第五章 グロッケンの記憶
[MADAの起動を、確認しました]
「この大馬鹿野郎共がっ!」
気づいたら、叫び声を上げていた。
何に対しての叫び声だったのか、覚えていない。
それでも、何をしなければいけないのかは覚えていた。
『グロッケン!』
「グロッケンさん!」
イブとリリスが振り向く中、起動したアプリ(MADA)が自分の機能を俺に通知する。
[オーナー(root)、もしくはグループ(adam)に所属しているユーザに使えるアプリです。機能は、BMIへのアクセス権の変更。変更できるアクセス権は、誰に対しても読み込みも書き込みが自在(666)]
……なるほど。神(root)にアダム(adam)に林檎とは、俺以上に皮肉が効いてやがる。
「グロッケンさんでも構いません! もう一度私を刺してください!」
その時、イブの叫び声が聞こえた。俺はそれに真正面から答える。
「ああ、わかった」
『グロッケン! アナタ、何を言っているのかわかって――』
「うるせえ! 俺の行動の後、リリスはイブの心臓に飛びつけ!」
『な、何を――』
「わかったな? わかったら、行くぞ!」
俺は運搬屋の中でも、無線操作が得意と言われている。その理由は、俺の体の中に脳が存在するからだ。
つまり、揺り籠の中からではなく自分の体から直接意志を送るため、タイムラグが出づらい。ネタとしては、単純なものだ。
この脳も本当に俺のものかはわからないが、俺の体に何かあれば死ぬのはわかっているようで、俺の思った通りに無線操作をしてくれる。
だから、今回も頼むぞ。俺の中の脳よ。
体から直接電子信号(意志)を送れるのなら、自分の体だったものを補助装置として使えるはずっ!
そしてMADAは、BMIのアクセス権の書き換えを行える。補助装置も、BMIを加工しているものだ。
だから――
[MADAを使用します]
「イブの心臓の、『黄金の林檎』をリリスの電源として使えるように、アクセス権を書き換えろっ!」
叫び声と共に、俺はナイフのような自分の一部を、イブの心臓めがけて投擲した。
投擲したそれは紅雷となり、空気を焼き喰らいながら一直線に心臓へと向かう。
心臓に突き刺さる、その直前。
『黄金の林檎』に、紫電がほとばしった。紫の壁が、赤い槍の進行を阻む。
最後の一押しが、足りない!
そこに――
『これを押しこめば、いいのでありますよね?』
リリスが、赤い槍をつかんだ。だが、それは同時にリリスの生命線だった電源ケーブルを放すということで――
リリスを象っていた真紅が、薄れる。
「リリスっ!」
「ダメぇぇぇえええっ!」
リリスが動くのとほぼ同時に、肉の十字架の束縛を振りほどいたイブの両手が、リリスを抱き込んだ。
束縛を振りほどいたと言っても、それは強引に自分の腕を引きちぎっての行為。イブの左手首は千切れ、右腕に至っては肘から先がなかった。
それでも彼女は、リリスを抱きしめた。
叫び声が聞こえる。
それは誰のものだったのだろう。俺か? イブのか? リリスのか? それとも、三人のものだっただろうか。わからない。
それでもその叫び声に導かれるように――
赤い槍を握ったリリスと――
そのリリスを抱きしめたイブの距離が――
ゼロになった。
槍が深々と『黄金の林檎』に突き刺さったその瞬間、紫電が割れ、紅雷が雷鳴の叫びを上げる。
『黄金の林檎』に紅雷がまとわりつき、イブの体が大きく跳ね、肉の膨張と触手の動きが鈍った。
「リリス! つかめっ!」
『もうやっているであります!』
イブの心臓に、リリスは手を当てた。瞬間、薄れていたリリスに色が戻る。『黄金の林檎』がリリスの電源となったのだ。これでもう、リリスの電源について心配する必要はなくなった。
リリスが勢いそのままに、肉という名の檻からイブを救出する。
だが、その檻は心臓(イブ)を失ったというのに、まだ動き続けていた。リリスが科学生体を動かして応戦するが、相手は物理的な質量が違う。援護や防衛ならどうにかなるが、殲滅するのには分が悪い。
『な、何でまだ動くのでありますか!』
イブを抱えたリリスが、俺の隣にやってくる。
「恐らく、こいつだろうな」
俺の視線は、イブの『黄金の林檎』に向いていた。
リリスの電源とし、傷つければ、『黄金の林檎』の力は抑えられると考えていたのだが、異常再生と鳴門の憎悪はまだ収まっていないようだ。
イブが泣きそうな顔をしながら、完全に修復された両手を見つめている。
「……やっぱり、私が生きているから」
「安心しろ、イブ。俺は払ってもらった分の仕事は、きっちりさせてもらう。値段次第では『安全』だって運んでやるし、瑕疵保証だって万全さ」
「グロッケンさん?」
俺は答えず、イブの頭をなでる。
「イブ。お前の心臓、書き換えさせてもらうぞ」
[MADAを使用します]
そして俺はイブの心臓に右手を当てる。イブの心臓に、紅雷が走った。鳴門の憎悪を書き消し、『黄金の林檎』が過剰に人体を修復しないように書き換えたのだ。
書き換えが終わった後、俺はイブの心臓に刺さっていた、俺だった一部を抜き取る。
その瞬間、部屋中の音が、消えた。
「……動きが、止まっているのでありますね」
「もう体現者に乗り換えたのか」
『黄金の林檎』の書き換えが終わったタイミングで、体現者に乗り換えたリリスがやってくる。
「科学生体は?」
「肉の塊が動きを止めたのを確認後、自滅させているので問題ないのでありますよ」
リリスの言葉につられ、俺は辺りを見渡した。
焼けた臓物と、崩れ落ちる生煮えの肉に、砕けた科学生体、そして腐敗し始めている竜の魔術生体の一部。
よくもまぁこれだけ見るに耐えないものが揃ったものだ。
イブが、弱々しくつぶやく。
「終わっ、たんですか?」
「ああ。これで瑕疵保証終了だ」
俺は溜息と共にそうつぶやいた。
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