少年がラップという文化に出会い、その世界で頂点を目指す成長物語である。主人公のカグラはある雪の日にラップに出会い、8mailのエミネムに憧れて徐々にラップの実力を身につけ、家族愛や友情、恋愛を経て大人になっていく。ラップという題材に対する深い理解と丁寧な解説、主人公の真に迫った描写から、一定の水準を大幅に超えた作品と感じた。
本作品の最大の見所はラップ文化を知らない人間をその世界へ引きずり込む作者の筆致であり、読者である我々がカグラと一緒にラップを知り、苦難を経て成長するところにある。またその一方で家族に問題を抱え、揺れ動く若者の感情が作品に深みを与えている。若者の苦悩と成長を交互に描く設計には隙がなく、作者の実力と評価したい。日本的なセンチメンタルなストーリーと西洋文化であるヒップホップの融合により、新しい地平を切り開いたと言えるだろう。
ただし、いくつか気になる点もあった。まず1つは説明が多い点である。そのためラップを題材としていながらキャラクターたちの熱気や勢いが弱く、育ちの良い学生さんたちのように思えてしまった。「ハマやん『ヘッズ』ってなんですか?」「ヒップホップを愛するファンの事や」のような会話はもっとスピード感を持たせたやり取りにできると思った。小説一作品ではどんな分野であれその魅力全てを語り切ることはできないので、筋に不要な用語や文化の説明は大胆に切り捨て、ラップの最大の魅力はここだと作者が感じた点を押し出して欲しかった。
また大阪というラップと一見して関係が浅い舞台を選ぶのであれば、大阪弁や大阪の習慣など、ラップと結びつきにくいであろう部分をどうカグラが克服するのかが欲しい。アメリカでなく東京でなくなぜ大阪なのかがあれば、作品の質をぐっと押し上げられるのではないか。今作では単に作者の居場所が大阪だから話も大阪なのか、とも思えた。
それと欲をいえば、病気というテーマは使うのが非常に容易であり、たとえ作者にとっては重大時でも、読者としては筋書きの都合で採用したなと見られがちになることは意識するべきかと思う。本作で起きたことが作者も経験したことなのかは私には判断しえないが、たとえ事実であっても、フィクションとして公開する限り、そのような評価はついて回るだろう。
細かい点をいくつか述べたが、本作はカクヨムで読んだ作品の中でも傑作と思えた。今後はプロの編集にアドバイスをもらい、プロの舞台で戦って欲しい。本作はヒップホップを普及させる力を持つ、貴重な作品となるはずである。
日本語のラップがこんなにも生き生きと輝くものだと初めて知った。まるで現代版の「音響付き俳句&短歌」のようで、四字熟語や言葉のリズムを若い人が大切にしてくれるのも嬉しくて涙が出そうだ。
生きることへの、主人公の青く切ない思いを抱えた奮闘に、時に涙しエールを送りながら読んだ。素晴らしい作品に出会えたことに感謝したい。
エピローグは不用というレビューも拝読したが、私は在って良かったと思う。読後の余韻も楽しみつつ、またひとつ大人への階段を上がったkaguraに会えたのも嬉しいし、miyuちゃんと仲直りしたと勝手に勘違いしそうになっていたのを引き戻してくれたから。
ひとつだけ気になったのは、非常に純文学の才能ある作者が描く、特に冒頭の部分は、もしかしたらこの話に興味を持つ読者層に合うだろうかという点だ。もう少し噛み砕いて一文を短めにしたら、冒頭だけで去るような若い読者が減るのではと感じた。批判のつもりは全くないがそう取られたら申し訳ありません。
追記:書き忘れを思い出して戻ってきました。作中で、母親の余命告知の判断を医師がkaguraに委ねる場面は、同じ大人として、それはないだろうと、申し訳ない気持ちで一杯になった。家族として判断すべき状況なのはわかるが、せめてkaguraが後々後悔することがないように冷静な判断を下せるように医師や周囲が精神的なサポートをして欲しいと思った。でもkagura、君はよくやったと思うよ。偉いよ。遠くから拍手を送らせてね。