第12話 依頼
(…ん―?)
寝起きであくびをしながらリビングに降りる。気づいた隆晃が自分の片づけをしながら言った。
「おはよう。朝メシ出来てるから食べろ。俺はもう出るから片付け」
「―は?どういう意味だ?」
「ああ…こっちに戻る。話は通してある。」
隆晃はそれだけ言うとイスに掛けていた上着を手に取りリビングを出ていった。
ちょっ―…と聞く前にドアが閉まり、言葉になることはなかった。
「…まじかよ。あの人と暮らすとか…どうすりゃいいんだよ。」
言いながら席につき、いただきますと手を合わせる。
並んでいるのは和食。どれも出来立てでおいしそうだ。玲於自身も料理が得意だがあまり作ることはなく簡単にすませてしまうことがほとんどだ。
「―うま。」
思わず声が出てしまう。
箸がどんどん進んでいき、皿が空になっていく。だし巻き玉子を口に入れた瞬間、幼いころに一度だけ食べた味がした。
当時、両親が亡くなったことを受け入れられず、反抗していた時期があった。周囲はそんな彼に何も言わなかったが食事だけは必ず摂らせるようにしていた。だが食べる気にはならず、そのまま置いていることが多かった。しばらくそんなことが続き、使用人たちが困っていたのを覚えている。
その日もいつものように食事が用意されていた。だが洋食ではなく和食だった。出汁の香りで食欲を刺激され完食したのを思い出す。
「……―美味すぎ。」
家を出た隆晃が向かったのは職場ではなく真輝の家だった。
そこは昔ながらの日本家屋でいかにもという建物だった。
車を止め堂々と入っていく。
「―おう。有坂んとこの
「ああ、おはようございます。オヤジさん。真輝います?」
木刀で素振りをしながら答えた。
「おう、取り込み中だったらしらねぇけどな。」
どうも、と礼を言った隆晃は庭を突っ切り、離れへと歩いていく。
縁側でタバコを吸う真輝と目が合う。
「おはよう。なんや怖い顔して…」
「おはよう。取り込み中だったか?」
はだけた胸元にある真新しい
「…のはずだったんやけど、帰ってもらった。」
「…来る者拒まずのお前がねぇ。」
「店に呼び出されたんや。客とトラブルになって
「オーナーも大変だな。」
「…お前ほどじゃない。なぁ、コレどうにかしてくれん?」
彼が指差したのは胸元のそれだった。
「は?ほっとけば消えるだろ?」
「―アキ。」
「―…しょうがないな。」
そう言って隆晃は要求に応えてやった。
二人揃って母屋に行くと壮年の男性が声をかけてきた。
「お出かけですか若?」
「
「―組長がいろんな仕事を振ってくるので寝る暇がないんです。」
「親父に信頼されてる証拠や。無理せんようにな。―今から
神代は少し考える素振りを見せて言った。
「…では一つだけ。たまには顔を見せなさいと。」
「わかった。じゃあ、行ってくるわ。」
「はい。お気をつけて。」
二人が訪れたのはとある場所。
23区内にありながら”所在を秘匿”されている危険区域。
「
政府も認知はしているが表立って規制することは出来ないでいた。それはシロガネが裏社会の中核を担っていて、下手に規制すれば自分たちも影響を受けるからだ。
シロガネには表の人間も出入りすることができる。ただし、”裏社会との繋がりがあるものに限る”という条件がついている。
真輝は裏社会に生きる男、そして隆晃もそれに近い立ち位置にいる。それを知るのは英吉とそれに近しい者だけだ。真輝という存在が隆晃を守っていることも確かである。
【CLOSE】となっている空き店舗、入り口の前には古いアンティークの像がある。そこに手を突っ込み静脈認証をするとロックが解除されるようになっている。
一歩足を踏み入れると先ほどとは打って変わって別次元になる。
豪華絢爛な店内には似合わない強面の男たちがこちらを見てくる。
「お久しぶりです。真輝さん。隆晃さん。」
「おう。雅は?奥にいるか?」
「ええ。奥で会議中ですよ。かれこれ一時間経ちますかね?」
「邪魔したら怒るかね?どう思うアキ。」
「知らん。」
「お二人ともタチが悪いッスよ。」とボーイが言う。
「だな。」
そう言って真輝が奥に進んでいく。ノックも無しにドアを開ける。
「邪魔するで雅。」
一斉に視線を浴びて全員が息を呑む。
「会議中にしかもノックも無しとはいったいどういう了見だ紫上、有坂。」
思いっきり睨まれるが二人は動じない。
「少し聞きたいことがあってな。」
「あんたらが揃って来るってことはよっぽどのことだな―…、お前ら席を外してくれ。」
部下たちにそう声をかけ雅はホールに戻り大きめのソファーに座った。
「で、聞きたいことって?」
隆晃たちも向かいのソファーに座る。タイミングよく3人分のコーヒーが運ばれてきた。
「―
カップを持つ手がピクリと動きカチャと音が鳴る。
時が止まったように店内が静まりかえった。
「…―何に首を突っ込んでやがる?」
そう聞いてくる雅の声はいつもより低い。
「――…なぁ、
隆晃が写真を出してトンと指した。
「―シュリじゃんか。」
雅はそう口にした。
「シュリ?」
真輝が首を傾げる。隆晃も同じく。
「お前らが追ってる煌鳳の
2人が目を見張る。
「…間違いないのか雅。」
「はは…。ウソついてどうするよ?オレは確証のない情報は売らない。」
雅はそう言って2人を見据えた。
「―そうだったな。隠す理由はひとつ…“一般人”だから、か?」
「…―そう。煌家は代々、マフィア内で結婚してきた。突然現れた第三者を許すはずがない。だからこそ地位まで捨てて
「―それだけ愛していた。というわけか。」
「ああ…。私にはよく分からないが。」
そうか。と返事をした隆晃は写真をしまった。
「アイツらどこまで知ってるだろうな?」
真輝が独り言のように言う。
「さあね。―あちらさんも優秀な部下を持ってるから…。」
「―調べられるか?」
「…
「―できるだろ?お前なら。報酬は1.5倍、悪くない取引だろ。」
「―強制かよ。」
「出来ないことを押しつけた覚えはないが?」
雅は不適な笑みを浮かべて言った。
「その仕事、受けてやる。ただし、条件がある。」
「条件?」
今まで黙っていた真輝が口を開いた。
「そ。下手したら死ぬからさ…それぐらいいだろ?」
真輝が隆晃に目配せをする。彼はうなづいて言った。
「―言ってみろ。」
「…週末に神代グループ主催のパーティーがある。どうせあんたらも来るだろう?」
雅は笑みを浮かべたまま言った。
「ああ。」
「ならさ、玲於だっけ?連れてきてくんない?」
彼らは拍子抜けした。
「は―?それだけでいいのか?」
「―会ってみたいだけだよ、次期当主にね…」
「わかった。準備しておこう。帰るぞ真輝。」
「ああ。雅ちゃん、俺らもおるから大丈夫だろうけど用心しなよ。」
スッと表情が変わる。
「っ、分かってる…。」
「ならええ。」
雅に見送られた2人は店を出た。
「…少し歩かないか?真輝。」
「なんや、どないしたん?」
隆晃はタバコに火をつけ、一息吐いた。紫煙が風に流れる。
「…あの子にこの仕事続けさせていいのかと思ってな…。」
「…せやな。けど、あの子が選んだ人生や。裏社会じゃ安全なんてない。それはお前も分かってるやろ。」
「ああ。」
「―まぁ、危なくなったらそんときは俺らが守ればいいだけや。」
「そうだな。そろそろ帰るか。今日も泊まるのか?」
真輝が当たり前だ、という顔で見てくる。
「…帰らなくていいのか?」
「―ん、まぁ最近は平和やし、そうやなかったら外出すらさせてもらえんし。」
「ふ。息抜きってことか。」
「やな。お前とおるのが気楽でいい。」
「…そうか。迎えが来たようだ。」
近くに黒塗りの車が停まり運転手が降りてきて一礼した。
「ありがとう。」
礼を言って二人は車に乗り込んだ。
隆晃たちが帰ると玲於は出かけているのか居なかった。
「お帰りなさい。隆晃さん、真輝さんは今日もお泊まりですか?」
「らしい。玲於は?」
「ああ、引き継ぎがあるからと出かけて行かれました。」
「そうか。朝メシのことなんか言ってたか?」
「…ああ、驚いておられましたね。」
隆晃はそうかと嬉しそうに笑っている。
「―親の顔ですね。」
「…そう見えるか?情が移ったんだろうか?」
「そうですとも。周囲の反対を押しきり玲於さんを引き取られたのはあなたですから…。」そう言って執事の慎也は下がった。
「…反対されたんか。」
「―そりゃそうだろ。お前と出会った頃だぞ。」
「あー…相当荒れてたもんな。」
「だろ。子育てもしたことない素人が引き取るなんてって言われたな。」
ウィスキーを持ってきた隆晃がグラスに注いだ。
「…お前も難儀やなぁ。」
「ありがちなお家事情だろ?」
「―否定はせん。けど、お前の親父さんは違うだろ?」
「―ああ…今、俺が自由にできてるのは親父のお陰だからな。」
二人が話していると玲於が帰ってくる。
「ただいま…、朝メシありがとう。」
「どういたしまして。玲於、少しいいか?」
「…何?」
そう言ってソファに座る。
「タバコ、いい?」
「ええよ。玲於クン、アキにも似てるな」
「そりゃそうでしょ。で、話って?」
「週末に神代グループ主催でパーティーがあるから予定を空けておけ。」
「拒否権はないのかよ?」
「無いな…俺の後を継ぐなら諦めろ。」
玲於は灰を落としながら言う。
「…継ぐとは言ってない。勝手に決めるな。」
「―冗談だ。好きにすればいい。」
甘やかしすぎ―隣で聞いていた真輝がぼそりと言った。
黙れと睨みつける。
「…わかった、パーティーには参加する。」
「頼むぞ。」
「…―なあ、なんで反対されてまでオレを引き取った?」
「…聞いてたのか?―隆浩弟が残した子を引き取るのに理由がいるか?」
玲於は言った。
「…いや、めんどくさくなかったかと思って聞いてみただけ。」
「面倒くさいとかじゃなくて大変だったって言うのが正しいだろうな。お前がいたからこそ今の俺がいる。」
真輝がそのやり取りを静かに見守っている。
「…そうかよ。じゃ、おやすみ」
玲於は灰皿にタバコを押しつけると部屋を出ていった。耳は少し赤くなっていた。
「―かわいいね。けど、俺がいることも忘れんなや。」
真輝が耳元でそう言った。
「忘れてない。」
危険な恋のはじめかた 悠木葵 @Yuki-Aoi
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