いいランニング日和だ。帰りに24時間営業のスーパーで買い物をして、ビニール袋が手に食い込んで痛い思いをしてなかったらなお良い。その後風呂に入ったりしていたらすでに日付が変わっている。そろそろ寝ておいた方がいいだろう。
寝る前に僕にはすることがもう一つある。
能力は一人一つ持っており、その種類も強さも千差万別である。田熊の『好きなカードを引くことが出来る能力』みたいに極端な状況でしか使えない能力もあれば、同じクラスになった安堂君のように『手のひらサイズ以下の物体を異次元に収納できる』という利便性の高い能力、田熊と遊んでいた三鎌のように『火をつけるための道具を動作なしで発火させる』という使い道のない能力もある。
僕は筆ペンを手に持って目をつぶり、全身の力を抜く。これが僕の能力を最大限に発揮するための方法だ。時間を経てずして、勝手に腕が動くのを感じるが、動きが止まるまで何もしない。
僕の能力は『自分に纏わる占いは絶対に当たる』だ。果たして今やっているこれが占いと呼べるかは甚だ疑問ではあるが、この方法だと今日一日に起こる出来事を知ることが出来るため、一番重宝している。とはいえ最悪な結果が出たとしてもそれを回避することは僕には無理なのだが。
ちなみに試験期間中は教科書を使って占うと皆が喜ぶ。
手の動きが止まったのを感じて、目を開けると紙に今日の出来事が書いてあった。
『中等生を庇って交通事故に遭い、死亡する』
……さて、どうしたものだろう。
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