第14話
――『この国に、後継者なんて残させないわ。滅びればいい。残させてたまるものですか。だから、ねえ、フィロ。あなたに私がとっておきの“呪い”をかけてあげるわ。もし、あなたに心に残るほどの異性との出会いがあり、愛をささやきあったのなら――あなたの名にふさわしく、薔薇のごとく散っていくがいい!』
あれから数時間後、フィロは青年の腕から解放してもらい、とりあえず目の腫れを誤魔化すために冷水にタオルをつけ、絞り、それを瞼に上に置いて冷やすことにした。
あれほど泣いたのは本当に久しぶりで、軽く頭痛もする。泣きすぎなのは一目瞭然だ。
「大丈夫か?」
「……恐らくは。久しぶりに涙を流したので」
「そうか」
いったん外に出てもらい、青年自身に与えられている部屋に戻るように伝えたのだが、彼は聞き入れてくれなかった。そんなに心配しなくても、自分は逃げることも隠れることもできないのだから大丈夫だと言ったら、ものすごく嫌そうな表情をされた。それはきっと、今のフィロの状況を思っての表情なのだとわかるのだが、それでももう少し感情の制御をしたほうがいいのではないだろうかとフィロは思った。
そんなにもわかりやすい感情表現をしていると、なんでも相手に筒抜けになってしまう。王族ならば、それを隠すことも義務の一つだ。
「私のことは心配いりませんから、一度お部屋に戻って仮眠を取ってきてください。私も、頭痛がしますのでこのまま一度眠ろうと思います」
「あなたの側にいる。離れたくない」
「……えっと」
まるで子供のようなことを言われ、フィロは困惑した。このままこの部屋にいても青年にメリットは何もない。むしろデメリットしか生まれない。そこのところを彼はきちんと理解しているのだろうかと思い、それらを直接聞いてみることにしたら、とんでもない答えが返ってきた。
「そんなもには関係ない。俺はあなたのそばにいたいからあなたのそばにいる。それによって俺にあなたの呪いが移ったという噂が出てしまってもそれはそれだ」
切実に、それだけはやめて欲しい。
長い金の髪を背中に流しながら、フィロはそう思った。お願いだから自国のことも考えてください、と言ったらさすがに渋面を作っていた。
「私は大丈夫ですから」
同じ言葉を繰り返し、フィロは青年の退室を促した。
「では、あなたの名前を教えてくれ」
「え?」
「あなたの名前だ」
それは、両親に聞いているのではないかと、フィロは思わず青年に言ってしまった。
「あなた自身に聞かないと意味がない。だから、あなたの口から自己紹介してくれ」
そう言って、青年は少しはにかみながらフィロのことを見つめ、言葉を待った。
今までにそう言った経験のないフィロはなんといえばいいのかわからず、言葉に窮した。ただ名前だけを言えばいいのか、それとも他のこともあわせて言わなければならないのか。それに気づいたのか、青年は優しく微笑みながら「名前だけでいいよ」と言ってくれた。
「私は、トリアンダーフィロと申します」
「……知ってはいたけど、名前長いな」
「そうですね。とても美しい花の名前からいただいたので、少し名前負けしてしまいます」
「そうなのか? 他の人たちからは、そのままの名前で呼ばれているのか?」
「いえ、省略して呼ばれています」
「なんて?」
「フィロ、と」
「分かった。ではオレもあなたのことはこれからフィロと呼ばせてもらおう」
「ええ、よろしいですよ。では、今度は私がお尋ねします。お名前を聞いてもよろしいですか?」
「……改めていうとなると少し恥ずかしいな。オレは、リヒトだ」
「リヒト様ですね。必ず覚えておきます」
そう言ったら、リヒトが恥ずかしそうに笑った。
心がとても軽くなった。それはひとえに、リヒトのおかげだとフィロも自覚している。
その事実が、とても嬉しかった。
「リヒト様、そろそろお戻りになってください。リヒト様まで私と同じような噂の的になってしまうと、私はそれに耐えられません」
「……オレも同じ気持ちなのだが」
「難しいとは思いますが、リヒト様が慣れてください。私に対する噂話に関しては、リヒト様が慣れてください。噂を払拭するのは、とても困難なものなのですから」
フィロは手に持っていたタオルを冷水にひたす。水を染み込ませ、絞ると、広げてたたむ。その作業が終わると、今度はリヒトの瞳をじっと見つめた。紅の瞳に見つめられ、リヒトは少し戸惑う。
「私は大丈夫です。そろそろ、皆が起き出してしまう時間帯です。早く、あてがわれた部屋にお戻りください」
「……分かった。あなたの意思を尊重しよう、フィロ。だが、またここへ来てもいいか?」
「……できれば、来て欲しくはありませんが、リヒト様は私のその願いを受け入れては下さらないのでしょう? なので、何も言いませんわ」
フィロは少し困ったような、しかし心の底から嬉しそうに、初めてリヒトに向かって微笑んだ。それは、まるで花が咲いたような微笑みであった。思わず、見惚れてしまうほどに。
一瞬脳内処理ができずに固まってしまったが、瞬間的に脳が理解し、盛大に顔を真っ赤に染めた。フィロは気づけばタオルで再び目元を冷やしていたため、真っ赤になったその顔を見られることはなかったが、破壊力は抜群すぎるとリヒトは一人で葛藤していた。
じゃあ戻るよ、と一声かけてリヒトはその離宮から出た。外はすでにだいぶ日に照らされ明るくなってきている。下手したら使用人たちがおきてしまっているかもしれない。場内を歩いて部屋まで戻ろうとすると、どこに言っていたのかを詳しく聞かれてしまうかもしれないと考えると、自然と足は城内から遠ざかってしまいそうになる。しかし、かと言ってこのまま城下町などに繰り出したらそれもまたいらぬ噂を作ってしまうことなど明らかだ。
さて、どうしたものかと少し考え、リヒトは散歩することにした。
そう言えばとふと思い出す。ここの国王と王妃は自然が好きらしいと。だからこの場内で大きな庭園を作って、そこで花を育てているんだとか。
その話をしていた時の王妃の表情が少し寂しそうにしていたのが気になっていたため、後で見にいこうと思っていたのだが、その前にあの離宮を見つけてしまい、今の今まで忘れていた。
せっかくだからと思い、リヒトはその庭園を探すことにした。
自分が住んでいる城とそう大して変わらない作りになっていると踏んで、ウロウロと歩き回ってみる。さすがに抜け道などを探しているわけではないため、簡単に見つけられると思ったのだ。が――。
「……何で迷子にならなきゃいけないんだよ、オレが」
絶賛、迷子になった。
思いの外入り組んだところが多かったらしい。しかし、白の中を歩き回っているわけでもないのに、なぜ迷子にならなければならないのか。疑問である。城を取り囲んでいる外壁の外に出ないようにしててくてくと歩いているだけなのに。気づくと太陽はとても高くまで登っていた。
「コレは…あまり良くない気がする……!!」
何せ、一応客人として扱ってもらっているわけで、その客人が朝から部屋にいないこと自体が既に騒ぎになってもおかしくないことである。それを疑問に思って国王などに報告に行ったとして、それでも寛大なあの王はにこやかに大丈夫だと言って放置してくれるだろう。何せ、自分がこの国に来た理由をあの国王は知っているのだから。こういうとき友好国とは大変ありがたい。
しかし、この時間――おそらくはすでに昼近い。
「……本格的にやばい気がする」
自分が相当焦っていると自覚できるほどにはまだ冷静で入られていることに感心してほしい。というよりも、この歳になって迷子は恥ずかしすぎるから誰にも見つけて欲しくない。むしろ探さないでほしい。
「……家出する人間の『探さないでください』のメモのありがたさ……」
全く関係ないことを思わず考えてしまうほどには冷静ではなかったらしいと自覚した。
「どこなんだよ、ここ……いや、城の中だって。……そうじゃないだろ、オレ……」
もう何を言っていればいいのかもわからず、独り言も支離滅裂になっていく。思わずその場に頭を抱え込み座り込んで奇声をあげてしまう。せめてもの抵抗で、小さな声でだが。
その時、自分の肩に何かがそっと触れたような気がした。
「?」
気のせいというにはあまりにも感触がはっきりとしていて辺りを見回してみるが、自分の確認出来る範囲には誰もいない。首をかしげて辺りをもう一度注意深く見回してみると、ふと、視界に深い紅色が入った気がした。
ぱっとその色を探してみると、ちょうど角を曲がったところだと理解する。しかし、その紅色はまるでリヒトを誘っているかのようにそこから動かなかった。
警戒しながらそちらに歩いていく。さくさくと軽快な音を立てながら歩き、その色に近づいていく。もう少しでつきそうだなと思った瞬間に、その色が突然消えた。
「!?」
リヒトは慌てて見失わないように駆け寄った。しかし角を曲がった時には既にその色は次の曲がり角まで移動しており、しかも先ほどと同じように自分を待っているようであった。このままついていっても良いものか、リヒトは不安に感じながらも、何故かあの色についていかなければならない気がして、それについていくことにした。
近づけば離れ、離れれば待機される。不思議な追いかけっこをしているうちに、リヒトは見慣れない場所にたどり着いた。
「ここは……?」
目の前に広がったのは、美しい色とりどりの花々。
瞬間的にこの場所が、自分の探し求めていた場所なんだと、リヒトは理解した。
―――――景色が、変わった。
薔薇、散る時 妃沙 @hanamizuki0001
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