第3話

「さむっ!」

 冬休み最初の部活帰り、あの日ここで君に声をかけられてから今日までのことを思い出していた。

 手術が成功したかどうか僕は知らない。担任が何も言わないところをみると、死んではいないだろう――と勝手に思っている。あるいはもう……いや、それは考えたくない。

 長い時間思い出に浸っていたため、体はすっかり冷え切っていた。そのうえ、今年最初の雪まで降り始めた。

「ホワイトクリスマス……か」

 だからといって楽しいことがあるわけでもない。首をすぼめてマフラーを巻き直し、歩き始めたときだった。

「……ねえ」

「えっ?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、あの日と同じ笑顔がそこにあった。

「あ……」

「ねえ、次の信号が点いてたら、私たち付き合わない?」

 君は賭けの対象を青信号から変えて、いたずらっぽく言った。

「もう……賭けはしないんじゃなかったのか?」

「いいじゃない。じゃ、決まりね」

 そう言って、僕の前をゆっくりと歩き出した。


 君が歩いている

 君が笑っている

 君が――生きていた


 それだけで、僕はまた胸がいっぱいになった。

「もう……いいのか?」

 涙がこぼれないように、柔らかく降り注ぐ雪を見上げた。

「うん。手術は大成功! 一ヶ月もしないうちに退院できたほどよ」

「よかったな。でも一ヶ月で退院できたのに、何で今まで?」

「だって、クリスマスに再会する方が、なんだかロマンティックじゃない?」

 君も空を見上げた。

「まあな。でも心配してた分、ちょっとムカつくけどな」

 冗談半分で言った僕の言葉を聞いて君は立ち止まり、かぶっていた毛糸の帽子をそっと脱いだ。

「ホントは……髪が……」

 側頭部を触りながら「ここ剃っちゃったから、少し伸びるまで……と思って」と、君は真っ赤な顔をして目を伏せながら言った。

「そっか……」

 このとき、僕は君が好きだと心から思ったんだ。君の伸びかけた髪を撫でてあげたいと。

「……寒いね」

 照れたように言って、君はまた帽子をかぶろうとした。

「雪だしね」

 もちろん僕は、君の髪を撫でるなんてことはせずに、信号に向かって歩き出した。少し遅れて君も歩き出す。歩を緩めて君と並んで、のんびりと歩く。

「あっ!」

 曲がり道に差しかかり信号が見えたとき、思わず僕は声を上げてしまった。

「こんなことって……あはっ!」

 工事中で点いていない信号を見て、君は笑った。昨日までは工事なんてしてなかったんだ。だから、信号がまた消えているなんて思いもしなかった。

「僕って……ついてないな」

 なんだか急に恥ずかしくなって、苦笑いで君を見た。すると、さっきまで笑っていた君が、急に真面目な顔をして僕に言ったんだ。

「私、ついてるかも。これで、自分の意思で決められるから」

「もう決めることなんてないだろ? 君の最後の賭けは成功に終わったんだし」

「ううん」

 僕を見る目に涙がたまっている。

「私と……付き合ってください」

 言い終わった君の頬に一筋、涙がこぼれた。

 このとき僕は、最高のクリスマスプレゼントを君からもらったんだ。本当は飛び上がりそうになるほど嬉しかったけど、僕は素直じゃないんだって、君も知ってるよね。

 僕はわざと返事をせずに、大袈裟にとぼけてみせた。

「あっ! そういえば、言い忘れてたことがあったんだ!」

「……なあに?」

 不安そうな顔をして聞く君に一歩近付いて「おかえり」と言って、僕は優しく君を抱きしめた。

「……ただい……ま」

 君はとても暖かかったよ。ずっとこうしていたかったけど風邪をひかせるわけにもいかないし、何よりもう一つ言い忘れていたことがあったから、僕は少しだけ腕を緩めて君を見た。

「ん? なあに?」

 首を傾げる君に、僕は真面目な顔をして言ったんだ。

「あと、もう一つ。携帯番号教えて」

 腕の中で僕を見上げる君の笑顔は、天使のように輝いていた。それがなんだかとても眩しくて、僕はもう一度君を抱きしめて、毛糸の帽子にそっとキスをした。もしも明日あの信号が点いてたら、君にキスをしよう――なんて思いながら。



(完)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の賭け 淋漓堂 @linrido

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ