第3話 終わりの見えない旅路
(1)
「今日もまた」
退院した妻を抱えて、私は半分自由を失ったような感じだった。
退院したからとは言え、心臓に爆弾を抱えているような妻は、その上脊柱管狭窄症からの腰痛、手術するほどではないがしかし、腰は陣痛のような痛みだと言って、立ち居振る舞いも思うようにいかない妻を抱えて、殆どの家事を任せられている私は、自ら戒めながらも、欲求不満とストレスを何とか抑えるために、天気の良い日は午後の僅かな時間、「陽に当たって来る」と言って外出する。
しかし、夕方の4時か5時ころまでには帰宅して夕食の準備をする。
出かける先も結局限られてしまい、ストレスの解消には殆どなら無いが、他にすることも思いつかない。
今日もまた、東急東横線に乗って、延伸された終点元町中華街駅で下車し、深い地下から地上へのエレベーターで改札階へ上る。
エスカレーターで登ると、何度も折り返しのように、1階上るごとに徒歩連絡で乗り換えしなければならないのが面倒だ。
改札を出ると右手斜め前に、駅舎ビルの屋上に当たるアメリカ山公園へ上るエレベーターとエスカレーターがある。
駅ビルには結婚式場などがテナントとして入っている。
エレベーターで頂上へ出ると、えれべたーの建屋と、エスカレーターの建屋の周囲には花壇が設けられ、季節の草花が目を楽しませてくれる。
エレベーターの建屋を出ると、展望台のように、目の前にマリンタワーと人形の家などの向こうに、山下公園からみなとみらい地区が眺望され、目を転じれば、ベイブリッジを行き交う車の窓ガラスや、ボデーに当たる日差しがきらめきとなって走り、すぐ右手にはフランス異山の茂みが迫って来る。
私は、しばし佇んでそれらの景観を見晴るかし、心は遠く旅先の光景などを重ね合わせる。
天気も良く、良く日差しが当たり、私は建屋の裾を飾る花壇にカメラのレンズを向ける。
公園はその先にある外人墓地の方へ、やや傾斜が有って、ゆるやかな斜面を登るように出入り口へ続き、芝地の縁には花壇が続き、私は来るたびに癒される思いで通過する。
出入り口を出ると、外人墓地の柵に沿って、少し傾斜のきつい坂が、横浜地方気象台と外人墓地入り口の前の交差点まで登る。
交差点はまるでアメリカ山から、その反対側のブリキのおもちゃ博物館などがある諏訪町の方へ、どーんと下る丁度尾根道のように、左手はみなとの見える公園へ、一方は外人墓地に沿って元町公園から山手町の文教地区へ続く。
私は交差点を向こう側へ渡り、左手のみな地の見える公園の方へ足を向けた。
道すがら、岩崎博物館の手前に、まるで住人が居ないような荒れ果てた住宅があって、通り過ぎるたびに、特等地のような場所で勿体ないと思いながら、人の気配を確かめる。
自らは健康のための街歩き、と言って、人込みへ出ることはない、専らあちこちの故郷の森とか、森林公園とか、気の赴くままにだ掛けるようにしているが、遠くへ出る訳に行かないので、それもストレスの一つにもなって居る。
夕方までには帰って、夕食の準備をしなければならない、そんな制約があるため、僅かな時間を息抜きに当てている。
娘は、「父さんは、若い頃は、殆ど家にいなかったじゃない、私、遊んでもらった記憶があまり無いわ、今、その付けを払ってもらってるの・・・・・」と、私のストレスは我儘の為だと、まあ、そうかもしれない、と私は自らを認めさせている。
先の見えない人生の道程、何時まで生きているのか、終焉を迎える時は何時か、またどのような終焉を迎えるのか、ふっと一人物思いにふける時はその事が必ず浮かび、見極めのつかぬまま今日も一日を散策で送り、明日、天気が良ければ、また、何処かへ散策にと地図を思い浮かべる。
第3話完
老いの道を歩む。 高騎高令 @horserider
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