私について+0
あれから一年が経って、私は崎代第一高等学校に合格した。余裕の合格だった。
別に特別頑張ったってわけでもないけれど、何だかあの出来事の後、色々なものに集中できなくなって、なのに成績だけが上がっていった。たぶん、授業中何も考えられなくて、先生の話だけをじっと聞いてたからなんじゃないかな、と思う。
部活の方は、もうとっくに引退した。春からぐんぐん記録は伸びたのに、夏の頭で私の陸上部生活は終わってしまった。もうちょっと早くからやる気を出しておけば、なんていうのは津嘉山先生の言葉だったけど、それならもうちょっと早くからやる気出るようなこと言ってよ、って、八つ当たりだろうか。
それから、周りのこと。
あの出来事の後、全校生徒の人数が十人くらい増えた。忘れられていただけで、智己先輩以外にもあの場所に行っていた人がいたんだ。街の人口の方は……、さすがに知らない。元々の人数なんて覚えてないから。
その代わり、ひとりだけ卒業生が減った。私だけしか覚えていない人。
真維先輩について。
今でもたまに会ったり、メールしたりする。受験期には『悠里をシロイチに呼び込む!』なんて言って勉強を教えに来てくれたりしたけど、もうその頃には私の成績も随分良くなっていて教わることもほとんどなくて、それどころか真維先輩は中学の勉強、特に理科社会は忘れ始めていたみたいで、何だかかえって悪いことをしているような気持ちになった。
高校でも楽しくやってるみたいだ。元々明るい人だったけど、むしろ今までよりもずっと元気になったような気もする。男女混合グループ、なんて漫画でしか見たことがないような交友関係を築いているらしくて、今度の夏はみんなで海に行く、なんて話を聞いた。ちょっと想像つかない。高校生活ってどんな風なんだろう。
智己先輩について。
春頃は休日なんかによく部活に顔を出してくれた。こっそり私にだけ飲み物を差し入れたりなんかしてくれて、顔を見るたびに嬉しくなった。本当に可愛がられてるんだな、って。今更ながら思ったりもした。何となく、高校に入ってから角が取れたような気がする。なんて、ちょっと後輩の感想にしては生意気だろうか。
高校でも真維先輩と同じ陸上部で頑張ってるみたいだけど、智己先輩の方がかなり部活には力を入れてるみたいで、記録の伸びは随分違うみたいだ。勉強の方もしっかりやってるみたいだけど、高校の勉強は難しいって愚痴ってて、ちょっと不安になった。智己先輩で難しいなんて言うんじゃ、私じゃ落ちこぼれちゃうんじゃないだろうか。
交友関係の方は……、あんまり詳しくない。けど真維先輩とは相変わらず仲が良いみたいで、たまに会って話すとそういう話をする。喜ばしい限りだ。
結局のところ、日常はつつがなく続いていた。
春と夏と秋と冬。中学最後の季節は肌に感じるようにゆっくりと、けれど着実に流れていって、気付けば私も卒業の日を明日に迎えていた。
今年の三月は随分と早くから春めいて、卒業式の前に桜が咲いた。なのに今日に限ってやけに冷たい雨が降るものだから、みんな明日の天気と桜の様子を気にしていて、そこで私はふと――、いや。本当はずっと忘れたことのない、あの場所のことを思い出した。
帰り道。友達に別れを告げて、駅を南口の方に回って行った。工場を抜けて、凍りつくような雨の降る中、ビニール傘をさして踏切に向かう。
すると、タイミング悪く警報機が真っ赤に点滅を始める。カン、カン、カンと音が響いて、私は踏切の前に立ち止まる。
風雨を切り裂きながら電車が走ってくる。前髪が跳ねるように舞い上がって、傘が煽られた。持ち手に力を入れて、電車から顔を隠すように傘を傾けた。
通り過ぎていく電車の向こう、うっすらと熱を持つ夕焼けが雲を茜に染めていて、カラスの群れが高い空を帰っていく。飛沫が光を弾いて、私はそれをビニール傘の透明越しに見つめる。
私は電車が過ぎるのを待っている。
私は踏切が開くのを待っている。
私はこの先の神社に用がある。
あの日の私は、何かを決めるには幼すぎた。
だから今、一年経って、あの日の先輩たちと同じ場所に立った今――。
音もなく、遮断機が上がった。私はその先に、ゆっくりと歩いていく。
コンビニと飲食店を抜ける。十字路に立つ。その右側へ。
高架下をくぐって、すぐに左に曲がって、そしてその右手に――。
「あ――」
その場所に、神社はなかった。
もう私には、永遠は。
「……そっか」
寂しい気持ちが少しだけ胸に残って、私は雨の中、踵を返した。
あの、たった三日の出来事を。それでも一生忘れられないと思ったあの時間を。
私もいつか、忘れていくのだろうか。
家に帰って、ご飯を食べて、眠って、それから、明日も学校に行こうと。
そう、思った。
春に消える quiet @quiet
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