高等部1年Y組(17番) 田辺圭介 第2話

2020年の4月4日


 今日は土曜日ということもあり授業はない。僕と俊也は自分たちの部屋で作戦会議をしていた。

 「久しぶりに死の宣告がされたんだけど…」

 「問題は『中等生を庇って』だな」

 「うん、そこがなければ俊也の能力で一発なんだけど」

 「こりゃあ、あれだ。お前が死ぬギリギリで俺がどうにかするってやつだな」

 「だね。いつもお世話になります」

 「ひまだったし、しゃあーなしじゃろ」


 ということで、僕達は寮の裏側に面する編入組の家々が並ぶエリアのT字の交差点で座り込んで待っていた。

 「ここら辺なら住宅街で住人達しか通らないから、無駄な迷惑をかけなくて済むじゃろう」

 「迷惑をかけるのは僕達ではないんだけどね」

 出来れば僕がいるから事故が起こるのではなく、事故があるから僕がいるのだと思っていたい。

 「まったく、事故に遭うために待つことになるなんて、ホントについてないよ」

 「今回は誰かを助けられるだけマシじゃないか」

 「そうなんだけどさぁ」

 そう。実は死の宣告をされたのは今日が初めての事ではない。人生は常に死と隣り合わせというように、これまで4回はあった。

 「それにしても人が全くいないね」

 「しまったな、何か暇つぶしの道具を持ってくればよかった」

 「俊也、しりとりでもする?」

 「いいけど、高等生になってしりとりかぁ」

 「それじゃあ、1文字ずつ増えていくルールで」


 俊也が「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ」と言ったのを「指定介護予防支援事業者」と返したところで終わった。案の定、早く終わってしまったので普通のしりとりをすることに。やってみてもらえれば分かると思うが18文字目の壁は分厚く高い。


 「エノコログサ。あ、あれって安堂じゃね?」

 「あ、ホントだ。おーい。桜餅」


 「あれ?2人とも何してんの?」

 「チーズケーキ」

 「ちょっとここで中等生が事故に遭うの待ち。如月きさらぎ

 「へ、へぇ~」

 「圭介の占いで出たんだ。行水ぎょうすい

 「あれ?でも田辺君の占いは自分に関係するものじゃなかった?」

 「インターシップ。僕、今日それを助けて死ぬらしいよ」

 「へ、へぇ~。その割には落ち着いているね。しりとりなんてして」

 「もしもの時は俺がなんとかするからなぁ。プリズム」

 「あっ、そっか。それじゃあ、僕もここで待たせてもらおうかな」

 「用事があったんじゃないの?むくろ

 「ちょうど終わったところさ。それに中等生は今日、入学式だから出てくるまで時間がかかるよ」

 「「…あっ」」

 現在10時50分 少なくとも1時間は待つことになる。


 「それにしても、君たちの能力は羨ましいよ。僕もどうせなら人を助けられる力が欲しかったな」

 「いやいや、安堂君の能力の方が羨ましいよ」

 「そうだぜ。それに今、こうして俺たち2人は助かってるんだからな」

 「このくらいちょっと家かコンビニに行けば済むことだよ」

 今、安堂君の『手のひらサイズ以下の物体を異次元に収納できる』能力により、トランプと缶ジュースを手に入れてかなり快適になった。もちろん、缶ジュース代は払った。


 「そういえば、安堂は何してたんだ?」

 「ん?ああ、今月からバイトでも始めようかと思って面接に」

 「マジか、何のバイトやんの?」

 「最初はコンビニやスーパーで働こうと思ったんだけど、時間の都合を合わせづらいかと思って家庭教師にしたよ」

 「へぇ~、確かに小等生に教えるだけなら簡単かもな」

 「どうだろう、解くのは簡単でも教えるのは難しいってよく言うからね」

 「ってことは部活には入らないつもりなんだ」

 「そうだね。まったく時間がないって訳ではないけど、目新しいものはなかったし、そんな半端な気持ちで入られても向こうも困るだろう」

 「案外、向こうも気にしない気がするがな」

 「それはそれで寂しいだろう。岡島君たちは部活に入るのかい?」

 「それがどーしたものかねぇ。なぁ、圭介。…圭介?」

 僕は春の息吹を感じながら、意識は大きく船を漕いでいた。

 「起きろ!ババ抜き中だぞ。というか、お前の案件だよなぁ!?」

 「!?ごめんごめん、あまりにいい天気だったから」

 「まったく…いいからこれを」

 「あぁ、うん」

 まだ寝ぼけてる中、俊也に渡されたカードはJOKERだった…


 「さて、そろそろ入学式も終ったかな?」

 「はぁ~、やっとか。長かったぜ」

 「そろそろお腹も空いてきたから、早く終わらせたいね」

 「まったくだ」

 「というより1度帰ってもよかったんじゃないかな?」

 「安堂君、それを言っちゃだめだよ」

 校舎近くの大通りの方に帰宅中の中等生が見られ始めてきたのは12時20分ごろだった。

 「さて、どの子が事故るのかな~」

 「早く事故れ~」

 「…僕は君たちの発言が事故っているように思うんだ」

 だって、ねぇ?どうせ事故は起こるんだし助けるのだからいいじゃないか。


 意外に人が通らなくてトランプの大富豪をやり始めて4回目に入ろうかというとき、運命の瞬間は訪れた。

 「おい、あれ…」

 校舎側から1人の女生徒、その反対側からは何も来ていないがこのT字交差点から垂直に伸びる道の向こうから一台の宅配トラックが向かってきた。交差点に入る手前にトマレの看板、僕達の後ろにカーブミラーがあるから本来はそれで確認するのだろう。

 「これって、このまま俺たちも死んでしまうパターンじゃないか?」

 「問題は僕達の死もだけど…」

 「それは僕と同じ方向に動けば問題ないと思う」

 「圭介、もちろんあの子を助けるために跳ぶんだよな」

 「うん、僕が駆けるのに合わせて二人も動いて、僕があの子に接触したら俊也は能力を発動させて」

 「しまったなぁ。やっぱり僕は帰っておけばよかったかも」

 「今頃言っても遅いじゃろ」

 「来るよ!」

 僕が動き出した背後で2人も動き出すのを感じた。僕は2人を必ずためにわざとペースを落し、こちらからも合わせる。女生徒はいきなり向かってくる3人に驚いたのだろう、その場で立ち止まってしまった。その体に触れようかというとき、後ろからエンジンの爆音が聞こえる。おそらくブレーキを踏もうとしてアクセルを踏んでしまったのだろう。僕が女生徒を抱きしめた時、死は4人の人生を侵そうとして


 そして俊也の能力が発動する。


 彼の能力は『確定された未来を壊す』能力。かなり強力な能力だが、その分、制約も厳しい。未来は可能性という名のもとに無限に広がっている。象と蟻が喧嘩して蟻が生き延びることだって可能性的にはあるのだ。そのような天文学的数字の混入する余地がない状況下でのみ、俊也の能力はその圧倒的力を発揮する。


 何が起きたのかは分からなかった。そういう風に出来ているのだろう。


 いつの間にか閉じていた目を開けると、トラックはギリギリで止まっていた。トラックの運転手が急停止によるGに耐えられなかったのだろう、ぐったりと倒れこんでいるが、すぐに救急車を呼ぶから許してほしい。


 「えっ、えっ……」

 「君、大丈夫…そうだね」


 女生徒は驚いて放心状態にあるが、どこもケガしてなさそうだし大丈夫だろう。


 「俊也、ありがとうな」

 「なに、今日の昼飯代と思えば軽いもんよ」

 「そのことなんだが…」


 僕は安堂君の方を見る。

 本当は治安を守る風紀委員に連絡を入れずに逃げてしまう予定だったが、真面目な安堂君が既に連絡を入れてしまっている最中だ。


 「あ~なんだ、つまり…」

 「昼食は当分、あとってこと」


 天を仰ぐ俊也を見ながら、僕は事情聴取でカツ丼がでないだろうかと考えていた。


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