第38話 旅路4

 森の際に停めてカモフラージュしてある装甲車に戻って事の顛末を話すと、ヒミコは案の定怒った。

 本体は割りと冷静だったのに、ロボットの反応は過剰というのは、ロボットのフィルターを通すと判断が変わるという事だろうか? それとも見抜けないだけで本体も怒っていたのだろうか?

 いや、お前平気で人をカナリアよろしく毒検知器に使ったじゃん、と思ったが、そんな事を言えば、ヒミコを連れて行かなかったのが悪い、と切り返されそうだったのでやめておいた。

 アルラはタケルを心配していたが、反面嬉しそうだった。身を挺して庇ってくれた事が嬉しかったようだ。ヒミコの指示でわからずやった事は伏せておいたほうが良さそうだ。毒を盛られた事は特に思うところはなさそうだ。その程度はやるだろうと思っているらしい。どうなってんだ貴族の常識?

 グレイヴは姑息な手段を嫌うためか、毒も魔法もものともせずに、皮肉を言って正面から帰ってきたタケルを褒めていた。

 結局、アルラとグレイヴは、タケルに毒も魔法も効かないというところで、改めてタケルを凄いと褒め称えるだけの結果となった。

 毒も魔法も効かないのは、タケル自身の能力ではなくインプラントされている機械の働きによるものなので褒められるとズルをしているようで面映いのだが。


 街を廻る予定だったのを切り上げて帰ってきてしまったせいで、まだ日没までは時間があった。

 どうしたものか?


「昼の間はゆっくりと行ける所まで進んでいいんじゃない? どうせもう公爵にはこの鉄の馬車の事は知られるだろうし」

 アルラの言う事はもっともだ。どこかにこちらを伺っている公爵の配下がいるだろう。

 ヒミコを見ると、ヒミコも頷いて返事をした。

「2名、別々の場所からこちらを伺ってるわよ。どちらも街からタケルたちの後をついてきた熱源ね。大きさからして片方は馬に乗っているわ」

「なら隠しても仕方ないか。馬車のふりをしながら進んでいくとしよう」

 スレイプニルを装甲車の前につなぐ作業にかかった。




「タケル、前方1km先で何かトラブルが起こってるみたいよ」

 ノンビリと街道を進んでいると、運転席から声がかかった。

「光学観測によると街道から少し外れた場所で、馬車が10人の騎乗した人間に囲まれているみたい。このままなら4分後にその地点に遭遇するわ」

 タケルはヘルメットをかぶり、積載スペースの屋根を跳ね上げた。蒸し暑い夏の午後の空気が車内に流れ込む。

 アルラも弓を取りタケルに並び、その後ろからグレイヴも頭を出す。

 タケルはヘルメットを集音モードに切り替え前方の集団に頭を向ける。

「ヒミコ、ヘルメットの音を車内スピーカーにつないでくれ」

 タケルの指示に応じて、すぐに車内に男の声が再生される。


『あきらめな! どうやったって逃げ切れやしねぇぞ。おめえ一人でも逃げたほうがいいんじゃねえのか?』

『田舎娘の前でカッコつけたってしかたねえぞ。それともそういうおぼこいのが好みか?』

 何人かの下品な笑い声。

『お前たちのボスが賭けの結果を暴力でひっくり返すような器の小さい男だったのは残念だよ』

『馬鹿だなぁおめえは。チャンスメイカーだかなんだかしらねえが、やりすぎたんだよ』

『物騒なもんは下げて、さっさと馬車を置いてどっかに消えな』

『街道巡視兵なんかこねぇし、来たってこの人数なら返り討ちにできらあ』


 グレイヴが元気良くタケルに問いかける。

「行ってよいか? あんなの我一人で十分だぞ。むしろ行かせてくれ。傷が癒えて体の調子も見てみたいしな」

 見ると、グレイヴが楽しそうに獰猛な笑顔を浮かべている。

「人助けだぞ」

 タケルが念を押すと「了解した。団長殿!」と返すや、装甲車の屋根に飛び出してスプリンターのように前傾姿勢で構えた。

「ヒミコ、集団の100m手前で停車だ」

「わかったわ、団長殿」

 ヒミコが茶化して返してきた。


 さすがにここまで来ると詳しく視認できる。森を背に簡素な2頭立て馬車が停まり、その御者台に男が連射式クロスボウを構えて立っている。その馬車を逃げられないように半円に囲んで、手に手にてんでバラバラの武器を持ったいかにもならず者風情の男たちが馬に乗って威嚇している。人数で押し切れるが、誰も最初の矢を受ける的にはなりたくないという膠着状態だ。

 囲んでいるならず者たちもこちらに気付いて振り返るが、包囲は解かない。

 異様な馬と装甲車に驚いている。


 装甲車が停車すると同時に、矢のようにグレイヴが飛び出した。

 地を飛ぶように駆け、あっという間に距離を詰める。

「てめえ……」

 そう言った男はその言葉を続ける前に馬上から消え去った。

 グレイヴが馬上までジャンプすると勢いそのままに男の胸に右ストレートを叩き込んだのだ。

 男の金属製の胸当てがひしゃげ、その男は反対側へと吹き飛んでいった。

 馬車の前に着地したグレイヴは、馬車を背に仁王立ちすると、人とは思えぬ喜びの咆哮を上げる。


「久方ぶりの戦いだ! かかってこい有象無象ども!」


 グレイヴの咆哮に何かを感じ取ったのか、馬たちは逃げようと暴れ始める。

 御者台の男も馬を鎮めるためにクロスボウを取り落として懸命になっている。

 ならず者たちは馬を鎮めきれず、振り落とされたり諦めて下馬しているものもいる。

「降りて囲め! ヤツは無手だぞ! 鎧を着ているだけだ!」

 気を取り直した男たちがグレイヴを取り囲む。

 男たちは荒事に慣れていた。相手が武器さえ持っていなければ、自分たちに危険はないと全員が判断していた。まずは防御気味に全員で攻撃する。敵の手は二本しかないのだ、リーチも武器のあるこちらが圧倒的に有利。鎧を着ていようが、殴り続ければいいだけだ。一度でも武器で斬りつけられれば、動きが止まり負の連鎖が始まる。形勢は一気に傾き圧勝できるはずだ。

 常に数の有利で戦っていた、つまりは弱い者としか戦っていなかった、彼らの経験に裏打ちされた、彼らにとっての必勝戦術理論はすぐに粉砕された。彼らの体と共に。


 グレイヴは武器を持っていないのではない。持つ必要がないのだ。体は人間であっても、その膂力はドラゴンのものだ。その手足は全力で振るわれれば人を軽々と吹き飛ばす威力を持っている。そして彼の鎧は実際には皮膚だ。鎧と違って動きを阻害することはないし、ドラゴンの鱗と同等の硬度を持ち、人間の武器など弾いてしまう。事実、グレイヴは自らに向かって振るわれた武器をどれ一つ避けようとしなかった。その意味がないからだ。よって、振るわれた武器はそのほぼ全てが命中していたが、それだけだった。彼らの期待した負の連鎖など起こりはせず、痛痒も感じない無傷のグレイヴがいるだけだった。

「なんなんだよぉ。おめぇいったいなんなん……」

 事態が理解できず竦む男に歩み寄り、グレイヴが無造作に蹴ると、最後に残った男は吹き飛んで動かなくなった。


 戦闘は一方的かつ短時間で終わった。援護しようとタケルとアルラが準備する間もなかった。

 危険なしと判断したヒミコが装甲車をグレイヴの傍まで寄せていく。

 タケルたちは降車して周囲を見渡す。

 転がる男たちからはうめき声があがっているので死んではいないようだが、全員間違いなく骨折以上の怪我はしているだろう。


「見たかタケル! なかなかのモノだったろう。これこそが戦闘の華よ! だから重装歩兵を中心にするべきだ!」

 どうやら自身のストレス発散と、タケルへの傭兵団スタイルのアピールだったらしい。

 邪気のないその満足げなドヤ顔を見ると、なんだかボールを拾ってきた飼い犬のイメージと重なり、つい頭をなでて褒めてやりたくなる。周囲に転がる人体からの苦しげなうめき声がBGMなのがその平和なイメージにそぐわないが。


 タケルはヘルメットのフェイスガードを上げて、馬車の御者台の男に声をかける。

「おーい、そっちの人、大丈夫かー?」


 男は少し迷ったが、すぐに御者台を降りて、タケルたちの傍まで歩いてきた。クロスボウは御者台に置いてきたのか、武器は全く身につけている様子がなかった。

 ゆったりした仕立てのいい服を着た長身の優男だった。年の頃はおそらく二十代半ば辺りだろう。金髪に青い瞳だが美形なのが鼻につかない、人を安心させる雰囲気を纏った男だった。洒落た帽子を頭から取り胸に当てると、舞台の役者のような仕草で大仰に頭を下げて礼を述べてきた。


「危ないところを救っていただき感謝いたします。私は商人のエルウッドと申します」


 エルウッドと名乗った男は4人の男女を見比べ、グレイヴに向かって礼を言った。

 妥当な判断といえる。4人の中で最も威厳があり、堂々として美丈夫だ。事実、敵を全て薙ぎ倒したのもグレイヴなのだから当然だ。

 礼を向けられたグレイヴはというと、露骨に面倒くさそうな顔をしてタケルへと丸投げした。

「礼を言うならそっちだ、我らが団長殿は」

 グレイヴに指し示されたタケルはぎこちない笑みを浮かべて答える。

 この4人の中で一番目立たないのは自分のせいじゃない、こいつらが美男美女すぎるんだ、と心の中で言い訳をしながら。

「ヤマトタケルだ。無事でよかった。こいつらは?」

「この辺に根城を構えてる山賊です。危うく商品を強奪されるところでした。ありがとうございます」

 アルラがタケルに鋭く囁く。

「森の中に数人の人間がいるわ。こちらを伺っている」

 さすがはエルフ。見えていなくても森の傍にいれば木々の精霊が教えてくれるらしい。

 グレイヴが即座に臨戦態勢に移り、ヒミコはさりげなくタケルと森の間に位置取りをした。

 慌ててエルウッドが両手を振りながらタケルたちを止める。

「待ってください! 敵ではありません! おおい! もう安全だから馬車に戻っていいですよ!」

 彼が大声で森に呼びかけると、馬車がギシギシと揺れた。

 森に面した側から人間が乗り込んでいるのだ。

 恐らく馬車に乗っていた人間をコッソリと森の中に逃がしていたのだろう。


 納得したタケルがエルウッドに問いかける。

「余計な手出しでなければよかったけど?」

「とんでもない。大いに助かりましたよ。パンテオンの神々の導きに感謝です」

「でも、護衛もなしに旅をするなんて、街道沿いとはいえ無謀じゃない?」

 タケルの横に並んでいたアルラが尋ねる。

「まったく、面目次第もない。護衛は付いていたんですけどね。今ここで全員ノビてますが」

「山賊が護衛だったの?」

「ええ、今回は商談相手がこの山賊だったのですよ。ビジネスですからね。私の雇った護衛はこの先の街で待っています」

「ビジネスの相手は選んだほうがいいと思うわよ」

「仰るとおりですよ。エルフのお嬢さん。ですが選べない時もありましてね」

「一つ聞きたいのだけれど、あなた女衒なの?」

 アルラは馬車からこちらを不安そうに覗いている少女たちを見て、不快げに問いかける。

 それに対してエルウッドは悪びれもせず、普通に答える。

「場合によっては。私はどんな商品でも扱いますから。そこに欲しがる人がいれば。そしてビジネスになるのならば」

 そう言ってエルウッドは衿についた商人ギルドの交易商人の証であるバッジを見せた。

 アルラは嫌悪感剥き出しに、そのバッジを無視したが、タケルは逆に好感を抱いた。


「商品を命がけで守ろうとしたあなたは商人の鑑ということかな?」

 そんな好意を寄せられるとは思わなかったのだろう。エルウッドはほんの一瞬だけ間をあけて、少し残念そうな表情の中に照れを隠しながら肩を竦めた。相変わらず大仰なアクションだが似合っている。

「今回はクライアントの意向が大きかったというだけの事です。この事態を招いたのは私の失策ですし、自分のヘマの後始末は当然でしょう。あの山賊のボスがここまで頭が回らないバカだとは思いもしませんでした。もしかしたら裏で何がしかの策謀が動いていたのかもしれませんが、もうあの山賊は終わりだという事を身をもって勉強してもらいましょう」

 酷薄そうな表情で語る彼の言葉は、山賊への復讐を誓うものではなく、すでに決定した未来を淡々と語るものだった。

「根城の場所を密告でもするのかい?」

「そんなことしませんよ。山賊討伐なんて割に合わない仕事は誰もやりたがらないですし。ただ、商人ギルドを敵に回す恐ろしさを知ってもらうだけです。私が今日の事を話すだけで、彼らはあらゆるものを今までの2倍の値段で買わなければならなくなるでしょう。それは彼らの財政を圧迫し、無理な仕事をして討伐対象となるか、構成人数を減らして消滅していくか、内部分裂をおこすか、過程が違うだけで結果は変わりません。人は人との友好的な関わりなしには生きていけません。それを繋いでいるのが商人なのです」

 タケルはその言葉を非常に気に入った。


「私たちは王都への急ぎの旅の途中だけど、よければ次の街までは一緒に進まないか? 我々が一緒なら襲われることもないだろう」

「ありがたい。今はお支払いできませんが、街に着いたら是非お礼をさせてください。今晩の宿も私が手配しましょう」

「申し訳ないが、急ぎの旅だから街は通過するだけなんだ。お礼なんかは気にしなくていいよ」

 エルウッドは残念そうな顔をしていた。案外タケルたちを雇う気だったのかもしれない。

「『正当な働きには正当な対価を』が私のモットーです。たとえ地獄の底だろうと必ず報酬は届けます。あなたたちの傭兵団の名前を教えて下さい」

 傭兵団として名乗るのは初めてだな。見ると全員がタケルに注目していた。恥ずかしがるからいけないんだ。タケルはできるだけ堂々とした態度に見えるよう演技しながら答えた。


「大森林の中を根拠地にしている。我々は傭兵団『日本』だ」




 ちなみにタケルとアルラがエルウッドと話している間、グレイヴは後ろでヒミコと何か別の話をしているようだった。どんだけ戦闘以外に興味ないんだよ。そんなだから脳筋とか言われるんだぞ。

 なんでも鱗が前よりも硬くなっていて、防御力があがっている気がするとかそういう話を無邪気にしていたようだ。

 それを聞いているヒミコはまるで実験動物を見ている研究者のようで、ヒミコに悪気がないのは分かっているが、立場的にはグレイヴに同情してしまうタケルだった。


 タケルたちが同行することが決まって、エルウッドがその事情を馬車の中の「商品」に説明して馬車を装甲車の前につけると、タケルに礼を言いたいと、10歳前後の男の子を連れてやってきた。

 この男の子が今回の「商品」でありクライアントでもあるそうだ。

 詳細な事情や名前は伏せられたが、エルウッドの今回の商談はいわゆるネゴシエーター的なものだったらしい。領内を巡察中の貴族の坊ちゃんとそのお供が立ち寄った辺境の村が、件の山賊に襲撃され、この坊ちゃんを含む村娘たちが攫われたらしい。山賊の根城は別の貴族の領内のため、手が出せず、面子的にも表に出せないため、身代金交渉となり、エルウッドが雇われたということだ。

 本来はスムーズに交渉が進む予定だったのだが、坊ちゃんが自分と一緒に攫われた女中や村娘の酷い扱いに心を痛めて、一緒でなければ帰らないとエルウッドに契約の変更を迫り、仕方なくエルウッドが自身の交渉力で強引にまとめたところ、あのような結果になったらしい。しかし、いざという時に森に逃がす算段を言い含めてあるあたり、エルウッドにも多少は予想できていたのだろう。

 なぜそんな無茶な仕事を引き受けたのかという問いにエルウッドは

「こういう事が言える子には是非とも貴族として上に立って貰いたいじゃないですか」

 飄々とそう答えた。


 アルラやヒミコの美しさにドギマギしながらも、貴族としての礼節をもった礼を述べてその男の子は馬車へと戻った。

 その後はさしたる問題もなく、夕暮れ前には街に着く事が出来た。

 自分たちに連絡がつかない場合はハイランドのインファーシュ家を頼るように伝えると、エルウッドと別れ、街道を進んだ。

 日が沈む前に、野営に見えるようにタケルたちは食事を取った。

「まだ尾行は着いてきているかな?」

「ええ、まだいるわよ」

「じゃあ悪いけど夜の間に撒かせてもらおうか。食事が終わったら、夜陰に乗じてこっそり出発しよう。今晩進めば、明日の午前中には王都に着ける予定なんだよね?」

「そうね。早ければ日の出には王都に着いているはずよ。楽しみ?」

「ああ、王都では毒の入ってないものが食べたいよ」


 

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