終章 グロッケンの記憶

「で? いつまでお前らはついてくるつもりなんだ?」

「何を言っているのでありますか! 人を傷物にしておいてその言い草! 流石にどうかと思うのでありますよっ!」

「私は、帰る場所とか、そもそもないですし……」

 あの後、あろうことかイブとリリスは運搬屋の手伝いをしたいと言い出した。信じられない。全くふざけている。

「リリスの場合は自分で帰る場所ぶっ壊したんだろ。しかも筐体から体現者にメインプロセス(お前自身)を移行させるとか。その体現者が壊れたら、お前死ぬんだぞ? わかってるのか?」

「わかっているのであります! やはり安全性(セキュリティ)は、物理的に向上させたほうが効果が高いと、今回の件で身にしみたのでありますよ!」

 握りこぶしを作り力説するリリスを見て、俺は舌打ちをした。

「全然わかってなさそうだな。で、イブの方は? マツド・シティでの暮らしは悪くなかったらしい、と聞いているんだが」

「まぁ、それは、グロッケンさんがいてくれたから、ってのが重要でして……」

 そう言ってうつむくイブを見て、リリスが複雑な表情を浮かべている。

「リリス。言いたいことがあるならちゃんと言え」

「な、何でもないでありますよ! それよりも、本当にいいのでありますか? 記憶、共有しなくても」

 リリスが言っているのは、俺がリリスに譲渡したらしい記憶のことだ。俺は、それをもう一度受け取る気はなかった。

 鼻で笑いながら、俺はリリスに答える。

「何度も言わすな。お前に渡したものはお前のものだ。今更返されても、俺が困る」

 そう言うと、今度は何故かイブが難しい顔を浮かべた。

「記憶が戻るとリリスさんとの二ヶ月というハンディが復活してしまいますし、でも戻らないと私との出会いの記憶も……」

「イ、イブは、そんなことを考えていたのでありますかっ!」

「リリスさんだって、グロッケンさんに一緒に過ごした二ヶ月間を思い出してもらいたいって思ってるんじゃないんですか?」

「そ、それは、そうでありますが……」

 顔を真赤にする二人を見て、俺はまるで熟れた林檎のようだと思った。

 二人を置いて歩みを進めながら、俺はMADAを最初に起動した時のことを思い出していた。

 電子の大海原に揺蕩っている、不思議な感覚。

 俺はあそこでは、たった一つの果実だった。

 ……いや、俺だけの話なのだろうか?

 科学傾倒者に魔術傾倒者。

 より良い方へと進んだ結果どうしようもなく別れてしまった人類だが、運搬屋である俺に言わせれば科学傾倒者も魔術傾倒者も同じ人間。

 そう考えると俺たちは皆、BMIが溢れかえった地球という電子の大海原に落とされた林檎みたいなものなのではないだろうか?

 林檎は沈まず、水面に浮く。沈むことが出来ないのなら、揺蕩うしかない。

「って、グロッケン! 何故ワタシたちを置いて先に行くのでありますか!」

「そ、そうですよ! それで、これから何処に向かうんですか?」

 二人の声に、俺はハッとする。どうやら少し、感傷が過ぎたようだ。

 俺は苦笑いを浮かべ、二人に答えた。

「……ホクリクかな」

「ホクリク、ですか?」

「それは、何ででありますか?」

「林檎だからだよ、俺たちが」

「は、はぁ」

「そ、そうでありますか」

 二人の気のない返事が聞こえるが、俺は特に気にしなかった。

 その選択が正しいかなんて、今の俺には確かめようがない。

 それでも俺たちは悩み、苦しみ、間違えながら、生きていくしかないのだ。

 それが俺の思う、人間としての在り方だから。

 だから今日も。

 電子の海で、林檎は揺蕩う。

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電子の海で、林檎は揺蕩う メグリくくる @megurikukuru

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